番外「七夕4」
南三区六番地の闘技場では武術系の大会が催される事が多いけど、今日は七夕祭り—— 正式には初夏祓い祭り——なので、火消したちが競技大会を行い、区民を集めて防犯や防災を啓蒙しつつ、寄付を募ったり子どもを参加させて喜ばせたりする。
今年のハ組ト班の出番は綱登りの試合の一つだけで、終わったら担当地域の見回りや道具点検などの通常業務に戻る。
祭りの前後と当日は変則勤務で、今日は十六時に退勤し、二十二時から出勤、三時に終業する予定だ。
誕生日だからという理由でいつもは翌朝遅めまで休みにしてもらっていたけど、今年はミユと過ごす時間があれば良いのでそれは頼まなかった。
試合会場に入場し、観客に手を振りながらミユを探してみたが、広すぎて見つけられない。
「おい、イオ。小親父達に頼んで棚上げになっていた喧嘩を堂々と出来るようにしてやった。覚悟しとけよ」
二組のコンに睨まれたので笑顔で手を振り返したら舌打ちされた。
「お前、あいつに何をしたんだ?」
「俺らもたまにあいつに絡まれるんだけど」
「そうそう。ウザいんだけど。同じ班の他の二人はええけど」
ナックとヤァドに呆れ顔を向けられた。
「あいつの女を取ったって難癖つけてきた。俺らとニ組の奴らと花組で飲んだ時に一緒にいただけなのに。あいつこそ女を掛け持ちしているのにやかましい」
「コンはお前よりも、よっぽど女たらしだよな」
「そう思うんだけど、多少似ているから同族嫌悪か?」
「あいつは自分から攻めていくだろう。お前は受け身だった。向こうは被害多数だし真逆だ」
「その通りで俺は釣って捨てたりはしていない」
「って訳で、コンの女への態度はムカつくから俺が代わりに潰してやるぜ!」
「お前の代わりは俺らに任せろ!」
バシ、バシとナックとヤァドに背中を叩かれたので「頼む」と言ったけど、俺も今日は本気なのでコンに負けるつもりはない。
綱登りの試合はこれで五試合目で勝ったから次、という訳では大体みんな同じくらいなので安心して下さい! という披露だ。
間に一般区民や子どもを挟んで火消しはすけぇ! みたいな事もするけど。
三班、九人で試合なのでコンの隣を選んで移動していたら腹の立つ事に会場から野次が飛んできた。
「ラオの息子! 遊び喧嘩から逃げたこの軟弱火消し!」
「毎年、毎年、負けてるんじゃねぇ!」
「おいこらイオ! 今年からラオさんの面汚しになるんじゃねぇぞ!」
昨年までは右から左へ聞き流したけど今年は隣でコンがニヤニヤしているし、ミユにガッカリされたくないので本気で挑むから結果をこの野次の返事にする。
「親が少しばかり有名だと大変だな」とコンにニヤニヤされた。
「コン! バンの看板に泥を塗り続けているバカ息子! 今年こそしっかりしろや!」
「女の尻ばっかり追いかけてるんじゃねぇ!」
「俺の女を返せ!」
「お前は仕事だけしてろ!」
俺はコンに「そっちも大変だな」と笑い返しておいた。
試合はサクサク進んでいくので合図と共に綱登り。 病み上がりで若干不安だったけど無事に三往復の間ずっと先頭で首位で終了。
「子どももいるのにヤジを飛ばすな区民! 誰が軟弱火消しやラオの面汚しだ! 見たかコラ! ハ組のイオが一番だ!」
腹一杯、空気を吸って思いっきり叫んだのですっきり。
