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128・希望の種



 私の歌声は一体どこまで影響したのか、吹く風は麦の穂を揺らし、遥か遠くまで金色の波が続いている。気付けば空は青く澄み渡り、あれだけあった分厚い雲は、どこかに消えてしまっていた。


「嘘みたい……こんなに威力があるなんて思わなかったわ……これではこの先、下手に歌なんか歌えないわね。シン、ここはもう大丈夫。次の場所に移動しましょう」

「……お前、これだけの力を使って、体は大丈夫なのか?」

「それが全然平気なの。女神様に頂いた加護のおかげかしら」


 シンは心配そうに私を見るけれど、どこにも異常は感じなかった。疲れるどころか、好きなだけ声を出して歌えたおかげで、気持ち的にはスッキリしている。


 私達がこの場を去ろうとした時、集落のある方向から、たくさんの歓声が聞こえてきた。


「……ん? 向こうから人の声が聞こえるな。ここに留まっていたら見つかっちまう。厄介な事になる前に、早く出発しよう。ヴァイス、頼む」


 私達は人目を避けるように、一気に上空へと飛び立った。上空から見ると、どこまで私の歌声が届いたのかが一目でわかる。

 

「もうこの時間だと、農民は仕事に出始めるのね。この後地上に降りるのは危険かしら?」

「……そういえば、俺達は変装してきたんだったな。どうせだから、姿を見せてやろう。自分達を救ったのは聖女なんかじゃなく、天から降り立った神の使いだって思わせるのどうだ?」


 シンは私のコスプレ姿を見て自分の着ているものを確認し、思いがけない提案をしてきた。シンならば、隠れて行動する方を選ぶと思っていただけに、とても意外だった。


「それで聖女への期待感が薄れると思う?」

「例の噂は広まってるだろうし、もうすでに期待通りの存在じゃない事はわかってるだろ。皆が絶望する前に、救いの手が差し伸べられたと分かれば、それが活力に繋がるんじゃないか?」

「そうね……私達は悪い事をしている訳ではないのだし、隠れてコソコソする必要は無いのよね」

「ああ。それにもし人が集まってきても、お前に近づけないよう、俺が風を起こして押し戻してやる」

「シン、怪我をさせちゃダメよ?」

「大丈夫。フレッド様から加減の仕方も教わったんだ。お前はそんな事気にせずに、豊穣を願って歌えばいい」


 フレッド様……つまり、ウィルフレッド王太子殿下との特訓のおかげで、シンは少し変わった。タキもだけれど、隠さなければと抑え込んでいた魔力を、毎週末、専用の施設で存分に使えるようになり、魔法の使い方を本格的に学んだ事で、自信を持ち始めたのだろう。心なしか以前より堂々として見える。

 彼は誰に言われるでも無く、民の事を考えて提案してくれたのだ。だから私はそれに乗ることにした。


「わかったわ。シン、ヴァイス、次からは派手に行くわよ」

(承知しました)

「フフッ、良し、頑張れ」


 次の土地では、人目を気にせず周囲を畑に囲まれた細い農道に降り立った。すぐ横の畑の中には仕事中の男性がいて、突然空から降ってきた私達を見て腰を抜かした。


「ひえ! なんだなんだ?」

「おはようございます。ちょっとお邪魔しますね。どうぞ私達の事は気にせず、お仕事を続けてください」

「だっ……誰かー! 魔獣だ! 魔獣が出たぞー!」

「あ! ちょっと待って……!」


 ニッコリ笑って話しかけたのに、男性は転げるように走って逃げてしまった。ヴァイスは男性の言葉に憤慨し、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


(私を野蛮な魔獣と間違えるとは、なんと失礼な)

