068 誰が作ったか暗黙の了解
「ひとつまみの納涼大会」
どうも読者です。
今回は、前回の続きのようなものであります。「マイルールってこわいよね……そしてなぜか存在している暗黙の了解」そんなお話です。
みなさん、なろうの暗黙の了解…暗黙のルールのほうがいいですかね? 迷いますが了解で書いていきますが、みなさんは知ってますか?
私は知りません。
というか、「なろう小説お作法」なんてことはエッセイジャンルでやたら流行っていたときもありましたし、わたくしも感化されてグダグダ書きまくっておりましたし、今でも相変わらずです(笑)
ただ、暗黙の了解は知らない。あるのだろうけど、誰が作ったんだそれって感じです。
なろう小説お作法というと、「…(三点リーダー)や―(ダッシュ)は偶数使いする」ぐらいしか出てこない…。かなしいことに。しかも、私はダッシュは一つでは使いませんが、三こ使いでも五こ使いでも気にしませんし、見ての通り三点リーダーは一つでも使っております。
エッセイを投稿の古い順から探せば誰が言い出したのかわかるかもしれないでしょうが、退会した方や作品を削除した方もいるでしょうから「誰が〜」なんてわからないと思うので探しようもないでしょう。
自称編集者と名乗っていた方か、書籍化等した作者さんがエッセイで書いたか、それはわかりませんが、書籍化さんが書籍化することであんなこんなことを直したよ〜というなら納得しますけれども…。
たいていは、「こんなの小説じゃない…こんな書き方しない」で何かと比べてイチャモンのようにお作法エッセイをつらつら書いていた方もいたように思います。
句点つけろ、学校で習ったろ! みたいなこともあったような気がする。
まーどんどんと「自分がこれは読みにくからやめろ」という内容のマウント、またはきつめ甘めのアドバイスがエッセイジャンルから散らばって?広がって?、お作法警察?たちがぼちぼち取り締まっていたように私には見えました。
そこからの亜種といえばいいのでしょうか、ジャンル詐欺というものが出てきたり、人気ジャンルだとランキングに載れないから比較的載りやすい過疎ジャンルに投稿してみたり、ジャンル変更してみたり、それをエッセイや活動報告にて書いている作者さんも見かけたことがあります。
色んな人がいましたね。
そこから、あれはダメこれはダメみたいに出来上がったのでしょうけれど、しつこいようですが私は暗黙の了解なんて知りません。
今でも作り上げている方がいるんでしょうか?
誰が作ったんですか? と訊いてみたいものです。みなさんももし見かけることがありましたら、是非訊いてみてください。「誰が作ったんですか? どうして知っているんですか? どうやって知ったんですか? なぜそれらが暗黙の了解になったんですか?」てね。私も知りたいです。
なろうに登録して、書き手として読み手として何かしら書くということをするとき、私たちがしなければいけないのは、誰が決めたか誰が作ったかわからない暗黙の了解を知ることではなく、小説家になろう・読もうに居るのだからココのルールを知ることです。規約、ガイドライン、ヘルプセンター、質問板も使えますし、なんなら運営に直接聞けばいいのです。
暗黙の了解って、誰かのわがままや不満で出来たマイルールのようなものだと私は思ってますので、まず従うべきなのはそれじゃない。お作法も誰かの「普通はそうじゃないだろう」て不満でしょうしね。
そんなに不満ならエッセイに書いてみてもいいでしょうが、ふと思うこともある。
エッセイの感想欄のほうが甘口になったなあ――共感者ばかりになったなあと。物語…そういう作品に書かれる感想のほうがいまだ辛辣だなあと。これについても今度、何かしらエッセイにしたいと思っております。
以上です。
◉『カタコンベ』フランスの地下墓地に入ってみたらなんてこと!? そんなやつです。意外と好きで何回か観ております。忘れた頃、記憶が曖昧になった頃、また観ます。




