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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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33/43

同時お見合い1

 イオはキツネの手を止めると私の頭をそっと撫でた。


「と、いう訳で明日から二週間くらい上地区本部に行ってくる。しごかれて来いってさ。見習いに混じって滝修行もさせられる」


「えっ? 上地区本部って、そんな遠くにですか? 罰ってもう決まっていることではないですか……」


「六防でしごかれて来いだと思ったら上地区本部って白目。サイコロの目で決めたって、意味が分からん。兵官だとこんなのはあり得ないのに」


 サイコロの目でそんなことを決められるの⁈


「サイコロの目ですか」


「賭けまでしやがった」


「……明日、いつ出発ですか?」


「夜明けに起きて走って行けって酷いよな。上地区本部ってどこにあるか知ってる? 南ニ区の真ん中だぜ? 俺ら火消しが走って休んでって繰り返して半日がかり」


「半日で済むのですか?」


「昼前には着いて見習いと一緒に昼飯係をして集団山ごもりへ行けって。俺、熊に襲われたくないんだけど。下手すると熊と組手させられる」


「えっ⁈ 火消し見習いってそんなこともするんですか⁈」


「上地区本部は防所や組幹部の養成所でもあるから優秀な見習いは留学したりする。だからあそこの見習い修行は他とは違う。浮絵がバンバン売れる有名火消しは上地区本部所属が多いだろう?」


「ええ。昔からスズさんが集めています」


「俺、組織を先導するのとか苦手。そういうのはヤァドが得意。薬師認定まで取る気だから組幹部は兄貴かタオをしごいて欲しい。息子は三人とも全員そうなれって高望みし過ぎだバカ親父。で、ミユちゃん。早く家に入らないと俺は帰れないんだけど」


「あっ、はい。朝早いのにすみません」


 早朝は夜と同じようなものなので夜明けと共にだとお見送りには行けない。

 父を叩き起こして連れて行って、と言えば良いけど寝起きの父は機嫌が悪いし朝に強くない。

 扉を開いて中に入ってイオにお辞儀をしたけど、「お休みなさい」と言って扉を閉める気になれない。


「嫌って言うてくれたから少しは寂しい? このくらいとか」


 イオは右手の親指と人差し指で私の人差し指分くらいの大きさを示した。


「そんなに小さくないです」


「そう? それならこのくらい?」


 イオは大きく腕を広げた。


「いえ」


「今なら抱きつけるけどどう?」


「……そんなことしません」


 そうしたいなら抱きしめてくれたら良いのに、なぜ私に頼む。

 恥ずかしくてつい断ってしまうから、事前に聞かないで欲しいと伝えたばかりなのに。


「だよな。三つ数えるまで抱きしめさせてって言えば良かったけど、それは簡単なお願い事じゃないから諦めた。お休みなさい」


 言いたい事があったし、寂しいからもう少しだけと思ったけど強制的に扉を閉められた!


(熊と組手かもって嘘だよね。しごかれるって、怪我しないかな……)


