好きって言って (葵視点)
ずっと幼馴染だった誠と恋人になって一週間弱、私、高坂 葵はあることに気付いてしまった。
(…あれ?私、ちゃんと好きって言われてない…?)
もちろん誠が私を好きでいてくれているのは態度や行動でわかっているけど、きちんと言葉でも示して欲しいのが女心というものである。
(よし!こうなったら意地でも言わせてやるっ!)
私は、口数の少ない誠から「好き」と言わせるべく意気込んで、誠の部屋に向かった。
―――――
この一週間ですっかり慣れた手付きで合鍵を使うと、誠は不在だった。
今日はアルバイトは休みだと言っていたはずなので、まだ大学に残っているのかもしれない。
置いてある自分のマグカップを出して、インスタントコーヒーを入れると、ソファーに座ってくつろいだ。
(先週までは、まさか一週間後に自分がここでくつろいでいるとは思いもしなかったなぁ…)
改めて、こうしていることに幸せを感じていると、玄関が開いた。
「ただいま。来てたんだ。」
「おかえり、誠。私も今日はバイトなかったから、一緒にごはん食べようかと思って。」
「俺、今日中にメールで提出しなきゃいけない課題あるから、家で食う感じでもいい?」
「いいよ。何か作ろうか?」
「悪い。頼んだ。」
そう言ってキッチンに向かいながら、もはや熟年夫婦のような会話をしていることに気付いた私は、先ほど掲げた目標をもう一度思い出した。
(そうだ!今日は誠に「好き」と言わせなければ!)
どうしたらいいかを考えながら、私は手を動かすことにした。
切った野菜を炒めながら、ちらりと誠の方を盗み見る。
真剣な表情で難しそうな本を開きながらパソコンに向かう誠が妙に様になっていて、不覚にもかっこいいと思ってしまった。
(…だめだめ、私がキュンとしてどうするのよ!今日は誠をときめかせて「好き」って言わせてやるんだから!)
恋人フィルターがかかってから、今まで散々見てきた姿にもときめいてしまう自分を抑えようとしていたら、何だか焦げた匂いがしてきて慌てて火を止めた。
「…なんか臭うんだけど、大丈夫?」
気付いたら誠がすぐ後ろに立っていて、びくりと身体が跳ねてしまった。
「ごめん、ちょっと焦げた…」
せっかく美味しい手料理を作って、いいところを見せようと思ったのに、誠に見とれて焦がしてしまうなんてとんだ大失態である。
情けなくてついつい俯いてしまった。
「葵、こっち向いて。」
そう言った誠の方を向くと、チュッと軽くキスされた。
「えっ!?」
「これで帳消し。無理しなくていいから、続き頼む。」
そう言った誠は、また課題をやるためにパソコンに向かっていった。
そんな後ろ姿を見ながら、自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
(…また、私がときめいてどうすんのよ!)
動揺した気持ちをなんとか鎮めて、今度は失敗しないように料理の続きを再開した。
なんとか出来上がると、誠も課題を中断してテーブルを片付けて、手伝ってくれた。
全て運び終わって食事の準備ができると、二人で向かい合って食卓を囲む。
いただきます、と言って手を合わせた誠が、スプーンを口に入れるのをじっと見つめる。
「…うまいよ。」
感想を求められていることがわかった様子の誠がそう口を開くと、ホッとして私も食べ始めた。
それなりの味のオムライスを食べ終えると、誠はそのまま少し休憩をすることしたようで、私の座っていたソファー側に移動してきた。
(よしっ!チャンスは今しかない!)
ときめかせることは諦めた私は、もう直球で聞いてしまおうと口を開いた。
「あのさ、誠っ、好き、だよね?」
いざ聞くとなると恥ずかしくなってしまった私は、曖昧な聞き方になった上に、主語がぬけてしまった。
「…オムライス。」
何のことかわからない様子の誠に、勢いを失った私は、そう小さく呟いて誤魔化してしまった。
「好きだけど。」
オムライスに先を越されてしまった自分が虚しくなってしまったけど、この流れなら言ってくれるかもしれないと思い、最後の勇気を振り絞って口を開いた。
「…わ、わたしのことは?」
言った後に後悔したくなるほど恥ずかしくなってしまったけど、もう口から出たものは取り消せない。
誠の表情を見るのが怖くなって、ギュッと目を瞑ってしまった。
「…今日は、俺の忍耐力かなんかを試してんの?」
誠はそう言うと、ぐいっと私の顎を持ち上げて、唇を重ねてきた。
何度も何度も、角度を変えてされるキスに絆されそうになってきたのに気付いた私は、ぐいっと誠の胸を押して引き剥がした。
「…ちょっと!そうじゃなくてっ!」
「…キスして欲しかったんじゃないの?」
途中で止められたことに不服そうな誠が、また再開しようと不埒に動き出したのを感じた私は、後ろに一歩下がって距離をとった。
「す、好きって言って欲しかったの。」
「…」
正直に自分の欲求をそのまま言葉にして伝えてみたが、誠からの返事はない。
誠は少し考えた後に、ポツリと口を開いた。
「…何が違うの?」
「…」
「…はぁぁ!?」
勇気を出して自分の欲求を伝えたのに、女心のまったくわかっていない幼馴染には、何ひとつ伝わらなかった。
もう完全に戦意を喪失した私は、帰る、と呟いて、片付けもしないままに誠の部屋を後にした。
―――――
翌朝、あの後帰ってふて寝していた私は、アラームで目を覚ました。
(…昨日、あのまま出てきちゃったけど、気にして課題が手につかなかったとかないよね…)
悪気のなかった誠に感情をそのままぶつけてしまったことを少し反省した私は、様子を見に誠の部屋に向かった。
いつも通りに合鍵を使って、寝ている可能性の高い誠を起こさないように、静かに部屋へと入る。
パソコンの前でそのまま眠っている誠を見つけて、音を立てないように近づいた。
メール送信済みの画面が出ていることに、一先ず安心した私は、そのまま誠の隣に腰をかけて、寝顔を見つめていた。
「…感情的になってごめん。」
寝ている誠になら素直に謝れる気がして、ポツリと呟いた。
「言葉も欲しくなっちゃったの。」
いま誠が隣にいるだけで幸せだって思ってたはずなのに、どんどん欲張りになっていく。
「「好きだから…」」
自分から出たはずの言葉に低い声が重なったのがわかって、ふっと誠の方を見ると目があった。
「俺は、触れたくなる…」
そう言った誠は、私の手をぎゅっと握って口許に引き寄せると手の甲に触れるようなキスをした。
カーテンから入る日の光が誠を照らしているせいか、はたまた恋人フィルターのせいか、輝いてみえる誠が眩しくて目がくらんでしまった。
(これから、一体どれだけ誠に見とれてしまうんだろう。)
これから何度もすれ違っては、また交わって、重なりあう。
そのたびに、またひとつあなたを好きになっていく。
ゆっくりとそんな二人になれたらいい。
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「…というか、葵は、俺を見すぎ。あんなふうに見られたら普通我慢できない。」
「!?」
「料理中も見てたでしょ?食べてるときもやたら見つめてくるし。」
(…気付かれてたのぉ!?)
見ていたことを気付かれていた事実に、恥ずかしさと居たたまれなさを感じていた葵は、逆に誠もそれだけ葵を見ているという事実を知ることはなかった。




