101・関係の変化
隠れていたフレッド様とリアム様を見つけた私が、思わず驚いて声をあげると、二人はちょっと気まずそうに笑いかけてきた。
「おはよう、女将。昨夜はありがとう。まあ、何というか……知らなかったとはいえ、無理をさせて悪かったな。リアムも反省している。お詫びとして、女将の今朝のノルマは俺達でやる事にしたから、任せてくれないか」
フレッド様はそれだけ言って、またジャガイモの皮をナイフで器用にむき始めた。そしてフレッド様に続いて、リアム様も私の手伝いをしたいと申し出てきた。
「女将、食事の件、申し訳なかった。我々との常識のズレを考えていなかったのだ。私も同じく、少しではあるが、女将の仕事を手伝わせてほしい」
私にはこの現状が理解できず、シンとタキの方に目をやると、私と目が合ったタキが、この状況を説明してくれた。
「ハハ……、驚くよね。僕達が朝食の準備を始めたところにお二人が下りてきて、ラナさんに悪い事をしたから、何か手伝える仕事があればやらせてほしいって頼まれたんだ。だから気が済むようにしてもらったんだけど、まずかったかな?」
「……お客様にそんな事させられないわ」
それはやっぱりまずいでしょう。お二人はこの国の王太子殿下の影武者を務めるような方達だというのに、あんな床に近い場所に座らせて、厨房の下働きのようなマネをさせるだなんて……。
それでフレッド様とリアム様の気が済んだとしても、私が落ち着かないのよ。
しかし二人を見てみれば、意外なほど手馴れている事に気が付いた。こうして宿屋に泊まっているのだから、普段自炊しているわけでもないだろうに。
私達が普段愛用している作業用の低い丸椅子に、ドS系イケメンと、チャラいイケメンが長い足を開いてドカッと座り、手際よく作業を進めている。やっている事は野菜の皮むきだけれど、物凄い威圧感だ。
「やめてください、フレッド様、リアム様。そのお気持ちだけで十分ですから……」
私が二人を止めようとすると、いつのまにか私の側まで来ていたシンに、無言で厨房を追い出されてしまった。そしてカウンター席にストンと座らされ、出来上がった朝食を前に出された。
「お前はいいから、ここで座って朝飯でも食ってろ。あの二人はオーナーに誠意を見せたいんだよ。やりたいようにやらせておけ」
「でも……」
私が納得できずに食い下がろうとした時、シンは私の耳元に顔を寄せ、小声でタキが言わなかった本当の事情を説明してくれた。
「あの二人、チヨからお前が冷蔵庫を欲しがってる事を聞いて、お詫びとお礼を兼ねて本気で買うつもりでいたんだよ。朝下りてくるなり、どんな大きさの物なら置けるのか、俺に聞いてきた。そんなもん、オーナーなら絶対受け取らないぞって教えてやったら、何かお礼をしたいって言うから、仕事の礼なら仕事で返せって事で……ああなった。だから黙ってやらせておけ」
「まあ、チヨが? まったくもう、あの子ったら……。ハァ、とても気が引けるけれど、そういう事なら、仕方がないわね。じゃあ……お先に、いただきます」
高価な冷蔵庫を買わせるくらいなら、作業を手伝ってもらう方が遥かに気が楽だ。私は大人しくシンの用意してくれた朝食に手を伸ばした。
だからと言って、それぞれにタイプの違うイケメン達を眺めながら一人で朝食を取るというのも……。
そう思いながら、私はお味噌汁を一口飲み、おにぎりを食べた。やっぱり、シンの作るおにぎりはちょっと大きかった。
……もう見慣れたと思っていたけれど、こうして見ると、タキは妖精に匹敵する美しさね。他の三人が男っぽい分、際立って見えるわ……って、やだ私ったら、何普通に観賞してるのよ。
「あら? そう言えば、チヨは?」
いつもなら私が厨房に来るタイミングでチヨも起きてくるのだけど。
「ああ、チヨちゃんは花壇の水やりに行ったよ。もう戻ってくるんじゃないかな」
「そう……今日はずいぶん早起きなのね」
そんな話をしていると、チヨが水やりを終えて戻ってきた。
