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106・好きになってはいけない人

103話「明暗を分けた行動」 の、ウィル視点です。


 女将の為に、他にも何か出来る事は無いのだろうか。


 時間は少し遡り、夜会の翌日、登校前にラナに代わって厨房を手伝ってきたウィルフレッドは、授業中にもかかわらず、無意識に宿屋のラナの事ばかりを考えていた。




「ハァ……高価な品なら何でも喜ぶ女性ならな……そうではないところが彼女の魅力なのだが……」


 昨夜、帰り際のシンを捕まえてリアムと三人で話し合い、今朝、女将の代わりに野菜の皮むきを手伝いはしたが、俺はそれだけでは気が済まなかった。

 彼女はダリアからの報酬だった宝石やドレスを受け取らず、そんな様子ではこちらが差し出す金品など絶対に受け取るとも思えなかった。

 王家からの報酬といえば、金貨を与えるのが一般的だ。俺も今まで、何度となくそうしてきた。

 しかし彼女は、それを喜ばない。

 何なら受け取ってもらえるのか、他の者が聞けば馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、昨夜からずっとその事ばかりを考えていた。


 俺の都合で彼女に与えた負担を考えると、チヨの言っていた冷蔵庫を贈るというのが理想的なのだがな……。聞けば、それはかなり高価な物だというし、シンの言う通り、女将は絶対に受け取らないだろう。

 お金をかけずに、冷蔵庫の代わりになりそうな物は何か無いのか? 要は、食品を冷やせる装置が欲しいという事だろう。

 俺が毎日一緒に居られるなら、魔法で氷の板をいくらでも出してやるのだがな……。

 

 一人で悶々と考えていても埒が明かず、俺は普段から親しくしている、校内のレストランで働く料理人に話を聞いてみた。

 彼はリアムの遠縁の親戚で、俺とは血の繋がりの無い者だが、身元は確かで、信用できる兄のような存在だ。


「え? 殿下、また何か下町でボランティアですか?」

「違う。個人的に世話になった人に、何かお礼が出来ないかと考えているのだが、その人は金銭の絡んだものは受け取ってくれなくてな」

「はあ……だからタダで冷蔵庫の様な物を……ですか」

「何かないか?」


 俺の問い掛けにしばらく考えこんだ後、料理人は良い事を教えてくれた。


「あ、でしたら、石屋に保冷石の半端なのが転がってますから、それを分けてもらってはどうです?」

「保冷石?」


 聞いた事が無い。魔石の一種か? 


「高級な冷蔵庫を作る時に出る半端な大きさの欠片ですが、ツギハギでも十分使えるんですよ。私の家でも使ってますが、自分で木箱を作って、周囲に石を貼り付けるだけで簡単にできますよ。その後は魔法で凍らせれば、二日は冷たさをキープできます」

「おお、それは良いな!」


 二日持つなら、何とか学校帰りに立ち寄る事も可能だ。女将の顔を見る口実にもなるしな。リアムが氷魔法を使えなくて良かった。


「では、その石屋に半端が無いか、私が確認しておきます。しかし殿下、お礼というなら、殿下がお言葉をかけるだけで、相手の方は十分ありがたいと感じるのではないですか?」

「……相手は、俺がこの国の王子だと知らなかったんだ。知っているものと思って接していたが、どうやらなにか行き違いがあったようでな。だったら、今の良好な関係を崩さないためにも、黙っている事にした」


 リアムが女将にどう説明したのか知らないが、女将は俺の事を俺の影武者だと思っている。不思議とそれでも会話が成立していたから、俺は全然気付かなかったが。

 笑ってしまうが、だから俺と話していてもまったく動じなかったのだ。しっかり者かと思えば、意外と早とちりするような所があるのだと、なんだか可愛く……いや、駄目だ。

 彼女の魅力を再確認するのは止せ。


「はあ……それは、もしかすると相手は女性ですね? しかも殿下はその方を大変好ましく思っていらっしゃると。身分を知られては、態度が変わってしまうかもと不安に感じるとは、フフッ……もうかなりその女性に惹かれているようですね」

「っ……馬鹿な事を言うな! 俺には、他に想う人が居る……!」

「そうですか。殿下のそのような生き生きした顔、入学以来初めて見ましたけどね。ふふふ」



 放課後、料理人に言われた石屋に立ち寄り、俺は保冷石の欠片をタダ同然の値段で大量に買い取った。その一部を試しに持ち帰り、残りは宿に届けてほしいと頼んで石屋を後にした。

 そして移動中の馬車の中で着替えを済ませたあと、いつもの場所で降り、急いで宿木亭に向かった。


 それにしてもあいつめ……親しくしているからと、随分言いたい事を言ってくれた。いつも下町に関係する有益な情報を流してくれる貴重な存在ではあるが、俺もあいつに気を許しすぎたな。

