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119.2・週末の魔法訓練 中編

【お知らせ】

「地味で目立たない私は、今日で終わりにします。」コミカライズ4巻が4月1日発売されました。

皆さまよろしくお願いいたします!

「では私は必要な道具を取りに行きますので、二人はあの部屋で座って待っていてください」


 建物に入ってすぐ、ヒューバートは右側のドアが開放された部屋を指してそう言い、返事も待たずに階段を上って行った。

 指定された部屋に意識を向けると、中からボソボソと人の声が聞こえてくる。

 休日にもかかわらず、自分達の他にも施設の利用者がいるらしい。

 少し嫌な予感がする。

 玄関ホールに残されたシンとタキは、なるべく気配を消して部屋の様子を確かめた。

 応接室かと思いきや、奥行きのある広い室内に、ざっと二十人は座れそうな長いテーブルが二台並んだ部屋だった。

 無骨な木のテーブルと、椅子は背もたれの無いベンチ。華美な装飾は一つももない。

 とても実用的で、食堂か会議室といった印象である。

 先程聞こえた声の主は若い騎士達だった。

 制服姿の者と私服の者、合わせて十名ほどが右手前の席にたむろし、楽し気に話をしている。

 そしてシンとタキが部屋に一歩足を踏み入れた時、ドッと笑いが起きた。

 別にシン達を見て笑ったのではない。

 恋愛に奥手な男の失敗談を笑ったのだ。

 夜会で一目ぼれした令嬢と文通していたつもりが、会ってみると好みとは正反対の見知らぬ女性で、しかもそれに気づかないまま、半年もの間手紙で求愛していた、という実に間抜けな話。 

 見ると、しょんぼり肩を落とした図体の大きな男がいる。

 彼に令嬢の名を教えた張本人が、誰よりも大笑いしてその後の展開を聞きたがった。


「ハハハ! なんだ、お前が見惚れていたのは小柄な友人の方だったのか。で、文通相手の令嬢とはその後――」

 

 話に夢中になっていればいいものを。

 一人がこちらに気づいた途端、緩んでいた空気が変わった。

 一斉に向けられる値踏みするような視線。 

 できれば初日から絡まれたくはない。

 シンとタキは会釈をして前を通り過ぎ、彼らとは対角線上の一番離れた席に座った。

 視線を感じるが、ヒューバートが来るまで勝手な事はできない。

 するとここで良くない流れを感じ取ったのか、図体の大きな男が再び注目を集めようと、わざとらしく咳払いした。

 

