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142・そこは盲点だった

「もしかしたら……サンドラは神様に試されたのではないかしら? 十六歳までは様々な誘惑が待ち構えていて、その誘惑に打ち勝つ事が出来て初めて聖女としての力を授けられるはずだった……とか……」

「そうかもしれぬな」

「ひゃっ……ビックリするじゃない、レヴィエント。起きてたの?」


 ベッドの端に腰かけていた私は、突然背後から声が聞こえてビクリと肩をすくめる。

 振り返ると少し前までベッドの真ん中を占領して寝ていたはずのレヴィエントが、いつの間にか小さくて可愛い豚の妖精から麗しい人の姿に戻っていた。

 イリナ様に与えられた侍女用の部屋にはベッドと机と椅子があるのみである。植物の無いこの部屋で寝ていても、彼は全然癒されないのではないだろうか。

 そんな私の心配をよそに、私に背を向けて横になっていたレヴィエントは、ゆっくり起き上がるとこちらを向いた。サンドラに術をかけた事で疲れてしまったのかと思っていたけれど、ただの寝不足だったのか意外と元気そうである。

 彼は私の独り言に答えるように話し始めた。


「そなたの言う通り……恵まれない境遇こそが、あの魂にとって聖女となる為に課された最後の試練だったのだろう」

「ええ、本当のところは神様にしか分からないけれど。それにしても、何代も続けて徳を積んできた魂であろうと、そう簡単には特別な力を与えないという事なのね……。ねえ、あの時サンドラを誘導した妖精はどうなってしまうの?」

「ああ、消えかけた仲間を助けたい一心だったのだろうが……余計な事をしてくれたものだ。故意ではないにしろ、追放者を手引きして人間界に迷惑をかけるという重大な過ちを犯した者だ。見つけ出して妖精界で処罰する。これに関してはそなたに口出しする権利は無い」


 レヴィエントは私が何か言う前にはっきりとそう告げた。

 確かに少し甘い事を言おうとしていた。「誰かの為にした事だから、大目にみてあげて」なんて、被害に遭った当事者じゃないから言える事。

 この件は妖精王である彼に任せるしかないだろう。


「そうだ私、あなたに聞きたい事があったの」

「なんだ?」

「浄化してサンドラの中から妖精が消えた後、彼女はどうなってしまうの?」


 私の質問にすぐに答えてくれるかと思えば、レヴィエントは目を閉じて黙り込んでしまう。その表情を見ただけで無事では済まないのだと予想出来る。私はとても不安になった。


「レヴィエント……?」

「……わからぬ」

「わからないって……?」

「体に取り込んだ時、すぐに浄化出来ていれば影響も残らなかっただろうが……もう十年だ。融合していた期間が長すぎる」

「つまりどういう事なの?」


 レヴィエントは一呼吸置いて、申し訳なさそうに答えた。


「……そなたには言いにくい事だが、最悪の場合、我が兄弟と一緒に消滅するかもしれぬ」

「ちょっ……嘘でしょう? 消滅って……彼女はそこまで闇に染まっているというの?」

「というより……他者から奪うだけでなく、宿主であるあの娘自身も生命力を奪われながら生きてきたと考えてみよ。今まで見てきた者達はどうなっていた?」

「あ……」

 

 皆、ミイラのようにやせ細っていた。

 レヴィエントの言う通りだとすれば、あんなに肌も髪も色艶良く健康的である訳がない。しかし記憶を見せてもらったお陰でサンドラが襲った人達はそんなに多くない事もわかっている。

 彼女の母親に始まり、数年後にタキ、五年後にウィル、神殿に入ってからはイリナ様と神官のヒューイと巫女が数名。

 私が把握していなかったのはウィルだけだった。

 予想では他にもたくさんの被害者が居て、ひっそり息を引き取った人や未だに苦しんでいる人がゴロゴロ存在するのではと不安だったけれど、その点は安心した。

 サンドラの母親と雨乞いの儀式の時に亡くなった巫女を除けば、他の人達は私の浄化で救う事が出来ている。

 でもウィルはどうやって回復したのかしら? とりあえず彼に影響が残っていないのはわかっているから、今は良しとしよう。

 実は記憶を覗いて気になった事がある。私が被害者の浄化をした後なのだと思うけど、彼女の容姿が変化していたのだ。それは奪い取った美しさが持ち主に返還されたから? 確かに私は浄化する時に、奪ったものを持ち主に返すよう念じたけれど。


「ねえ、もしも人から奪ったものが今の彼女を形成しているとしたらどうなるの? すでに亡くなった人に返す事は出来ないから、母親と巫女から奪った美貌が今のサンドラを作り上げていると仮定するならば、それを彼女に取り込んで繋ぎ止めている存在が消えてしまったら……」 

「宿主だけが無事とは限らぬ……。しかしこれは、やってみなければわからない。このままにしておいても、いつかあの体がもたなくなるかも知れぬしな」 


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