180・ペンダントが無い!
屋敷に戻った私達はそこでヴァイスの父に感謝の言葉を述べてお別れをし、使用人用出入り口から静かに中へ入った。
すると、厨房から鰹節で取った出汁の良い匂いがしてきた。ホッとする香りに先ほどまでの非日常から日常へと戻ってきたのだと強く実感する。
「チヨ、ただいま」
こっそり近づいて背後から声を掛けると、チヨはビクッと肩をすくめて振り返った。
「もう、ビックリさせないでくださいよー。おかえりなさいラナさん、シンとタキもお疲れ様」
「チヨちゃん、ただいま。三人とも無事保護されたから、もう宿に帰れるよ」
口元を隠していたバンダナを外してタキがチヨに笑いかける。
「それは良かったです。でも随分早かったですね。ここを出てから一時間も経ってませんよ」
「空を飛べば移動はあっという間ですもの。それに一人は既に保護されていたみたいで……ってその話は後でするわね。誰も厨房へは来なかった?」
「はい、それは大丈夫だと思います。すみません、夜食を作っておくと言いながら出汁を取るのが精一杯でした」
作業台の上には鰹節と削り器があり、チヨが奮闘した跡が見て取れた。その他には鶏肉と野菜、小麦粉や卵なども用意されている。
「いいのよ。出汁があれば十分。後は私達がやるわ。シン、チヨの取ってくれた出汁でめんつゆを作ってくれる? タキは卵を沸騰したお湯で六分茹でて氷水で冷やして殻を剥いてね」
「了解」
「わかった、六分だね」
シンとタキは厨房の片隅でササっと変装を解き、あらかじめ用意していた自前のエプロンを着けてすぐ作業に入った。
私は物陰に隠れて先ほど脱いだ自分の服に着替え始める。
しかしマントを脱ぎ、腰のベルトを外したところでハッと気づいた。さっきは二人が外に居たからこんな場所でも平気で着替えたが、隠れているとはいえ同じ空間に男性が居る。
「あ、それから二人とも私の着替えが済むまでこっちを見ちゃダメよ」
私がそう言うと、シンは呆れたように返事をした。
「わかってる。背中向けてりゃいいんだろ」
「ラナさん、私が見張ってますから大丈夫です。そうだ、持って行った水筒を洗って元あった場所に戻さなきゃダメですね。私がやっておきますから貸してください」
「ありがとうチヨ。じゃあこれ、お願いするわね」
鞄から水筒をすべて出すと、布の鞄の底には固くて小さな何かが残った。
アルテミの第三王女だという少女が別れ際に無理やり鞄にねじ込んできた物だ。
取り出して明かりにかざしてみると、それは黒曜石のペンダントトップだった。石は私とシンが持っている物よりかなり小さいが、台座のデザインが似ている。
彼女は身に着けていた装飾品の類を犯人達に奪われてしまっても、これだけは死守しようと下着の中にでも隠していたのだろう。
「彼女は本当にアルテミの王女だったのかしら……」
ブツブツと独り言を呟きながら服を脱ぎ、見比べてみようと自分のペンダントに手をやった。しかしここを出る時は確かに首にかけていたはずの物が無い。
「あ……あれ? 無い!」
「ラナさん、何か失くしたんですか?」
水筒を洗ってくれていたチヨがひょっこり顔を見せた。
「ええ。でも……どこかに引っかかってるのかも」
脱いだ服に引っかかった可能性を考えてバッサバッサとチュニックを振ってみた。
しかしペンダントは出てこない。
チュニックの下に着ていたシャツと上に羽織っていたマントを確認しても何も出てこなかった。
これは、胸を潰す為にきつくサラシを巻きつけていた為下着の中に落ちるという事も無く、おまけに腰に巻いたベルトが緩かったせいでストッパーの役割を果たさずストンと落ちてしまったに違いない。
こんな時に最悪な条件が重なってしまった。
「どうしよう、形見のペンダントが無い!」
私は頭が真っ白になり、着替え中なのも忘れて通ってきた所を戻ろうとした。
「え? 形見ってあの? あ! ダメ! シン達は向こうを向いていてください!」
「ん? どうした……あーー、ストップ! こっちに来るな馬鹿!」
「わっ、ごめん! 大丈夫、僕は何も見てないから! でも何か羽織ってほしいな……」
チヨ達が大騒ぎしているが、私はペンダントを失くした事に意識が集中してそれどころではなかった。焦って床に這いつくばり、どこかに落ちていないか確認したが、暗くて何も見えない。
巡り巡って私の手元に戻ってきた大切な曾祖母の形見が……。せめて宿に居る時なら良かったのに。今日に限って広範囲を飛び回ってしまった。
「あのー、ラナさん。とにかく先に着替えましょう。探し物は皆でした方が早いですよ」
「ごめんなさい、取り乱してしまって。だけどいつから無かったのかしら。全然気づかなかった……」
急いで着替えを済ませて事情を説明し、皆で私が通った場所を探してもらった。だが残念ながら厨房にも外にも落ちていない。
もし空の移動中に落としたとしたら、範囲が広すぎて見つけるのは不可能だ。
絶望して肩を落としていると、人の姿になったヴァイスが私に声を掛けてきた。
「ラナ様、ここは私にお任せください。あの石は相当強い力を持っていましたから、ラナ様の気をたどればなんとかなるかもしれません」
「本当? ヴァイス、お願いしていい?」
「はい、では行って参ります。皆様は予定通りの行動を」
ヴァイスはそう言ってスッと姿を消した。
思い入れ深い物には念でも篭っているのだろうか。後はヴァイスが見つけてきてくれると信じて待つしかない。
私達はめんつゆにゆで卵を漬けて味玉を仕込み、それをうちの宿の何倍も立派な冷蔵庫に仕舞って作業を終わりにした。
翌朝、ペンダントの事が気になって早く目が覚めた私のもとへ、ヴァイスが戻ってきた。
(おはようございますラナ様、ペンダントは見つかりました)
「本当!? ありがとうヴァイス!」
お礼を言って手を差し出すが、ヴァイスは私にペンダントを渡してくれない。
「ペンダントは? 拾ってきてくれたのよね?」
(それが少々問題がありまして……。ラナ様は早く身支度を済ませた方が良いと思います)




