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107・鞭、鞭、飴

少し残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

 詰め所に到着した俺達は、取調室に男を入れて、早速事情聴取を開始した。

 兵の一人が机を挟んで犯人の男の前に座り、もう一人は別の机に着いて、調書を取る用意を始めた。用意と言っても、引き出しから紙とペンを出しただけだが。

 俺は取調べを担当する兵の隣に立って、正面から犯人と向き合った。


「コホン、では、聴取を始めます。あなたの名前は?」

「……フッ」


 警備兵の質問に対し男は何も答えず鼻で笑い、ふてぶてしい顔で相手を睨みつけた。

 俺は男の態度に苛立ち、思わず口を挟んだ。


「そんなナリをしていても、貴族だろう? 見覚えはあるが、名前が出てこない」

「……ふん。残念ながら、僕はお前を見た記憶も無い」


 女物の服を着て、口紅はよれ、目の周りが何かで黒く滲み、哀れなほどみっともない姿をしているというのに、男はその事が分かっていないのか、少し気取ってツンと澄まし、虚勢を張った返事をした。


「そうか……では、これならどうだ?」


 面倒になった俺は変装を解き、素性を明かした。そしてゆっくりとテーブルを半周して、冷たく見下ろしながら男の隣に立った。

 警備兵は目を剥いて驚き、男はそれ以上に驚いた表情を見せ、素っ頓狂な声を上げた。

 

「あ……? 殿下! なぜ、ウィルフレッド殿下が……!? も、もも申し訳ありませんでしたっ、知らずに無礼な態度を……。ど、どうか父にはこの事を言わないでください。僕の名前はジェラルド・パウリーです。……あの女は平民なのですから、そんなに重大な事件ではないですよね? ヒギャッ」


 俺はこのジェラルドと名乗る男の頭を鷲づかみにして、思い切り机に顔面を打ち付けた。そして髪を引っ張り顔を上げさせると、男の鼻からは、盛大に鼻血が噴き出ていた。


「相手が平民だから、重大ではないだと? 貴様は、この国の大半を占める一般の民の命を、何だと思っている?」

「ひぃっ、ごめんなさい、暴力はやめてください……。結局僕は何も出来なかったのですから、許してください。だって未遂ですよ? さっきの人には、人違いをして怖がらせた事も謝りますし、示談金もたっぷり払いますから……お願いします。痛いのは嫌だ……」

「……それは、彼女を脅して、今回の事を示談で済ませるつもりだと言っているのか?」

「ち、ちが……慰謝料、慰謝料でした!」


 小物だな……。人ひとり殺そうとまでしたくせに、何の覚悟も無かったのか。この男は。

 自分が敵に回した相手が誰であるのか、分かっていないようだな。貴様が敵にしたのは、ラナの実家だけではない、彼女の祖父は隣国アルフォードの王だし、なんといっても、目の前にいるこの俺は、今すぐに貴様の息の根を止めたいと思っているのだぞ。

 事情聴取だけで、未遂だからと釈放になど絶対にさせるものか。どうせ釈放した途端に、女将に対しても逆恨みするのだろう。それに、またラナを探し出そうとする可能性だってある。

 お前のようなやつを、野放しにするわけが無かろう。


「貴様、それだけではないだろう? 狙ったのは、エレイン・ノリス公爵令嬢だったな。もう貴族社会から去った令嬢を、執拗に追いかけてまで殺害する事に何の意味がある?」


 俺はもう一度、男の頭を鷲づかみにして、机に顔面を打ち付けてやる準備をしながらジェラルドの答えを待った。のらりくらりと言い訳をさせるつもりはない


「嫌だ! やめて! やめてください! 話しますから! サンドラです! 彼女に言われたんです。この前会いに行ったら、僕が、以前彼女の気を引きたくてついた嘘が何故かバレていて、エレインが生きているせいで悪い事が起きたんだと泣き叫ばれてしまって……あの! ご存知ですよね? 僕が言っているのは聖女のサンドラの事です! 最近大怪我を負って塞ぎこんでしまった彼女の憂いを少しでも払いたくて、僕は夢中で……ンギィッ」   


 ゴッという鈍い音を響かせて、ジェラルドは机に顔面を強打した。今度はそのまま顔を机に押し付けられ、痛みで悲鳴ともとれる唸り声を上げた。


「聖女のためにやったと言えば、何でも許されるとでも思っているのか?」


 あのサンドラの為に、人を殺そうとしただと? 馬鹿げている。仮にも聖女だとされているのに、ラナから婚約者を奪った挙句、学園を追い出し、悪い噂を流して貴族社会にもいられなくした、あの悪女の為にやったというのか。

 

