26:異世界召喚
俺の名前は坂末教一。
年齢は16。どこにでも居る普通の高校生だった。
そう、だっただ。
そうじゃなくなった経緯をどこから話そう。
先ずもって、俺は女神様に神界へと召喚された。
いや、待ってくれ。気持ちは分かる。分かるが話を聞いてくれ。
頼むからそんな冷ややかな目を俺に向けないでくれ!
……こ、コホン。とにかくだ。俺にとっても唐突だったんだ。
学校帰りに自宅へのあぜ道を歩いていたところ、俺は前触れもなく青白い光に包まれた。
そして気づくと白い神殿の様な場所に居て、目の前には麗しい二人の女神様が居た。
今思うと、訳の分からない状況とは別に、俺はそのお二人を女神であると一目見て認知した訳だ。
それ程の美しさと、神々しさと言ったものがあったのである。
『こんにちわ。サカマツ・キョウイチさん。私は性と愛を司る女神、アプロディーテーです。訳あって貴方をここ、神々の世界へとお呼びしました』
と、目の前の長い金髪を編み込んだ美しい女神様がそう言った。
そんな神様の名前も聞いたことがある様なと考えるが、如何せん意味不明な状況すぎてこの時は何も反応できなかった。
その美しさに見惚れていたのもある。
『貴方には二つの選択肢があります。一つは元居た世界に帰る事。もう一つは貴方が居た世界とは別の、異世界にてその余生を過ごす事。ただしそれは楽園の様な世界と言う訳ではなく、魔物や悪鬼蔓延る過酷な世界である事は肝に銘じてください』
『え? いやいや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ! い、異世界? な、え?』
突拍子も無い金髪の女神の話に当然俺は困惑した。
『何よこいつ。情けないわね。わざわざ推薦された子だから勇ましいのを想像してたのに、とんだへなちょこじゃない』
『まぁまぁ、ヘスティア様。この方も急な召喚で戸惑っているのですよ』
こちらを腕を組んで見下してくる桃色の髪の女神を金髪の女神がなだめている。
へ、ヘスティア? それもどこかで聞いた事がある気がする。
『急にごめんなさいね。貴方が落ち着くのを見計らうべきなのでしょうけど、単刀直入に言われた方がいいかと思って。改めて言わせてもらうと、今ちょっと世界が危なげなのです。あ、ここで言う世界って貴方の居た世界とは別です』
『は、はぁ』
『何よその間抜け面』
『まぁまぁ』
あのピンク髪むかつくなぁ。
『ふひ』
ギロリと睨まれたので目を逸らしておく。
『と、とにかく、簡単に説明させて貰うと魔の王が誕生してしまったのです。世界の危機なのです。魔王は既に一つの人間の国を滅ぼしています。このままでは第二、第三の犠牲となる国が続出してしまいます。ですので、是非貴方のお力添えをお願いしたいのです』
『えぇ!? お、俺の!? な、なんで!?』
荷が重っ!
『何故か、と仰いますと』
『ハッ。ま、まさか、俺には秘められ力が……?』
『ありません』
『無いの!? じゃあ何で俺なの!?』
俺は相手が女神と言うのも忘れてツッコむ。
『いいことキョウイチ? 世の中そんな甘くないわ。急に力が降って沸いて来る事も無いし、都合良く欲しい物が手に入る訳でもない。でも例外があるとしたら、我々神々が人の子に与える『恩恵』がそれにあたるわ。特に私の属性でもある『聖杯の祝福』はとびっきり強力ね。もちろん使い熟せてこその力だけど、都合よく力が手に入ると言う意味ではこれ以上の物はないわ』
『ま、まさか、その『聖杯の祝福』とやらを俺に……?』
『は? やる訳ないでしょ。寝ぼけてるの?』
『えぇ!? じゃ何で言ったの!?』
今度はピンク髪にツッコむ。
『もー、さっきから何なんだよ! 揶揄ってるのか? さっきまで学生してた奴がそんな過酷そうな世界に行く理由なんてないだろ! それとも何人もこの案内やってるのか?』
『いいえ。貴方が初めてです。……今日は』
『やってんじゃねーか!』
『ち、違います! 確かに今までの神界の長い歴史では幾度とありますとも! でも、貴方の様に何の祝福も加護も持たずに案内する方は初めてです!』
『いや、嬉しくねぇー』
興奮と落胆とで俺は早くもこの場に慣れ始めていた。
『キョウイチ。あんたはね、精霊に好かれる体質なのよ。それもとびっきり』
『せ、精霊?』
『そうなのです。貴方は恩恵こそ受けてはいませんが、その生まれ持った体質があります。体質ばかりは努力じゃ変えにくいですからね』
それ本当?
