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合鍵  作者: 望美
番外編
13/14

いつかのバレンタインデー (誠視点)

遅刻しましたが、バレンタインデーの短編を書きました。

誠の口が悪いので、苦手な方はご注意ください。






「これ、渡しておくね。一応、その、バレンタインだし…」



何年越しかわからないほどの想いがやっと伝わって恋人になったというのに、葵は相変わらず初々しさを残したままだ。


毎年渡してくれるのに、チョコレートを差し出しながら頬を紅潮させている。

恋人になって初めてのバレンタインが照れ臭いのか、目線すら合わせてくれない。


お礼を言って受け取ると、すぐに綺麗にラッピングされた箱を開けた。

中にはトリュフが綺麗に並べられていて、カカオの芳醇な香りが広がった。


毎年、菓子作りが得意な薫さんと一緒に甘さを控えめに作ってくれるそれは、チョコレートが苦手が俺の口にも合うようになっている。


一粒手にとって口に入れると、予想していた柔らかさとは違い、思わずガリっと音を立ててしまった。




「……今年は葵が一人で作ったの?」



「…やっぱり、わかった!?ごめん…もし不味かったら無理して食べなくていいよ…。」




しょんぼりして箱を受け取ろうと手を出した葵を無視して、もう一粒口に入れる。




(…ああ、確かあのときのもこんな味だった。)




硬めのトリュフを頬張りながら、俺は数年前のバレンタインデーのことを思い出していた。





――――――――――





少し大きめに買ったはずの制服が、いつの間にかちょうどいいサイズになった中一の冬のことだった。


学年末テストが近いにも関わらず、何故か最近浮き足立っている周りを横目に、帰り支度をしていた。

テスト前の期間で部活動も休みになってしまい暇な俺は、早く帰って夕飯まで寝ようと決めると、同じクラスの葵の元へと向かう。



「俺、もう帰るけど。」



「あっ、うん。じゃあね。」



他の女子達と何やら盛り上がっているところに入ったからか素っ気なく返されると、小さくため息をついてその場を離れた。

後ろから女子達の話し声が聞こえるが、聞こえてないふりをして教室のドアへと向かう。



「葵ちゃん、本当に佐伯君と付き合ってないの?」



「違う違う!()()()幼馴染だからっ!」



「小学校のときに比べて、すごい身長伸びたよね。」



「他の男子と違って、バカなこと言わなくて大人っぽいし。」



「しかも、あんなに頭いいなんて知らなかったよ!」



葵の言葉にも少しモヤっとしたが、それよりも周りの反応に心底嫌気がさした。

これ以上耳に入れたくなかった俺は、さっさと家路についた。



中学に入ると突然始まった成長期のために、身長は180㎝に届きそうなほどになっていた。周りの男子よりも少し飛び出た頭は、嫌でも女子の視線を集める。

しかも、定期考査の上位に入った生徒は順位が貼り出されることから、毎回一位をとっていた俺は注目されてしまいがちだ。

俺はそんなことまったく望んでいないのに、変わっていく周りの反応にうんざりする。



そのせいか、中学に入ってから葵の態度が少し変わった。



学校以外では今まで通りお互いの部屋を行き来しているくせに、学校では極力俺に関わらないようにしようとしているのがわかる。

どうせ隣同士の家に帰るなら、学校から一緒に帰ることになんの抵抗があるのか、と俺は思ってしまう。


しかし、葵がそんな態度をとるのは周りに誤解されたくないのが一番なのだろう。


やたらとなんでも色恋沙汰に絡めたくなる思春期真っ盛りの周りは、俺たちの関係を否応なしに邪推してくる。

葵がそれを危惧して距離をとっているのも、ちゃんとわかっているつもりだ。




(…まぁ、俺はどう思われてもいいんだけど。)




むしろ、そういう関係だと思われた方が俺にとっては好都合だったりする。

そうすれば、葵にも悪い虫はつかないだろう。




もう、いつからかわからないくらい前から、俺は葵に特別な感情を持っている。




葵はまだ色恋沙汰には疎いように思えるため、想いを伝えるタイミングを間違えれば取り返しのつかないことになるのは目に見えている。


幸いにも鈍い葵はまだ俺の気持ちに気が付いていないみたいだから、ゆっくり時間をかけてタイミングを図っている最中なのだ。




(…もとから、長期戦は覚悟の上だ。)