 私は思わず扉を開いて「イオさん」と彼の名前を呼んでいた。

 まだあまり離れていなくて振り返ってくれたイオがスタスタ早歩きで戻ってきて、「素っ気なくしたら寂しがる気がした」と悪戯(いたずら)っぽく笑った。


「イオ君なんだけど。一週間って言うたのに」


「上地区本部に二週間だから今夜だけってことですか?」


「まあね。小さい頼み事だから」


「もう少し散歩は大きなお願い事ですか?」


「お風呂屋の後に娘をどこへ連れ込んでいたってなるから挨拶をしないとそうなる。でもお客さんみたい。お兄さんその他かな?」


 イオに玄関内の床を示されて見慣れない男性用の下駄が三つ並んでいると今、気がついた。


「お兄さんと仲良くして欲しいので、上がっていきますか?」


「ミユちゃんのお兄さんだから、喧嘩を売られなかったら仲良くする」


 どうぞ、とイオを玄関へ招いて戸締りをして二人で居間へ顔を出したら、トオラと知らない男性があぐらで父と兄と向かい合って酒盛りをしていた。


「無事に送り……これは予想外のお客さん」


「おお、ミユ。お帰りなさい。イオさん、風呂屋までの往復の護衛をありがとうございました」


「……こんばんは」


「こちらの方はミユに結婚お申込みに来て下さって、イオさんと同じ条件を提示して下さると言うてくれた。ここに座りなさい。イオさんもよければそちらへどうぞ」


「はい。失礼します」


「……はい」


 衝撃的な事態に私はぼんやりしながら父と兄の間に腰を下ろして正座した。

 イオは父が手で示したトオラの父親らしき男性の上手(かみて)側に正座したので、トオラと彼の父親らしき人物も正座に座り直し。


「ご友人宅で過ごされてその後共に風呂屋へ行ってから帰られるというので、ご帰宅するまでお待ちしていました。ミユさん、お帰りなさいませ」


 トオラのこの台詞から推測するに、先にお風呂屋でイオの家に行って花火だったけど、父はそう言う嘘をついたってこと。


「いらっしゃいませ、こんばんは。友人と長く話したくて帰りが心配だから迎えに来てもらってそのまま皆でお風呂屋でした。イオさん、疲れているのに私達の為にありがとうございました」


「いや、全然。疲れている時こそ疲れが吹き飛ぶからまた呼んで下さい」


 トオラ達が来たのは私が出掛けた後なのは間違いない。

 別の家住まいでイオが我が家によくいると知っているか分からない兄はともかく、父は帰宅したらこうなるかもしれないと分かっていただろうに、なぜこの時間までトオラ達を留めておいたのだろう。


「すみません、娘は湯上がりなのでこのような格好で」

「いえ。こちらが急に来ましたので」


 文通お申し込みも簡易お見合いのお申し込みも断ったのに、殴り込みで結婚お申込みに来たってかなりの本気。

 しかも、イオと同じ条件を提示したなんて絶対に負けるかっていう意思表示だ。


「同条件なら火消しのような危険な仕事よりも安全性の増す事務官の方がええと思う。現在の給与はイオさんに分があるけど、我が家から見たらお二人ともとてもええ稼ぎだ」


 結婚相手はトオラでも良いと思うというような意味の台詞。

 兄がさっそくイオに喧嘩を売ったけどイオはうんうん、と首を縦に揺らした。


「イオさんのお嫁さんだと水組の仕事があって、トオラさんだと少々家族の世話をして欲しいと言っている。その場合、同居だと嫌だろうからむしろ自分がここに同居すると言うてくれた」


「そう……ですか」


「出世の芽はイオさんもトオラさんも分からない。先のことは誰にも分からないからな。イオさんは怪我で火消しを廃業するかもしれないし、トオラさんも事務官とはいえ兵官と同じ三交代だから別の配属先に移動するかもしれない」


 父がいるのになぜ兄が仕切るのだろう。

 父が軽く調べたけど、小屯所勤務の事務官ではなくて学校や各庁や小庁の事務官に転属もあるという。

 本来なら採用試験を受けて転属だけど移動命令が出ることがあるし、仕事振りで採用試験に優遇されるから自ら望んで転属も可能。

 調べた結果、トオラは遠くへ行く確率は低いかもしれない。


「あの、税金投入者は時に遠いところへ移動もあると聞いたことがあります」


「ありますが自分にそこまでの評価はありません。高い評価や多くの支援を受けた者が特別職などを与えられます。自分は一番低い支援なので数年間、退職禁止令くらいです」


「そうらしい。国や役所の仕組みは複雑で調べないと分からないな」


 だからトオラは安心なのでどうだ? というニコニコ顔を兄にされて困惑。

 父は無表情というか様子見という表情だ。


「いやぁ、勉強一筋で女性と接してきていなくて、会話下手とは共感出来る。どこかの誰かとは大違い。女は小慣れた男に目が行きがちだ。雅がええとか我儘(わがまま)。その雅は誰かを練習台にしたからだというのに」