「魔獣って……あの人にはヴァイスが見えていたって事?」

「本の読みすぎだな。そんなもん召喚しなけりゃお目にかかれないっつーの。……あ、もしかして俺達が召喚士って事か?」

「どうしましょう、きっと武器を持った人達が押し寄せてくるわね」


 私が不安を口にすると、シンは何かを思いついた顔をして、余裕の笑みを見せた。


「いや、いい機会だ。人が大勢集まったタイミングで歌い始めろ。目の前で奇跡を起こしてやれば見方も変わるだろ」

「そんなに上手くいくかしら……? でも、やるしかないわね。怖がらせたままでは申し訳ないもの」


 すぐ近くの畑に目をやると、土がカラカラに乾いていて作物が弱っている。枯れかけて葉が変色してしまったものも多く見られた。

 そして少しすると、手に鍬や草刈り用の鎌を持った人達がやってきた。


「よし、良いぞ」


 シンの合図を聞き、私は緊張しながら手拍子を始める。それから大きく息を吸い込んで、今度はポップで明るい曲を歌い始めた。

 集まった人達は、突然歌い始めた私にギョッとして、一斉に武器を構えてじりじりと迫ってきた。

 シンは数歩進んで私の斜め前に立ち、いつでも魔法を放てるように手を前に出して構え、後ろのヴァイスは大きな翼を広げて皆を威嚇した。

 私はこの緊迫した状態を解除するために、どうしたら自分達が神の使いに見えるのか考えた。そして脳裏を過る魔法少女の変身シーン。するとそれだけで、すぐにあの時と同じ現象が起きた。キラキラ光るたくさんの虹色の蝶が、金色の軌跡を描いて私を中心にひらひらと舞う。

 そして歌が盛り上がったところで、蝶たちは放射状に飛び去り、近くの畑から順に作物が急成長を始めた。サワサワと音を立て、私達を中心に吹くシンの起こした風によって、黄金色の穂が波の様に揺れる。


「なんだ? どうなってる?」

「畑が……! これは夢か?」


 農民たちは何が起きているのか理解出来ず、あたふたしながら周囲を見回した。シンは構えていた手を降ろし、ヴァイスも威嚇するのをやめた。

 私は体を揺らして楽しげにリズムに乗り、まだ武器を降ろさない人達に向かって一緒に手を叩いてと目で訴えた。ほら、コンサートなどでよく見る、あんな感じで。

 私と目の合った若い男性は戸惑いながらも手拍子を始め、魔獣騒ぎを聞きつけて、好奇心いっぱいで見に来た村の子供達も、私の歌を聞いて訳も分からずそれに加わった。子供達が来たという事は、その母親達も心配して追ってくる。

 細い農道は村人で溢れ、奇妙な路上ライブの場と化した。私はなんだか楽しくなり、立て続けにもう一曲歌い上げた。麦はこれ以上無いほど力強く実り、離れた場所の別の作物も瑞々しい野菜を実らせていた。


「わあ! 歌が上手だね! 他にも何か歌ってよ!」


 大人達をかき分け、最前列に躍り出た少年が、目をキラキラさせ興奮して私に話しかけてきた。するとその子の母親だろう女性が慌てて駆け寄り、子供を庇うように抱き寄せて、私に警戒心むき出しの厳しい目を向けた。

 

「あ……っ」


 私は少し悲しくなったけれど、これは当然の反応なのだ。突然現れた得体の知れない私達に、警戒しない訳がない。それにどういう訳か、皆にヴァイスが見えてしまっているようなのだ。こんな大きな獣がいれば、怖いのは当たり前である。


「皆さん、突然お邪魔しました。今年はもう、飢饉に怯える必要はありませんので、安心してください。では、私達はこれで失礼します」


 シンと共にヴァイスに乗った私は、最後に先ほどの少年に目を向けた。その子は母親の腕から逃れようと、ジタバタともがきながら何とかして私の顔を見ようとしている。そしてスルリと腕を抜け出し、こちらに向かって屈託のない笑顔を見せた。


「ねえ、歌は終わり? もう行っちゃうの?」

「他にも困っている人達がいるから、そこへ行くの。歌を褒めてくれてありがとう」


 そう言ってニッコリと微笑む私を見た村人達は、そこでやっと警戒心を解いた。


 ヴァイスは羽ばたきひとつで一気に上空へと飛び立ち、私達はそのまま真っすぐ次の地へ向かう。次の村でも反応は似たようなものだったけれど、これで飢饉の心配は無くなったのだから、それで良しとしよう。

 


 


 

 

 


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