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購入感謝SS・笑顔が見られるなら(シン)

本を購入してくださった方へ感謝の気持ちを込めて、

2巻のおまけで書き下ろした短編「ご褒美のパンケーキ」のシン目線のお話を投稿致します。


話の内容はラナがイリナを助けに教会へ行き、浄化を済ませて宿に帰ってきたところです。

「ご褒美のパンケーキ」は書籍用に書き下ろした締めの話の為、WEB版とは内容が少し異なりますのでご了承ください。


「ねえ、シンはパンケーキを食べた事はある?」


 ラナと二人で他愛もない話をしながら食材の下ごしらえをしている最中に、そんな質問をされた事がある。確かあれは、まだタキをこの宿に連れてくる前の事だ。

 ラナに言われて久しぶりに思い出したが、俺はパンケーキなんてもう何年も食っていなかった。


 両親が生きていた頃は学校から帰るとよく、キッチンからパンケーキを焼くいい匂いがしていた。俺とタキが腹を空かせて帰るだろうと、優しかった母がたくさん作って待っていてくれたからだ。

 俺はタキとは違い、照れて素直に「ありがとう」も言えない可愛げのない子どもだった。だから未だに後悔している。

 普通に続くと信じていた幸せな毎日はある日突然終わりを告げ、伝えたい言葉を一度も伝えられないまま両親と死に別れてしまった。

 だからせめてもとこれまでの感謝の気持ちを手紙にして棺に忍ばせたが、なぜ生きている時に言わなかったのかと自分を責めずにいられなかった。

 今なら母親と同じ味も再現出来るだろうが、あの頃の自分を思い出すと作る気になれずにいる。


「何でそんな事聞くんだ?」

「あのね、昔このくらい分厚くてふわっふわのパンケーキを食べた事があるの」


 ラナはそう言って親指と人差し指で厚みを表した。俺の知るパンケーキはせいぜい厚くても一センチほどだ。しかし、ラナが示した厚みはその三倍以上はある。


「それはスポンジケーキかカップケーキの話だろ? フライパンに生地を流し入れたら勝手に広がっちまうし、その厚みを出すなら型に流し込んでオーブンで焼かないと無理じゃないか?」

「ううん。それは大丈夫なの。作る工程で材料の玉子を黄身と白身に分けてメレンゲを作るのだけど……。メレンゲって知ってる?」


 これでもレストランで働いてたんだ、そのくらい知ってる。

 俺がコクリと頷くと、ラナは一風変わったパンケーキの作り方を目を輝かせて熱心に説明した。メレンゲを加えた生地をじっくり弱火で焼くらしい。

 パンケーキと言っても俺の知るパンケーキとはまったく別物のようだ。家では薄く焼いたパンケーキにバターを塗り、カリッと焼いたベーコンやソーセージなんかと一緒に食べていた。


「甘いクリームをつけて食うのか? それに、フルーツを載せてハチミツまでかけて?」

「ええ、そうよ。ふわふわのパンケーキにホイップクリームを添えて、上に一口大に切ったフルーツをちりばめるの。仕上げにとろりとハチミツをかけて、ミントの葉をちょこんと載せて出来上がりよ。聞いただけでも美味しそうでしょう?」

「……あ、ああ」


 俺の正直な感想は、「甘ったるそう」だ。しかしどんな食感なのか、メレンゲを加えた生地で焼くパンケーキには少し興味がある。


「ところでオーナーの好きなフルーツって何なんだ?」

「私? フルーツならなんでも好きよ。でも一番はイチゴかしら」


 ラナが教会から戻ってくるのをただ待っているだけでは落ち着かず、何か出来ないかと考えていた俺は、あの時の会話を思い出した。レシピを聞いた時はすぐに試してみようと思っていたはずなのに、タキの事で色々あってそんな話をしていた事をすっかり忘れていた。

 巫女の浄化は成功すると信じているが、それでも失敗する確率はゼロじゃない。あいつを労う為に、例のパンケーキを作ってやろう。


「タキ。俺、ちょっと買い物に行ってくる」

「え……今から? 何を買いに行くの?」

「フルーツ。たまには甘い物でも作ってみようかと思ってな」


 すると勘の良いタキとチヨはニヤニヤ笑い、生温かい目で俺を見てきた。


「僕も行くよ。欲しいのはイチゴでしょ? この時間じゃいつもの店は売り切れてるかもしれないからね」

「じゃあ私はラナさんが帰ってくるのを待ってますね!」


 チヨに留守を頼み、俺達は何軒か青果店を回った。すぐに手に入れる事が出来たのはバナナとブルーベリー。イチゴは残っておらず、少し割高にはなるが中央に近い場所にある貴族御用達の青果店で買う事にした。

 そして宿までの帰り道で、タキは思い出したように俺に質問をしてきた。


「ところで兄さん。甘い物って言うけど何を作るの?」

「ん? ああ……パンケーキ」


 パンケーキと聞いて、もしかするとタキが母親を思い出して悲しむのではないかと心配していたが、反応は意外なものだった。


「うわー、懐かしい! 母さんが僕らにしてくれたみたいに、兄さんはパンケーキを焼いてラナさんを待つつもりなんだね!」

「まあ……そんなところだ」


 しかし俺達が宿に着くなり、少し前にラナが帰ってきたとチヨに報告され、俺は急いでパンケーキを作り始めた。

 弱火でじっくり焼かなければならないが、あいつは身支度に時間がかかるから、多分ちょうど作り立てを食べさせてやれるだろう。パンケーキを焼き上げた俺は、盛り付けの最後にミントの葉を添えると聞いていた事を思い出し、タキに庭のミントを取りに行かせる。

 その間にいつでも紅茶を淹れられるよう準備を済ませたが、それでもラナは部屋から出てこなかった。

 変だな……いくらなんでも身支度に時間がかかり過ぎじゃないか? 


「チヨ。戻ってきた時のオーナーの様子はどうだった? 具合が悪そうだったり、酷く疲れていたりしなかったか?」

「別に元気そうでしたけど……? 私、ちょっと様子を見てきます!」


 チヨが様子を見に行くと、ラナはすぐに食堂へ顔を出した。

 そして巫女の浄化は無事に成功したと報告を受けた俺は、ラナを労う為に焼いたパンケーキを披露する。

 俺に話した事なんて本人はとっくに忘れているだろうが、どんな反応を見せてくれるのか楽しみだった。パンケーキを見たラナは一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに目をキラキラさせて嬉しそうに笑った。


「わあ、美味しそう……! ありがとう、シン」


 両親を一度に亡くしたあの日からずっと、パンケーキといえば悲しい記憶を呼び覚ますものでしかないと思っていた俺は、ラナの嬉しそうな顔を見てあの頃の母親の気持ちがわかった気がした。

 確かにお礼や感謝の言葉を伝えれば喜んだかもしれないが、そんな事をしなくても母は俺達の反応を見て嬉しそうに笑っていた。気持ちは伝わっていたんだろう。

 そう思うと、フッと心が軽くなった。

 今日からはパンケーキの思い出にラナの笑顔が加わった。

 またこの笑顔が見られるなら、俺は何度でもお前の為にパンケーキを作るよ。

 

書籍をお買い上げいただいた皆さん、ありがとうございます!

これからもお話は続くので、どうぞ引き続きよろしくお願い致します。

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