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210・山道の小さな石碑

---前話までのあらすじ---

女神の依頼で、国のどこかに隠されているというライラの宝物を探すラナとシンの二人。

前世の記憶があるシンが案内役となり、思い当たる場所を片っ端から見て回ったがすべて空振りに終わった。

そしてとうとう、シンにとってトラウマの「あの場所」へ行く事になった。


 シンと二人、国境へ向かう山道を三十分近く歩いた頃。

 タキの言っていた「あの場所」が気になっていた私は、今日行く所にはどんな思い出があるの? と尋ねるつもりで口を開いた。 

 シンが避けたいと思うならば、私もそれなりに心の準備が必要だと思ったのだ。

 けれど、少し前を行く彼の横顔を見て、私は黙って口を閉じた。

 思い詰めたような表情から、緊張していることが窺える。

 いつもなら、これから向かう場所にまつわる前世のエピソードを楽しく聞かせてくれるのに、今日の彼は「足元に気を付けて」「歩くペースは速くないか」と私を気遣う言葉ばかり。

 そこはいつも通りと言えばいつも通りなのだけど、目的地に近づくほど口数が減っている気がする。

 もしかして危険な場所に向かっているのかしら? 

 でも忌避感がどうのと言っていた気が……。


「ん? どうした?」


 私の視線を感じたのか、シンが振り返った。


「え? えっと……あ、今朝は村のあちこちの家の煙突から煙が上がっていたわね!」


 咄嗟に誤魔化してしまった。 

 シンは一瞬キョトンとした顔になったが、慌てふためく私を見てフッと表情を和らげた。


「……ああ、そういや先週と比べて随分空き家が減ったよな。不思議と誰にも会わないけど」

「私達、朝が早いし帰りはヴァイスに迎えに来てもらったりで昼間は村を歩く事が無いものね」


 宝探しの為に何度もアルテミに来ているのに、実はこの村の人にはまだほとんど会った事が無い。

 それでも徐々に人が戻っている気配は感じていた。

 煙突から上る煙もそうだが、空っぽだった家畜小屋から家畜の鳴き声が聞こえてくるし、今まで無かった荷車や馬車が増えていたりするのだ。

 

「村が賑やかになるのが待ち遠しいわね」

「そうだな」


 「あのね、ところで――」と本題を切り出そうとしたところで、シン越しに視界に入る斜面の上部に、緑のボンボンを付けた大きな木が見えた。


「あれは栗の木……?」


 小さく呟くと、私の呟きに反応してシンも同じ方向を見上げた。

 一本の大きな栗の木を中心に、小ぶりな栗の木が整然と並んでいる。

 シンに視線を戻すと、彼は目を細めて懐かしそうにその風景を眺めていた。

 前世で栗拾いをした事でも思い出しているのだろうか。

 私だってライラの記憶があれば一緒に懐かしむ事ができるのに……。

 思い出の地に立つ度に、私は何とも言えない寂しさを覚える。

 ライラの生家を初めて見た時は懐かしさや愛おしさという感情が湧き上がったが、何のビジョンも浮かばなかった。

 それと同じように、シンに案内された先ではいつも胸がキュウッとなる。

 何も思い出せなくても、私の中にライラだった頃の記憶が残されているからだろう。

 ウィルに封じられた記憶のように、何かの拍子に思い出すかもと少し期待していたのだけど……これだけ思い出の地を巡ってもダメなら、もう無理かもしれない。

 ならばせめて、当時を知るシンを通してライラを知ろう。

 それでほんの少しでも、私の中に眠るライラを慰められるなら。


「シン、私達あそこで栗拾いをした事はある?」

「……ああ、毎年恒例だった。あの木が昔あったのと同じかはわかんねーけど、あの辺りに俺達お気に入りの栗の木があったんだ」

「そう……」

 

 ほらまた、胸がキュウッと……。

 ダメダメ、私まで深刻な顔をしたらシンが困惑する。何か気がまぎれる事を考えなきゃ。

 えーっと……


「栗ご飯、焼き栗……あ、甘露煮もいいわね……」

「おい、拾って帰ろうなんて考えるなよ。昔と違って誰かの所有地かもしれないからな」

「――! 嘘、今声に出てた?」


 シンはそっぽを向き、肩を揺らして笑いだす。

 私は恥ずかしくて火照った頬を両手で覆い隠した。

 ああ失敗した。でもいいわ、シンが笑ってくれるなら。

 

 それ以降、とても和やかに会話が弾んだ。

 結局、「あの場所」の事を聞きそびれてしまった。

 シンは話すつもりがないのだろう。それとは無関係な話ばかりしている。

 そして緩やかにカーブした坂道を下ると突然、シンの足が止まった。


「着いた、ここだ」

「……え? ここ?」


 そこは道しるべもない山道の分岐点だった。

 ガランと広いだけで、今まで巡った場所のように景色が綺麗なわけでもなく、本当にただの山道の途中だ。

 シンは自信を持ってここだと言うけれど、大事な物を隠すような場所とはとても思えなかった。

 それに、今まではどこへ行っても何かしら感情が湧き上がったのに、不思議なほど何も、これっぽちも心が動かない。

 今の自分の状態を例えるなら、「空っぽ」だ。


「何も感じ無いけれど」

「何も……か?」

「ええ」


 シンが本命だと思っている場所なのに、何も感じないのは逆に不自然である。

 当てが外れて動揺するシンをよそに、私は注意深く辺りを見回した。

 こんな何もない所に物を隠すとしたら、木の(うろ)か……土の中? 

 宝物について何の情報もない為、大きさすら見当もつかない。

 小さなアクセサリーなら木の洞でも大丈夫だけど、そうは言っても数百年前の代物だ。

 素材によっては原型を留めてない可能性もある。

 

「クソ……参ったな、もう他に思い当たる場所が……。あのな、オーナー。ここは前世の俺が――」

「あ! 見て! あれは何かしら?」


 シンが何かを言いかけたと同時に、私は森の茂みに隠れた何かを見つけた。

 そこだけ光が射していて、自然と視線が吸い寄せられた。

 パッと見た印象はお地蔵さんだが、もちろんこの国にある訳がない。

 近づいて草をかき分け、それを確認してみた。

 すると、苔の生えた高さ五十センチほどの縦長の石が、四角い台座の上に載っていた。

 よく見れば、縦長の石には文字か記号のようなものが刻んである。

 

「何かの石碑みたい。これが何か知ってる?」

「いいや、俺の記憶にはないな」


 シンもこれは予想していなかったようで、かなり戸惑っている。

 念の為、二人で周辺を確認してみたが、それらしい物は他に無かった。

 

「何の石碑なのかしら? お墓……ではないわよね。道しるべならもっと人目につく所に置くだろうし……」


 そう言いながら、刻まれた文字を確認するように指の腹で溝を撫でてみた。


「あ……これって……」


 こんな所で学園で学んだ知識が役立つとは思わなかった。

 魔力の有無にかかわらず魔法学は必須科目だった為、魔力の無い私も座学だけは受けたのだ。


「封印……? これ、古代語だわ。他の文字は風化して読めないけど、何かの封印と書かれているみたい」 


コミックス6巻発売中です!

どうぞよろしくお願いいたします!

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