番外「七夕3」
読み直したら、誤字その他が気になりここまで改稿しました。この続きもそのうち直します。
混乱してミユの家を飛び出して、ネビーの家に押しかけたけど、稽古後に準夜勤らしくて不在。
雨なら大工は休みだとガントの家に押しかけたけど、夫婦で友人宅へ出掛けたらしくて不在。
ナックの家に行ったら夫婦共にいたので、会話をなるべく全て話したら、二人に呆れ顔を浮かべられた。
「お前はいつからそんなに頭がイカれたんだ? 察しのええ男なのに、なんでそんな事になってる」
「い、いつ、いつ惚れられたんだ? いや、お見合いの日に言われた。少し好きだから半分恋人って。でもそういうところは無かったし、むしろ好感度は右肩下がりだった」
「昨日、俺はミユさんを家に送る係になったけど、お前の家に寄るっていうからそうした。面と向かって大嫌いって言えた女がそうやって家に行ったり、その気もないのに結納や祝言を決める訳がないだろう。このバカ」
「イオ君、お昼食べていく?」
「帰すからええ。親父達が居なくてせっかく二人きりだから帰れ帰れ。俺も来年子育てするんだ」
「ちょっと、そういうことを言わないでよ。慎みを持ちなさいよ慎みを!」
「おらおら帰れ、もう一回ミユさんを口説きに行って、相手の気持ちを信じるためにキスでもしてこい」
ナックに家から追い出された。
「相愛でもないのにキスなんてしたら強姦魔として兵官に突き出される! 突き出されなくても、嫌われることはしない」
「そりゃあそうだから、勝手にしないで本人に聞いてからにしろ。半分恋人なら半分相愛だ。この間のあの雰囲気で強姦魔って突き出されることはないだろうけど確認してから手を出せよ。とにかく本人に聞け。ミユさんの本心を俺らが知るか!」
あばよ、と傘を渡されて扉を閉められたので仕方がないからヤァドのところと思ったけど、彼は子育て奮闘中。
ナックの言う通り、ミユ本人に尋ねないと真相は闇の中なので再び彼女の家へ向かって、到着したら鐘を鳴らして扉越しに声を掛けた。
返事がないまま扉が開き、目の前にはとても不機嫌そうなミユが立っている。
「ぐるぐる回って考えに考えたんだけど、俺は少しは惚れられてるって浮かれてもええ? 自惚れとか勘違いじゃない?」
ミユは下を向いたまま、目玉が落ちそうなくらい目を見開いた。
「……あそこまで言うたのにそう思ったんですか?」
「うん。あそこまで言うた、だから浮かれてええ?」
「……はい」
「そっか。それなら今から浮かれてくる。明日か明後日、お父さんに挨拶をして、七夕の夜に付き添い付きで散歩をしたいってお願いするね」
「いえ、あの。もう頼んであるので大丈夫です」
「いや、しっかり頼まないと。それじゃあ、また明日」
「浮かれてくるってどこで何をするんですか?」
帰ろうと思ったら着物の袖を掴まれた。
「考えてない。落ち着かないから組の鍛錬場で誰かと組手? あと誰か引っ捕まえて飲む」
「読書の続きは興味ないですか?」
「あるけど……」
まだ帰らないで、だとすこぶるかわゆいけどいかんせん表情が悪い。
期待してガッカリするのはやたら心が疲れるので、期待しないことにする。
「それなら読むとええです。あとお腹が減りませんか? 握り飯やお茶漬けならすぐ作れます」
「うん。それならいただく」
瞬間、ミユはパッと顔色を明るくして笑顔になったので足が滑りそうになった。
期待してもガッカリしなとか、期待していない時に何かあることも稀にあるから、ミユは心臓に悪い。
「ご飯は沢山あるんです。握り飯を差し入れする方もいると聞いて、昨日ちびホタテを佃煮にしたからどうかなって。でもどういう握り飯が好みなのか知らないので、聞いてからにしようかなと思ったり。そうしたら今日は休みとか雨で……」
俺は軽く耳を引っ張ってみたけど、この方法で幻聴なのか判明するなんて聞いたことがないと気がついた。
つまり、意味のない事をしてしまった。
ミユに中へどうぞと袖を引かれたのでついて行きながら、急に機嫌が良くなった彼女に若干茫然。
ただ、ジワジワ実感してきた。
好感度は右肩下がりではなくてむしろ少し上がっていたかもしれない。
「支度してきますね」
「いや、お昼の前に座ってくれる?」
「ええ。何でしょうか」
向かい合って着席したら、この美しい瞳をした女性が俺にようやく惚れてくれたのかとやたら照れた。
前回、自分の家の中庭で少し好きと言われた後もしばらく落ち着かな過ぎて大変だった。
「その。このくらい惚れられて、出掛けたり日々のことでただ下がって、またこのくらいってこと? 好感度が増して欲しいけど、せめて減らしたくないからこう、何が理由か教えてくれる?」
俺は畳から指一本分くらいの高さを示して畳に近づけて、また同じくらいの高さに戻した。
「最初がこの畳の下で、こうやって増えていった結果が一回目のお見合い席で、減ったことはなくて、今多分このくらいです」
