お見舞い5
ウワシは私を病院へ送り届けるとそのまま帰らないで職員に声を掛けて着替えがないか尋ねてくれたり、私が着替え終わると一緒に病室まで来てインゲをお見舞いしてくれようとした。
そこへ息を切らしたイオが来て、「仕事はタオに頼んだからずっといる」と告げた。
「ああ、ハ組のイオさん。こんばんは」
「おお。ウワシさん。こんばんは。どうされたんですか? 彼女を何か助けてくれました? それならありがとうございます」
「へぇ、彼女が唯一星のミユさんですか」
あの小屯所はハ組の管轄地域と被っているからか、二人は知り合いみたい。
「そうです。一番星って言うたら二番がいるのかって怒るかわゆい恋人、唯一星のミユさんです。三日後に結納して組で持ち寄り宴会を朝までずっとしてるから気が向いたら来て下さい。途中、ここにいますけど」
「それは行きます。この間、友人とちょっと賭けをしたら大勝ちしたんで幸運の右手です。握手して運を移したら帰ろうかと」
「相変わらず優しいですね。奥さんにも優しくしないとまた家出しますよ」
「ちょっと、あれは家出じゃなくて少し里帰りしてのんびりしてもらっただけですって」
「ゆっくりしなって自分で言うたのに、疲れて忘れて妻が逃げたーって大慌てでしたけどね。あはは」
イオは無理矢理笑ったというような笑顔を作るとパンパン、と自分の頬を叩いて「いよっしゃあ、笑える、笑える。笑う門には福来るです!」と口にして眉間のシワも指で伸ばした。
「ミユで元気充電。なんなのその白い着物に朱色の帯っていう介護師さんみたいな格好。かわゆいの極みなんだけど」
人前で両手を取られて恥ずかしいけど少し震えているので握りしめた。
「びしょ濡れだったので貸してもらえました」
「前掛けとか髪隠しもお願いしたいところだけど借りる意味がないからな。イオ君、はい、お薬ですよ、あーんってして欲しい。介護師さん、薬なら飲むんじゃなくて食べたいです。食べたいのは薬じゃなくてミ……っ痛」
「気合を入れたくてもふざけすぎです!」
せめて人が居ないところで言って! と思ってつい手の甲をつねっていた。だけど「火消しさんは相変わらずですね」とウワシは微笑んだだけ。
こうして笑顔を作って病室に入るとインゲは小さく呻きながら眠っていて、両親がそれぞれ手を握りしめていた。
ウワシは簡単に自己紹介をして一時的に幸運が宿っている右手ですと告げて、インゲの頭を撫でて「では、仕事があるので失礼します」と退室。
「お父さんの仕事は任されたって言うたけど弟に頼みました。腹が減っては戦は出来ぬってことで二人に母が差し入れを持ってきてくれるんで、許されるならここに泊まりたいです」
「ありがたいですけど、お仕事は大丈夫なんですか?」
「今日は出張帰りで一応勤務日だけどこの通り自由で明日からは休みます。いつも誰かと代わっているから今回は代わってもらいます。インゲ君が平気そうになったら勤務。火消しって融通効きまくりなんですよ。なにせ俺らは組どころかいざって時は番隊で大家族なんで」
「私もここに居たいです。病院の方にお手伝いがあるか聞きます。家のことは母に頼んでここで仕事も可能です」
「ミユは筆記用具があれば働けるからな。俺もここで包帯作りとか常備薬作りとかやれることはあるんで完全休暇ではありません。区民のために働きます」
ありがとうございます、とお願いしますと告げられたのでイオが宿泊許可を取りに行って、私は頼まれたのもあってインゲの隣へ移動して、手は親が握っているからそっと彼の頬を撫でた。
「私も最近運がええからお裾分けです。火事で助かったし、小さな仲人さんに会えて……すみません。辛いのは私じゃないのに」
泣くのを我慢出来なくて、でもインゲが笑った顔が好きだと言ってくれたから私は無理矢理笑った。
「いえ、このようにありがとうございます」
「息子は果報者です。いっそ息子の為に沢山泣いて下さい。私達も嬉しいので」
