198・タキの見ていた悪夢
翌朝、あまりよく眠れなかった俺はいつもより早めに朝の鍛錬を済ませ、あくびをしながら朝食の準備をしていた。体を動かしていれば気が紛れるかと思ったからだ。
するとそこへ、ラナがやって来た。
「ふふ、大きなあくびね」
「っ……おはよ、オーナー」
「おはよう、シン。随分眠そうだけど、眠れなかったの?」
「ん? ああ、それがあの後、タキの部屋で夜遅くまで前世の事を話して、俺が死……」
ハッとして口を閉じた。
馬鹿か俺は。
危うくタキと話していた時のノリのまま、余計な事をラナに教えてしまうところだった。
いくら一番気になっていた事を知る事が出来たからといって、気軽に話して良い内容じゃない。
第一、ラナにはライラだった頃の記憶が無いんだ。だったら無理に教える必要は無い。
「何? シンの知らなかった事を教えてもらった?」
「そ……そうなんだ」
「ふふ、どんな話?」
「別に、つまらない話だよ……」
「何? 教えられないような話で盛り上がったの? 私にもライラの記憶があれば同窓会みたいに楽しく話が出来たのに、残念だわ」
「あ! それより今朝の味噌汁の具は何にするんだ?」
ラナは急に話題を変えられてキョトンとした。
「……? そうね、昨日見たら庭のナスが食べごろだったから、あれを使おうかしら?」
「わかった、取ってくる。オーナーはおにぎりの具を頼むな」
「ええ。あ、ついでに水やりもお願いしていい?」
「了解、じゃあ行ってくる」
ラナは俺の様子がおかしい事に気がついている。まあ、それも当然か。
昨夜、俺とタキとラナの三人が前世で幼馴染みだった事が判明し、尚且つラナとは日本で一緒に働いていた仲間だという事も確認出来た。
会話が盛り上がる度に色んな感情が込み上げてきて、俺は涙をこぼさないよう必死だった。
だから彼女は普段なら頼まない水やりを俺に頼み、いつまでも悶々としてないで外の空気でも吸ってこいと気を遣ってくれたんだろう。
俺は朝食に必要な数のナスを収穫して厨房に届けて、畑と花壇の水やりに向かった。
ボーっと水やりをしながら、昨夜タキと交わした会話を思い出す。
「タキ、お前がタキスなら、俺が……ジンが死んだ後、ライラがどうなったのか知ってるよな?」
開口一番にそう尋ねると、タキは苦い顔をした。
「うん、やっぱり気になるよね」
「教えてくれ。ライラは幸せに暮らしたのか?」
タキは答えにくそうに目を逸らす。
「兄さん、あの後ライラはね……最愛の人の死に絶望して、自ら命を断とうとしたんだよ」
「……!!」
「二ヶ月くらいは彼女から目が離せなかった。早くジンの所に行きたいって、そればかりで……。僕なんかよりずっと悲しいはずなのに、泣きも叫びもしないのが余計に哀れで、見ていて辛かった」
「ちょっと待て。子孫がいるって事は、誰かと結婚して子どもを産んだんだろ? 相手はタキスじゃないのか?」
「僕? 違うよ、あの男さ。婚約者のいるライラにしつこく纏わりついていた貴族がいたのを覚えてる?」
そういえばそんなのがいた。
すでに結婚が決まっているし、身分が違うから諦めてくれと何度も断ったが、それでも貢ぎ物を贈り続けていた貴族の男が。
ライラの父親が知り合いの貴族に間に入ってもらい、品物をすべて返してその件は解決したはずなのに。
「だがあいつとは姓が違う。ラナのひい婆さんはクロンヘイムで、あの男は……へ、へイガー?」
「レイガー。アントン・レイガー卿だよ。ライラが産んだのは女の子一人だけだったから、家督を継いだのは愛人の産んだ息子の方」
「愛人……? あんなに執着しておいてなんて奴だ。ライラは何であんな奴と結婚したんだ? 嫌っていたのに」
「ライラの父親を騙してライラの記憶を操作したのさ。疲れ切って判断力が鈍っていたから、貴族の養女になる書類にサインさせられた事にも気づかなかった。貴族の養女になったライラは、ジンの記憶を消されてあの男と結婚したんだ」
「何だよそれ……」
レヴィエントの話だと、あの日ジンは死ぬはずじゃなかった。
あるべき未来を進んでいれば、ライラが酷い目に遭わずに済んだんだ。




