130・王弟グレイアム対サンドラ ~前編
王都に戻ったサンドラは、身の回りの世話をする者が平民の女性達に代えられていた事に激しく腹を立て、神殿関係者では唯一世話係として残されたイーヴォに、その怒りの矛先を向けていた。
「ああもう嫌! イーヴォ、私の世話係を元に戻して!」
「それは無理です。彼らに何をしたのかお忘れですか? 今は心穏やかに神に仕えております。もうここへは参りません」
「どうしてよ! ちゃんと雨を降らせたでしょ? 言われた通り役目を果たしたのに……こんなのあんまりだわ。聖女の世話をそこらのおばさんに任せるなんて、私を馬鹿にしてる証拠よ!」
「何を仰るのですか。今までは他人の世話をした経験もない未熟な世話係でしたが、今度からはあなた専属の側仕えが付いたのですよ? これは貴族並みの扱いです」
一人掛けのソファーに深々と腰を下ろし、すらりと長い足を乱暴に組むと、サンドラは自分の周りで忙しそうに働く女性達を見下すような目つきで睨みつけた。
彼女はおばさんと言っているが、実際はまだ二十代の若くて綺麗な女性達だ。
国からの報酬はそれほど高くもなく、決して条件の良い職場とは言えない。しかし聖女の為ならばと、子供の頃から勤めていた貴族の屋敷を辞めてまでここへ来てくれたというのに、そんな事すら考えられないほどサンドラの心は黒く濁っていた。
見るものが見れば、今のサンドラの体からは大量の黒い霧が出ているのがわかるだろう。
すぐ横に控えるイーヴォは、半ば呆れ交じりの溜息を吐き、サンドラを窘めた。
「そのような事、あなたの為に働く者達の前で言うものではありませんよ」
「だってこんなの望んでないわよ……あの巫女にも、おばさんに世話をされるのは嫌だって言ったのに……これって嫌がらせだわ……!」
「ここにいる女性達は皆、貴族の屋敷で働いていた者達です。ご覧ください、箱に入ったままだった贈り物もすっかり片付いて、以前よりずっと過ごしやすい環境に整えられているではありませんか」
部屋の一角を占拠していた貴族達からの貢ぎ物の山は、いつの間にかすべて荷解きが済んでおり、大量にあったドレスや装飾品の類を収納する為に、まるでセレクトショップのような見せる収納スペースまで設けられている。
そして以前、室内に割れ物を置いていたせいでサンドラが大怪我を負うという事故が起きた事を踏まえ、鏡は勿論、普段使わないガラス製品や陶器類はこの部屋からすべて排除され、これからまだ増えるだろうそれらを収納する場所を確保するために、無駄に広かったサンドラの部屋は壁で仕切られ、部屋の三分の一を使って外からしか出入りできない倉庫まで作られていた。
イーヴォから見て、彼女達は完璧な仕事ぶりだった。指示を出さずとも率先して行動し、誰かの世話をする事に慣れているので、わがままを言われても嫌な顔ひとつしない。むしろ聖女の世話が出来る事に喜びさえ感じていそうだ。
サンドラも、初めのうちは彼女達から容姿を褒められてまんざらでもないという顔をしていたくせに、神官長の予想通り、仕事が出来るかどうかではなく、身分だけを見て世話係のランクを下げられたと勘違いし、見当違いな怒りをぶつけているのである。
「嫌なものは嫌! どうせなら貴族の娘にでもやらせてよ」
「わがままが過ぎますよ。美しい巫女は嫌。ベテランの巫女も嫌。おまけに平民女性も嫌では、ここには誰も置けなくなります。側仕えを置かず、すべてを自分でやると仰るのでしたら、そう神官長にお伝えしましょうか?」
「イーヴォの意地悪! もういいわ!」
サンドラがふてくされてプイっと顔をそむけた時、久々に聖女を呼び出す鐘の音が響いた。サンドラはいつも通りそれを無視しようとしたが、何も知らない側仕えの一人が拝殿へ出向き、来客への対応を済ませていた。
そして戻って来た側仕えは、サンドラではなくイーヴォに来客からの伝言を伝える。