「ごべんなさい……もうやべて……うう……鼻の骨が折れた……」


 泣きながら謝り続けるジェラルドからは、もうすでに殺気も何も無くなっていた。ボタボタと鼻血を垂らし、ぐったりと項垂れている。


 好きな女の名前を出してまで保身に走る腑抜けめ。こんな中途半端な男に、女将が傷つけられてしまうところだったのか。腹立たしい。

 俺が今日、宿に顔を出そうと思わなければ、女将は今頃どうなっていた……? 一般庶民を軽んじるこの男なら、離れた場所に居た彼女に向けて、形振り構わず町中でも魔法攻撃を仕掛けたかもしれないな。


「お前達、聞いたな。この男は、聖女のためにと、罪の無い女性を殺害しようとしたのだ」


 調書を取っていた兵士は、俺の問い掛けに慌てて答えた。


「は、はい! 間違いなく、聞きました。信じられません……聖女とは、神聖な存在ではなかったのですか? それが、他人が死ぬ事を望むだなんて……。宿木亭には、我々もお世話になっています。女将が無事でなによりでした」

「あのー、エレイン様と、宿木亭の女将を間違えたという事ですが、それはありえません。あそこは一年も前からラナさんが女将として働いています。エレイン様が公爵家を出られたのは、たしか半年ほど前ではありませんか」

「え……?」


 ジェラルドはそんな事も調べなかったのか、情けない顔で兵を見た。


「僕、どうなりますか……?」

「勿論、牢屋行きだ。保釈は無いと思え。ところで、お前がサンドラについた嘘とは何だ?」


 俺は先ほどのジェラルドの言葉を思い出し、そもそもの原因となった嘘について聞いてみた。ジェラルドは決まりが悪そうに目を泳がせ、小声でボソボソと答えた。


「エレイン様が修道院に入った頃、北の修道院に向かう途中で、山賊に襲われた貴族の娘がいるという噂を耳にしたんです。馬車は谷底に落ちて、乗っていた人の遺体も見付かっていないらしいので……僕はその話を利用して、神殿のサンドラに、エレイン様が谷底に落ちて死んだと話しました。彼女は大笑いして喜んでくれて……。ですが、最近になって誰かが彼女に真実を話してしまったせいで、優しかった彼女は突然僕の事を役立たずだと罵り、エレイン様の呪いのせいで幸せになれない、死んでしまえば良いと、暗に殺害を命じられました……」


 ああ、そういえばあれは結局、娘は山賊の頭の元で暮らしていたのだったな。


「それだけでは命じられたと判断できないだろう」

「いいえ、彼女が僕に何かをねだる時に見せる顔でした。僕に任せてと伝えた時の彼女は、とても嬉しそうだった。あの顔が見たくて、僕は彼女の為に何でもしてあげたいと思ってしまうんです」



 ジェラルドの事情聴取はそれ以降スムーズに進み、俺は腹立たしく思いながらも、軽く顔に治癒魔法をかけてやった。

 そして、女将が襲われた当時の詳細を兵に話した俺は、ジェラルド・パウリーの身柄を王宮内の地下牢に移し、リアムに事情を説明して変装をし直し、今夜は俺が宿木亭に泊まる事にした。


 宿に着くと、信じられない事に食堂が通常通りオープンしていた。あんな事があったのだ、当然閉まっているものだと思っていた。 

 しかも閉店間際だというのに食堂は満員で、こんな時間でも客は外まで溢れ、中に入っても食事は出来ないというのに、皆、手土産を女将に渡しては慰めの言葉をかけて帰っていた。

 

「……手土産」


 俺は何かを忘れている気がした。


「あ、お帰りなさいませ、フレッド様。お疲れでしょう、夕食は何が良いですか?」


 女将は事件の被害者とは思えないくらい元気だった。これが空元気でなければ良いのだが。


「甘い玉子焼き……。あと、から揚げを」

「はい、から揚げ定食と、甘い玉子焼きですね。すぐにご用意しますから、空いた席に……って、無理ですね。良ければ私の部屋に持っていきますから、部屋で待っていてくださいますか? 二階のお部屋は、食事をするには向きませんから」

「ああ、わかった」


 俺は女将の部屋の鍵を渡され、少し緊張しながらドアを開けた。この部屋に入るのは、変装の指南を受けた時以来か……。

 相変わらず、植物が多くて空気が澄んでいる。


 そして、窓から外に出たという女将の言葉を思い出し、庭に面した窓に目を向けた。

 窓を開けると、窓枠にはまだ靴跡が残っていた。

 女将から、ここで何があったのか聞くのは、少々酷だな……。俺が話を聞くことで、恐怖を追体験させてしまうのではないだろうか。


 

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