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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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35/43

四分の三恋人2

 イオから手紙が届いて災害対応で帰宅が五日遅れるそうで、彼の帰宅翌日が結納日になった。

 結納日は結納契約書を役所に提出した後にラオ家行きつけのお店で両家顔合わせの昼食会の予定。その後、朝まで飲むぞというナックとヤァドがネビーに話しをして、彼の仕切りで友人達とその嫁で仲間入り予備軍の私の歓迎会を準備してくれている。

 兄か兄夫婦が参加したら朝帰りで良いと父に言われた私は、付き添いを兄夫婦に依頼し兄に了承を得てその日は兄に来てもらう。

 母と二人で義姉に袖の下を贈って、この日は実家の家族や友人とゆっくりして下さいと伝えたら、新婚なのに女性が沢山いるところに……みたいに言われたので慌てて義姉も誘った。そうしたら嬉しそうで、さらにミユさんともっと話せそうと優しい笑顔で言われて、他人に気遣いどうのと兄に辛辣に言った私こそ反省。


 歓迎会の場所や内容に誰を呼ぶかなどの仕切りはネビーだけど、出欠や連絡の取りまとめはヤァドなので私は彼への手紙をサエに預けた。

 そうしたら、スズとチエもどうかとリンとベルに手紙で誘われた。彼女達の手紙には親宛てと誰が女性側の責任者でどういう風に安心みたいなことも記されていて、歓迎会は持ち寄り宴会で出入り自由なのもあって、私としては友人を増やしたい。

 と、いうわけで今朝の洗濯中にスズを誘ったら行くという返事で洗濯後に二人でチエの家に行ったら彼女は浮かない顔になった。


「あの、家にあがっていきませんか?」

「ええ」

「はい。ぜひ」


 何か相談のようなのでお邪魔したらやはりそうだった。


「あの、お兄さんの職場関係から縁談が来まして……。奉公先の息子さんなので断り辛いです。若干、政略結婚ということです」

「……私達平家にはあまり縁がない話です。他の豪家や商家の友人には相談しました?」

「かなり詳しく調べて大きな欠点のない優しい真面目な方なら仕方ないと言いますか……。ほら、我が家は一応お世話になっている商家の下につく職人豪家で父には弟子がいて兄は跡取りです。使用人もいますし……」


 チエは国立女学校に落ちたから若干親不孝と思っていたけど、区立だと商売関係で接する平家奉公人達やその家族と目線が近いので、むしろ区立女学校卒なのも評価されたらしい。


「悲しそうな顔だから、この縁談話は嫌なんですね」

「向こうも私がええ、という訳ではない話だと思いますし……。私はすっかりスズさんやミユさん達みたいに気楽な気持ち優先の縁談をすると思っていたので」

「格上の方々も条件が大体同じなら気持ち優先でしょうけど、奉公先の息子は何人もはいませんね……」

「もう会いました? 文通は? ほら、私はイオさんと口も聞きたくないところからでしたから、お互いに歩み寄る気があればもっと早く親しくなるかもしれません」


 チエもそのくらい分かっているだろうから首を縦に振ったし、次に横に動かしたのは「それでも気持ちが後ろ向き」という意味だろう。


「ネビーさんですか?」

「いえ。その、彼に文通流しされたので、ものは試しとそれに乗ったら手紙の内容が愉快な方で、こっそり小屯所に見に行ったら働く姿がすとてときで……」


 チエの行動的なのところが裏目に出たってこと。


「捕物も見て……格好良くて……。パッと見は怖いから文通していなかったら絶対に気にかけなかったかと」

「聞いてませんよ!」とスズが少し大きめの声を出した。


「恥ずかしくてつい」

「その話、親にはしました?」

「文通しか知らないから、勝手に見に行ったとか、向こうは私が分からないことをええことに話しかけたとは言えなくて」


 陰から見て恋穴落ちだけではなくて話しかけることまでしたのか、と驚く。


「全て格上お嬢さん達の禁止事項ではないですか! 縁結び出来るか分からない気になる方にますます惹かれないようにしなさいって言われるのに!」


 スズの指摘はもっともなので私も頷いてしまった。


「はい。なので悪いのは私です」

「他の友人にも言われました?」

「ええ。それでよく考えたら、教えを破ってこうなったらどうしたら良いのかは教わっていないなと。紅葉草子みたいになったら嫌です。忘れられなくて気になって密会からの川の中なんて。ネビーさんはほら、文通前で会いに行かなかったですけど……」

