100:魔女VS四人目の使徒
状況を整理するとしよう。
『全能の祝福』を受けた同士であるリーウ。
彼は祝福を受けた特別な存在であるが、子爵家の妾の子として産まれる事となる。
子爵家としての権限はないに等しく、内心肩身の狭い生活を送って来た様だ。
だが彼は有り余る正義感から魔王軍に対抗する兵を送ろうと、当主に訴えかけた様だ。
それを当主は拒む。
ルイラル公国は魔王軍との前線から遠く離れた西の地にある国家であり、前線への一切の支援を行っていない。
それだけではなく、その周辺の国家も表立って支援をする事はない。
正確に言うならその地方の国々が互いに戦争をしない事、また国外からの攻撃があった際は協力し合う事を条約によって誓った、西部連合評議会の加盟国となる。
この西部連合が動けば非常に大きな戦力となる筈なのだが、未だ音沙汰無しだ。
その状況をどうにかしようとリーウが動いたのは良かったが、やり方が不味かった。
貴族が動かないのなら義勇兵を募るしかないと、民衆へと呼びかけを行ったのだ。
結局、国の方針とは違うその動きに、親元であるムルバルト家によって拘留される事となった様である。
「と言う事があった」
一先ずは以上の事を、隣のヘルンへと説明した。
俺達は向かい合うのではなく、同じ方向の景色を眺めていた。
一応はそれなりに良い部屋を割り振られ、バルコニーから眺める景色も悪くない。
今や統治する領土も民もない皇帝陛下の身など、向こうも扱いづらい事だろう。
「なるほど。ではどうにか説得しに行くか? 時間が惜しいところではあるが、一応顔は効くつもりだ。彼の義勇兵を募る案も、俺の名を出せば邪魔はされないかもしれない」
「説得って、お前なぁ……いや、もう言うまい」
俺は続く言葉を止める。
隣の勇者が言葉一つで人々の心を動かしてきたのは事実だ。
「だが、今回は辞めておけ。もしかしたら、状況は俺達が考えているより、ずっと悪いのかも知れない」
「と言うと?」
「ここでは言えん。だがリーウを助けだすのは賛成だし、お前の名で義勇兵を募るのもいいだろう。それでも西部諸国の体面は保つやり方でなければならない」
「すまない。俺にも分かる様に言ってくれ」
「ヘルン。リーウはお前たちが助け出すんだ。それも力ずくで」
「なっ」
ヘルンの驚いた様子が手に取る様に分かった。
だが俺達は顔を見合わせる事なく会話を続ける。
「俺はこの国に厄介になってる身だ。俺やリタ達近衛兵ではこの国に迷惑が掛かる。だがお前の祖国は疾うに滅んでいるし、勇者と言うその名で蛮行も正義となる。有体に言って都合が良い」
「……分かった。お前の言う通りにする」
「助かる。義勇兵を募るのも国営の機関を頼ってはダメだ。そこら辺は追々決めよう」
「ああ。西部の国々から義勇兵を募る事ができたら、大戦力だな」
「そうだな」
「だがレル。そのリーウとは話が付いてるのか? 彼は国から追われる身となるぞ」
「彼の覚悟は確かめている。問題ない。彼は貴重な戦力だ。必ず確保しておきたい。それに遠く離れた者と意思の疎通が可能、これだけでも軍略に於いては非常に有利だ」
「そうか」
もし西部地方の国々から義勇兵を募る事に成功したら、その指揮は『民を想って当主に歯向かい、投獄までされた』と言うエピソードを持つリーウか、やはり顔が利くヘルンが担う事となるだろう。
正確には彼が受けたのは拘留だが、話は盛ってなんぼだ。
「で、四人目の使徒が居るとはどういう事だ?」
「ああ」
と、ヘルンの問いに俺は説明する。
前回の『全能の祝福』を受けし者同士の繋がりにて、存在すら未確認だった四人目の使徒からも接触があった。
どうやら同時期に産まれた俺達とは別で、一人早く、生まれも平民で生きていた様だ。
「なるほど。今回の要と成りうるな」