「ウオッホン! あー、文通相手の令嬢とはだな! 確かに人違いではあったのだが、今度正式に婚約する事になった!」


 予期しない告白に、一同は呆然として男に目を向けた。

 ついさっき人違いだった事を嘆いていたのに、急展開すぎる。

 このお人よしは、不本意ながら見知らぬ女性を弄ぶ結果になってしまった事への責任を取るつもりだ、と皆は思った。


「……ええ!? 早まるなよ、好みの女性じゃなかったんだろ?」

「確か小柄で可愛らしいタイプが理想と言っていたな。妹の友人がそんな感じだ、紹介してもらうか?」

「何言ってる、それじゃ意味がない。間違えた令嬢の交友関係を辿れば目当ての令嬢の事なんてすぐにわかるさ。手分けして探そう」


 図体の大きな男は余程人望が厚い人物なのだろう。

 彼の幸せを願い、仲間達は何とか間違った選択を回避させようと必死に案を出し合う。


「ありがとう、でもその必要はないよ。彼女、一見クールで気が強そうに見えるけど、喋ると穏やかで優しいし、笑うと……結構可愛いんだ……」

「――!? 何だ! ただの惚気話か!」

「良い人に出会えて良かったじゃないか、おめでとう!」


 最初の失敗談は単なる前振り。

 「運命の女性(ひと)に出会った」彼はこれが言いたかっただけである。

 理想の外見などどうでもよくなるほど、その女性は素敵な人だったのだろう。

 これがもし意地悪で違う令嬢の名を伝えられていたのだとしたら、これ以上ない仕返しと言える。

 しかし彼に令嬢の名を教えた張本人は、二人が上手くいく事を願っていたかのように満足げに笑っていた。

 彼は令嬢の事をよく知っていて、ワザと二人を引き合わせたのかもしれない。

 シンとタキはお互い同じ事を思ってチラリと視線を合わせた。

 聞き耳を立てるつもりはなかったが、ほっこりする話に自然と口元が緩む。

 気のいい青年ばかりで良かった。

 そう思ったのも束の間。


「まったく! 平民風情が図々しい。ここにお前達の椅子は無い、早々に出て行ってほしいものだな」


 突然、一人の騎士がシン達を見ながら聞こえよがしに言った。 

 身なりを見て新しく入った清掃員か何かだと判断したのかもしれないが、せっかくの祝福ムードが台無しである。


「別に構わないだろう、そんな言い方はよせ」


 図体の大きな男が窘めた。

 しかし相手はふてくされて反論する。


「フンッ、間違った事は言っていない。うちの使用人が同じ事をしようものなら即刻クビにする」


 この傲慢な態度に我慢がならず、他の騎士達も次々に彼を非難し始めた。


「いいや、考えを改めろ。相手の素性もわからないのに下手な事を言うものではない」

「素性? ハハッ、あれが名家の子息に見えるのか?」

「身なりだけではわからない事もある。来る時に見かけたが、あれはヒューバート様と一緒にいた者達だぞ」

「……ならばギルモア家の使用人か。どちらにせよ生意気だ。おい! 聞こえないのか? 従者は外か廊下で待て!」

 

 誰にも賛同してもらえず、その騎士は更に苛立ちを募らせ声を荒らげた。

 しかしシンは、それをどこ吹く風という顔で受け流す。

 あちらにも言い分はあるだろうが、こちらもヒューバートの指示に従ったまでの事。

 施設を使わせてもらう以上、この手の洗礼は想定内だ。

 とは言え、敵意を向けられる事に免疫の無いタキは、先程までのわくわくした気分から一転、初めて味わう居心地の悪さに表情を曇らせていた。

 

 ほどなくして、開放されたドアの向こうからウィルフレッドの声が聞こえてきた。

 

「ヒューバート!」

「殿下!? なぜこちらに……リアムはどうしたのです? 彼が剣術を担当すると伺っていましたが」

「リアムなら剣の修練場だ。あの二人はどこにいる?」

「そちらの部屋に。今から魔力測定を行うところです」

「必要ない!」

「しかしそれでは……」


 王子の声に気づいた騎士達が一斉に席を立つ。

 そして先程の男がお前達も立てと言わんばかりにシンとタキをキツく睨みつけてきた。

 そんなピリピリムードの中、両手に茄子紺色の四角い風呂敷包みを持ったウィルフレッドが颯爽と現れた。

 魔道具の入った大きな箱を抱えたヒューバートもその後に続く。

 シンとタキは速やかに席を立ち、礼儀正しく頭を下げた。


「シン、タキ! 遅れてすまない!」


 約束の時刻から遅れる事二十分。

 大した遅れではないが、ウィルフレッドは謝りながらシン達のもとへ急いだ。

 騎士達はたった今耳にした王子の第一声に理解が追い付かず、その場に立ち尽くす。

 先程まで強気だった男は不利な状況を察したか、一人顔を青くした。


「おはようございます、フレッドさま……じゃなくウィルフレッド殿下」

「おはようございます殿下。……その包み、もしかしてオーナーに持たされたんですか?」


 なす色の風呂敷に見覚えのあるシンは、ラナが皆の分の朝食を持たせたと確信して尋ねた。

 大胆にも王子を出前持ち代わりに使う度胸には恐れ入る。

 使われた本人はそれを何とも思っていないどころか、少し得意げなのが謎だ。

 ウィルフレッドは持ってきた風呂敷包みをシンとタキに手渡した。


「おはよう二人とも。ホラ、女将からの差し入れだ。手土産として皆に配るといい」 

「申し訳ないです、俺達が持参すべきだったのに……届けていただいてありがとうございます」

「気にするな。どうせついでだ」

「この大きさは三段重だね……朝作れるものは決まっているし、この重さ……もしかして、梅おにぎりがぎっしり詰まってたりして……」

「ああ、なかなかの重量だった」


 タキの独り言に、ウィルフレッドが悪戯っぽく答えた。


「でも何で急に? 知っていたら僕らも手伝ったのに」

「今朝女将が、今日は他にもここを使う者はいるのかと尋ねてきたんだ。いると答えたら、チヨと大慌てで作り始めてしまってな……用意が済むまで少し待ってと必死に引き留められた」

