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143・こんなはずでは……

 サンドラの中に居る元妖精を浄化しにきたというのに、何も出来ないまま十日が過ぎた。

 私が神殿に到着した日に起きていた聖女行方不明事件が王宮に知らされ、監視を強めるよう国王陛下から命令が下された為だ。

 神殿施設との境にある扉には、廊下側と外の回廊側に女性の兵士がそれぞれ二名ずつ立つようになり、更に彼女が夜眠っている間も側仕えが室内で控えていなければならなくなった。

 当初の予定では、ヴァイスに見張りを頼み、夜中にこっそりサンドラの部屋に忍び込んで、ササっと浄化を済ませて宿に戻るつもりでいたのに、サンドラが一人になる時間が無いのではこちらも手出しが出来ない。

 今では普通にイリナ様の代理で聖女の側仕え達の管理を任され、すっかりこの場に馴染んでいる。

 そして側仕え達と朝のミーティングをしていると、沐浴を済ませてちょっと暇そうなサンドラから呼び出しがかかる。


「ライラ!」

「はい! 只今参ります! では皆さん、今日もよろしくお願いしますね。それぞれの持ち場に戻ってください」 

「はい!」


 側仕え達は皆、元々貴族の屋敷で働いていただけあって仕事は完璧だ。聞けば名だたる名家で働いていた者ばかり。

 私が指示しなくても、それぞれがやるべき事をわかっているので私の仕事は基本的に彼女達から報告を受けるだけである。

 サンドラの浄化が済んだ後、恐らく彼女達は仕事を失う事になるだろう。

 それは陛下がどのようにサンドラを扱うかにもよるけれど、神官長やイリナ様にも相談して、早めに彼女達の再就職先を探してあげなければならないと思っている。

 

 ちなみに、サンドラは私とレヴィエントに記憶を覗かれたあの日の事をあまりよく覚えていない。

 私と言葉を交わし、倉庫から出た事は覚えているが、その前の姿見の前での出来事を丸ごと忘れてしまっているのだ。

 本人は何かを探しに倉庫へ向かい、探し物をしている途中で疲れてうっかり寝てしまったと思っているらしい。

 レヴィエントの術を解かれた直後、あれだけ大泣きしたにも関わらず、サンドラは自分の部屋に入る頃にはケロリとして元の彼女に戻っていた。

 夢を見て泣いて目覚めても、内容をよく覚えていないアレに似た現象が起きたようだ。


「ライラ、そろそろ人が来るから、今日着るドレスを選んでちょうだい」

「それでしたら、あちらに用意されています」


 おしゃれに整えられたセレクトショップばりの衣装スペースには、まるでショップ店員のようにドレスと靴を持った側仕えがこちらを見て待機している。

 それを見て、サンドラは嫌な顔をした。彼女達は有能だけれど、サンドラは気に入らないらしい。

 側仕え達に聞いた話では、平民ではなく貴族の娘に世話をしてほしかったのだとか。

 巫女や神官は貴族の出だから、身分が上の者に世話を焼かれる事に優越感を覚えたのだろう。

 今、目の前に居るのが散々目の敵にしていたエレイン・ノリスだと知ったら、どうなるのだろうか。


「あなたが選んで! おばさんのセンスで選んだものは嫌!」

「……いつもそんな我がままを仰っているのですか? 今はどれを選んでも私が厳選したものしか並んでいないので、誰が選んでも変わりはありませんよ」

「そうだけど! でも……あなたに選んでほしいの。だってセンスが良いんだもの……」

「ふぅ……仕方がありませんね、かしこまりました。今日だけですからね」


 ここへ来て初めて知った事がある。

 サンドラはいわゆるツンデレである。学園で見た彼女はオドオドしているか男性に甘えているか、そのどちらかだった。

 でもきっとこれが素のサンドラなのだろう。

 記憶を覗かせてもらった時、弟達の相手をしていた場面では、なんだかんだと文句を言いつつも、しっかり面倒を見ていた。

 サンドラの表情やその時何を考えていたかはわからなくても、彼女の目に映る弟たちの眼差しを見れば、どれだけ慕われているのか一目瞭然であった。しかしそんな弟達を火事の時に見捨てたのも彼女で、とても複雑な気分になる。