「会いに行ったようなものですよね。近所で勝手に聞き込みなんてして」

「その時に注意しなかった私達も悪いです」

「そうですね。これは私とミユさんも悪いです」


 こういう場合はどうしたら良いのか、それを考えようとしていたら客が来て、あまりにも予想外のことにイオだった。この家に通いで来ている使用人に彼の名前を告げられた瞬間、チエが返事をする前に玄関へ向かっていた。


「ミユ、こんにちは。実は帰宅は今日でしたー! 五日遅れが二日遅れだと喜ぶかなって」

「おか、お帰りなさい……」

「帰って家に行ったらいなくてガッカリしたら近所の奥さんがスズさんと一緒だったって教えてくれて、それならスズさんの家かと思ったら留守でまたガッカリ。仲良しだからもしかしたらここかもと思って来てみたらミユ発見!」


 ミユって、結納前だけどもう名前の呼び方を変えるみたい。会えない時間、寂しいから早く会いたいと考え続けていたせいか別れた日よりもときめきが凄くて上手く喋れない。


「こんにちは、イオさん。出張中と聞いていましたけど帰られたのですね」

「こんにちは。いらっしゃいませ。出張お疲れ様でした」

「こんにちは、チエさんにスズさん。かわゆいお嬢さんが三人並ぶって眼福。むさ苦しい男達と生意気な子ども達、しかも男に囲まれていたから更に。上地区本部周辺で見たことのない物を買って来ました。ミユから二人にもって思っていたけど、二人に会えたから良かったらどうぞ」


 イオが手に持っているカゴに反対側の手を伸ばすとチエが「ありがとうございます。中で受け取ります。どうぞ」と彼を家にあげたので居間で四人になった。


「まずジホセ饅頭(まんじゅう)。かるかんみたいな生地で人気って言うし並んでいたから買ってきました。二人が何人家族か分からなかったし、沢山買うと他の人が買えなくなるから足りなかったら切って下さい」


 そう告げるとイオは風呂敷に包んであるものをチエとスズに差し出した。


「ありがとうございます」とチエとスズが順番にお土産を受け取った。


「ちび饅頭(まんじゅう)だし高くないからとりあえず近しい人へのお土産はこれにしました。でも火消し野郎達はお前らも上地区本部へ行って食ってこいって無視です無視」

「まあ、切ってと言いましたのにこんなに。近々、簡単な練習茶会があって亭主をするので使います」


 チエが失礼しますと風呂敷包みを開いたら可愛らしい形の蓋つき竹かごに、桜の塩漬けらしき桃色のものが乗った白いちび饅頭(まんじゅう)が十個入っていた。風呂敷包みの中には、竹かごとは別に三色の丸いものがついた飾り物も一緒に入っている。


「ミユの親友達は特別扱いです。その帯留めもそう。三人でお揃い。色で喧嘩したらあれだから全員同じ色。上地区本部がある辺りはここの花街や彩り繁華街よりも凄かったから編み物製っていうハイカラ小物が売っていました」

「編み物は年末のお祭りで買えた友人がいました。わぁ、こんなハイカラなかわゆいものをありがとうございます」


 縁談話もそうだけど、こういう時にチエと私達平家の格差を感じる。でも私達はチエがいつも流行りを教えてくれるから周りにハイカラな事を伝えられて同じ平家でもお嬢さんと扱われる。


「編み物なんて単語を初めて聞きました」

「話しませんでしたっけ?」

「いえ、聞いていません。ミユさんは知っていました?」

「私は一番ハイカラと縁がないので二人から聞かないと全然です」

「俺も聞いたことが無かったです。西風の手でする織物っていうか組紐? かわゆいよね。彩りのある鈴蘭みたいで縁起良し! と思いました」


 イオの言う通りで桃色の黄色、水色の鈴蘭の花みたいな形の丸い球が連なっている帯留めはとてもかわゆいしパッと見で珍しい物だと分かる。目を輝かせたスズとチエにお礼を言われたイオは満足げ。