笑うのが難しくなってきて、気遣われた私は部屋から出て、病室の扉の近くにしゃがんで声を押し殺して泣いた。
そうしていたら「介護師さん、働き過ぎで具合が悪くなりました? 大丈夫ですか?」とヤァドの声がしたので顔を上げたらナックとヤァドの二人がいた。
二人とも、家に来てくれる薬師さんが持つような大きな薬箱のようなものを持っている。
「あれ、ミユさん。介護師に転職ですか?」
「いえ、びしょ濡れになったので貸してもらえました」
「おめめが真っ赤。うさぎちゃん。泣いてスッキリしてから張り切ってお見舞いですか? 笑う門には福来るって言うからそうしましょう。腹が減っては戦は出来ぬ」
「そうそう。あの中々の高速握りをしましょう。気が紛れるんで俺らと握り飯作り」
「イオは中ですか?」
そこに「おお、お前ら来てくれたのか」とイオ登場。
「仕事を持ってきたぜ。あと雨が酷いから俺らが代わりに差し入れを持ってきた。って言っても作るのはこれからだけど。やることある方が気が紛れるだろう。握り飯作りじゃー!」
ヤァドとナックはイオに手に持つ箱を渡した。
「うさぎちゃんになってるミユさんも連れて行く。ここの病院の厨房はあっちだったよな」
「手洗いうがいは万病避けだから厨房を借りてくる」
「そっか。頼んだ。ありがとう」
「行きますよ、ミユさん。握り飯作りだから前掛けと髪隠しが必要だな。借りましょう」
ヤァドとナックに連れて行かれて、髪なら手拭いがあるので大丈夫と告げたら「イオが介護師ミユちゃんはかわゆいってデレデレしそうだから単なる景気付けです」とナックに笑われた。
「子どもの突然死や訃報が届くのはちょこちょこあるけど、こういうのは死に際に遭遇はキツいと思うんですよ。しかも相手が相手。こんなに手紙が来たことは無いって言うています」
「そうそう。いつも子どもに慕われるけどそこそこだから。火消しさん、火消しの兄ちゃんって呼ばれたり懐かれるのは良くあるけど、インゲはイオ兄ちゃん、イオ兄ちゃんってあいつだけかなり特別扱い。その分キツいと思います」
「タオよりよっぽど弟みたいになってるよな」
「昔のタオみたいじゃないか? イオ兄ちゃん、イオ兄ちゃんって」
「確かに」
「カニだけに」
「カニはいないぞ」
「ここにいる。ヤァドカニだ。カニカニ」
「ナックカニだ。カニカニ」
ナックとヤァドは両手をチョキの形にして私の鼻を切る真似をした。くだらなすぎて思わず吹き出す。
介護師さんの部屋へ行ったら「ハ組の火消しさん。見回りお疲れ様です」と声を掛けられた。彼らは偉い立場の介護師さんと顔見知りのようで、前掛けと髪隠しを借りるのはとても簡単で、厨房へ行ったら「ハ組の火消しさん、こんばんは」とまあ顔見知りのような感じであっさり場所を借りられた。二人の背負いカゴから握り飯の材料が出てきて、机の上に陳列されていく。
「ミユさんは少し大きめで、このくらいの大きさにして中身はおかかとわさびにして下さい。一個だけ」
「えっ?」
「俺は小さめの塩昆布とたくあん〜。かわゆいミユちゃんの握り飯だって食べたイオに、俺のだバーカって言うんで」
「おい。俺がしようとしたことを取るな。ミユさん、やっぱり普通におかかでよかですよ。わさび爆弾はあいつの好きないなり寿司。一枚だけうどん屋でお揚げさんを買ってきたんです」
「人生には笑いが大切。はいはい、ハ組は今日も明るく元気〜」
「空が青くて天気良し〜」
「天気が悪くてもハ組がいれば青空だ〜」
「悩みがないから気分良し〜」
前にイオが歌っていた歌に似ているし、同じ歌詞のところも出てきたので、私の涙はもうすっかり引っ込み、笑いながら握り飯作りを出来た。
二人が持ってきてくれたお米を使い切ると二人は「疲れたあなたに火消しの握り飯! 小腹が減っている方はいらっしゃいますか〜」とか「安いよ、安いよ。色男の笑顔付きでなんとゼロ銅貨! 貨幣なしなんて詐欺かもしれませーん!」と笑いながら厨房で働く人に声を掛けて、希望者に小さめの握り飯を配った。
