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191・アルテミ視察旅行

 翌朝、私とシンはヴァイスの背中に乗り、日の出とともに大陸の西の果てにあるアルテミを目指して飛び立った。

 本来、陸路を行くなら一ヶ月以上もの旅程を組み、護衛やガイドを雇わなければならないほど大掛かりな旅である。

 それを私達は、「ちょっとそこまで」レベルの気軽さで出発した。

 前に雨乞いをしに村を回った時は、遠い西の村までの移動時間はたったの一時間。

 ヴァイスはそこからアルテミまでは、飛ばせば数分で行けると言っていた。

 なんと、馬車で王都の端から端まで移動するより時間が掛からないのである。


 そしてアルテミが今どんな状況かわからないので、動きやすくて旅人らしい服装を選んだ。

 あくまで人に見られても違和感のない服装を心掛けただけであり、この機会にコスプレを楽しもうとした訳ではない。

 シンにはそのままズバリ、「旅人の服」を着てもらった。

 と言っても、まだ作りかけなので今回は完成している上着だけ。シンの私服の上にひざ下まである黒いロングベストを着せて、鞄と剣を下げられる太くて赤いベルトを腰に巻く。それに灰色のマントを羽織れば簡易旅人の服の完成だ。

 今回は動きやすさ重視でウィッグの出番は無い。

 私の方は、シンと少しだけデザインの違う服を選んだ。生成り色のシャツに水色のロングベストを重ねてベルトをする。薄茶色のズボンの裾はロングブーツに押し込み、濃紺のフード付きマントを羽織った。

 ベルトに付けた小さな鞄には、あの日王女を名乗る少女がくれた小さな黒曜石のペンダントトップを忍ばせている。


「何だか緊張するわね」

「とりあえず、アルテミは酷い状態だろうから心の準備だけはしておこう」

「ええ、そうね」


 王都で生まれ育った私は大規模な自然災害に遭った事が無い。

 それは前世でも同じだった。国内で毎年のように起きる自然災害は私の住んでいた町を避けるようにして起き、すぐ隣の町で起きた洪水や台風の被害状況をテレビの画面越しに見ていた。

 重機もダンプも無いこの世界で、倒壊した家や倒木の撤去にどれだけの人手が必要か、考えるだけで気が遠くなる。

 国民が他国に移住してしまっている今、復興など本当に可能なのだろうか。


(ラナ様、前方に見える山を越えた所がアルテミです)

「えっ、もう着いたの? 前に村を回った時よりスピードアップしてない?」

(あの時はラナ様が怖がっていましたので加減しました。本気を出せば今以上に早く移動する事も可能です)

「そうだったの……。あ、ヴァイス。地上に降りる前にアルテミの上空を旋回してくれる? 全体を見たいの」

(かしこまりました)


 ヴァイスは信じられない速さで空を飛び、出発からわずか二十分程でアルテミに到着してしまった。

 途中、雨乞いの儀式で回った村の上空を通り過ぎたはずだが、シンと思い出を振り返る暇も無かった。

 目的地に近づき速度を落としたヴァイスは、アルテミ上空をゆっくり旋回し始めた。

 興味深く下を見ていた私達は眩しさで思わず目を細める。

 水面に太陽の光が反射してキラキラ輝いているのだ。

 もし水が残っていれば泥水だろうと思っていたけれど、実際はとても透明度が高く、水底にある建物や石畳の道がハッキリ目視できるほど綺麗で驚いてしまった。

 平地に建てられた建物は水に浸かっていて使えそうにないが、山の斜面や小高い丘の上に建てられた家は無傷のまま残っている。

 よく見ると薪割り台に斧が立てかけてあり、軒下にはたくさんの薪が積まれていて人が生活しているのがわかった。


「何だ、まだ水は引いてないのか……。でも人は住んでいるみたいだな」

「ええ、それにお城は少し高い場所にあったお陰で無事みたい。一階部分が浸水しているけど中には入れそうね」


 上空をゆっくり旋回していると、シンが何かに気づく。


「なあ、何かおかしくないか?」

「何が?」

「大災害で水の底に沈んだんだよな? 大雨で洪水になったか、河川が氾濫したか何かで」

「ええ。でも水が綺麗なのは何十年も経って泥が沈殿したせいじゃないかしら」

「いや、水の事だけじゃなくて。他の所をよく見てみろ」


 よく見ろと言われても、水が綺麗な事以外特に変に思う所は無い。あとは思ったよりかなり国土が広いという事くらいだ。

 ここに来るまでダムに沈んだ遺跡のような光景を思い浮かべていたけれど、実際は昨日まで人が暮らしていたような綺麗な街並みがそのまま残っていた。

 城から少し離れた岩壁には落差二十メートルほどの立派な滝があり、山を背にして建つお城は一階部分の浸水以外は被害が無いように見える。


「あ! そうか、建物が壊れていないのね! 川の氾濫や土石流があったなら倒れた木や土砂が家を押しつぶしていてもおかしくないのに、壊れた家も倒木も無いわ。それに土砂が流れ込んだにしてはいやに水底が綺麗よね」

「ああ。まるでゆっくり水を溜めたみたいだ。大量に水が押し寄せたなら木造の小屋なんて壊れて流されてるはずなのに、そのまま残ってるだろ」

「本当だわ!」


 建物の多くは二階建ての一軒家で、庭の木や草花が時間を止めたみたいにそのままの状態で残っていた。

 私が前世で観た災害後の光景とは明らかに違っている。

 そしてずっと地上を眺めていてもう一つおかしな所を見つけた。神殿がどこにも無い。

 王都の大神殿のような建物があると予想していたのに、大きな建物はお城のみだ。


「オーナー、大体の状況はわかったし、とりあえず降りてみよう」

「誰かに見つかったらどうする?」

「まあその時は……アルテミの様子を見に来たって正直に話せば良いんじゃないか? 何なら、ばあさんがここの生まれだと話しても良い。そういうやつはいくらでも居るだろ」

「……確かにそうね。ヴァイス、山の中で降りられそうな所があったら降りてちょうだい」

(かしこまりました) 


 私達は辺りに民家の無い、細い山道に降り立った。

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