「ついでに俺の一番星はミユさんだ! 一番だと二番以降がいるって怒るから唯一星だ! 唯一星のミユさーん! ミ……」
「後ろがつかえるから行くぞイオ」
「お前は浮かれ過ぎだ」
「前半は良かったけど後半は余計だ」
ナックの腕で首を絞められて引きずり開始。
今のは俺も少しやり過ぎたと思うけど恥ずかしくても好きだ、まで言いたかった。
退場した時にコンに「お前は普段手抜きで生きているのか⁈」と詰め寄られた。
「試合で目立つと面倒だろう」
「再戦だ! 再戦しろ!」
「喧嘩する理由がないのになんで再戦しなきゃいけねぇんだよ」
「この二股野郎! カエとあの少しかわゆいだけの地味女を一緒にするな!」
「カエさんは俺の女じゃねぇって。むしろ本人が思い込んでいたら怖いからカエさんに説明しろ」
「すみません。単に嫉妬なんで。カエちゃんは分かっているし、普通に他に恋人がいるんで」
「そうそう。イオや他の奴らやハ組の花組達のおかげでカエちゃんに恋人が出来たからどうも。また飲もうぜ。こいつはしばいとくから」
「カエに恋人って誰だ⁈」
「うるせぇ、行くぜコン。じゃあな、ハ組のト班」
「おう! じゃあな」
コンの火消し兄弟がまともそうなのはコンを制御するためだろう。
コンは自分と同じ班の二人に引きづられて去って行った。
この後、試合会場外を歩いていたら例年通り老若男女にそこそこ囲まれたので、ト班の三人でありがたく握手や記名を引き受けたけど、女性からの手紙は婚約するのでと断っていく。
すると「ばあさんの手紙も断るのかよ!」とヤァドに突っ込まれた。
「なんでだよ。女は何才でも現役だ。そうですよね?」
「ええ、ええ。ふふっ、俺に惚れている可能性もあって目移りしたら困るって断られて嬉しかったわ。おばあさんなのに目移りって。五十才若かったらお嫁さんに立候補するのに」
「おい」と突っ込んだ旦那らしき老人は実に不機嫌そうな表情で、この年齢でも嫉妬するなら微笑ましいと感じだ。
「お二人は結婚して五十年くらい経ちますか?」
「おうよ! 腐れ縁だ腐れ縁。がはは」
二人とも元気でずっと夫婦とは羨ましい。
「夫婦円満と長寿のご利益がありますように!」
俺は老夫婦とガッツリ握手をして、仕事だ仕事だとト班の三人で組に戻って業務の引き継ぎを受けた。
その後、街の装備点検と見回りに出て十六時に勤務交代の引き継ぎをして一旦帰宅。
ミユとデートをするなら火消しの格好ではなくて、また格好つけた良家の息子風にするぞと思って家に上がったら彼女が居間にいた。
「お帰りなさいませ」
「……なんでいるの⁈」
ミユ以外にもインゲとニムラとクルスがいるのも気になる。
「迎えに来てくれると言っていましたけど、疲れているでしょうから私達が家の前で待っていようと思ったらサエさんが家にあげてくれました。三人の通う寺子屋の近くにトト川があるそうです」
教わらなくても行ったことがあるから知っている。
「皆で笹舟灯流しの準備をした」
ミユに二人きりは拒否されたってこと。
「おお、そうかそうか。ありがとう」
「もう、風邪は平気?」
「すこぶる元気だ。俺の綱登りを見たか?」
「見ました! 格好良かったです!」
ミユと七夕誕生日デートだと思っていたら子守りみたいだけど、子どもに囲まれている俺をミユが優しい笑顔で眺めてくれているからこれで良し!