そうして病室へ戻るとイオはインゲの頭側であぐらになって微笑みながら包帯を作っていて、次の包帯作りへ移るときにインゲの頭をそっと撫でた。
「ミユさんが見惚れてる」
「大嫌いくらいの勢いだったのに掌返し」
「差し入れでーす。世話人が倒れたら困るから無理矢理でも食べて下さい。イオ、お前も食え」
「おう。三人ともありがとう」
「本当に何から何までありがとうございます」
「ありがとうございます」
イオは案の定、「俺好みの塩昆布にたくあんの小さめの握り飯はミユのだろう」とヤァドとナックの策略に引っ掛かった。
食べた瞬間「なぜ唐辛子!」とむせてヤァドに「俺のお手製だバーカ」と笑われて、ぷんぷんしながら「いなり寿司がミユ作か」と今度はナックの罠に引っかかってわさびでツーンっとなった。
「げほげほっ。げほっ。何しやがる!」
「嫁の飯を見抜けないとは残念男」
「ほれほれ、こっちがミユちゃん飯だ。それにこの通りミユさんを介護師さんの格好にしてやったぞ。握り飯作りには必要だって頼んでな。別にこうじゃなくてもええけど気分良しだろう」
「落としてー、上げるー! その分喜び三倍。ハ組のト班は落として上げる!」
「ミユちゃん好きのインゲも起きるかもしれない。男はあの年にはもうエロいから」
「いや、エロバカイオから守るって起きるんじゃねぇか? ミユちゃんに悪さをしたら俺がお嫁さんにもらうって宣戦布告されていたよな。あっ、お前は居なかったな。やべぇ、内緒だった」
「何、バラしてるんだ」
「俺、インゲに喧嘩を売られたのか?」
「お前の出張中に寺子屋に遊びに行った時に相談された。お前みたいな格好ええ男になりたいって言うから、それなら今のまま優しくて勉強熱心なら、あとはイオの格好悪いところを全部避けたら完璧って教えた」
「お前らミユの次はインゲに俺の悪いところを吹き込んだのかよ!」
光苔の明かりでは明るさが全然足りなくて暗いのに、この部屋には太陽が三つもあるみたい。インゲの親もクスクス笑っている。
私達は皆で食事をしながら、悪いものが寄ってこないようにとなるべく明るく振る舞って、ヤァドが人が弱るのは明け方が多いからその時に親が元気付けると良いのでとインゲの親に仮眠を促した。何かあったらすぐに起こすので、四人もいれば全員寝ることはないと告げて。
「ナック、俺もそこで寝る。夜中で交代な。それならどっちかがイオを起こせるだろう。イオ、お前は寝ない気だろう?」
「眠くないから寝ないだけ。眠くなったら寝る。ナックとヤァドは交代で俺やご両親を起こす係を頼む」
「話を聞いた時に寺子屋へ行ってインゲの友人に話を回すようにしようと思ったらもう知っていて、この天気だから来たい子達は明日の朝早く親達と来るって」
「親達がいるけど俺らが迎えに行く」
眠れないと言いつつインゲの親は二人ともかなり疲れていたようで、息子の脇に並んで横になったらしばらくして寝息が聞こえてきた。
ヤァドは部屋の隅に横になってあっという間に小さめのいびきをかき始めてナックに「いつもだけどいびきがうるせぇな」と軽く蹴られた。でもヤァドは起きず。火消しはすぐ寝る、深く寝る、パッと起きる訓練をしてきているらしい。
「俺らは一族の長年の体質なのもあるけど兵官もダメ元で訓……」
「失礼します。届け物を持ってきました」
「ネビーだ。なんであいつ?」とイオが口にしたので彼はネビーとは会わなかったみたい。
「あっ、あの。お世話になって頼み事をしました」
私がイオにネビーに会って兵官達に助けてもらったと説明している間に、ナックがネビーに入室を促す声掛けをしたので扉が開いた。
そこそこの大きさの竹にコスモスがあちこちに飾ってあって、その竹飾りとは別に彼の腕にはコスモスとススキが沢山あって、おまけになぜかうさぎまで抱っこしていて驚く。
夏の終わり、秋の始まりなのに桜ということなのだろうか。びしょ濡れではないのは拭いたからなのか分からないけど、これはあまりにも予想外。