「あと、スズさんは火消しの浮絵を少し買ってるって聞いたから上地区本部周りの浮絵屋で飛ぶように売れてたのを三枚買ってきました。売り切れのは無理だったけど」

「まさか、まさか、カツキさんですか⁈」

「ミユに誰って聞き忘れたけど今年ここの視察に来て、しかも活躍したのはカツキさんだからそうかなって一枚はそれです。握手してもらったから間接握手しますか?」


 間接握手ってイオが美人のスズの手に触りたいだけではないのだろうか。


「きゃああああ! ありがとうございます! 握手します!」


 そう告げるとイオは畳んである手拭いを出してスズに差し出してその上に丸めて紐で縛ってある紙を三つ置いた。


「カツキさんと握手した手拭い。この方が嬉しいかなって思いました。俺はミユが少し妬いた顔をして大満足。ってことでこれはそのお礼でもあります」

「握手くらい妬きません!」

「カツキ様の触った手拭いなんて恥ずかしくて触れません」

「ちなみに浮絵三枚は全部本人の記名入りです」


 私の否定をイオもスズも無視したけど、イオは一瞬私に楽しげな顔を向けた。この流れはおちょくられた気がする。


「きゃああああ! 命の恩人なのにこんなことまで!」

「ちなみに六番隊の火消しはもっと簡単に頼めますよ。俺は六防所属の火消しですから。兵官の六番隊職員もわりと。なにせ幼馴染に頼めますから。誰でもは断りますけどミユの親友は特別扱いです」

「まさか、まさか、まさかタイジュさんもですか? あと副隊長副官のツカサ様」

「タイジュさんは兄貴の同期だから合同訓練とか接点がありますね。ツカサさん、大人気ですよね。俺は接点ゼロですけどネビーに頼めば多分。あいつ、小屯所ではなくて屯所所属でたまに幹部達にしごかれているみたいなので、浮絵の記名一枚くらいは頼めるかと」

「まさか、まさかこんなことが私の人生に起こるなんて……」

「自分から知り合いだからお願い〜、みたいな図々しい性格なら嫌で拒否しますけど、こっちから言うて今、ようやくだからそのくらいは頼みますよ。謙虚なのは大事ですよ大事」

「一生ミユさんについて行きます!」


 興奮気味の満面の笑顔のスズに抱きしめられた。


「うわっ。俺もしていないのにズルいですよスズさん!」

「えっ? それならどうぞ」

「どうぞってやめて下さいスズさん。するはずありません」

「えー。したいからするけど」

「スズさんやチエさんの前で冗談はやめて下さい!」

「むしろおいでミユ」


 イオは笑顔で両腕を広げた。


「ふざけないで下さい!」

「二人ってこんな感じなんですね」

「ミユさんはイオさんは元気でしょうかとか、熊と組手なんてとずっと上の空で寂しそうだったのにもう元気いっぱいですね」

「この間ここへ遊びに来た時も色々とねぇ」

「ねぇ、チエさん」

「スズさん、チエさん、かわゆい気配のミユのその情報は俺に教えてくれますか?」

「教えません」

「ミユに聞いてないから」

「お土産だらけで記名も頼んでくれるので教えまーす」

「私達は袖の下を受け取ったので教えてしまいまーす」

「いよっしゃあ、下心と袖の下は大事だ!」


 三人はとても愉快そうに笑ったけど、こんな揶揄われ方は照れの極み。


「ふっふっふっ。袖の下はまだあります。仲間外れになるからチエさんにはカツキさんと第二副本部大屯所近くでバカ売れしていた兵官と役者の浮絵にしました。カツキさん以外には記名は無理だったけど。要らなかったら誰かに譲ったり売って下さい」

「まあ、ありがとうございます。このような貴重品はしっかり私のものにします。喜ばれるから今度の練習茶会で回し見します」


 誰が人気、みたいな話はいつもスズが仕入れてくるので浮絵を全員で見てみたらスズは全員知っていたので後で逸話を教えてくれそう。


「これはミユにだけど、最近一区花街の吹雪花魁がお洒落番長らしくてそれも買ってきました。下街着物風の絵。ミユに渡したら皆で見るかなって思ったけど今、見てみますか?」

「吹雪花魁は新絢爛(けんらん)花魁です! 売り切れでお洒落の参考を見れていなくて、まだ名前しか知りません!」


 あれこれ買えないけど浮絵屋巡りをして人物画を鑑賞するのが好きなスズはまたしても情報通。

 