 俺がわざと意識しないようにしている事を、ズバリ言い当てられた。

 彼女は好きになってはいけない人なんだ。

 身分違いの恋など、苦しいだけだ。

 クソ、意識し始めたら、止められなくなるじゃないか……! 俺には、俺のラナが居る。エレイン・ラナ・ノリスが俺にとってのラナなんだ。


「きゃっ」

「おっと……」


 考え事をしながら角を曲がると、突然女性が飛び出してきた。

 相手は何の手ごたえも無く、俺に弾き飛ばされて後ろに倒れそうになった。俺は、バランスを取ろうと伸ばされた相手の腕を掴み、ぐっと引き寄せた。


「ごめんなさい、急いでいたもので……」

「こちらこそ失礼した。……ん? 女将? どうした、そんなに慌てて?」


 見覚えのある見事なプラチナブロンドが、ゆるやかに風になびいていた。

 俺は昨夜からずっと考えていた相手が目の前に居た事に驚きつつ、珍しく慌てた様子の彼女から手を離した。


「あ……フレッド様! すみません、私ったら前を良く見ていなくて……」

「ああ、俺も急いでいて、人の気配に気付くのが遅れた。怪我は無いか?」

「は、はい。大丈夫です。支えてくださって、ありがとうございました」


 彼女はそれだけ言って、後ろを気にしながら立ち去ろうとした。しかし、俺は咄嗟に彼女に声をかけていた。それは、ほとんど無意識だった。


「待て。女将に届け物があって来たのだ。……っと、その前に、何かあったのか? 怯えているように見える」 


 女将は後ろをしきりに気にしている。とすれば、誰かに追われているのか? 

 しかし周囲を見ても、特におかしな者は見当たらなかった。


「あの……宿屋に、私の事を誰かと人違いした方が来ているのです。その方が、タキとシンが地下倉庫に行っている隙に、勝手に私室の方まで侵入してきたので、怖くなって窓から逃げて来ました。私はどんな方なのか直接見ていないのですが、ドア越しにでも、何だかとても嫌な感じがしたもので……」


「何? 誰かとは、誰だ?」


 誰かと人違い? ならば、俺も一度は疑った、エレイン・ラナ・ノリスの事だな。


「その方は、エレインという名の方を探しているようでした。以前、フィンドレイ様にも似ていると言われた事があるのですが、その方も私をどこかで見かけて、勘違いしたのかもしれません」


 やはりな。彼女は、幼馴染のエヴァン・フィンドレイが見間違うほど良く似ている。遠目に見れば、多分本人と見分けがつかないだろう。


 そのとき、宿の方から女が勢い良く飛び出して来た。明らかに様子がおかしい。

 しかもその手の中に、魔法で氷のナイフを出現させた。彼女への殺意が、そのナイフの禍々しい形状からうかがい知ることが出来た。

 俺は女将を背中に隠し、その女を止める事にした。


「エレインを探しに来たのは、女か?」

「あの、タキがショールを被った女の子だと言ってました。もしかして追いかけて来たのですか?」

「ああ、宿の方から来た。殺気を放っているし、アレがそうだろう。女将、逃げて正解だ。人違いで殺されるところだった」

 

 女は鬼のような形相で女将を目指して走ってきたが、相手の魔力量が少なかったお陰で、ほんの少しの防御魔法でナイフは消えて無くなった。しかも、俺の事がまったく目に入っていなかったのだろう、何の警戒もしていない相手を地面に組み敷くのは、一瞬の事だった。


 そして女だと思っていた相手は、良く見ればウィッグと化粧で変装した男だった。勢い良く地面に倒した衝撃で黒髪のウィッグが脱げ、くせ毛でダークブロンドの短い髪が露になった。

 この男に見覚えがあったが、どこの誰であったかまでは思い出せなかった。


 まずいな、騒ぎを聞きつけて、人が集まり出した。あまり目立つ行動はしたくなかったのだが。

 俺はとりあえず、普段から携帯している紐で、後ろ手に抑えた男の親指を固く縛って動けなくした。そのうちに、シンが女将を探しにきて、これで彼女の身の安全は確保できたと、俺は思わず安堵の息を漏らした。


 拘束した男は、近くでじっくり女将を見たのがこれが初めてだったらしい、良く似た別人だと知るなり、顔色を変え、エレイン・ラナ・ノリスを蔑む発言をし始めた。そして、無関係の彼女の髪を寄越せとまで言い始めた時には、どちらのラナの事で腹が立っているのか良く分からないままに、男のわき腹を思い切り殴りつけていた。 

 

 しばらくして駆けつけた警備兵は、犯人が既に取り抑えられている様子を見るなり、自分がまずすべき事もせずに、のほほんと質問をしてきた。


「襲われたというのは誰ですか?」


 横柄な話し方をしないあたり、俺の様子を見て、さすがに一般市民だとは思わなかったようだが……。

 女将が間違って襲われた事、この男が見当違いの逆恨みでラナを殺害しようとした事、そこに現れた緊張感の無い警備兵。

 その全てが合わさって、俺の怒りが頂点に達した。

 落ちたストールとウィッグを引っつかみ、勢いで体が浮くほど強引に男を立たせた俺は、警備兵にグイッと犯人の男を押し付けた。その段階で、初めて兵は縄を取り出し、自分と犯人を括り付けた。


 駄目だな、この地域の警備を強化させなくては。平和ボケして、このままではいざという時役に立ちそうもない。

 ここでは指導も出来ないし……とりあえず、女将の事はシンに任せておけば間違いない。

 詰め所に移動して、この男から話を聞かせてもらう事にしよう。



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