着替えて寺子屋まで行く間に三人を順番に肩車して夕焼け空が徐々に星空へなっていく綺麗な景色を眺めて、やはりミユはニコニコしているのでさらに満足。
到着すると寺子屋は開いていて食事会の準備がされていて、小祭りかと思ったらなんでか知らないけど俺の誕生日祝いだった。
一部の子ども達が親と色々準備してくれたらしい。
ここは何度か来たことのある寺子屋で、その時会った老先生もいてニコニコ笑って「誕生日だそうですね。おめでとうございます」と祝ってくれて、彼も歓迎の様子。
俺とミユが案内された席は個別や少人数ごとにではなくて、大人数を一度に教える際に先生が座る位置だった。
「あはは、この席だと俺とミユちゃんが彦星様と織姫様っぽい?」
「それだと怠け者達めって言われて年に一度しか会えませんね」とミユに冷めた顔でつれない言葉を告げられたけどこれは俺がバカだ。
「……。ダイリ様とヒナ様で!」
「三代目皇帝陛下と后妃様だなんて畏れ多いです」
「へぇ、雛祭りって三代目夫婦なの?」
「そうですよ」
「えーっと、新郎新婦!」
「気が早過ぎです」とミユはやはり冷めた返事と表情を返してきた。
「イオ兄ちゃんに皆で特別料理を用意しました!」
ニムラが二段のお重を置いてくれたのでワクワクしながら一番上の蓋を開いたら、くだらない事に草で作ったバッタが並んでいた。
俺が作り方を教えた結果だけど、なぜこうなる⁈
「誰だこれ! 全員か! 俺は草食じゃねぇ! あはは。どれも上手く出来てるな。おりゃあ! 食らえバッタ爆弾!」
男の子は全員共犯な気がするので順番に草バッタを投げておく。
二段目は何かと思ったら色々ないなり寿司と漬物が入っていた。
「おお。俺の大好物。昼に続いて今日はええ日だ」
「イオ兄ちゃん、お昼もおいなりさんを食べたの?」
「おうよ! ミユちゃんも一緒に作ってくれた弁当は大好物のいなり寿司だった。食べ物の中で一番好きだったけど今日からさらにそうかも。いよっしゃぁ! 今日はいなり寿司祭りだ!」
「被っても嬉しいなら良かった」
「ミユさんに聞いておけば良かった」
「でも煮物や海苔巻きもあるよ。皆で作った」
三段目はインゲが言った通りでこれはミユと俺の二人分だそうだ。
過去何年も七夕祭りの日は酒盛りだったけどこういうのもありだな、と和む。
親達が紫蘇水や梅甘水と甘酒が配ってくれて俺は梅甘水を選択。
こういうことがあるなら子ども達にも親にも差し入れを買っておくんだったと思って過ごしていたら、夕食後に玩具花火大会になって、老先生がこれは俺からの差し入れで火消しさんからだから火の用心、火傷に注意と子ども達に説明したけど身に覚えはない。
「差し入れってミユちゃん?」
「インゲ君達と話していたらこのお誕生日会の事になって、差し入れはラオさんとサエさんからです」
「そっか。後でお礼を言っておく。よっしゃあ! お前ら俺と花咲花火で勝負だ! 牡丹花火を振り回した奴は俺に振り回されて説教だからな!」
ミユはまだ火が怖いかもしれないから遠ざけて、彼女の周りには保護者の奥さんや赤ちゃん達を集めておいた。
夕食と同じく夢中で子ども達と遊んでいたら時間はあっという間に過ぎて、最後は笹舟灯流し。
「イオさん、こちらへどうぞ」
「ん? 何?」
提灯を持ったミユに誘われてトト川の上流へ向かった。
その際に保護者達に「おめでとうございます」と改めて言われたり「今日はありがとうございました」と次々にお礼を告げられて違和感。
「帰りたくない、まだ遊ぶと騒ぐだろうからこのまま逃亡です。親御さん達にそうお願いされています」
「へぇ。そうなんだ。いやぁ、面白かった。俺、寺子屋の先生には興味があるからたまに組の子ども達が通う寺子屋や自分が通っていた寺子屋に遊びに行くんだけど教わる側ばっかり。勉強した事を結構忘れてて」
「そうなのですね」
どこまで行くのかと思ったらそんなに離れたところには行かなかった。




