129・天使の噂
「いやー、世の中には奇跡ってのが本当にあるんだなー。ラナちゃん、西の農村地帯に、天使が現れたって話、知ってるかい?」
「ええ? なんですかそれ?」
「何でも、日照不足と水不足で困っていた村に、恐ろしい獣に乗った二人の天使が空から舞い降りたんだってさ」
「まあ、天使が?」
夕食時で大いに賑わう店内は、すっかりこの話題で持ち切りだった。
私と話をしているのは、いつかシンと買い物をした花屋の主人で、うちの常連さん。彼は昼間に市場で見たという吟遊詩人の事を話し始めた。
私は仕事の手を止めずに、お客様の話に耳を傾ける。こうした接客も私の大事な仕事のひとつで、情報取集にも役立っている。
チラリとシンを見ると、私を冷やかすような笑みを浮かべていた。
もう……まるで他人事のような顔をしているけれど、あなたもその一人だという事を忘れているのではない?
聞けば、各地を旅する吟遊詩人がこの話を広めていて、サンドラが巫女を呪った事までもが伝わっていた。
それにしても、まさか私達が天使と呼ばれているとは知らなかった。
あの時私達の姿を目撃した人々は皆、武器代わりに農具を構えていたし、かなり警戒していたはず。その後畑の変化を見て、私に合わせて手拍子をしてくれる人もいたとはいえ、立ち去る段階になるまで警戒を解いてはもらえなかった。正直なところ、徒に怖がらせてしまっただけで、姿を見せたのは失敗だったのではないかと少し心配だった。
でもこの話を聞く限りでは、シンの狙った通りになったという事。私はホッと息をついた。
これでこの後、聖女が居なくなったとしても、私達の撒いた希望の種が民の救いとなれば良い。
――サンドラの中から怪物となった元妖精を退治する事が出来たら、その時彼女はどうなってしまうのかしら……? ふと、そんな疑問が脳裏をよぎった。
「いやー、まったく。聖女様に感謝しないといけないな」
突然、うしろのテーブル席で話をしていた人がこちらの会話に入ってきた。しかしどう考えても、今の会話と聖女への感謝には何のつながりも無いように思える。
「おいおい、なんで今聖女様が出てくるんだ?」
花屋のおじさんは納得がいかないらしく、うしろの席にいる男性にその理由を聞いた。
「だからさ、その天使は聖女様が呼び出したんだろ? さっきここへ来る途中で聞いたんだ」
「はあ? 一体誰がそんな事を?」
「兵士だよ。ついさっき見回り中の兵士がそんな話をしながら歩いてた」
「兵士がか? うーん、だったら本当かもしれないなぁ」
一体何がどうなってそんな話になっているのか知らないけれど、私達はサンドラが王都に戻った翌日に行動したのだから、彼女が関わるのは不可能なのだ。その時王都に居たはずの人がどうやってあの場に天使を呼び出す事が出来ようか。まったく意味不明だ。




