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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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31/43

番外「七夕5」

 河原に青白く光っている石があるなと思ったら、そこに笹舟が二つ用意してあって光苔ももう乗せてある。


「へぇ。用意してくれたの?」


「はい。試合の見学後にここで皆と準備をした際に」


「これ、ちゃんと浮かぶ? 沈没したら意味ないけど」


 手に取ってみると、少し大きめの笹舟と一回り小さい笹舟のどちらも作りが甘い気がする。


「失礼ですね!」


「あはは。冗談。俺は君となら沈没してもええ。抱えて岸まで泳げるから大丈夫」


 隣にしゃがんでくれたので、いたずら心が芽生えて動くと揺れる一本結びの髪にそっと手を触れてみた。 気付かれないように前を見て反対の手は笹舟を確認というように動かす。


「あの」


「ん?」


 バレて怒られるか嫌だと言われるのかと思ったら彼女は俺の顔を覗き込んで微笑み、その後すぐに俯いて笹舟を持って眺め始めた。


「私を花火に誘わなかったのも、ミユちゃんはここで休憩と遠ざけたのも、まだ火が怖いと思ったからですか?」


「うん。お母さんがかまどに蓋をしたり盾を作ってるって言うてたから。俺の母も似たような事を言ってた」


「いつも誰にでも優しいですね」


 ミユは笹舟を持っていない右手の指先を川に入れてゆらゆらとゆらした。

 気のせいか、俺に近寄ってきた気がする。なにせ腕と腕がくっついているし。


「そう? 普通だと思う」


「今日も子ども達に優しかったです」


「そう? 普通だと思う」


「老若男女と握手していましたね」


「うん。火消しはあんな感じ」


「今日のように大勢の前で唯一星はミユさんだ、みたいなことはやめて下さい。恥ずかしいです。落ち着きのない、騒がしい方は苦手です」


「ごめん。分かった。気をつける。つい」


「イオさんは逆にないのですか? 私に対してここを直せって」


「今のところ許せることしかないからええ」


「綱登り、一番でしたね」


「まあ、本気を出せばあんなもんだよ。格好良かった?」


「いえ、特にドキドキしませんでした」


「そっ」


 ぱしゃぱしゃ、ぱしゃぱしゃと川の水で遊んでいる手で俺の髪でも弄って欲しいし、見つめられている川の水にも嫉妬してイラついてきた。

 しかしやたら雰囲気が良いし、今日一日を振り返るとミユは俺に対してかなり好意的なので、前向きな事にだけ着眼するとニヤけそう。


「きゃあ!」


「あはは。気がつかないからつい」


 俺を見ろって髪を軽く引っ張るなんて子どもみたいな事をしてしまった。


「あの」


「ん?」


 唇を尖らせて俯いてしかめっ面なので怒らせたっぽい。

 このくらいで怒らなくてもという気持ちと、怒ってもかわゆいと褒めまくって口説くのが先なのに、いたずらとはバカなことをしたという気持ちがぐちゃぐちゃになっている。


「子ども達を肩車とか、先程の花火は、優しいなぁとドキドキしました……」


「えっ?」


 消えそうなとても小さい声だったけど今、俺は確かに褒められた。


「イオさんと北極星になれますように」


 そう口にしたミユは灯りの乗っている笹舟を流した。


「ちょっと待った。今、なんて言った?」


「何も言うてません」


「言うたって」


「言うてません」


「言うた」


「それなら聞いていない方が悪いです」 


「五十年後って何婚式? 今日、俺のところに来てくれた老夫婦は今年で結婚五十年だって」


「五十年はとても長いですね。何婚式でしょう」


「よし、分かった。ミユちゃんと北極星婚になりますように」


 流した笹舟は即座に川の流れに負けて転覆。


「ほらぁ。だから言うたのに。これ、沈没しない? って」


「私の分はしっかり流れました。つまりイオさんの流し方の問題です」


「いいや。たかが笹舟だから、また作って流そう。別に今日しかしちゃいけないって決まりはないから遠くまで流れるまで何日でも何回でもする。それで一回成功したらええや」


「二人分、遠くまで、見えなくなるまで流れるまで、同じことをしますか? また予定を合わせて挑戦ということです。帰りましょうか」


 提灯(ちょうちん)を手にして立ち上がってスタスタ歩き出したミユを慌てて追いかける。

 あまり甘い雰囲気にはならなかったけど、ちょこちょこかわゆい言葉を贈ってくれたので大満足。