やっと着いた自分の部屋に荷物を下ろすと、部屋着に着替えてベッドに横になると、すぐにやってきた睡魔に抗うことなく眠りについた。





―――――





目を覚ましてリビングに降りたが、まだ誰も家には帰っていないようだった。

両親共働きのうちには、そこまで珍しくない状況だったため、特に焦りもせず携帯を確認する。

案の定、母親から今日は少し遅くなるから、高坂家で夕飯をいただくようにお願いしたという内容のメッセージが届いていた。


俺は置いてあったコートを羽織ると、隣の家へと向かった。




「…すいません、お邪魔します。」



「誠くん、いらっしゃい。お母さんから連絡もらって待ってたのよ。さぁ上がって。」



突然なのに迷惑そうな様子もなく、いつも通りの笑顔でおばさんが出迎えてくれた。


慣れた足取りでリビングに向かうと、温かそうな料理が机に並べられていた。



「誠、遅いよ。私、もうお腹ぺこぺこなんだけど。」



「悪い、寝てた。」



学校での素っ気ない様子が嘘のように、入ってきた俺に葵は開口一番に文句を言った。



「二人とも今テスト前なんじゃないの?随分余裕ね。」



「違うよ、お姉ちゃん!誠はそうかもしれないけど、私は早く食べて勉強しなきゃいけないの!」



「じゃあ、揃ったし食べましょうか。」



家とは違う賑やかな高坂家で味わう食事は、いつもより美味く感じるのはきっと気のせいじゃない。

そんなことを思いながら、俺は箸を進めていた。





食べ終えた食器を片付けていると、後ろからつんつんと突かれて振り返ると、葵が言いづらそうに口を開いた。



「…ちょっと教えてほしいところがあるんだけど。」



数学が苦手な葵は、テスト前にはだいたい俺の力を頼ってくることが多い。

了承の返事をすると、葵について部屋へと向かう。



(…一緒に帰るのは拒むくせに、自分の部屋に二人きりはいいんだな。)



まったく意識されていない様子に、タイミングはまだ先でありそうなことを悟りつつ、葵の部屋へと入った。




「ここなんだけどね。」



今回のテスト範囲の中で、最も難しい分野の問題を差されると、ノートに書きながら丁寧に解き方を説明した。



「あー、なるほど。先生だと何言ってるかわかんないけど、誠の説明だとよくわかる!」



その感心した様子の笑顔を見られただけで夕方のモヤっとした気持ちも消化した俺は、長居すると自分がまずいので、早々に立ち去ろうとした。



「ありがとね。あっ、ちょっと待って。」



「まだわかんないとこあるの?」



葵に引き止められて、その場に立ち止まる。



「あっ、いや勉強じゃなくて…」



何だか言いづらそうにしている葵を訝しげに見ると、葵はパッと視線を逸らした。




「あのね、友達に聞いてほしいって言われたんだけど…」



とても嫌な予感がして、自然と眉間に力が入る。






「…誠って、その、好きな人とかいるの、かな?」




葵の口から出たその言葉に、頭に血が上りそうになった。

俺が好きなのはずっと葵だけだ、とぶちまけてしまいたい衝動にかられる。

自分で聞く勇気もないくせに、葵を使って聞いてくるあたりに本気で反吐がでる。


いろんな感情が渦巻いていても、俺の表情筋は動いていなかったようで、葵は俺からの返事を待っているようだった。


このドロドロした感情を、まだ気付かれるわけにはいかない。




「なにそれ…」




沸騰した感情を出さないようにしようとしたら、思った以上に低い声が出てしまった。




「そんな質問に答えるつもりないから。」




突っ返した言い方に少し怯んだ様子の葵を残して、ボロが出る前にさっさとその場を立ち去った。



数メートルしか離れていない家に帰るため冷えた空気の中を歩きながら、白いため息を吐く。



(…葵は、俺のことを少しも男として意識してくれないのか。)



