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173・マリア、それは言わないで

「あ! そうそう、今朝温室に珍しい花が咲いていたから、是非エレイン様にお見せしたいと思っていたの。ちょっとだけここを離れて温室へ行きましょうよ!」

「それは素敵ね。でもほら、私に色々と訊きたい事があるんじゃ……」


 今度こそ質問攻めに遭うと思いきや、マリアはよく通る大きな声で私を温室に誘い、グイグイと腕を引っ張って強引にガラスの温室に向かう。


「花が枯れてしまう前に見ていただきたいの! 皆さん、少しの間エレイン様を独占させていただきますわね」

 

 パーティーの主役はマリアなのだから、本来そのセリフを言うのは私の方だ。

 だから私とマリアが親友同士だと知っている人達は、単純に私達がふざけてジャレ合っていると思ったのだろう。微笑みながらヒラヒラと手を振り、近くの人達との歓談を再開した。

 流石はマリア。この行動で先ほどの謝罪劇で重くなった空気は一気に和んだ。

 花を見せたいというのは方便だろう。

 シンは当然私達について来たが、マリアは温室の入り口でシンを止めた。

 

「すみません、エレイン様と二人にさせていただけますか?」 

「しかし……」


 シンは戸惑い、私に視線をよこす。

 マリアは信用のおける人物だけど、今は人が大勢集まっていて何が起きるかわからない。招待客の中に少し黒いモヤの出ている人が数人紛れていたし、警戒するに越した事はないだろう。


「マリア、彼は私の側を離れないわ。そうおじい様と約束しているの」

「……わかりました。ではどうぞ」


 マリアは渋々シンを温室に招き入れた。

 人に聞かれたくない話でもするつもりなのかしら? 

 するとどこからともなくメイドが二人やって来て、温室の入り口の前に立った。どうやら私を温室に連れてくる事は初めから決まっていたようだ。

 温室の奥へ進むと、目の前を妖精の光の玉が通り過ぎた。相変わらずたくさんの妖精が飛び回っている。前にここへ来たのは数ヶ月前の事だけど、その間色々あり過ぎて何だか妙に懐かしく感じた。

 

「あ……そういえば、ケビンが宿の植物を手入れしてくれて、とても助かっているわ。ありがとう、マリア。あなたが遊びに来たらお礼を言うつもりだったのよ」

「ううん。お役に立てて良かったわ。絶対に行くと約束したのに、あなたの宿へ遊びに行けなくてごめんなさい」

「気にしないで。何となく事情は察したわ」


 マリアは眉を下げて笑った。それだけで彼女の置かれた状況が伝わってくる。

 やっぱり監視されているのね。


「そんな事よりエレイン様、その方はどなたなのですか? てっきりお兄様がいらっしゃると思っていたから驚きました」


 マリアはそう言った後、私の耳元で「……うちへ一緒に来た長身の殿方とはどうなったの?」と囁いた。私はその言葉の意味がわからず、首を傾げる。

 ここへ一緒に来た殿方……? って、もしかしてシンの事?


「マリア、彼があの時のシンよ。お兄様は捜査で忙しいから、彼にお願いしたの」

「……まあ、ごめんなさい。あの時は平民かと……もしかしてアルフォードのご親戚だったのかしら?」

「なぜ? 貴族に見えるよう変装しているとは思わないの?」


 シンはウィッグを被っているし、元の彼を知っていれば普通は変装だと思いそうなものだ。

 するとマリアは不思議そうな顔をした。


「いいえ、思わないわ。以前会った時は気づかなかったけれど、王族のような気品があるもの。でも手のマメの感じからすると、騎士かしら」

「よく見てんな……」


 シンは自分の手のひらを見てボソッと呟く。

 本当にマリアは細かなところをよく見ている。この短時間でシンが何者なのか探っていたらしい。


「……シン様は、エレイン様が婚約者に蔑ろにされている事を耳にして、居ても立っても居られずに単身この国にいらした」

「は?」


 マリアの目がキラキラしている。

 また私とシンで何か妄想しているらしい。前に会った時は婚約破棄された私がシンと駆け落ちしたのではないかと言っていた。今度はどんな妄想を膨らませているやら。

 シンは突然始まった妄想話に呆れて、思わず「は?」と小さな声を漏らしたが、マリアの話はそのまま続いた。


「そして傷心のエレイン様の気がまぎれるよう、下町の宿屋という息抜きの場を用意して差し上げたの。エレイン様が家を出た今は、お二人とも身分を隠してその宿屋を営んでいる……慣れない平民生活もお互いが居れば十分幸せなのよね。ああ、素敵!」


