127・黄金色の大地
「凄いな……こんな景色見た事ねーよ……なあ、怖がってないで見てみたらどうだ?」
「……無理よ。シンは高いところが怖くないの?」
「お前は怖がりのくせに下ばっか見るから悪いんだ。顔を上げてそのまま遠くを見れば大丈夫だから、とにかく目を開けてみろって。ほら、早くしないと終わっちまうぞ?」
シンは少し前に、怖ければ目を閉じてつかまっていろと言ったくせに、舌の根も乾かぬうちに今度は景色を見ろと言う。どうしても目の前の絶景を私と共有したいらしい。私は溜息をつき、シンの腕の中で恐る恐る目を開けた。
すると、目に飛び込んできたのは幻想的で美しい朝焼けの空。ピンクと薄紫のコントラストが絶妙で、少しずつ青空に変わろうとしていた。360度どこを見ても視界を遮るものは何一つ無く、地上では絶対に見る事の出来ない壮大な景色に胸を打たれた。
「わあ……」
息をのむような絶景に、思わず感嘆の声が漏れる。
緊張感はあるものの、しっかりと体を支えてくれるシンのおかげで恐怖心は薄れ、朝焼けの美しい景色に目を奪われるうちに、なぜだか不思議と楽しく感じ始めていた。
冷静になって良く考えてみれば、翼の生えた獣に乗り、空を飛んで移動するなんて、前世の自分が毎日プレイしていたゲームの世界そのものではないか。旅のヒーラーと魔法戦士でパーティーを組み、都の西にある村のクエストをクリアしに行く。そう考えれば、おのずとテンションが上がる。
私はものの見方を変える事で、苦手をひとつ克服出来たみたいだ。
「な? 綺麗だろ? もう少し早ければ、もっと綺麗な色の変化が見れたのに……残念だったな」
「とっても素晴らしい景色だわ。ありがとう、シン」
私は笑いながらシンの顔を見上げる。するとシンは、満足げに微笑んで私を見下ろし、また美しい景色に目をやった。
「ねえ、シン。たぶん、あの辺の山の向こうがアルテミだと思うけど、行ってみたい?」
「……まあ、気にはなってる。お前は?」
「私も……出来ればいつか行ってみたいと思っているわ」
「フッ……でも、すげー遠いな」
「ふふっ、かなりね」
私達の会話を聞き、ヴァイスは私に話しかけてきた。
(ラナ様、アルテミに立ち寄ってみましょうか? 目的地と少し方向は違いますが、スピードを上げれば数分で到着できます)
「え? そうなの? 行ってみたいとは思うけれど……今は各村を助ける事だけを考えましょう」
(承知しました。ではまた次の機会にでも)
ヴァイスに言われて一瞬気持ちが揺らいだけれど、イリナ様に頼まれた件をクリアするまでは、自分の為に時間を割くわけにはいかないと思った。急ぐことはない。今度時間のある時にでも、ヴァイスに連れていってもらえば良いのだから。
空の移動は順調に進み、ヴァイスの張ったバリアのおかげで、私達は冷たい風に当たる事も気圧の変化に苦しむ事も無く、一度気持ちを切り替えてしまえば景色を楽しむ余裕さえ生まれ、快適な空の旅を満喫した。
それからすぐに鉛色の雲に覆われた地域に突入し、私達は何故これで雨が降らないのかと不思議に思った。空気も湿っているし、いつ雨が降ってもおかしくない状態である。
「降りそうだな」
「そうね」
「聖女たちがここで儀式を行ってからすでに何日も経過してるが、その時の半端な儀式の影響が残ってる……ってわけでも無いんだよな?」
「それは関係無いと思うわ。シン、私ね……人の力で天候を左右する事は不可能だと思っているの」
シンも半信半疑だったらしく、それでも毎年続けてきたからには、何かしらの成果があったのだろうと思っていた。なのでハッキリと否定する私の考えを聞き、少し驚いたようだ。
「だったら、何でイリナ様の頼みを引き受けたりしたんだ?」
「昨日は言わなかったけれど、私からライナテミス様にお願いしてみようと思ったの。天気を変えるなんて神様にしか出来ないもの。ねえヴァイス、女神様とお話しできないかしら?」
私の問いかけに、ヴァイスはほんの少し顔を振り向かせて答える。
(神は気まぐれですから、何とも言えません。しかしお試しになる価値はあるかもしれませんね。女神の姿を思い出し、強く語りかけてみてください)
「わかったわ。やってみる」
私は瞑想するように目を閉じて、妖精界で見た女神の姿を思い出す。
ライナテミス様、お願いがございます。どうか私の願いをお聞きください。この乾いた大地に恵みの雨をお降らせください!
何度も何度もそう心の中で語り掛け、女神が反応を返してくれるのを待った。
そして黙って待つこと数分。私の声は女神に届かなかったと肩を落としたその時、鉛色の雲にポッカリと小さな穴が空き、そこから太陽の光が差し込む。
その光の柱は上空にいる私達を照らし出し、まるで今まさにそこから降りてきたかのような錯覚を生んだ。
(ラナ様、どうやら女神に声が届いたようです)
私は穴の空いた雲を見上げ、眩しさに目を細めながら女神が現れるのを待った。しかし女神は姿を見せず、あの心地よい声で私にヒントをくれた。
『我がいとし子よ。歌いなさい。そなたに与えた力が役に立つだろう』
「私に与えられた力……? 植物を育てる歌の事ですね。女神様、答えていただき感謝します」
この時、私達は上ばかり見ていて気付かなかったけれど、地上ではちょっとした騒ぎになっていた。通常なら霊力の無い人には見えないはずのヴァイスの姿が、何故か人々の目に映ったのだ。
そうとも知らず、私達は光の柱が指し示す誰もいない広大な畑の真ん中に降り立った。私は女神様の力を自分に取り込むつもりで深く深呼吸をして、軽く発声練習を始める。
そばではヴァイスとシンが私を守るように周囲に目を光らせていた。
そこで私は、日本のヒットソングを気持ちよく歌い上げる。選んだ曲は、歌詞に雨という単語が含まれるちょっぴり切ない失恋ソングだけれど、翻訳せずに日本語と英語を交えた歌詞のまま歌えば、きっとこの世界の人達には神秘的な歌に聞こえるだろう。
私の歌が植物に影響を及ぼすと知った今は、気兼ねなく大声で歌える機会はそう何度もある事では無い。だからこの機会に、思いきり歌わせてもらおう。
本気の歌声にどれほどの威力があるのかドキドキしつつ、スウッと息を大きく吸い込む。
そしてのびやかな声を出した瞬間、それは心地よい振動となって周囲に響き渡り、空からはポツポツと雨粒が落ちてきた。
「おお、やったな! っと……悪い」
シンは感動して思わず私に声をかけ、すぐにしまったという顔をした。そして私に向かって誇らしげに笑い、よくやったなと言わんばかりに親指を立てる仕草をみせた。
私はそれに対し、照れながらもおずおずと親指を立てて返す。
大地はどんどん雨に濡れ、湿った土の匂いがしはじめる中、光に包まれた私達だけは不思議と濡れる事はなかった。
そして私の歌はサビへと進み、感情の乗った歌声は、大地に大きく影響を及ぼした。なんと自分達を中心に外側に向かって、作物が急激に成長を始めたのだ。
これこそが女神に与えられた私の能力。まだ収穫期ではないというのに、私を中心にザワザワと黄金色の大地が広がったのだった。
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