「あー……それ、想像つきます」


 いつもの厨房で、あの二人が大騒ぎしながら大量のおにぎりを用意する場面を想像し、緊張が解けた二人は思わず笑みを浮かべる。

 朝食の客を捌きながらこの量を短時間で用意するのは、相当骨が折れただろう。


「失敗したなぁ……兄さん、来る前に宿に立ち寄ればよかったね」

「バカ、俺達何時に家を出たと思ってるんだよ。鍵もないのにチヨを叩き起こすつもりか?」

「あ……そっか。でも出る時間を朝食準備に合わせていたらこっちが遅刻だったし……うーん」

「だから俺の馬車で行こうと言ったんだ。それをお前達が頑なに拒否するから――」

「それは恐れ多くて無理ってもんです」

「無理なものか、俺がいいと言ったのに遠慮する方がおかしい」

「普通です」

「なぜだ、目的地が一緒なのだから乗せてやると言われたら素直に従うものだろう」 

「えー? そんな事ないですよ。皆さんだったらどうです? 遠慮しますよね?」


 テンポよく進む会話の途中で突然タキに話を振られ、バチッと目の合った図体の大きな男は動揺しつつも誠実に答える。


「あ……えっと私はでございますな、ご命令とあらばこの機に同乗させていただきたいと思わなくもなく……い、いえやはりご遠慮し申し上げ、謹んで全力追走いたしたす!」


 乗ってみたいのだな、というのは伝わってきた。

 ウィルフレッドとシンはポカンとして彼を見つめるが、タキは少し申し訳なさそうな顔をして目を反らした。

 まさかこんな赤っ恥をかかせてしまうとは思わず、申し訳なくて顔が見られない。


「……プハッ、あいつは一体何を言って……」


 ウィルフレッドが笑いだすと、それに釣られたシンも声を殺して笑った。

 なのに他の騎士達は一切笑わない。

 反射的に吹き出してもおかしくない場面だというのに、むしろ信じられないという顔で王子を見ている。

 何せ自分達のよく知る第一王子はこんな風に気を許した話し方をしないし、屈託なく笑う姿を見せたりもしないのだ。

 学友の前でも毅然とした態度を崩さず、たまに微笑む程度。それも社交辞令のような笑みである。

 ヒューバートもここまで親しい間柄だと知らされていなかった為、戸惑いが隠せない様子。

 持っていた重たい箱をそっとテーブルに置き、ウィルフレッドの後ろに控えた。

 そこへ、外にいた他の騎士達を引きつれてリアムが合流した。


「殿下、皆を連れて参りました」

「ああ、ご苦労。よし、では全員座ってくれ! この二人が皆に手土産を配りたいそうだ」


 騎士達は何が何だかわからないまま命令に従い、空いているベンチに腰を下ろした。

 シンとタキは「どうぞ」と声をかけておにぎりを配る。

 おにぎりはひとつずつ丁寧に竹皮で包んであり、ほとんどの者が初めて見る竹皮に眉をひそめた。

 そんな中ただ一人、図体の大きな男はこれを知っていたらしい。


「おや? 下町で人気のおにぎりではありませんか!」


 彼の発言により、室内がざわめきだす。


「おにぎり……? ああ! 聞いた事がある。これがそうなのか!」

「興味はあったが平民の食べ物だとばかり……」

「さすがは殿下、流行りに敏感なのですね!」


 皆、気にはなっていたらしい。

 だからといって自分で買いに行く事も、使用人に買いに行かせるのも恥ずかしくてできずに、町で労働者達が美味しそうに頬張る姿を横目に見ていたという。

 しかし口で言うより興味津々だったのだろう、目の前に差し出されたおにぎりにいたく感動している。

 これだけ喜んでくれるなら、ラナも差し入れした甲斐があるというものだ。