改めて現実を突きつけられたような気がして、もう何のやる気もでなくなった俺は自分の部屋につくとまたふて寝することにした。





―――――





あれから何となく気まずくなったのか、葵とは数日話をしていない。

俺もまた葵からあの手の質問をされてしまったら、冷静でいられなくなるのがわかっていたから都合は良かった。



そんな俺の気分とは反対に、朝だというのに今日はいつも以上に周りが色めき立っているのを感じた。

黒板の日付を確認すると、2月14日と書かれていた。



(…そういうことか。)



ここ最近の周りの浮かれ具合の理由が分かって、俺はまた嫌気がさした。

鞄を仕舞おうとロッカーを開けると、見覚えのない包みが数個入っていた。それを取り出すと、一部の女子がざわついたのが分かった。



(…面倒くさいことこの上ない。)



きっと今日一日はこんなことが続くのだと考えたら、すぐにでも帰りたい気持ちになってしまった。

差出人の名前さえないものを受けとる気にもなれなくて、ロッカーの棚の上に入っていた包みを放置したまま、自分の席へと戻る。

それを見た周りがまたざわめき始めたのがわかって、もう放っておいてほしい俺はイライラが最高潮に達していた。


それがわかったのか、周りも少し静かになったのを感じて、やっと一息ついた。



葵はそんな態度をとる俺を少し気にしていたようだったが、すぐにいつも通り友達の元へと行っておしゃべりを始めていた。




いまの状態では、本当に欲しい(ひと)から毎年恒例の義理チョコさえもらえなさそうだと言うのに、いらないものだけを無理矢理押し付けられる身にもなってほしい。


まだ始まったばかりの一日の時間が早く過ぎることばかり考えながら、俺は時計を睨み付けていた。




―――――




朝の様子を見ていたせいか、俺の一日は思っていたよりも平穏に過ぎていった。

ロッカーの上に放置した包みもいつの間にか回収されていたし、あれから知らぬ間に俺のものに何かを入れられていることもなかった。

周りの視線は相変わらず感じていたが、さっさと帰ってしまえばいいと思っていたところで担任に呼び止められた。



「佐伯、お前出席番号14番だよな。これ職員室まで運んどけ。」



「…はい。」



教壇に積まれた40人分のノートを指差して、自分はとっとと出ていってしまった担任に少しイラっとしたが、逆に帰宅時間をずらせると考え直して厚みのあるノートを抱えた。


職員室にノートを運び込むと、結局あれやこれやと雑用を押し付けられて、授業後から一時間ほど経っていた。


すっかり日も落ち始めていて、あたりは暗くなりつつあった。

さすがにもう誰も残っていないであろうことに少し安堵して教室に近付くと、まだ明かりがついていた。


ゆっくり覗きこむと、見慣れた後姿が見えた。



「…葵。なんでこんな時間まで残ってるの?」



「…え!?誠?なんでっ!」



もう誰もいないと思っていたのはお互い様だったようで驚いた様子の葵は、とっさに机の上に置いてあったものを腕で隠した。

何を隠したのか気になった俺は、葵の席へと近付いた。


葵の腕の隙間から、朝俺のロッカーに入っていた包みが見えて、思わずため息がこぼれ落ちた。



「…なにそれ?」



「ごめんっ!誠が嫌がるのわかってたから断ったんだけど…私からなら受け取ると思ったのか、無理矢理机に置いてかれちゃって…」



お人好しの葵がはっきり断れるわけがない。それをわかってやっているあたり、本当にたちの悪い奴らもいるんだなと舌打ちをしたい衝動にかられた。


葵を困らせることは本望ではない俺は、葵の腕をどけると机の上に置かれた包みを鞄へと入れていく。



「…俺が受け取ればいいんでしょ?」



「えっ?…嫌なんじゃないの?」



「すごく迷惑だけど、それで葵を困らせるのは違うから。」



「でも…」



「巻き込んで悪かった。」



最後のひと包みを手に取ると、突然葵が俺の腕を掴んだ。



「あっ!これは…その、違うから。」



手に取った包みをよくよく見ると、毎年恒例の見覚えのあるラッピングがされている。

ふと嫌な考えがよぎって、葵の方を見やる。





「…誰にあげるつもり?」



「…いや、誰にっていうか…」



「俺に言えないようなやつ?」



葵を他の男に渡す気なんか更々ない俺は、自ずと低い声で葵を責めるような口調になってしまった。



「…違うの!なんか、クラスの女の子たちの間で、誰か一人は男子にあげるみたいな空気が出来てて…」



「…」



「…私は、まだそういうのよくわかんないから、毎年渡してる誠に学校で渡せばいっかって思ってたんだけど…なんか、今年はいっぱいもらってるし、しかも迷惑そうにしてたから…もういっかって思ったの!…だから、それは返して。」



