132・王弟グレイアム対サンドラ ~後編
「あ……えっと……儀式の途中で王都に帰る事になっちゃったでしょ? だから、神様に私の代わりをよこしてってお願いした……のよ」
「は? 本当ですか?」
イーヴォはあまりに予想外過ぎるサンドラの発言に眉をひそめ、思わず疑いの目を向ける。
「何よ、疑ってるの? 私だってまさか本当に天使をよこしてもらえるなんて思わなくて、今すごくビックリしてるんだから」
「一体いつそのような事をされたのです? 帰りの馬車ではそのような素振りは見られませんでしたが」
「……いつって……誰にも言わなかったけど、行けなかった村の事が気になって夜眠れなくて……毎晩神様に祈っていたのよ」
「そう……ですか……」
これまでに聖女らしからぬ振る舞いばかりを嫌というほど見てきた彼には、この発言は到底信じられるものではなかった。だからと言って、実際に嵐を呼ぶという奇跡を目にした後では、彼女の主張を嘘だとも言い切れず、イーヴォはそれ以上詮索するのをやめた。
自分が何か言わなくても、自分以上にサンドラを信用していない人物がそこに居る。王弟グレイアムはサンドラとイーヴォの会話を聞いていたが、終始無表情でサンドラの様子をジッと観察していた。
「ああ良かった……! 私の願いが通じたみたいで。これで心配事が一つ減ったわ」
サンドラは咄嗟に思い付いた嘘がバレてしまわないか内心不安で仕方なかったが、これを信じさせる為にうっすら涙を浮かべて見せ、ホッと息をついた。
何も知らなければ、とても慈悲深い女性に見える。
「出まかせを言うな。そうまで言うなら、お前が天使を召喚したという証拠はあるのか?」
初めから信用する気の無い王弟グレイアムは、そう言ってサンドラに冷めた視線を向ける。
「証拠は……本当に天使が現れたって事だけ……です。逆に聞きますけど、神様にお願いしたかどうかなんて、どうやって証明したらいいんですか?」
サンドラも負けじと質問を返す。かろうじて言葉遣いは直したが、態度は生意気そのものだ。
「証明か……ならば、我々の見ている前でもう一度同じ事をやってみせよ。お前は今、天使を召喚したと言ったのだが……それがどういう意味か、わかっているのか?」
「しょーかん? しょーかんって何? イーヴォ」
平民のサンドラが召喚術を知る訳もなく、保身の為に口をついて出た言い訳がこの先自分を追い込んでしまうとは思いもしなかった。
「召喚をご存じないのですか? 呼び出すという事ですが……」
「なーんだ。だったらそんな言い方しないで素直に呼び出したって言えばいいのに」
「ちなみに異界から魔獣や精霊、聖獣などをこの世界に呼び出す術を召喚術と言います。召喚術は古い魔法です。現代では出来る者がいないとされていますが、魔力を持たないあなたがもし本当にそれをやってのけたとなれば、大変な事ですよ」
「……へえ……そうなの……? でも、私は聖女だし、魔力が無くても治癒魔法みたいな事だって出来たわ。今回もきっとそんな感じよ。だって、私は特別な存在なんだから……!」
聖女だから何でも出来るという謎の理屈はさておき、イーヴォと話している間も王弟グレイアムはサンドラの反応を注意深く窺っていた。サンドラもそれを感じ取り、無理に平静を装って見せる。
「で……サンドラ、召喚術はいつ見せてくれる? 明日か?」
「明日って……すぐには無理……! です。雨乞いの儀式で力を使ったし、天使を呼び出すのにもきっと力を使ったと思うから……」
「フッ……力を使ったのはそれだけではないだろう。巫女を一人呪い殺すのに力は必要ないのか? 恐ろしい女だ。では、一週間後だ」
「そんなの早過ぎるわ。せめて一ヶ月! ううん、三ヶ月は待ってくれないと!」