「やっぱり美人そうですね。この花の形の帯結びはどうなっているのでしょう」

「あっ。上の方も来る茶会で見たことがある気がします。でもお嬢様達と接点がないし、しばらく大きな茶会に行きませんので聞けません」

「上流層ではもう流行っているんですね」

「これ、印鑑がそうですが花街内で買いました? イオさんはついでに吹雪花魁の春画も買いました?」


 確かにスズの指摘通りよく見たら浮絵の右下に押してある判子の一つが「華」の崩し文字になっている。


「ちょっと、スズさん。そのような質問は……」

「そうそう、女のいない可哀想な野郎どもに土産を買いに行った。男は食い気より色欲ボケですから。見たい? エロいよ」

「……正直、気になります」

「スズさん!」

「純情可憐なお嬢さん達に野郎どものは見せられないとして、私達ってこんなことをされちゃうの? って妄想したらかわゆいから、そういう系を買ってきました。はい、一枚ずつ」


 イオはそう告げると丸めてある浮絵をチエとスズに差し出した。この人は何をしているの!


「ミユは祝言後に俺と楽しもうね」

「しません! 真昼間からなんて話をするのですか!」

「くぅ〜。ミユのその冷たい目や声。久々過ぎて嬉しい。相変わらずかわゆいなぁ」


 怒ったのに暖簾(のれん)に腕押しみたいでイオはニヤニヤしただけでまるで反省していない。


「こういう話は夜ならええの?」

「ええ訳ないじゃないですか。ちょっ、ちょっとスズさん。何もこの場で見なくても」

「やっぱり半春画じゃないですか。文学場面みたいですとてときです。この美形男性は吹雪花魁の恋人ですか?」


 描かれている男女の肌は割と見えているけど大事なところは隠れているから確かに半春画で、私もこれは美しい絵だと思う。キスする直前みたいな構図なので恥ずかしいけど恥ずかし過ぎない。


「なんだっけな。なんとか屋の人気役者がようやく客になれたって話です。人気者になったから」

「楽しそうな話の気配がするので調べます」

「綺麗だし、そういう風に喜ばれますよ〜ってお店の人に宣伝されました」

「こんなに沢山ありがとうございます」とチエは頬を染めて、見たいけど恥ずかしいみたいな顔でスズの手の中の浮絵に視線を送ったり逸らした。


「ミユさんはこういう感じできとすをされたいですか?」

「もうっ! スズさん、揶揄(からか)いはやめて下さい」

「このくらいで照れまくるチエさんは本物お嬢さんでかわゆいです。歓迎会で変な虫がつかないように気をつけます。でもスズさんの気になるお年頃だから恥ずかしいけど突撃してみる感もかわゆい。こちらも虫除けしないと」


 かわゆい、かわゆいと私を褒めるけどそもそもイオはそういう誰かを褒める事に慣れているって事。


「あっ、ミユさんがふくれっ面」

「イオさん、ミユさんが妬きもちを妬いていますよ」

「チエさん、違います!」

「ミユって友人達にもいじられ側ってこと。俺の目ではミユが一番かわゆいよ。唯一は無理。この世の半分以上の女はかわゆい存在だと思っているから。だから特別かわゆいを贈ります! 優勝賞品は俺です!」


 またイオが両腕を開いたけど、こんなのもう恥ずかしいから思わず懐から手拭いを出して投げつけてしまった。


「うわっ。遊び過ぎて悪かったけど物はやめなさい」

「そうですよミユさん。そんなにツンツン怒ってたら可愛げがないですよ」

「私達にはわりと素直なのにさっきからあれこれ良くないですよ。イオさんの度が過ぎていてもミユさんの態度の悪さも酷いです」


 チエとスズに怒られたので「……物はさすがに悪かったです。すみません」と反省。


「自然と貧乏な友人に合わせて金を使わないような生活をしてきたから懐がホクホクで、男しかいない生活だったからかわゆいミユの顔が思い浮かびまくってつい散財です。ミユにお土産って思ったらチエさんとスズさんも一緒に出てきました。あはは」

「得をしました。あとごちそうさまです」

「そうそう。甘い感じをごちそうさまです。美味しいし縁起はうつるから大歓迎です」


 イオがあっけらかんと惚気るから、隣にいるスズに肘で小突かれたし、チエにもニヤニヤニヤ笑いを向けられて、穴があったら入って隠れたくなる。

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