「ヒューバート、お前も座ってくれ。シンとタキは配り終えたらこちらへ」


 二人は最後にヒューバートの前におにぎりを置き、ウィルフレッドの横に並んだ。

 重箱の中にはまだ二人分のおにぎりが残っている。


「それはお前達の分だ。俺とリアムは待っている間に食事を済ませた」


 ウィルフレッドはシンに小声でそう伝えて、スッと前に出た。


「皆、この二人が何者なのか気になっているだろう」


 ざわめきがピタリと止む。騎士達は姿勢を正し、ウィルフレッドに注目した。


「彼らは俺とリアムの友人だ。訳あって週末だけ訓練に参加させる事にした。友好的に接してほしい」

「さ、自己紹介を簡潔に」


 リアムに促されてシンが前に出る。


「シン・アルステッドと言います。宿の料理人です。殿下のご厚意で魔法と剣を教えてもらう事になりました。よろしくお願いします」

「弟のタキと申します! 宿の料理人見習いです。よろしくお願いします!」


 兄弟揃って深々と頭を下げる。

 騎士達の反応は悪くない。歓迎されている、とまではいかないが。

 ここまで丁寧な紹介をしてもらえると思っていなかった二人は、ホッと安堵の息を吐いた。


「訓練開始は二十分後とする。皆、もう待ちきれないという顔をしているな、食べていいぞ」


 ウィルフレッドの号令とともに、皆一斉に包みを開いておにぎりにかぶりついた。

 するとそこかしこから聞こえる歓喜の唸り声。

 どうやら、宿木亭の看板商品はたった一口で貴族達の舌を魅了してしまったらしい。

 シンとタキが呆気にとられていると、皆瞬く間に完食した。さながら運動部の寮の食堂風景のようだった。

 さらに、食べ終わっても興奮冷めやらぬという様子で感想を言い合っている。

 体が軽くなるような不思議な感覚に気づく者もいて、梅干しを携帯食に推す声もあった。


 これはチヨの目論見通り、リピーター獲得の為の試食会は大成功、といったところだろう。

 ――じゃあ、ラナはどうして王子に届けさせてまで俺達に差し入れを……? 

 食い物で貴族を手なずけようなんて浅はかな考えはしないだろうし、王子に届け物をさせるなんてラナらしくない。誰より礼儀をわきまえているはずなのに……。

 シンがラナの事を考えていると、図体の大きな男がしみじみと語りだした。

 

「女将は君達の母親のような存在なのだな。きっと未知の世界に飛び込む息子達が心配で、差し入れを用意してくれたのだろう。おにぎりを食べたのは二度目だが、今日のは何だか深い愛情を感じて心が温かくなった」

 

 女将と聞いて、以前のタキのように年配の女性を思い浮かべたようだ。

 皆も、うんうん、と頷いて賛同している。


「え? ちょ、ちょっと待ってください。うちの女将は――」 


 すぐに誤解を解こうとするタキを、シンが止めた。

 若い女性だと知られて興味を持たれ、第二王子の時の二の舞にならないとも限らない。

 それにもし宿に来られでもしたら、ラナがエレイン・ノリス公爵令嬢だとバレる確率が上がってしまう。

 今のところは誤魔化せているようだが、ラナに今のままの穏やかな暮らしを続けさせてあげるには、自分達も細心の注意を払う必要がある。

 外部との接触、特に貴族との接触時は注意が必要だと再認識した。

 ウィルフレッドとリアムも、あえてどんな人物かを話さずにいてくれている。シンはその配慮に感謝した。

 

「オーナーは慈愛に満ちたとても素敵な人です。俺達は彼女にたくさん助けられたから、恩返しの為にもここで強くなきゃならないんです。俺は、彼女を護れる男になりたい」


 シンの言葉に心を打たれたのか、しばらく沈黙が流れた。

 

