19 『どんまい』
移動の途中でラッシュさんに合流場所のカフェを『メール』して一足先に姫ちゃんに装備の販売です。
ブロンズ系装備はカッパー系の装備の倍以上の値段になってしまうので、下取りなども考慮に入れつつ相談した結果、全装備の販売となりました。
姫ちゃんすごいお金持ちです。
「これで一気に防御も攻撃も倍」
「姫ちゃんお金持ちだねー」
「糸強い」
「さすが姫ちゃん」
「えっへん」
実は姫ちゃんは掲示板に専用スレが立っているほどの有名人になっていたりします。
ピーキーな武器である『魔導糸手袋』を巧みに操り、PT、ソロどちらでも高い効率を叩き出す謎の無口な仮面少女。
口数の少なさと誰も真似できない糸裁きがミステリアスだと、ファンを大量に作り出してしまったのです。
実際にトッププレイヤー集団からも勧誘を受けていたりして、引く手数多だそうです。
姫ちゃんの影響で『魔導糸手袋』を練習するプレイヤーが増えたみたいですけど、結果はまぁお察しですね。
伊達にピーキーすぎる武器と言われていません。
「あ、姫カットさんだ」
「ん?」
「あ、ラッシュさんどうもー」
姫ちゃんへの販売も終わり、お喋りに興じているとラッシュさんも合流です。
姫ちゃんを見つけたラッシュさんがとても驚いているのがちょっとおかしかったですが、姫ちゃん有名人だから仕方ありませんね。
「すみません、バケツさん遅くなりました。そちらは、そのメカクレ姫カットさんですよね?
お知り合いだったんですか?」
「そうですよー。姫ちゃんとは親友です」
「ん、親友」
「そうだったんですか、さすがですね」
姫ちゃんとは出会ってからの時間はそんなに長くありませんが、親友といってもいいくらい仲が良いのは事実です。なので親友なのですよ。
「ラッシュさん、そんなところに立ってないで座ったらどうですか?」
「あ、いや、その……自分は……すみません、ありがとうございます」
ラッシュさんがなんか借りてきた猫みたいになっていますが、そんな様子に姫ちゃんは小さく首をかしげつつイチゴカフェオレを飲んでいます。
どうやらラッシュさんは姫ちゃんが気になるみたいですね。これはちょっと楽しくなってきましたよ。
でもラッシュさんをからかう前に先に用事を済ませてしまいましょう。
「ラッシュさん、例の物はこちらですー」
「あ、はい……おぉ、さすがバケツさん。こんなに早く安定的に作れるようになるなんてすごいですね」
「ずっとやってますからねー」
「俺の知ってる生産特化でもまだここまで来てないですよ」
ラッシュさんの知り合いの人がどのくらいプレイしているのか知らないですけど、私ほどはやっていないでしょう。
規則正しい生活をしているとはいえ、1日のほとんどの時間をプレイ時間に充てているんですから。
「みんなすぐに追いつきますよー」
「トップを走っているというのがすごいと思うんですが……いえ、すみません。
今手持ちがそれほど多くないので、すみませんが全部は購入できないです」
「大丈夫ですよー。すぐ売れると思いますし、ラッシュさんが買える範囲で構いませんよー」
「ありがとうございます。では――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラッシュさんへの販売と下取りも一段落したところで、さっそくお楽しみタイムの始まりです。
「姫ちゃん姫ちゃん、紹介が遅れたけどこちらラッシュさんです。
ラッシュさん、こちら知ってると思いますけどメカクレ姫カットこと姫ちゃんです」
「よろしく」
「こ、こちらこそよろしくお願いします! 掲示板でご活躍の程は聞き及んでおります!」
「ん、ありがと」
「自分の方こそお会いできて光栄です!」
橋渡し的に各自の紹介をしてあげれば、私の期待通りの反応をラッシュさんがしてくれてバケツの下ではついついにやけちゃいます。
一人称が俺じゃなくて自分になっちゃってるのも、テンションが大変な感じになっているのももう楽しくてしょうがないです。
このまま姫ちゃんとラッシュさんが一緒に狩りに行ったりして仲を進展させられるように話題を誘導しちゃいましょう。
恋愛とは無縁の生活を送っている私には他人の恋路を眺めて楽しむくらいしかできませんからね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ではまた!」
「またよろしくおねがいしますねー」
「ん」
テンション爆上げで嬉しそうに去っていくラッシュさんを見送り、私は少し反省しています。
話を色々と誘導させつつもさりげなく盛り上げていると、どうやらラッシュさんは姫ちゃんに好意を持っているわけではなく、『魔導糸手袋』の使い手と会えたのが嬉しかっただけみたいです。