まぁ、でも女神がそう言うならそうなのかも。
つか精霊とか居る世界なのね。
『という事で、さっさと行ってくんない? こっちもあんたにそんな期待してないから。ぶっちゃけこれって実験的なものなのよね。魔王を討つのは決まって『聖杯の祝福』を受けた真の勇者とされる存在だし。ま、気軽に観光気分で行ってみたら? ただし戻れないけど』
そうピンク髪が言う。
こちらとしてもそう期待されては荷が重いというもの。
これってまたと無い機会だろうし、行ってみるか? 家族や友人との別れは辛いが、俺の力で救える人が居るなら確かに救いたい。
ぶっちゃけ異世界とかワクワクするし、ピンク髪の言う通り観光気分で行くのもありだ。
俺は暫しああでもないこうでもないと悩む。
気づくと一時間近くは経ってただろうが、覚悟を決めて顔を上げた。
『よし、決めた! 俺、異世界行くよ!』
『本当ですか!』
『マジ? 別無理強いはしてないんだけど』
明るく顔を輝かせるアプロ何とかさんと逆に心配そうになるピンク髪。
『ただ一つお願いがある。俺の家族や、できれば友人にも、俺は俺で楽しく暮らしてるって、伝えといて欲しい』
そう言うと二人は顔を見合わせた。
『分かりました。必ず』
アプロさんが確と頷いて頷いてくれた。
『あ、待った。言葉は? 異世界語って何語?』
『言葉は現地で学んでください』
『えぇ!? めっちゃハードモードじゃん!』
っていうか後出しズル! 悪徳詐欺か!
『なんか、ほら。そこは不思議な魔法の力で都合良く……みたいな、いかない?』
『あるにはありますし、今もその足元の陣で会話できてる訳ですが』
と、アプロさんの言葉に足元を見ると、確かに目立たぬように紋様が描かれていた。
魔王とか精霊とか言うから魔法もかってにあると思ってたが、やっぱあるみたいだな。
『でもその場しのぎよね。向こうへ行ったら先ずはお勉強ね。こういうのは現地で学ぶのが一番だし』
『いや、きっつ。仕事どころか買い物もままならないな……』
『ああ、そこは安心なさい。現世の子達に異世界の子を送るよう天啓を下してるから。当面の生活は見てくれるわ』
『おお!』
早く言って欲しかったがそれはありがたい!