 少しは好きになってくれたと信じてきたので、折れそうだった心はわりと復活して、彼女の手を取って握ってみたら、振り払われるどころか握りしめてくれて至福。

 何か言って口説こうかと思ったけど、ロクなことにならないから黙っていることにしたらミユも喋らないから無言。

 沈黙はあまり好まないけどこれは平気でむしろこれで良し。

 ニコニコ何か喋ってくれたら嬉しいけど、照れたように微笑んで夜空を見上げてくれているから幸せいっぱい。


「俺、今日が誕生日だし火消しが褒められまくる祭りの日なのもあって天の川がこの世で一番好きな景色」

「晴れて良かったですね」


「炎の中で君の瞳の中に天の川を見つけたから、三百六十五日見られたらきっと死ぬまで不幸な日はないと思う」


「……」


「なんで北極星が真心の星か知らないけど、星にそういう逸話があるなら君の目の中の天の川はきっと優しさの結晶だ」


「織姫と彦星にはなりたくないですね……」


「はあ……。結納します、なのに夫婦になりたくないって何?」


「えっ? あの。そうではなくて、年に一度しか会えないとは悲しいという意味です」


「ああ、そっち。大丈夫、大丈夫。俺が彦星なら仕事を終えた後に毎日天の川を泳ぐから。大人しく一年待つなんて気持ちがないか浮気しているんだろう」


「ふふっ、イオさんはそういう解釈をするんですね。シーナ物語はどうですか?」


「どうって?」


「どこまで読みました?」


 ここからシーナ物語についての話をして、次は海辺物語の話になり、同じ本を読んで感想を伝え合うという行為でミユはとても面白そうだし俺もそういう考え方があるんだと楽しい。

 拒否やつれない返事がこないと変な感じがするけど嬉しいから素晴らしい。

 お風呂屋に寄ると言ったのでいつものお店へ送って俺も入って、また手を繋いで湯上がりで団扇で顔を扇ぐ無言のミユを眺めて歩く。


「ミユちゃんって湯上がりの時にいつも今みたいに手拭いを巻いてるだろう? 巻き方は何種類かあるし他の女もだから単なるお洒落? それとも何か他に意味があるの?」


 知っているけど質問したのは単にお喋りしたかったから。沈黙も良いけど声を聞きたい。

 怪我ばっかりだけどたまに怪我の功名みたいに良い台詞が出てくるようになったので挑戦。


「ええ。濡れ髪が早く乾くようになります。風による冷えも軽減されます」


「ふむふむ。それなら俺みたいに風邪を引かないようにするためにも手拭いは大切だ」


 今夜は露店が出ているので手拭いが売ってそうなお店に目をつけて彼女の手を引いて連れて行った。

 お店に近寄っていたら手を離されたのでガッカリだけど、これは俺だって照れるから離すので、彼女もそうだろうと前向きに考えることにする。


「手拭いが色々あるな」


「イオさん、イオさん」


 買ったら使う? と問いかける前にミユが俺の腕の着物部分を少し引っ張った。


「キツネです。おいなりさん好みのイオさんにぴったりです」


 跳ねているような形の狐が片側にだけ縦に並んでいる、市松模様の手拭いを掌で示された。

 ねぇねぇ、と袖を引っ張られるなんて気分が良いと余韻に浸る。


「ちょろちょろしているキツネの感じもイオさんに似ています」


「俺はミユちゃんから見るとちょろちょろしているのか。キツネだなんて言われたのは初めてだ」


「だって、誰だ俺のいなり寿司を奪おうとしているのは。お前らは悪戯キツネかーとか、俺は親玉キツネだって言うていましたよ」


「今日のイオは親玉キツネ。はぁ〜! コココン、コン! いよっ! ハ組のイオキツネ!」


 落ち着いた男性が良いと知っているし、先程までうんと良い雰囲気でそれが証明されたのに、どうせ冷めた反応をされるというのに俺はこれまで通りの言動をしてしまって、つい手をキツネの形にしてミユの顔の前で揺らしていた。

 予想に反してミユはふふって笑ってくれたので、どうして良いのか分からなくなる。


「コンコン、コンコン」


「くすぐったいですよ」


 とりあえずミユの頬をキツネの手でつついたら、彼女は笑ってくれているまま。


「お嬢さん、この手拭いが気に入ったのなら恋人におねだりしてくれ!」


「いえ。しません」


 店員が俺を見て何か言いかけたけど、ミユに商売心をバキリと折られて苦笑いを浮かべた。


「こちらを下さい。私が買います」


「……おおお! 別に冷やかしでもええんだけど露骨に要らないって言われて悲しかったからこうなるとすこぶる嬉しいな! よっし。これは中古じゃないから一枚一大銅貨だ。お嬢さんが上手かったから少しまけてそれだ」