「イーヴォ様、今からこちらに王弟殿下がお見えになるそうです。聖女様と共に、拝殿の方に顔を出すように、との事です」
「何? 王弟殿下が?」
サンドラ達が王都に戻ってすでに数日経過しているが、まだ儀式の成果を報告する場は設けられていなかった。なぜなら巫女の一人が、些細な事がきっかけでサンドラに呪われ、命を落としたからである。
予定では王都に戻り次第、大臣達を集めて謁見の間で報告会を開く予定だったのだが、もしもの事を考えてそれは中止になっていた。当然の事であるが、現状既にサンドラは危険人物と認識されつつある。
「わかりました。では、急いで聖女様に一番上品なドレスを着せてください。手の空いた者は、今すぐ拝殿を整えるように」
「はい! 聖女様、どうぞこちらへ。急いで衣装を変えましょう」
イーヴォの指示で側仕え達は一斉に動き出し、のろのろとあまり協力的でない動きをするサンドラを宥めすかして、いつもの露出度の高い派手なドレスから、手持ちの中で一番品のあるドレスに着替えさせた。
贈り物のドレスは露出度の高い物ばかりかと思えば案外そうでもなく、荷解きをすべて済ませてみると、サンドラの為に人生を棒に振った、あのジェラルド・パウリーから贈られたドレスは、どれも上品で洗練された品物だった。
これが無ければ、サンドラは彼女が最も嫌う巫女の服を着せられるところであった。
「王弟殿下って……いつも私を見て嫌な顔をするあの人よね……会いたくないわ。どうして王様や第一王子様は私に一度も会いに来てくれないのかしら?」
サンドラは自分の力を試されたあの日から、王弟グレイアムが苦手だった。今のところ、彼ほどサンドラを厳しい目で睨みつける者はいない。目の前で力の存在を見せつけてもその視線の鋭さに変化は無く、何かボロが出ないか注意深く観察されている気分になるのだ。
聖女の覚醒を祝う祭の間も、常にジッと見られていた。彼と目が合う度に高揚していた気持ちが冷めてしまい、自分が最も輝けるはずだった祭を純粋に楽しむ事も出来ず、未だにそれを恨みに思っていた。
だからつい、こうして不機嫌な顔になってしまう。
「……聖女様、くれぐれも礼儀正しく。そのようなお顔はおやめください。礼儀作法は何度もお教えしました。王族への不遜な態度は、あなたの首を絞めるだけですよ」
「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの? 聖女様よ。聖・女・様」
弱気になれば負ける。そう思ったサンドラは、わざとイーヴォに軽口をたたき、内心の不安を押し隠した。
自分が起こした奇跡は今までにたったの二つ。怪我をした兵士の目を治し、雨乞いの儀式では嵐を呼んだ。それは十分な働きだったと自負している。
しかしそれに対し、巫女や神官見習いを呪ってしまうアクシデントは、わかっているだけで四件もある。最悪な事に、そのうちの一人を死なせてしまった。
どれも自分の意志でやった訳ではないが、聖女に恐れを抱かせる目的で、イリナを体調不良に追い込んだのは自分だと思わせてしまったのは、かなり浅はかな考えだったと言えるだろう。
聖女という輝かしい肩書を、いつ剥奪されるかと戦々恐々とした毎日を送るサンドラにとって、自分を一向に認めようとしない彼のような存在は恐怖でしかなかった。
身なりを整えて拝殿に向かうと、王弟グレイアムはすでにそこに居た。
「殿下、お待たせして申し訳ありません。わたくしは聖女様の世話係で、神官のイーヴォと申します。この度は殿下自ら……」
王弟グレイアムは片手をあげて軽く頷き、イーヴォの挨拶を遮った。そして不敵な笑みを浮かべ、サンドラに鋭い視線を向ける。
「サンドラ、やはりお前は偽者だったな」
柵越しの対面で、多少恐怖心は薄れていたサンドラだったが、彼の第一声で全身から血の気が引くのがわかった。