『でも異世界人の召喚っていったら普通は『聖杯の祝福』を受けた子を想像するから、多分向こうはがっかりするでしょうね。そこらへんの説明はあなたからしといて』
『やっぱやめてい?』
『お前……』
『じょ、冗談だよ!』
胡乱な目を向けられて慌てて訂正する。以外とピンク髪みたいな人からの呆れた目が一番くる物があるからな。
アプロさんの方は困ったように笑って頬を掻いていた。
『ところでその『聖杯の祝福』とやら、あんたが俺にくれたらいいんじゃないのか?』
『さっきも言ったけどそれは無理。そんな簡単に授けるものじゃないし、私の枠はもう埋まってるから』
『そ、そっか』
正直俺は落胆する。これから俺の事を期待してる人達の所へ行く訳で、やっぱ少しでもその期待に追いついておきたかったのだが。
『じゃ、じゃあ、その、私の祝福で良ければ……』
『えっ! 本当に!? でも、簡単に授けるものじゃないんじゃ』
と、アプロさんがおずおずと言うが、話を聞いた手前遠慮してしまう。
『ふふ。その反応ができれば十分です。使いどきな気もしますし、あなたなら悪用もしないと思いますから。ああ、私のは戦闘向きの祝福ではないので、そこの所は悪しからず』
『とんでもないです! 女神様!』
『調子のいい子ね』
呆れるピンク髪は放っておいて、アプロ様は俺の目の前に来る。
『では……『ブレッシング』』
そう俺には意味の読めない言葉でアプロさんは俺に祝福を掛けた。
何だか胸の奥が暖かい。まるで火が灯るかの様な感覚を覚えた。
『……ッ。さすがディーテの祝福ね。私までちょっと』
と、ピンク髪が言うので目を向けると、スッと目を逸らされた。
『えーと、これはどういった効果なの?』
『……あ、ああ、はい! え、えーと、ですね。そ、それは異世界に行ってからのお楽しみと言う事で……ああ、別にお楽しみと言うのはそう言う意味じゃなくてですねっ! あ、あの、とにかく! 『愛慕の祝福』と言う名前ですのでご自身で調べてください!』
『はぁ。分かりました』
慌てたように言うアプロさんに俺は不完全燃焼ながらも頷く。
『じゃあ、もうさっそく現世に送りたいんですけど、心の準備は大丈夫ですか?』
『ああ、はい』
もうこのまま行けるのね。
視線をちらちらと送って目を合わせないアプロさんに頷く。
『ちなみに、俺が魔王を倒したら何かご褒美ってあります?』
『あんた我儘な子ねぇ』
『へへ。さーせん』
『まぁ、王様の地位くらいなら用意してあげるけど?』
おお、王様かぁ。
でも何か面倒くさそう。
『ふっ。それか私の体を自由にするくらいならいいわよ?』
『いや、いーや』
でもそうか。そういうのもアリなのか。
よっぽど自信があったのだろう。固まって動かなくなったピンク髪を余所に俺はアプロさんへと向き直る。
『アプロさん。俺が魔王を討った暁には結婚してください』
『えぇー!?』
俺が跪いて言うとアプロさんは心底狼狽していた。
『きょ、今日あったばかりでいきなり!? その、ほら、こういうのは、ほら、もっとお互いの事を知ってからと言いますか……と、とにかく話は魔王を討ってからでぇ!』
そう必死に身振り手振りでアプロさんは言った。
その様子につい笑っていると、向こうも冗談だと分かったのだろう。
『ま、まったく。女神を揶揄わないでください! も、もういいですねっ!? 本当に送りますよ!?』
『はーい』
そうぷんぷんした様子のアプロさんに頷く。
ピンク髪に意趣返しもできたことだし、この辺にしとこう。
当のピンク髪は『ふふっ』と可笑しそうに笑っている。
『あの、最後に改めて名前を』
と、召喚の準備かアプロさんが手を向ける中、俺は二人に言った。
『私は性と愛を司る女神、アプロディーテーです。現世では訛ってアフロディーテで通ってますが』
『私はヘスティアーよ。私も現世じゃヘスティアで通ってるわ。昔は灯火の女神で通ってたけど、時代の移ろいで今は聖杯の名になってるわ。まぁ、キョウイチが今から行く地方じゃあんま名前を聞かないだろうけど』
そう答えてくれる二人。
アプロさんが何かを唱え、俺は青白い光に包まれていった。
『では、サカマツ・キョウイチさん。貴方の魔王討伐の報を楽しみにしています。あ、でも無理はしなくていいんで』
と、最後は若干に締まらないその言葉と、アプロディーテー様の微笑み、そしてヘスティアー様の腕を組んだ尊大な態度で見送られ、俺は眩い光に目を閉じた。
こうして、俺の異世界への冒険は始まったのである。