「ああ。だが……」
「ん?」
言い淀んだ俺に、ヘルンの疑問気な声が返る。
「いや、少し協調性には欠ける奴でな。今も」
と、その時『全能の祝福』にて思考が繋がる感覚があった。
その相手は噂の四人目の使徒であった。
『俺だ。レル。現在、“紫髪の魔女”と会敵中だ。殺すがいいな?』
そう、相手は言ったのだった。
〇
「ふんふんふん~」
私は気分よく鼻を鳴らしながら、箒に横乗りになって空を飛んでいた。
久しぶりのお使い中だ。
アドラも元気になった事だし、気分転換も兼ねて溜まっていた分を一気に消化している。
大陸中を回って一月以上も経ってしまったが、やはりあちこち空を飛ぶのは気分がいい。
師匠が欲しがってた素材も十分に集める事ができた事だし。
「ぬわっ!?」
と、その時小刀と思われる物が下から飛び、油断し切っていた私は体がブレながらも避ける。
上空は寒いので高度は15メートル程。地上は人気のない草原。この条件下で私の気配感知を掻い潜ったのは驚きである。
無礼者を探そうと下に目を向けると、その者は木々に隠れる事もなく私を見上げていた。
「ちょっと! 急に何よ! いたずらにしても良くないと思うわ!」
私はその相手に声を張る。
茶色い短髪の男。瞳は緑。恐らく中年。
冒険者風の皮装備で、腰には一振りの剣を差している。
装備の質的に私の不意を突く様な技量を持つ者には見えないが、それが逆に自信の表れかの様で不気味だ。
「ねぇ、聞いてるの!?」
「無駄話に乗る気はない」
無表情で真っ直ぐにこちらを見ていたかと思うと、その男の体が不意にブレた。
「ッ……ぐっ!」
またも飛刀。
私は動作を目視した事もあって避けたが、間入れず二刀目を投げていた様で、それが肘の部分へと突き刺さる。
ゴリッ、と言う嫌な感覚が身を襲う。
骨と骨の間に入ったのが分かった。
(か、関節を狙った!? 何と言う飛刀術!)
痛みに苦悶する中でも、その技量に感服せずにはいられなかった。
(これは相手が悪い……!)
小刀を抜く事も優先せず、私は空間転移を発動させた。
とにかく素早く発動させる事に集中し、100メートル程度離れた場所へと転移する。
(落としちゃった素材たちは残念だけど、とにかく逃げましょう)
ここは戦場ではないので無理に戦う必要はない。
少し気持ち的にも余裕ができた私は、再度空間転移に集中する。
今度は距離重視で。
「ぐぎゃっ!」
と、足首に激痛が走る。
奴はこの距離で小刀を当てたのだ。
直後。パアッン! と、弾ける様な凄まじい音が響いた。
足の健が切れ、縮んだ音だった。
「あ、ぁあ、うっ」
ぐったりと箒に体を傾け、よろよろと地面へ落ちてゆく。
その頃には、奴は目の前まで来ていた。
「んがぁっ!」
新たな小刀を口の中から入れられ、舌を巻き込んで顎下へと貫通する。
詠唱を封じられた。
「あ、あぁ……っ!」
嗚咽、唾液、血、涙を垂らして、肘を庇う様に四つん這いになる。
ふー、ふーっ、と鼻で息をした。
最早どこの痛みに集中すればいいのか分からない。
「驚いたよ。あの状態であんなに早く転移をするとは」
男は言いながら、私の箒を折った。
よくよく見れば、刺さった小刀には一つ一つから魔力を感じる。
緻密な紋様が描かれ、空間魔法を妨害されていたのだと悟った。
「一応、もう一つ刺しとくか」
「あああああああっ!」
健が切れた方とは別の、膝の関節へと小刀を刺された。
痛みに絶叫する。
骨にも触覚がある事を知った。
同時に空間魔法に対する接続が完全に不可となる感覚。
荒く鼻で息をして男を見上げた。
「何でこんな事をするんだって顔だな。可哀想だから教えてやろう。お前は餌だ。お前の飼い主を誘き寄せるな」
その言葉に一瞬痛みも忘れて目を見開く。
男は言った。
「“水銀の魔女”を……殺す」




