193・閃光
入り口のドアをくぐると、壁や床や天井にはめ込まれたいくつもの発光石が一斉に点灯し、パッと室内を照らした。
「……!! センサーライト……?」
ビックリして思わず呟く。
すると私の呟きが聞こえたのか、前を歩くシンが小さく吹き出すように笑った。
言葉の意味はわからないはずだけど、私の反応が面白かったのかしら?
咄嗟に出てしまった言葉をどう誤魔化そうかと考える。
けれど私の心配をよそに、シンは何も言わずに神殿の奥へと足を進めた。
神殿内部は白い大理石の床と白い壁。
壁には古くて美術的価値の高そうな美しいタペストリーが何点か飾られており、そのすべてが発光石でライトアップされている。
まるで美術品を展示したギャラリーだ。
ついさっき太古の森に迷い込んでしまったかのような幻想的な風景に感動したばかりなのに、神殿内は妙に未来的な印象である。
こじんまりとした建物だと思っていたが、巨木と比較して建物が小さく見えていただけで、中は天井も高く、想像よりも広々としていた。
奥の一段高くなっている所に繊細な彫刻が施された大きな石の祭壇があり、高さ三十センチほどの女神像が祀られている。
サイドの壁に飾られた大きなタペストリーには、翼の生えた白いライオンと光り輝く女神が描かれていて、かつてこの国に、女神の姿を見た人が存在した事を示していた。
「あら? タペストリーにも祭壇にも埃が溜まっていないわ。誰が掃除しているのかしら」
何十年と放置されていた割に蜘蛛の巣が張っていないし、埃も溜まっていない事に気づく。
神官の子孫が密かにここを管理しているとも考えられるが、ふと視界の端に動くものを捉えてそちらを見ると、動物の形をした妖精達がせっせと床掃除をしていた。
どうやら、彼らが無人になった神殿を綺麗にしてくれているらしい。
健気に働く姿を見て思わず笑みがこぼれる。
シンもそれに気づいたのか、私と同じ所を見て微笑んでいた。
「それにしても立派な祭壇ね……。ここでシンのおばあ様は神に祈りを捧げていたのよね」
「そうだな……」
一度もお会いした事は無いけれど、シンのおばあ様と私の曾祖母は、確かにこの場所に居た。
そしてその数十年後、彼女達の孫とひ孫が偶然出会い、揃ってこの地を訪ねたのだ。そう思うと、何だかとても感慨深い。
私達は何かに導かれてここへ来たのだろうか、などとつい考えてしまう。
「ねえ、シン。私てっきり巫女姫様は神殿で暮らしていたと思っていたのだけど、違ったみたいね」
「いや、どこかに隠しドアがあるはずだ」
そう言ってシンは祭壇の周りを調べ始めた。何かが隠されているとすれば、そこしかない。
そしてぐるりと一周して、すぐに怪しい場所を見つける。
「祭壇の側面に深い溝がある。押したら開きそうだ」
シンが祭壇の側面に触れると、ガコッという音がして扉が奥に開いた。祭壇の中は空洞で、下に向かって階段が伸びている。ここも発光石のお陰でとても明るい。
どこかに換気口があるのか、下に向かって空気の流れを感じる。
階段を下りてみると、そこには二十畳ほどの部屋があり、人が暮らせる環境が整っていた。
オフホワイトの可愛らしいインテリアでまとめられた室内は、洞くつの中だという事を忘れさせるほど明るくて清潔感がある。
恐らく巫女姫様の使っていた部屋だろう。
私が室内の装飾に気を取られていると、シンはカーテンで仕切られた他の部屋を確認していた。
「何か探しているの?」
「宝物庫」
「ほ、宝物……?」
「ああ、ペンダントを欲しがる理由を考えてみたんだ。これが無ければ絶対に入れないなんて、ここほどセキュリティーのしっかりした場所は無いと思わないか?」
「そうかもしれないけど……さすがに宝物庫はお城の中にあるんじゃないかしら? だってここの入り口は古ぼけた木のドアだったでしょ? 斧か何かで壊せば簡単に侵入出来るかもしれないわ」
「いや、入り口のドアは飾りみたいな物だ。壊そうが何をしようが、ペンダントを持たない者は絶対に入れない」
やけにハッキリ言い切るのね。シンは生前の姫巫女様から神殿の仕組みなんかの話を聞いていたのかしら? まさか、ここに来た目的は宝探し?