 酒に酔っているのか兄はまたしてもイオに喧嘩を売った。


「その我儘(わがまま)は憧れです。乙女の憧れって、そんなのかわゆいから必死に練習するはずなんですけどね。別に女を練習台にしなくても練習は出来ますから」


 イオは兄に喧嘩を売られなかったら仲良くすると言ったけど、喧嘩を売られたから買うみたい。

 笑顔だけど睨み合う兄とイオの目の間に火花が散ったように見える。


「そうですか? 実在の人物を相手に練習しないと中々だと思います」


「実在の人物相手でも、買った女に自分勝手とか暴力で楽しむみたいなロクデナシだと何の練習にもなりません。そういうこともありますよね? 買うこと自体最早そんな。どこかの誰かさんとかそうかもしれません」


「世の中にはそういうゲスい男もいるらしいですね。買った女になら何をしてもええ、みたいな。それは最低だと思います」


 兄はイオの話の内容は自分とは無関係という顔をしたので、買うこと自体そんなというイオの喧嘩は買わないで自制心を保ったようだ。


「変な性癖の男もいますからね。暴力系は最低。あっ、ミユちゃん。それを教えていなかった。俺は暴力系ではない」


 兄が食ってかからないとイオは攻め込んだりしないようだ。


「それは自分も同じで人として当たり前です」


「へぇ。同じですか。と、いうことはどこかで誰かと何かあったんですね。前の恋人ですか? 花街遊女ですか? 遊び相手ですか?」


 トオラを無視すると思っていたイオがすまし顔で喧嘩を売った!


「いきなりなんですかあなたは」


「ミユさんは女癖の悪い男は断固拒否なので確認です」


「女癖が悪いのは貴方ですよね? 少し調べました」


「その件についてはこちらの皆さんに説明して、たまたま友人に大説教と暴露という公開処刑をされて、破談一歩手前までいったのでそちらが気にすることではないです」


「自分にはそういうことは全く無いです」


「おっ、と思っても面倒とかしがらみとか純そうだからダメなど数々の誘惑をかわしてきたから、俺は今後も安心安全物件です。モテてきてない男って浮かれてのぼせてつい、ってあったりします」


「自分は自制心が強いのでそもそも何もありません」


「そうです。そもそも何もないのが一番信用出来ます。俺と違ってそもそも何もない方です。先回りして確認しました。聞き方はどこかの誰かに学んだので似たようにしました」と兄は得意げな顔。

 兄の話が本当だとトオラの好感度が少し増す。


「……ですよね。悪あがきしたけど女関係は大体の男には負けると思います」


 この話題だとイオは負け戦で私も感情に蓋をしていたけど、女性関係の話題が出るとイライラする。

 結婚お申し込みの場に他の相手も並ぶなんて聞いたことがないけど、世間は広いからこういうこともあるんだろうな。

 まるで月夜のカゴ姫の場面みたい。


「イオさんと結納まで時間があるから彼と同じは無理でも何度かお見合いしなさい。ミユ、お前の話と彼の印象が違う。イオさんのことだって最初は会いたくない、喋りたくないと突っぱねていた。一回ほんの少し会って拒否ってことは同じように誤解があるんだろう。もっと話したら変化がある」


 父は何も言わないのに兄がまた口を開いた。


「えっ。あの日、病院で会っただけなの? ミユちゃん。それはもう少し話してみたら? 俺、百人、千人から選ばれたいんだけど」


「そんなに申し込みされません」


「かわゆいからされるされる。俺と同じ条件なら結納するって言うたらハ組で何人も出てくるよ。まず平家お嬢さんってだけで人気者。タオもお嬢さん姉が出来るってデレデレしてる」


