137・聖女はどこへ
扉の向こうのその人は、ホッと安堵の息を吐いた。よく見ると、こちらを警戒して身構えていたようにも見える。
「良かった、イリナ様でしたか……あの、ここでお引き返しください。今あちらへ行かれるのは危険です」
薄暗い廊下に立っていたのは、町の教会で出会った少年神官のヒューイだった。初めて見た時はまるでミイラのようだった彼も、今ではすっかり回復して元の姿に戻っている。
顔を合わせるのはあの時以来だけれど、とても元気そうで安心した。
しかし、どうも様子がおかしい。イリナ様はどこか怯えた様子の彼を気遣いながら、私達をここで足止めする理由を尋ねた。
「ヒューイ……そんなに慌てて何かあったのですか?」
「は、はい。実は、聖女様がお一人で部屋を出ていかれて行方不明に」
「行方不明……?」
「詳しい事はわかりませんが、神官達が手分けして行方を捜しています。ですから見つかるまで隠れていてください」
イリナ様はそれを聞き、自分の事よりもここに居る他の巫女達の身を案じてヒューイに詰め寄った。
「巫女達は今どこに居るのです? 全員無事なのですか?」
「大丈夫です! イーヴォの知らせを聞いて、巫女達は聖女様と顔を合わせないよう一つの部屋に隠れています」
「……そう。それなら大丈夫ですね……しかし、あなたもあの方と顔を合わせるのはまずいでしょうに、どうしてここへ……?」
「僕も隠れているよう指示されたのですが、そろそろイリナ様達が到着される頃だと思ったもので……何も知らずにどこかで聖女様と鉢合わせでもしたらと思うと、じっとしていられませんでした」
今の言葉で、先程彼が警戒しているように見えたのは気のせいでは無く、扉を開けたのがサンドラだと思って身構えたのだとわかった。
イリナ様は困ったように眉を下げ、自分の身の危険も顧みずここへ来たヒューイを優しく窘めた。
「ありがとう、ヒューイ。けれど今度からは、自分の身を守る事を優先してくださいね。あなたに何かあれば、わたくしはもちろん、皆が悲しみますよ」
「……はい」
ヒューイは一応イエスと返事をしたけれど、目はノーと言っていた。
彼はサンドラと関わった事でトラウマになるほどの嫌な思いをし、更に死にかけるような目に遭ったのだから、きっと一人で来るにはかなり勇気が必要だったはずだ。ここへ来るまでにサンドラと鉢合わせする可能性もあったというのに、彼はそれでも同じ苦しみを知るイリナ様を守りたかったのだろう。
「ヒューイ、あなたは門兵の所へ行き、誰が来ても外に出さないよう伝えてきてください。そしてそのままそこで待機するのです」
「それは構いませんが……イリナ様達は一緒にいらっしゃらないのですか?」
「わたくし達は神官長の元へ向かいます。聖女様が見つかり次第迎えに行きますから、早くお行きなさい」
ヒューイは不満そうだったけれど、渋々頷いて歩き出した。彼は何度も振り返り、心配そうにこちらを見ている。私は変装用の眼鏡を外し、大丈夫だと彼に微笑んで見せた。
「ヒューイ、イリナ様の事は私が守るから、そんなに心配しなくても大丈夫。あなたの中にあった悪いものを浄化したように、今度は聖女の中に居る悪いものを浄化します」
「あれ……? その声……あなたはあの時の天使様……!」
ずっとイリナ様の背後に居たというのに、ヒューイは私が声をかけるまでこちらを見ようともしなかった。未だに女性への嫌悪感が拭いきれていないのか、この時初めて私の顔を見たのだった。
そして侍女に扮した私があの時のヒーラーと同一人物だとすぐに気づき、彼は胸に手を当てて私に頭を下げた。
イリナ様はあの後何と言って私の事を説明したのだろうか。なぜだか私は天使だと思われているようで、違うと訂正したいところだけれど、今はそんな余裕もなく、黙ってその場を立ち去った。
ヒューイと別れた私達は、問題になっている聖女の住居へと向かう。きっと今なら神官長もそこに居るだろう。自然と速足になる二人の靴音が廊下に響き、それに合わせて鼓動も早くなった。
これは予想外の展開である。
私は少し冷静になろうと、先ほどから気になっていた事をイリナ様に質問してみる。
「イリナ様、神官や巫女の間では聖女を危険人物として認識しているのですか?」
「そのようですね。今となってはそれも仕方のない事でしょう。巫女が一人亡くなっているのですから」
角を曲がるとすぐそこに神官が居て、彼等は懸命にサンドラの行方を探していた。
イリナ様は中でも一番せわしなく動いていた神官に声をかけた。
「イーヴォ」
「あ……! イリナ様! おかえりなさいませ」
「聖女様が居なくなったとか。この人数で探してもまだ見つからないのですか?」
「はい、それが――」
イリナ様は大人の神官ではなく、まだ少年に見えるイーヴォという神官から事情を聴き始めた。そういえば、彼がサンドラの担当者なのだから事情は一番良く知っていて当然だ。
私は二人の会話をすぐ側で聞きながら、辺りをじっくり見回していた。すると、見覚えのある光の玉がどこかへ飛んでいくのが見えた。