葵の言い分を全部聞き終えた俺は、予想していなかった答えに驚いて一瞬動きが止まってしまった。


包みを取り返そうとしている葵に気付いて、ひょいっと包みを上にあげた。



「…いま、食べていい?」



「えっ?」



戸惑っている様子の葵を前にその場で包みを開けると、毎年恒例のトリュフが並べられていた。



「…葵はちゃんと俺の好みをわかってるからもらう。」



もっともらしい理由を呟いて、唯一欲しかったチョコレートを口に運んだ。




しかし、予想していた硬さではなかったそれにガリっと音を立ててしまった。




「ごめん、固すぎたっ!?今年はお姉ちゃん受験だから、手伝ってもらえなくてっ…ちょっと失敗したかなとは思ってたんだけど…」






「……噛み応えがあって美味いよ。」



味のクオリティで言えば去年のが断然優っていたのは明白だけど、俺にとってはこれ以上に美味いチョコレートはきっとない。


不思議な食感のトリュフを噛み締めながら味わっていると、もう完全に外は真っ暗になっていた。





「俺、もう帰るけど。」




「…あっ、私も帰る。」



もうすっかり暗くなった帰り道を、久しぶりに二人で歩く。


葵のこの調子だといつになるかはわからないけど、現時点で俺を相手に選んでくれたなら望みが薄い訳でもないのだろう。


いつか本物の愛情を乗せたチョコレートをもらう日のために、俺はこれからも葵だけを想い続けることを決めた。





――――――――――






「…いや、今までで一番美味いよ。」




6年かかってやっと手に入れたその最後の一粒を食べ終わると、さすがに口の中がカカオ一色になってしまった。

何も飲まずにひたすら口に入れたいたせいか、ココアパウダーが喉に引っかかり少しむせてしまった。



「大丈夫っ?そんな一気に食べるからだよっ!いま、お茶もってくる…」



立ち上がろうとした葵の腕を掴んで、その場に留める。



「…ちょっ、なに?」



何事かと振り向いた葵を、強引に引き寄せて不満げな唇に自分のそれを重ねた。


不意打ちに驚いた様子の葵の口元が緩んだ隙を狙って、どんどんキスを深めていく。


チョコレートより何倍も甘いその唇をただただ貪って、俺は自分を潤す。


やっと手に入れた感触を夢中で堪能していたら、離せと言わんばかりに胸を叩かれた。


そう簡単にこの幸せな時間を終わらせる気のなかった俺は、しばらく無視して引き続き葵の唇の感触を味わっていた。


あわよくばこのまま流さないかと思っていたが、しばらくして無視出来ないほど強く叩かれると、葵の唇を解放する。



「っはぁ、これ以上はダメ…明日バイト早いからっ!」



今までの経験からなかなか離してはもらえないことがわかっている葵は、口だけで必死に抵抗するが、無防備な首筋に唇を寄せるとピクッと反応したことに俺は満足する。


そのまま耳元まで唇を這わせると、だめ押しで囁く。





「……嫌なの?」



こうすれば葵が断れないことをわかっている俺はわざとずるい聞き方をした。


案の定、頬を赤らめながら、嫌じゃないけど…と小さく呟く可愛い幼馴染に、俺は内心でほくそ笑む。


取り付けた了承の返事が覆されないうちに、葵の身体を抱き上げる。







愛しい愛しい俺の唯一の幼馴染(ひと)



何年も待ってやっと俺の腕に落ちてきたからには、もう何があっても離してはあげられないけど、君が笑顔でいられる未来にするからこんな俺を許してほしい。


自分の中に新たな誓いを立てると、もう一度愛しい存在を確認するかのように抱き締めた。





現在、薫と透のお話『合図』を連載中です。

『合鍵』と少しリンクする部分もあるので良ければそちらも読んでいただけたら幸いです。

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