「……君はまるで、女将に恋でもしているみたいだな」

「――!!」


 他の騎士達も「そんな気がした」と口をそろえる。

 普段から洞察力を鍛えているのだろう。

 言葉選びは慎重にしたつもりだったが、ラナへの気持ちがほんの少し表情や声音に現れてしまった。

 

「いや、そんな事は……お、俺はだた――」

「ハハ、やだなぁ、そんな生半可な気持ちじゃないですよ。ね、兄さん?」


 本気で狼狽するシンを見て、タキがすかさずフォローに入った。


「僕達、早くに両親を亡くしたんです。僕は最近まで病で寝たきりの状態で……兄が学校をやめて働きに出て、家事も僕の世話もすべて背負ってくれていました。だけど、急に仕事がなくなって……次の仕事が見つからずに困っていた兄に、優しく手を差し伸べてくれたのが女将なんです」


 同情を誘うタキの話し方に、正義感あふれる騎士達はいたたまれない気持ちになった。

 世間にはこんな境遇の者がゴロゴロいたとしても、自分には関係のないどこか遠くの出来事くらいの認識だったのだ。

 自分達がお金の心配もなく過ごした期間、ほぼ同年のシンが病の弟を抱えてがむしゃらに生きてきたという事実に衝撃を受け、言葉を無くした。


「それに、いつ死んでもおかしくない状態だった僕が元気になれたのも、女将の助けがあったからなんです。僕にとっては命の恩人ですし、兄は心を救われて明るく……ってすみません、喋りすぎですね」

「いや……すまない、失言だった。恋などと軽々しいものではなく、深く愛しているのだな」

「……ん? いや、あれ?」


 タキのフォローにより、なぜか彼らの認識が「恋している」から「愛している」にランクアップした。

 違うとも言えないシンはタキを睨み、真っ赤になって俯く。

 ここには女将を知る人物が二人もいるのだ。シンとしては相当気まずい。

 そこへ、誰かが声を掛けてきた。


「先程は無礼な事を言って申し訳なかった」


 この空気を変えたのは、シン達に嫌味を言っていた男だった。

 図体の大きな男の後ろに立ち、シンとタキをまっすぐに見つめてくる。

 他の騎士達と一緒に席を移動してこなかった彼が、わざわざこちらへ来て謝罪するとは誰も想像せず、シンとタキは困惑して目を丸くした。

 周りの者達も驚いて口をポカンと開けている。


「勉強不足でアルステッド家を存じ上げないが、身分ある方々に対して恥ずべき言動をしてしまった。仲間の忠告も聞かず、不快な思いをさせてすまない」

「いや、俺達はこの国では一般市民です。気にしないでください」

「私は……先程の君達の話を聞いて、己の狭量さが恥ずかしくなった。平民を見下す態度も今後は改めようと思う。君は立派な男だ。同じ兄として尊敬する」

「……ありがとうございます」

「それから……おにぎり、とても美味しかった。ごちそうさま」


 彼が謝罪した途端、一気に空気が変わるのがわかった。

 はじめから好意的だった者だけでなく、怪訝そうに見ていた一部の者達もシン達を受け入れてくれたのだ。


 シンはやっと理解した。 

 ラナは貴族というものをよくわかっている。

 王子に届けさせたものすべて計算ずくで、おにぎりは単なる貴族への賄賂ではなく、心の浄化を狙った物だ。

 何十人も集まれば、中にはおかしな思想の者もいる。

 実際、攻撃的な言動の者がいたが、おにぎりを食べたら穏やかになって謝罪してきた。

 タキにも見えない、悪意とは別の貴族ならではの感情。

 平民だと侮られ、二人が貴族に攻撃される事を心配したラナは、おにぎりに祈りを込めてくれたのだ。

 受け入れてもらえるようにと。

 ――ったく、まいったな。こんな事されたら益々頑張らなきゃって気持ちになる。ありがとな、ラナ。

 シンは心の中で呟き、ラナを護れる男になると自分自身に誓いを立てた。

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