βテスト時に糸使いに憧れて自分でもチャレンジしてみたらしいのですが、さっぱり使えなかったそうです。
でも糸使いのロマンを捨てきれなかったそうで、掲示板で有名になるほどの使い手と糸使いについて話してみたいと常々思っていたそうです。
最後には姫ちゃんに握手を求めて、屈託のない笑顔をみせていました。
……あなたはヒーローに憧れる子供か何かですか。
「がっかり?」
「うん、がっかりしたー」
「どんまい」
「むー」
どうやら姫ちゃんには私の考えがバレていたようです。
さすが姫ちゃん、伊達に人間やめてません。
まぁいいんです。私には【ふろんてぃあーず】があるんですから、彼氏なんてほしくないですしー。
「ボクも狩り行く」
「うん、私も生産の続きするよー」
「お互い頑張る」
「はーい、姫ちゃんも頑張ってねー」
「ん」
姫ちゃんと別れたあとは【レンタル生産施設】に戻って作業の続きです。
まだまだ『ブロンズインゴット』はありますからね。
目指せブロンズ系装備の『オプション品』です。
さぁ頑張りますよー!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ブロンズインゴット』が尽きるまで装備製作に明け暮れたところ、気づいた時には『ゲーム内時間』で6時間ほどまた篭っていたようです。
新しい装備が作れるのが楽しくて楽しくて仕方ないんです……仕方ないんですよ。
さっそく【開拓者組合】で評価してもらいに向かいます。
いつもの受付嬢さんに期待の眼差しを向けられているのは気のせいではないはずです。
きっと南門通りの【開拓者組合】に安定してブロンズ系装備を持ち込み始めたのは私が初めてでしょうから!
もちろん受付嬢さんの期待に答えて大量のブロンズ系装備をトレードすれば、満面の笑顔を返してもらえました。無事期待に答えられたようです。
NPC店舗では未だに品薄状態が続いていますから、【開拓者組合】にも苦情が入っているのでしょう。そんな状態を解消するための一歩を踏み出せる存在が現れたら、それはもう笑顔にもなるでしょうからね。
数が数なので待ち時間を利用して待合席で刺繍をしていればやっぱり話しかけられました。
「あの、すみません。生産者の方で「はいはいこっちでお話しようなー。すみません、バケツさん。ちゃんと言い聞かせて置きますので」ええぇぇぇ!?」
「やりすぎと手荒な真似はだめですよー」
「もちろんです! 所詮はローカルルールですからね。善意の押し売りほど酷いもんはないと俺達も思ってますから」
「おねがいしますねー。
あ、それと評価が終わったら露店で新しいのを出すのでよかったら見に来てくださいね」
「! わかりました。是非行きます」
掲示板で決まったルールは所詮ローカルルールであり、全開拓者が知っているわけではありませんし、守る義務だってあるわけではありません。
でも数少ない生産者を守るために考えだされた善意です。
その結果やりすぎや押し付けになるのは考えものですが、そこは皆の善意を信じることにしましょう。
私の害にさえならなければ別にいいですし。
そしてそれを実践してくれている人にはちょっとした融通を利かせるくらいはやってもいいでしょう。私なりのお礼ということで。
なので最後の台詞は他の人達には聞こえるか聞こえないかの小声でのやり取りです。
評価が終わる頃には連れて行かれた開拓者の人が謝りに来てくれました。
でも別に謝る必要はないんですけどね。まぁ言いませんけど。
お話ししてくれた開拓者の人と一緒に空いている露店スペースまで行くと、さっそく準備開始です。
一緒に来た開拓者の人はちょっとそわそわしていますので、なるべく早く準備してあげましょう。
ちなみに彼の装備は見たところカッパー系装備で統一されていますので、需要はきっとあるはずです。まぁなくてもそれはそれで仕方ないところですけど。
「お待たせしましたー」
「いえいえ……って! おぉ……さすがバケツさんだ……」
「いえいえー、いっぱいありますのでゆっくり選んでも……あーゆっくりだと厳しいかも?」
「え? あ、やべっ!」
「うおおお! まじかよバケツさん遂にブロンズ売り出し始めたのか!」
「ほんとだすげー!」
「ひゃっほー買いまくるぜぇ! あぁ金がたんねぇ!」
「あははー。お買い上げありがとうございますー」
どうやらあの小声のやり取りは周りの人達にもしっかりと聞こえていたようです。
いつの間にか私の露店の前には人集りが出来ていて、みるみるうちにブロンズ系装備が売れていっています。
準備中はこんなにいなかったはずなんですけどねー。どこに隠れてたのでしょう?
「よ、よかった……買えた……」
「毎度ありがとうございますー」
あっという間に大量にあったはずのブロンズ系装備は売り切れ、お話ししてくれた開拓者の人も無事に買えたようで何よりです。




