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202・ライラの家

「ああ、来たのか」


 奥の部屋からひょっこり顔を出したのはレヴィエントだった。

 昼間なのになぜか人の姿だ。

 そう言えば、洞くつで会った時も彼は人の姿だったっけ。

 心なしかやつれて見えるのは気のせいだろうか。


「レヴィエント、何してるの?」

「この家の掃除が済んだら、そなた達を呼びに行くつもりだったのだが……手間が省けたな」


 室内にはたくさんの妖精が飛び交っており、見る見るうちに家具や壁を綺麗にしてゆく。

 とても数百年前に建てられた家とは思えないほど床や壁には傷が少なく、状態が非常に良い。

 

「あの……中を見ても良い?」

「そなたの家だ。遠慮する事は無い」


 ドキドキしながら勝手口から中に入る。

 すると掃除を終えた妖精達が、私達の横を通り抜けて行った。

 知らない家なのに、なぜかホッとするような不思議な感覚に戸惑いを覚える。


「温かみがあって素敵な家……」


 宿木亭より古い建物の割にあまり傷んでいないし、家具なども新しく見えた。本当に数百年も前の建物なのかと疑問に感じるほど。

 女神の仰っていた「家を残してある」とは、当時のままをキープしてあるという意味だった可能性が高い。


「ねえ、家具も当時のままなのかしら?」

「ライナテミスは夫が亡くなった後、他の人間が中に入れないよう家の周囲に結界を張っていたらしい。だから衣類や生活道具は当時の物がそのまま残っている」


 予想的中。本当に当時のままキープしていた。


「じゃあ、引き出しやクローゼットを開けたら、ライラの物が……?」


 レヴィエントはコクリと頷く。

 では宝物はこの家のどこかに隠されているという事だろうか。シンがその在りかを知っていると女神様は仰っていたし、案外すぐに見つけられるかもしれない。

 そして私達は家の中を見て回った。

 広めのリビングやキッチン、洗濯場を兼ねた風呂場とトイレを見て回り、二階の個室を廊下の奥から順に覗く。

 一番奥は恐らく夫婦の寝室だ。大きめのベッドが中央に置かれている。

 収納には男性物の服や靴などの他に、女性の服も残っていた。人間だった頃の女神様のお召し物だ。

 ワンピースには、袖口のほつれを不器用に直した跡があり、その使用感に思わず感動してしまう。

 まるで博物館で偉人の遺品を見ている気分だ。

 その隣は空き部屋で、ベビーベッドなど使わなくなった物が置かれていた。

 ライラの部屋は階段のすぐ横。六畳ほどの広さの部屋で、家具はベッドと椅子、クローゼットとチェストがあり、壁には十代の娘が着そうな薄紅色のAラインのワンピースと、カンカン帽が掛けられていた。

 クローゼットを開けてみると何着か服が残っている。下の棚にはくたびれた茶色のショートブーツが一足と、室内履きがあった。

 ついでにチェストの中身も見てみたけれど、あったのは肌着類や冬物衣料だけ。

 一通り家を見終わったが、宝と呼べそうな物は特に見つからなかった。

 シンも何かを探していたけど、目的の物は見つからなかったそうだ。

 そんな簡単に見つかるなら、女神様は私達に頼んだりしないわよね。


「そうだラナ、忘れる前に鍵を渡しておく」


 レヴィエントはそう言って私に鍵束を渡す。

 直径十センチほどの金の輪っかに、何本も鍵がついていてズッシリと重い。何の鍵かはわからないが、この家の鍵だけでないのは確かだ。

 見るからに重そうなそれを見て、シンが代わりに持ってくれた。


「えっと……どれが家の鍵?」

「赤いリボンが付いているのがそうだ。玄関ドアと勝手口はそれで開く。他は隣の建物の鍵だが、そちらは後で説明する」

「なあ、隣と言えばあんな建物昔は無かったぞ。この前来た時も無かった気がするし、いつ出来たんだ?」

「うむ……。信じられぬだろうが、この前そなたらを宿へ帰した後につくり始め、今朝完成しばかりだ」


 先程彼がやつれて見えたのは気のせいではなかった。

 レヴィエントはあの闇堕ち妖精のせいで、女神様に相当こき使われているのだろう。よく見るといつものキラキラオーラが半減している。


「いやいや、犬小屋じゃあるまいし、どう考えても二日じゃ無理だって」

「シン、神の力を侮るな。神は水と豊穣の女神だけではないのだぞ。今回の件には、運命の女神タルヤと創造神エムメレクが関わっている」

「えっ……私達の為に他の神様を巻き込んだの?」


 運命の女神と創造神!? 私とシンの為に三柱の神様が動いただなんて……。それに妖精王直々に古い家の掃除。

 軽い眩暈を覚えた私を、シンが背後から支えてくれた。


「はあ……神の力の無駄遣いだろ。そこまでしてあんな建物つくってどうする気だよ。俺達の拠点はワイリンガムの王都にあるのに」

「この世界を創造した神にとってはあれくらい造作も無い事だ。それに何の為の妖精の扉だと思っている。私が生きているうちはあのまま繋げておくから、自由に使うがいい。そうだ、これをタキとチヨに」


 レヴィエントは小さな黒い石の付いた皮ひものペンダントを二本シンに手渡した。何だか私達の持っている黒曜石に似ている。


「レヴィエント、それは何?」

「妖精界で採れる虹石という魔石だ。私の力を込めてあるから、これを持っていれば誰でもあのドアをくぐる事が出来る」

「そっか、それが無きゃダメってんなら誰かが間違えてドアを開けても、通り抜けは出来ないんだな。良かった、あのドアはオーナーの部屋の横にあるし、防犯面が気になってたんだ」

「それ……神殿の建物と同じシステムね」

「あ! もしかして同じ石か?」


 シンが襟元からペンダントを出して石を見比べる。すると、レヴィエントがすぐに答えをくれた。


「それも虹石だ。人間界では黒く見えるので黒曜石と見分けがつかないが、強い力に反応して色が変わる」

「え? この国の人はどうやってこれを手に入れたの?」

「かなり昔の事だが、人と妖精が仲良くしていた時代があってな。それは結界を張るのに使っていた物だろう」


 そうだったんだ……。じゃあ、あのお姫様がくれた方はアルテミで採れる普通の黒曜石なのね。


「あ! 大変!」

「どうした?」

「シン、私まだ朝食の準備をしてない!」

「やばいな、すぐ戻るぞ」


 ちょっと見るつもりが結構時間が経っている事に気づき、私達は宿に戻る為に急いで階段を駆け下りる。

 すると、レヴィエントがシンを呼び止めた。


「シン、話がある」

「……じゃあ私は先に宿に戻っているわ。レヴィエント、また夜に来るわね」

「ああ、では今夜」


 レヴィエントがどんな話をするのか気になったけれど、わざわざシンを名指ししたのだから私が居ては邪魔だと思い、シンを残して宿に戻った。


 

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