「二週間だ。二週間だけ待ってやろう」
「ちょ……イーヴォも何とか言ってよ! 雨乞いの儀式までに何か月も力を溜めて、それでも一度しか出来なかったのよ? それを二週間だなんて無茶苦茶よ! 一ヶ月だって短い位なのに!」
もっと猶予を与えられなければ召喚出来ない事への言い訳を考える時間が足りないと感じたサンドラは、何としても時間稼ぎをしたかった。
しかし、王弟グレイアムはそれを許さない。
「勘違いするな。私は雨乞いの儀式を再現しろと言ったのではない。神に祈って天使を召喚してみせろと言っているのだ。お前の話では雨乞いの儀式で力を使い果たした後でも可能だったのではなかったか?」
「っ……それは……!」
サンドラは先ほど自分が言った事を思い返す。王都への帰りに回復期間も置かず、毎晩神に祈ったと言ってしまった。その理屈だと二週間の猶予でも多い位だ。これで出来ないというのは辻褄が合わない。
そうは思っても、サンドラは食い下がらずにいられなかった。
「やっぱり三週間待ってくださ……」
「二週間だ。恨めしそうな顔をして……お前のそれは、ただ時間稼ぎをしたいだけなのだろう? 言っておくが、私を呪えばお前は即、断頭台行きだ」
図星をつかれ、サンドラは動揺する。
「そんな事……王様が許す訳ない!」
「フッ、陛下の心は今や、実際に民を救った天使の方に向いておられる。金ばかり食って何の成果も上げないお前を、いつまでも陛下が庇ってくれると思うな!」
王弟グレイアムはギラリと鋭い視線でサンドラを睨みつけた。呪いを受けないよう距離を置き、柵で阻まれた二人の間にバチバチと火花が散る。サンドラも自分の意志で呪い殺せるものなら、いっそこの場でそうしたいと思っていた。
「む……? お前、そのような顔だったか? 顔立ちがずいぶん変わった気がする。目の色も黒かったと記憶しているが……いつから青い目になった?」
唐突に王弟グレイアムからサンドラの容姿の変化について言及され、イーヴォはサンドラがそれに反応する前に慌てて会話に割って入った。
イーヴォの知る限り、呪われた者の共通点はサンドラに不快な思いをさせた者。目の前に居る王弟グレイアムが呪われ萎れていく姿が瞬時に脳裏をよぎった。
「殿下……! では二週間後、私は聖女様をどちらへお送りすればよろしいのでしょうか?」
多少強引ではあったが、サンドラには王弟グレイアムの声がよく聞き取れなかったのか、何故かキョトンとしていていつもの癇癪を起さなかった。ここで容姿の衰えなどを指摘すれば、また呪いの被害者が出る事は必至である。
「いや、私がここに来る。……サンドラ、二週間後楽しみにしているぞ。その間に上手い言い訳を考えておくのだな」
王弟グレイアムは真顔でそう言い残し、護衛を引き連れて颯爽とこの場を去った。イーヴォは王弟グレイアムが見えなくなるまで頭を下げ続け、顔を上げると同時にチラリとサンドラの様子を盗み見る。
意外にもサンドラは王弟グレイアムの言い残した皮肉にも無反応で、神妙な顔をしてただ一点を見つめていた。
「聖女様、お部屋に戻りましょう」
サンドラは何も言わずスッと立ち上がると、イーヴォを無視してスタスタと部屋に戻ってしまった。その場に一人残されたイーヴォは、いつもと違う彼女の反応に戸惑いを感じ、誰も居ない拝殿でぽそりと独り言を呟いた。
「……どうしたのだろうか……? あの方らしくない反応ですね。それにしても天使ですか。是非ともこの目で拝見したいものです」
サンドラが王弟グレイアムについた嘘は、この日拝殿の警備に就いていた一人の兵士による迂闊な会話のせいで、すぐさま王都中に知れ渡る事になった。