「あ、ラナさん、おはようございます! どうです、この厨房の景色。凄くないですか? 目の保養になりますね~。もしもお二人ともこの宿で働いてくれたら、もっと女性のお客様が増えるのに。今日限定とは残念です」
「おはよう、チヨ。……ここに座りなさい」
「あれ……もしかして?」
チヨはチラリと厨房を見たけれど、シンとタキはあえてそれを無視して作業を続けていた。
私はチヨを隣に座らせて、余計な情報を漏らした事へのお説教を始めた。
しかしなぜかその様子を見て、厨房の男性達は微笑ましいものでも見ているかのように笑っていた。私は結構本気でチヨを叱っていたつもりなのに、どこに癒される要素があるというのか。
お陰で怒る気持ちもすっかり萎えてしまい、私はそこでお説教を止めた。
そしてチヨと一緒に朝食を食べながら、ふと、ある事に気が付いた。
「シン、ジャガイモは終わったぞ。次はどれだ?」
「あー、じゃあ、玉葱を頼みます」
「わかった。どうやればいい?」
「こことここをカットして……」
シンとフレッド様は、どうやらこの短時間で随分打ち解けたようで、昨夜二人の間に流れていた緊迫した雰囲気はまったくと言っていいほど無く、シンはたまに油断していつもの調子で話してしまうほど仲良くなっていた。それにフレッド様も、普段私と話す時より、随分砕けた言葉遣いになっている。
リアム様はそれをチラチラと見ていたけれど、シンの態度をそれほど不快には感じていないようだった。
私が寝ている間にどんな話をしたのか知らないけれど、普段厨房に居るシンと、週末しか来ないフレッド様とでは、今まであまり接点が無く、話なんてした事は無かったはずだけれど、実は二人は気の合う者同士だったらしい。
男性同士って良いわね。気が合えば、すぐに仲良くなってしまえるのだから。
そういえば、昨夜も二人は何かを話していたわ。何を話していたのかしら。
もしかしたら、シンは昨日私の部屋を出た後、食器を片付けてからフレッド様と話をしたのかもしれない。
いつもの出発時間ギリギリまで作業を手伝ったフレッド様とリアム様は、なぜかシンとタキと握手を交わし、私に会釈した後、しっかり朝食用のおにぎりを持って、清清しい表情で宿を出ていった。
二人が出て行った後のシンの感想は、「フレッド様、見た目より気さくで良いやつだな」だった。
この日のランチタイムは客の入りが良く、目の回る忙しさだった。
そしてそんな中、私はあるお客様に目が留まった。
シンの言っていた、ハンチングを被った白髪の男性が、奥のテーブル席に座っていたのだ。
一緒にいるのは、食堂の開店当時から良くお見えになっているお客様達。年齢は様々で、下は二十代前半から、上は五十代位かと思われる男性客だ。
今まで気にした事は無かったけれど、その方達を意識して見れば、どこか他のお客様と雰囲気が違うような気もした。どこが、とは上手く説明できないけれど、どことなくピリっとした緊張感があり、周囲を警戒しているようにも見える。
私はシンに、昨日の差し入れを持って来たのはあの方かと訊ねてみた。
「ねえ、シン。昨日言っていたハンチングの男性って、奥の席に居るあの方?」
シンは、食堂内のお客様を一通り眺めて、軽く頷いた。
「ああ、あの奥に居る爺さんだ。間違いない。……ん? 昨日差し入れ持って来たのに、また今日も来たのか」
「……そういえば、そうね。ありがとう、シン。作業に戻っていいわ」
本当にあれが私のおじい様だとすれば、気付くわけがない。
おじい様の髪はロマンスグレーのキリッとした短髪なのに、長めの白髪のウィッグを被り、さらに伊達眼鏡をかけていて、服装は普段のおじい様からは想像もつかないほど質素なもので、トレードマークの杖も見当たらなかった。
私がずっと見ていると、おじい様と思しき男性は視線を感じたのか、美味しそうに料理を口に運びながら、フッとこちらを見た。そして私と目が合うとその手を止め、やっと気付いたか、と言いたげな表情を見せたあと、はにかんで笑った。
「おじい様だわ……」
それは私が記憶を封じてからは見る事の無かった、懐かしい笑い方だった。おじい様と話がしたいと思った私は、思い切って話しかける事にした。