「女学校卒の肩書きって想像よりも価値があるんですね。七夕祭りなどの時に、ハ組でイオさんが嫌になったら俺と、みたいなふざけ台詞を何人にもいただきました」


「ふざけもいるけど本気もいるから。ええ女は常に取り合い」


 私はイオがいる場で、トオラと何度かお見合いしますという言葉を口にしないといけないのだろうか。


「イオさん、それなら結納は延期でこちらの方と娘がお見合いしても良いのでしょうか?」と父が問いかけた。


「まさか。結納延期はしません。ミユさんがするって言うならしますけど。平家同士だから結納破棄時はいかなる理由でも無賃って決めたので、事前に知っていれば浮気だ不貞だと誤解しません」


「結納した娘が付き添い付きでも他の男と街中を歩いていたら変な噂になります」


「自分は付き添いありなんですね」


 トオラの少し低い声には、どう考えてもイオという男とは付き添いなしで出歩いているだろうという非難が滲んでいる。


「娘が気を許していて何かあっても祝言なだけですので。多少無理矢理何かをされて嫌だったら強姦魔くらいに話を盛って知り合いの兵官に突き出すと言っていますし」


「そうです、そうです。かわゆいからってうっかり手を出して本人が嫌がったら俺は幼馴染の兵官に首ちょんぱです。いや、処刑人は罪人か。まあ、そこはええや。ちゃんと契約書に記載してあります。兵官に訴えられるような事をしたら俺の自白は全て嘘で相手の主張を採用するって」


 こう考えるとイオが私に手を出して良いか、たびたび聞くのは私の作った契約書にも原因がある。


「それも同条件ですから付き添い無しでも良いかもしれません。私や妻が交流して安心してからですが。何もしていなくても逮捕、処刑は嫌でしょうからその辺りはご検討下さい」


「何もしませんが濡れ衣は困りますので付き添いありで良いです」


「ミユさんは濡れ衣なんてしないのに。きっはりはっきり近寄るな、触るな、騒ぐな、落ち着けって怒ります。ちゃんと警告してくれるから大丈夫ですよ」


 自分の四分の三恋人の付き添いなしを勧めるって、なんなのイオは。

 あとトオラは父へ遠回しに「貴方をまだ知らなくて信用していません。イオさんは信用しています」と提示したのに私が濡れ衣を着せる、みたいな言い方で腹が立つ。

 こういう些細(ささい)なところや自慢屋だったところが嫌。


「大人しそうだけど意志が強そうな方ですから、迷惑男をそのように遠ざけられるとは安心ですね。なのに結納とは何かあるんでしょう」


「そうなんですよ。同期にもバシッと区民に迷惑なことはやめなさいって言えて格好良かったです。その時の俺はダメ。区民に乗せられてあやうく遊び喧嘩を買いそうになって。いやぁ、かわゆいことに真心があるって言うてくれました。あるのか分からないけどわりと優しいのは友人が数少ないええところって言うてたので多分それです」


 トオラはイオに敵対心を隠しもしないけどイオには隠すどころかそういうのはあまり無い気配。


「それでミユ、条件は全く同じになるから親としては後は娘の気持ち次第だ。シノが言うたことも一理ある。後日返事をするか?」


 父はトオラが良いとか、イオが良いみたいな事は言わないみたい。


「いえ。この場でお返事します」


 私のこの言葉で沈黙が流れて各々が唾を飲む音が耳に入ってきたので、太腿の上で握りしめている手をさらにキツく握りしめた。

 最初にイオを受け入れる時に、私はリルの喋らないで結婚した話を参考にして、明日のことは明日考えれば良いと学んだので今夜はそうするつもり。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新嬉しいです。 兄とトオラが怖い。何なんだろうこの人達。 父はトオラだけでなく、兄も見極めてあおる?
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