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4.川を辿って

 私とウォルグさんとリアンさんの三人は、カナリアさんらしきあの女性に落とされた橋近くの集落へと戻る為、川の流れに沿って歩いている。

 ウォルグさんはハーフエルフではあるけれど、妖精王国リティーアで育った訳ではないらしい。

 なのでこの国の土地勘は無いものの、幻覚によって歪められた視界を解除する彼の力によって、私達はそれなりに順調に行動出来ていた。

 ……とはいえ、舗装されていない道をずっと歩き続けるのは、いくらセイガフの生徒であったとしても疲労が蓄積されていくもので。


「……少し休憩するか」

「えっ? でもオレ、まだまだ全然行けますよ! めちゃくちゃ元気だし!」


 ちょっと歩き疲れてきたな……というタイミングで休憩を提案して下さったウォルグさんに、まだ行けるとアピールするリアンさん。

 そんな彼に、残念な生き物を見るような目を向けるウォルグさん。


「……お前は体力馬鹿だから平気だろうが、このペースではレティシアの方が保たない。お前はもう少し、周囲に気を配る事を覚えた方が良いぞ」

「あっ……!」


 そう彼に指摘されたリアンさんが、二人より遅れて歩いていた私の方を振り返って来る。

 リアンさんは気不味そうに表情を曇らせ、申し訳無さそうに私に頭を下げてきた。


「ご、ごめんレティシア! オレ、早くルーク先輩達と合流しなくちゃって、そればっかり考えてて……」


 しょんぼりとした様子で謝ってきた彼は、まるで雨に濡れた仔犬のようだった。何だか、へにゃりと垂れた犬の耳と尻尾が生えているような幻すら見えてきそうな有様だわ……。


「元はといえば、オレがあそこでさっさと橋を渡っておけば、キミやウォルグ先輩を巻き込むような事も無かったのに……。おまけに先輩に言われるまで、レティシアが疲れてるなんて全然気が付かなくって……。本当にごめん!」

「あれは、貴方一人の責任などではありませんわ。あれは彼女の──カナリアさんを操って、私達を襲わせた人物が原因の事故でしたもの。それに、私も立派なセイガフの生徒として、日頃からもっと体力をつけておくべきでしたわ。むしろ、私のせいでお兄様達との合流に遅れが出ていますから……」

「いや、レティシアは何も悪くないよ!」

「謝罪合戦はそこまでにして、とにかく今は身体を休めるのが先だ」


 互いに謝罪し合う、私とリアンさん。

 それを止めに入ったウォルグさんが指差した先に、何やら建物があるのが見えた。

 その建物は、木造の簡素な小屋のようだった。今は使われている形跡は無さそうではあるものの、誰かの住居として使われていたのだろう。暖炉に焚べる薪を切る為の斧が、雨風に晒されて切り株に突き刺さったまま、錆びているのを発見した。

 皆で小屋を調べてみると、やはり中には誰も居なかった。


「丁度良い。このまま森の中を移動し続けて、野宿するのも危険だからな。もう誰も使っていないのなら、今夜はありがたくここを使わせてもらうとするか」

「……ええ、ウォルグさんの仰る通りですわね」

「でも、それだとルーク先輩やレオンハルト様が心配するんじゃないか? 多分二人もオレ達を捜して、川の下流の方に来るかもしれないし……。しばらく休憩してから、移動を再開した方が良いんじゃないの?」

「いや、あの二人は捜しには来ないだろう」

「え、どうして!? 二人は、オレ達の事が心配じゃないって事!?」


 すぐにリアンさんの言葉を否定した彼は、私と同じ意見を口にした。


「落ち着け、そうじゃない。少なくとも、俺達はこの近くの川を辿っていけば、あの橋があった谷の方まで辿り着けるだろう?」

「う、うん」

「そこまで行ければ、自力であの崖を登れる道を探すなり、ルーク達が集落の連中に頼んで新たな橋を掛けさせるなりしているはずだ。……つまり、互いに闇雲に森の中を彷徨うより、俺達さえあの場所にまで戻れれば、確実に全員が合流出来るという事になる」

「そっかぁ! それなら納得だぜ!」

「あの川の流れはかなり早かったですから、私達が思っている以上に目的地までは距離があるはず。なので、今日の所は陽が暮れる前にこの小屋でしっかりと準備を整え、明日の朝にまたあの集落を目指した方が安全なのですわ」


 それにまだもう一つ、私達を狙うカナリアさんの件もある。

 彼女の……というより、彼女を眷属として操っているであろうクリストフを警戒するのであれば、下手に動き回ってこちらの生存を勘付かれるのは避けたかったのだ。

 あの一件によってお兄様達が集落のエルフ達にも警戒を呼び掛けているだろうし、彼らも森を巡回してくれているのなら、カナリアさんもひとまずは私達を追うのを諦めてくれるかもしれない。

 出来る事なら彼女の事は無傷で保護したいし、戦力が分散している今、もう一度接触するのは少々不安が残る。

 それに吸血鬼に関しては、同族であるルークさんの方が明らかに詳しい。彼ならば彼女を助ける方法を知っているかもしれないから、私達だけで下手に対処する前に、ルークさんに指示を仰ぎたかったというのもある。


「……ひとまず、まだ明るい今の内に、食糧を探してしまいませんこと? 予定通りなら今頃は集落で休んでいた頃でしょうし、野営の用意もしてきませんでしたから……」

「よしっ! それならオレが、何か食えそうなモンをパパッと探して来るぜ!」

「……やる気があるのは良いが、キノコは採って来るなよ? 素人には食べられるキノコと、食ったら不味い毒キノコの見分けなんてつかないからな」

「それぐらい分かってますって、ウォルグ先輩! 初めて討伐の授業に行く時、前日にアレク先生からも先輩と全く同じ事を言われたからな!」


 それは、先生の目から見てもリアンさんが不安視されていたという事ですわよね……?

 彼には森の中ではなく、川で魚を採ってきて頂いた方が良いような気がしてきましたわ……!



 それから三人で作業を分担し、リアンさんとウォルグさんが食糧調達を。私は二人の帰りを待つ間、小屋の中から調理道具を探し、一晩過ごす為に掃除を済ませておいた。

 私はアルドゴール家の令嬢ではあるものの、セイガフでの寮生活を過ごす間に、ミーチャから部屋の掃除の仕方を教わっているのだ。

 まだ使えそうだった箒や布巾でテーブルや床を掃除し、埃っぽかったベッドは洗浄魔法で清潔にした。……ただ、ベッドは二つしかなかったので、誰か一人は床で寝る事になってしまうだろう。

 もしくは、誰かが同じベッドを二人で使うとか? 例えば、私とウォルグさんが……って、いくら想い合った恋人同士であろうとも、リアンさんと同じ空間で同衾(どうきん)なんて出来ませんわっ!

 いえその、リアンさんがいらっしゃらなければ彼と一緒のベッドで……だなんて、そんなの恥ずかしすぎて心臓が飛び散る勢いなのですけれども!!


「……と、とりあえず、この件はお二人が戻って来てから相談する事にしましょう」


 ああ、もうっ……! 私ったら、なんて破廉恥な事を想像してしまったのかしら……!?

 ウォルグさん達が戻って来る前に、この火照る頬の熱が早く引くようにと願いながら、私は改めて掃除を再開するのだった。

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