でもこの地下空間にあるのは、リビングの他に主寝室、衣装部屋、トイレとバスルームなどの水回り、図書室、他の巫女の部屋が二部屋。
すべての部屋を確認したけれど、宝物庫など無かった。
「シン、やっぱり宝物庫はお城にあるのよ」
「……なあ、もし隠し部屋を作るとしたらどこに作る?」
「定番なのは本棚の裏……とか?」
「それだ!」
シンはそう言ってもう一度図書室を調べに行ってしまった。
でも言われてみると、私の持つペンダントを探している人達の真の目的がわからない。
復興の為ならば、人を雇うのにお金は必要だ。「ボランティア」など存在しないのだから。
それとも、藁にも縋る思いで、神殿に入る事さえ出来れば国を救えると信じているのかしら。
女神像に向かって話し掛けたら女神様に声が届く……なんて事はさすがに無いわよね。
私は一階に戻って改めて祭壇に向かって膝を着き、両手を胸の前でクロスさせて頭を下げた。
前に女神様からは頭を下げる必要は無いと止められたけれど、この厳かな雰囲気の中ではそうせずにはいられなかった。
「女神の娘ライラの魂がこの地に戻って参りました。ふふ、これも一種の里帰りと言っていいかもしれませんね……」
残念ながら、私には異世界で生きた前世の記憶はあっても、女神の娘として生まれた最初の記憶は無いけれど。
それなのに不思議と、この土地に懐かしさを感じている。
多分、魂に刻まれた記憶が消えずに残っているせいだ。
自分が女神の娘の生まれ変わりだと知ってからというもの、アルテミ復活を願う気持ちが日に日に増している。今回この地に降り立ち、その気持ちが益々膨らんだ。
「ライナテミス様、アルテミを元の姿に戻す為に、どうか御力をお貸しください」
女神の姿を思い浮かべて女神像に向かって話し掛けるも、何の反応も無い。
神の気配は感じるが、ヴァイスの言っていた通り、気まぐれな神様は、いつでも人間の呼びかけに答えてくれるとは限らないようだ。
自然の前では人間など無力に等しい。私は前世で、それを嫌というほど見てきたではないか。
私は少々勘違いしていたみたいだ。
微弱であるにせよ女神と同じ力が使えるならば、当然私も水を操れると考えていた。
でも現実はそんなに甘くは無く、昨夜バケツに溜めた水を水蒸気に変えられないか試したが、何も起きなかったのである。
それでも、魔法や妖精が存在し、女神にさえ会えるこの世界なら、奇跡が起こりそうな気がしていた。
「私ならアルテミを救えるかも、なんて……とんだ思い上がりね。本来あるべき楽園の姿をこの目で見たかったけれど、私に出来る事なんか無いのだわ」
軽く溜息を吐き、立ち上がろうとした次の瞬間、地鳴りがして足元がぐらりと揺れた。バランスを崩して転びそうになったが、何とか持ちこたえる。
「キャッ……何!?」
「ラナ!」
血相を変えて階段を駆け上がって来たシンが、私を庇うように抱きすくめ辺りを警戒した。
「シン! 今のは地震?」
「地震にしちゃ揺れは一度しか無かった。だが洞くつの中は危険かもしれない。一旦外に出よう」
「ええ、その方がいいわ」
私達は次の揺れに警戒しつつ、恐る恐るドアを開けた。
「……!?」
「眩しっ……!」
大きな雷が落ちたかと思うような閃光が走り、一瞬目の前が真っ白な世界に変わった。
「何だ今の光り?」
「さっきの揺れは雷が落ちた衝撃だったのかしら?」
シンに庇われながら神殿から出ると、洞窟内は先ほどの揺れや閃光は何だったのかと思うほど穏やかな空気が流れていた。外で待たせていたヴァイスも、特に慌てた様子が無い。
「おいおい……ラナお前、神殿で何かしたか?」
「何かって何?」
シンは私の問いには答えず、唖然とした表情で洞くつから突き出る巨木を見上げていた。