 札には一枚一大銅貨から、としか書いていないのでまけてなくて一大銅貨かもしれないし、こう言われたら値引き交渉はしづらいから上手いのはこの店員だ。


「えっ? 要らないなんて言うていません。おねだりしませんと言うただけです」


「今の状況でおねだりしないなんて言うたらそれは要らないっていうのと同じことだ」


「このキツネを俺っぽいって言うたのに買うって、俺が欲しいの⁈」


「違います。欲しいのはこの手拭いです」


「だよな。思わせぶりなんだから。まあ、ええや。欲しいなら俺が買うから財布をしまって」


「いえ。私が買いますからそちらが財布をしまって下さい。買って欲しくないです。やめないと明日から会いません」


「……はい」


 店員に気の毒そうな目で見られてしまった。


「あー。兄ちゃん。兄ちゃんはハ組のイオ贔屓(ひいき)なのかい? イオってラオの息子だろう?」


「いやぁ、本人です。あはは。ラオの息子はこんなです」


 気の毒そうな顔があからさまに落胆顔に変化した。


「お、おう。そうなのか。何か聞いた噂と違うな。俺の幼馴染の従兄弟が世話になったらしくて、勇ましい息子って聞いたんだけど。ん? お嬢さん。銅貨が重なってる」


「いえ、二枚渡しました。いただきますね」


 そう告げるとミユは手拭いを二枚持って露店から離れたので後を追った。


「二枚も買うなんて、そんなに気に入ったの?」


「はい」


「風呂屋帰りに使う?」


「はい。色々使います」


「俺みたいなのに気に入ったの?」


「かわゆい手拭いだなと思いました」


「つまり俺を風呂帰りに使いたいってこと?」


「意味が分かりません」


「そのままの意味だよ」


 ミユに殴られた。

 殴ったと言っても掌で胸を押されただけ。

 着物だけど直接触りたくなかったようで、買った手拭いを間に挟まれた。


「どうぞ。贈り物です。お誕生日おめでとうございます。まだ言えていませんでした」


「……忘れてた。もう言われた気になってた。もう一回頼んでもええ? イオさんかイオかイオ君ってつけて」


「イオさん、お誕生日おめでとうございます」


 胸元に押し付けられている手拭いを手にしたらミユの手が離れていったので、手を繋いで反対の手で手拭いを眺め続ける。


「もう一枚はミユちゃんの?」


「はい」


「お揃いだけど」


「嫌ですか?」


「めちゃくちゃ嬉しい」


「ご存知のように、私の稼ぎは花嫁資金として貯金していて親からのお小遣いで暮らしていますので、付き合いが浅い結婚の約束をする前の男性への贈り物はこのくらいの値段が予算です」


「何も要らないと思っていたけど貰ったら嬉しくて幸せ過ぎる。しかもお揃い。ええの?」


「嫌なら買いません。迷って決まらなくて……こうなりました。手拭いなので沢山使ってボロボロにして下さい。私もそうします」


「……うん。ありがとう」


 気の利いた台詞、雅な台詞、考えて喋ると頭の中で唱え続けていたら何も思いつかないままミユの家に着いてしまった。

 離れたくないし帰りたくないのにミユがあっさり手を離す。


「お休みなさい」


「……お休みなさい。親に送り届けましたって挨拶をするよ」


「そうですね。なんだかんだ心配していると思います。門限よりも早いですし印象良しですよ、きっと」


 鍵を開けて玄関に入るとミユは「ただいま帰りました。お父さん、お母さん、イオさんがご挨拶してくれるそうです」と声を掛けた。玄関に親が来たのでお礼を告げてお辞儀をして、お休みなさいと伝えて撤収。

 

(まだ離れたくないから家の前にいたら変質者だよな?)


 玄関前に出て夜空を見上げて、このままここでしゃがんで天の川を眺めていたらダメだろうかと自問自答して、ダメという結論に至る。


「イオさん」


 振り返ったら閉まったはずの扉が開いていて玄関にミユだけがいた。


「もしかして、まだ俺と離れたくなかった⁈」


「いえ」


 小躍りしそうな勢いだったけど、ボキリと歓喜の心をへし折られた。


「そっ」


 相愛だぞと調子に乗ったからか、今のままでもかわゆいけど素直だともっとかわゆくなるぞと多少文句を言おうという気持ちが湧いてきた。


「ずっと気になっていたんですが、左のほっぺたにごはん粒です」


「えっ? まさか。だって風呂屋で顔を洗ったんだからそんなことはない」


「でもあるんです。屈んでください」


「取ってくれるの? 触られたいからよろしくどう……」


 屈んだら左頬に一瞬、ミユの柔らかい唇が触れたので、思考が停止した。


「お誕生日おめでとうございます。これが一番喜ぶ気がしました」


「……」


「お互い、結納まではここまでです。一ヶ月ごとに変更可能ですからそうします。この提案が嫌なら却下して下さい。まだ離れたくないけど……お休みなさい」


 ミユは逃げるように家の中に入ってピシャリと玄関扉を閉めた。

 離れたくないって言われたから、このままここにいたい。

 少しして二階の窓が開いてミユが顔を出したけど俺に気がつかないようで空を見上げて何か小さく歌い始めた。

 似たような事は何度も経験があるのに、俺は左頬に手を当てて先程の快感過ぎるしミユも眺めていたいとぼんやり立ち尽くし続けたので見回り兵官に職質された。

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