119・お礼のお礼
「ああ。……腹が減った、女将、今日のおすすめを頼む」
そう言って、宿に入るなり部屋には行かずに、空いていたカウンター席に着いたウィルに、私は普段通りの笑顔で返す。
「はい、かしこまりました。すぐご用意しますね」
フレッド様がウィルだと知ってから、彼に会えば動揺して普通に接する事が出来ないのではないかと心配したけれど、対面シーンを散々頭の中でシミュレーションしたのが功を奏したのか、私は意外なほど冷静だった。
本日のおすすめはハンバーグ定食。
上にかけるソースは、トマトケチャップベースのなんちゃってドミグラスソースか、あっさり食べられるおろしポン酢。どちらが良いのか聞かなくても、彼が基本的に和風の味付けが好みである事はこれまでの食の傾向でよくわかっている。
「お待たせしました。本日のおすすめ、おろしハンバーグ定食です」
「お、美味そうだな」
「ごゆっくりどうぞ。熱いのでお気をつけてお召し上がりください」
私はそこですぐに冷蔵庫のお礼を伝えたかったけれど、ウィルは随分お腹が空いているようだったので、食事に集中してもらう為にもこれ以上話しかけるのはやめておいた。
私は厨房からウィルが美味しそうにハンバーグを頬張る姿を盗み見ながら料理を作り、彼が食べ終わるのを待って、空の食器を下げる時にそれと入れ替えるように、冷蔵庫に冷やしておいた物を差し出した。
「あの、これは冷蔵庫のお礼です。食後のデザートですけど、まだお腹に入りますか?」
「ん? これは?」
ウィルはグラスに入った茶色い何かを、マジマジと見つめた。
それはマシュマロとチョコレートと牛乳で簡単に作ったチョコレートムースで、上に生クリームと木イチゴをトッピングした、前世の私がよく作っていたちょっと贅沢なおやつである。
「チョコレートムースです。甘くて、ふわふわしっとりとした食感の冷たいデザートですよ」
「チョコレートか。まさか食堂で、デザートが出てくるとは思わなかった。それに、お礼にお礼を返してくるとは、なんとも女将らしいな。ちょうど甘いものが欲しかったんだ」
この食堂では、この手のデザートは出していない。保存が利かないから、プリンを作ってもお客様には出さずに、自分たちだけで温かい状態のものを楽しんできた。
だから、冷蔵庫が来てから色々と作りたかったものを試しているのだ。
作るのに時間のかかるトマトケチャップなどのソース類を、一度で大量に作り置き出来るようになった事は、私とシンの仕事量を大幅に削減してくれた。
それに、冷やし固める料理にも挑戦出来るようになり、この世界で再現できる前世のレシピが、またいくつか追加された。
何と言っても、ずっと食べたかったイクラやたらこを作れるようになった事が何よりも嬉しい。時期が来たら、大量に作って冷凍保存するつもりだ。
冷蔵庫を作るのと同じように、冷凍庫も作れるらしい事がわかったので、今度は自分達で作ろうと考えている。
「フレッド様に作っていただいた冷蔵庫で作りました。これから色々とメニューを増やしていきますから、楽しみにしてくださいね。あ……まだお礼を伝えていませんでした」
私は背筋を伸ばし、改めてウィルに感謝の気持ちを伝える。これは本来、あの日のうちに伝えたかった言葉だ。
「フレッド様、冷蔵庫をありがとうございました。まさか手作りしてしまうなんて思いもしなかったので、本当に感激して……。それにしても、よく思いつきましたね。とても素晴らしいアイディアだと思います」
私の言葉に対し、ウィルは少し後ろめたそうに苦笑いした。
「いや、あれは俺の考えた物ではなく、知り合いから教えてもらっただけなのだ。金をかけずに冷蔵庫を手に入れる方法を尋ねたら、タダ同然で簡単に作れるとな。それに……俺はほとんど手を加えていない。石の加工は石屋の仕事だし、冷蔵庫にする木箱はリアムが磨いておいてくれた。取っ手や蝶番を付けたのは家具職人で、中に石を貼り付けるのは、実はシンとタキも手伝ってくれたのだ」
「まあ……そうだったのですか。でも、フレッド様が考えて行動してくれたお陰で、今ここにそれが存在するのですもの。感謝の気持ちに変わりはありません」
ウィルは、それぞれに指示を出しただけで、自分はほとんど関わっていないとわざわざ説明してくれた。私が褒めたから、ちょっと気が引けたのだろう。
お昼休みに学校を抜け出してまで作ってくれたくせに、何を恥じる事があるのか。自分に出来る最大限の事をしてくれたのだから、私にはウィルとリアム様の誠意を感じた。だからもう、二人にはあの事で引け目を感じるのはやめてほしい。
「度を越した頼み事をして、すまなかったな」
「もう謝らないでください。お二人の誠意はちゃんと伝わりましたから。私は冷蔵庫が手に入って、とても満足です。こうしてキッチリ報酬を頂いた訳ですし、この件はこれで終わりにしましょう」
私がニッコリ笑ってみせると、ウィルはホッとしたように頷いた。
「わかった」
「ふふ、じゃあ、チョコレートムースをお召し上がりください。きっと食べた事のない食感だと思います」
私の勧めるままに、ムースをスプーンですくって口に運ぶと、ウィルは新食感のそれをとても気に入ったようで、パクパクと続けて口に入れた。
「……なんだこの不思議な口どけ……女将はデザートも得意だったのだな」
ウィルはよほどチョコレートムースが気に入ったのか、あっという間に平らげてしまった。記憶の中のあの少年が、今はこんなに立派に成長して、私の作った物を食べている。
当時のままの関係が続いていたら、絶対にあり得ない場面だっただろう。なんだか不思議な気分だった。
このままシンとタキと同じように、私とも友人として関係を築いてくれたら良いのに。宿屋の女将とその客という間柄では、ちょっと寂しい気もする。
この翌日から、シンとタキの魔法訓練が始まる。二人がどれだけ強い魔力を持っているのか、それをこの国の王太子であるウィルに見せる事になる。
魔力を持っているからといって、強制的に兵士にする事は無いと言っていたけれど、強大な魔力を持つ二人の事を、そのまま野放しにするとも思えず、私は二人をウィルに取られてしまうのではないかと、なんだか不安でしかたなかった。