 マリアは私とシンをうっとりとした目で見ながら、やや興奮気味に捲し立てた。


「マリア、それは一体何のシナリオなの?」

「すごい想像力だな」


 私とシンが呆れ気味にそう言うと、マリアは腕組みをして説明を始めた。


「あら、今までエレイン様がどうしていたか皆さんに話すのでしょう?」

「そうだけど……」

「なら少しでもドラマティックな方が興味を引いて瞬く間に拡散されるわ」

「でも下町の宿屋の件は内緒にしたいの。下手に探し出されて大勢で来店なんて事になったら他のお客様の迷惑になるもの」


 実際は貴族もお忍びで通っているけど、その方達はきちんとマナーを守ってくださるから問題無いのだ。

 危険なのは若い世代。エヴァンですらいかにも貴族という出で立ちで来店し、他のお客様を困らせていた。それもある種の営業妨害だ。


「それもそうね……。じゃあどう話しましょうか」

「マリア、シンはアルフォードの曾祖母と縁のあるお方のお孫さんなの。その関係で昔からノリス公爵家とも付き合いがあったのよ」

「まあ、それは初耳だわ。エレイン様の事は何でも知っているつもりだったのに。ひいおばあ様というと、確かアルテミの方だったわよね。では一緒に避難してきた方のお孫さんという事?」

「そんなところよ。だから、うちと付き合いのある彼の家でお世話になっているという事にしたいの。今は穏やかで満ち足りた生活をしていると知ってもらえれば十分よ」

「……わかったわ。私から皆さんにそうお話しするわね」

「ありがとう、助かるわ」


 この後マリアは私が宿でどんな暮らしをしているか詳しく聞き、まるで私の姉にでもなったかのようにシンに私の事を頼んだ。

 しかしどこか浮かない顔をしていたマリアは、戸惑いがちに本音を口にした。


「……今が幸せなのはわかったわ。でも、学校に戻る気は無いの? 汚名を雪げた事だし、皆あなたが戻って来るのを待っているのよ。きちんと卒業したくはない?」

「学校? 戻ろうなんて考えた事も無かったわ」

「そんな事言わないで。私ね、あなたが学園を去った後、友人達と転校したの。今はウィルフレッド殿下と同じ学校に通っているわ。話はついているから、あなたにその気があればすぐに編入可能よ」


 随分準備がいいのね。

 申し訳ないけど、既に独立して宿を経営している私に学歴は必要ない。

 それにチヨと初めて会ったあの日、おにぎりを食べたお陰でこの世界より高い水準の教育を受けた前世の記憶が鮮明に蘇った。あれ以来学校の授業は退屈で、ただの社交の場でしかなくなってしまったのだ。

 私がお断りしようとすると、マリアは深刻な顔で私の言葉を遮った。


「あのね、マリ……」

「本当を言うと! これはウィルフレッド殿下に頼まれた事なの。昨日、この機会に元の暮らしに戻るようエレイン様を説得してほしいと言われたわ……」

「え……なぜウィルフレッド殿下が?」


 うちでお会いした時、今は幸せに暮らしているとお伝えしたのに。殿下もそれを聞いて納得していたではありませんか。後日会って話がしたいと言っていたのは、この為だったというの?


「そうよね。フレドリック殿下と婚約したあなたをずっと無視していたはずなのに、変だと思うでしょう?」

「ええ……」

「私、エレイン様は今の方が幸せだと伝えたのよ。それでもあなたが消えてしばらくの間、殿下はどこかの修道院に居るあなたを探していたわ。私はそんな殿下の行動を、弟のした事に責任を感じたからだと思っていたの。でも、違ったのね……」


 マリアは私に言うべきか言わざるべきか迷っているのか、何度も唇を開いては閉じるを繰り返した。


「何が違ったの?」

「私、今朝父から聞いて驚いたわ。二人は幼い時に、数日だけ婚約していたのですってね」


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