 私はすでにドレス選びをしていた側仕えに目配せし、用意してあったものを戻させる。

 私がここへ来てから、サンドラの着るものは劇的に変わった。

 初めにワードローブを見せてもらった時は、どれもこれもあまりの露出の多さに開いた口がふさがらなかったが、それが決してサンドラの趣味という訳ではないと知り、整理させてもらったのだ。

 まずは何点かあった上品なドレスをメインに着てもらうようにして、タイトでセクシーなデザインの物はなるべく腰や足のラインが出ないように、暇な時間を使って簡単なリメイクをさせてもらっている。

 すべて前世の世界ならそのままでも通用する素敵なデザインではあったけれど、この国ではまだ早い。外国から取り寄せたのか旅先で買った物かは知らないが、よくもまあ、聖女への贈り物としてあんなデザインばかりを選んだものだ。

 私はワードローブの中から、薄紫色の清楚なシフォンのドレスを選んだ。

 元々はマーメイドラインのセクシーなデザインだったのだが、腰から腿にかけてタイトなスカートは切り取って、膝から裾に向けて広がる部分だけを使い、なぜか大量にあったシフォン素材の布を重ねて新たにふんわりしたスカートを作って取り付けたのだ。

 ここにはミシンが無いのですべて手縫いで仕上げたが、まあまあの出来だ。

 ウエスト部分を同じシフォン素材の帯で結べばつなぎ目もわからないし、何より可愛らしい。


「あら、それ良いじゃない。やっぱりライラはセンスが良いわ」

「恐れ入ります。ところで今日は面会の申請は無かったと思いますが、どなたかとお約束でもしていらしたのですか?」

「いやだ、聞いてないの? フフ、何よ約束って……王族や貴族は突然来るものなのよ」

「え?」


 貴族と同じで、アポを取らなくてはサンドラには会えないのかと思っていた。

 誰もその件について話をしてくれなかったのは、それがここでは当たり前すぎて感覚がマヒしているからだ。

 私が初日に外側をぐるっと見て回った時に見つけた出っ張った部分は、見た目通り神社の拝殿のような役割を持つ場所だと後で知ったけれど、まさか本当に神社と同じシステムだとは思わなかった。

 サンドラを着替えさせて髪をセットし、お化粧まで済ませたところで一時間が経過。その後すぐ、本当に客が来た。側仕えの一人が来客の到着を告げる。


「聖女様、アーロン・グレイ様がお見えです。お通ししてよろしいでしょうか」

「いいわ、通して」


 側仕えが扉の向こうのアーロンに向けて頷き、室内に招き入れた。

 私は動揺してその場に立ち尽くす。しかし頭の中はフル回転で逃げ場を探していた。

 ええ!? 嘘、アーロン様? それはまずいわ! あの方は私を耳の形で判別していると言っていたけど……どうしよう、耳を隠せば大丈夫かしら? もう! この部屋には隠れられる場所が無いじゃないのっ。

 私がオロオロしていると、アーロンが室内に入ってきた。咄嗟に耳にかけていた髪を下ろして両耳を隠す。

 男性が来た事で私が慌てて髪を整えていると勘違いしたサンドラは、揶揄うようにクスクス笑いながらいつもの一人掛けソファーに腰を下ろした。


「アーロン、先週は一度も顔を見せなかったわね。もう来ないのかと思ったわ」

「ああ……来ましたよ、十日前に。なにやら立て込んでいたようなので帰りました」

「あら、そうだったの」

「そういえば、知らぬ間にちゃんとした側仕えが付いたのですね。何人かどこかで見た事のある者も居る。これはかなり、ここでの暮らしが快適になったのではありませんか?」


 アーロンはぐるりと室内を見回し、衣装スペースで立ちすくむ私を見て動きを止めた。

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