ミユは畳に手をつけてからゆっくり持ち上げて正座している足の高さよりも少し上で手を止めた。
減ったことはなくてという台詞に耳を疑う。
「私から見たイオさんはこの辺りです。自惚れかもしれませんけど」
そう告げるとミユは腕をうんと上へ伸ばした。
「ちょっと待った。思ったよりもミユちゃんの好感度が高い」
「今朝、来訪してくれて嬉しかったけど、予想していなかったのでこのイマイチな格好です。途中で変えるのは変かなとか、恥ずかしくてそのままです……。でももう少しきちんとしたかったなと」
「少し無防備な感じでそそられるから眼福でええけど、ちょっと無理になってきた。うわぁ。俺に気持ちがあるなら手を出したい。帰る。次から密室に二人きりはダメだ。帰る!」
瞬間、ミユはしょぼくれ顔になった。
それから「そういうものなのですか」と寂しげに告げて、立ち上がり、俺を見送ると困り笑いを浮かべた。
「俺が帰ると寂しい?」
「いえ、寂しくあり……ます。はい」
彼女は両手を胸の前で重ねて目をギュッと閉じた。なんなんだ、このかわゆい生き物は。
素直に「イオさん格好ええ」みたいな女は結構いたけど「はいはい、どうも!」って別に惹かれなかったのに、気持ちがある相手が素直に好意を示してくると、とんでもない破壊力。
「帰らない。ここにいる。離れて座れば大丈夫。俺に近寄らないように。握り飯はあるならたくあんと塩昆布がええ。ちびホタテの佃煮は茶漬けをお願いしたい」
「全部あるので作ってきますね」
目を開けたミユににっこり笑いかけられて、口から心臓が出るかと思った。
読書を再開して昼食を運んでくれたら離れた席で一緒に食べてまた読書。
ミユは縫い物をしていたけど途中から読書になり、途中から夕飯の支度を始めて居間からいなくなり、鐘が何度も鳴って暗くなってきたので帰る事にした。
「お風呂屋の送迎にまた来る」
「本の続きを読みたいのですね。ええですよ」
「いや、ミユちゃんに会いたいから来るだけ。あの本の続きは気になるけど」
「大雨だったら家で行水なのでお風呂屋に行きません。大雨の時はまた濡れたら風邪を引くから家にいて下さいね。もうすぐお祭りですから」
「うん。あのさ、晴れていたら来て欲しい?」
「いえ」と即答されてガッカリ。
「そっか」
「あの、晴れてなくても……です。でも風邪は嫌なので……」
ガッカリしたから帰ろうと思って彼女に背を向けたところでこう言われたので、転びかけて壁に体をぶつけた。
名残惜し過ぎるけど自制心がガタガタなので帰宅したら、家に到着してすぐくらいに雨は酷くなり雷もバリバリ、バリバリ鳴り始めた。
案の定、雷で燃えた木や家があり、川の氾濫防止対策もあって緊急出動。
予感はしていたけど、浮かれたのと仕事でやたら濡れたので、翌々日に風邪をひいて熱が出て寝込んで、組の七夕祭りは過ぎた。
珍しく熱が引かなくて七夕の前の日の夜に復活。 もう大体の人が起きているだろうという時間に、ヤァドとナックに「熱が下がったから祭りに出る」と告げて次はミユの家へ。
玄関先に出てきてくれたミユに同じく熱が下がったから祭りに出ると伝えた。
「病み上がりなのに大丈夫なのですか?」
「体が軽いし咳もないから平気平気」
「うつるからと言われて、お見舞いも出来ずにすみません」
「うつったら最悪だからそれが正解。お父さんはもう起きてる? 起きていたら今夜の散歩について申し込みたい」
ええのに、と言われたけど礼儀なので家にお邪魔して頭を下げたら「付き添い付きはやめる事にしたので門限は十九時です」と告げられた。
「えっ?」
「風呂屋へ寄るなら二十時です」
「あの、夜ですよ!」
「今もそうですけど、昼でも夜でもどこでも二人になろうと思えばなれるし、娘が嫌なら二人になれません。そこらの男は信用していませんけど貴方ですから」
「何かあっても祝言が早くなるだけですものね」
「も、物事には順番があるので何も起こりません! 結納前になにかなんてふしだらです。イオさんも何もしません」
結納後ならええの? と突っ込みたくなったけど流石にこの場でそう言って「そうです」なんて言うわけがないのでやめた。
帰って出勤して、午前中は竹笹飾りを持って所属組の担当地域を練り歩きなので、昨年と同じように参加。
視界の端に小洒落た格好のかわゆいミユを発見して小躍り開始の前に、ヤアドに背中を叩かれた。
「イオ、お前のミユちゃんがいるぞ」
「会った頃と違ってかわゆい格好だな。行ってこい、行ってこい」
ナックに背中を押されたので「おう」と告げてミユ達に近寄った。
藍色に白百合という柄の着物で相変わらず地味だけど、洒落っ気がないという意味ではなくて清楚可憐で良く似合っている。
花柄の帯に朱色の帯紐、そこに向日葵の簪が飾られていて、髪にも俺が贈った物が使われていて、多分今日の髪型が流行りの一本結び。
手前にインゲ達がいて、ミユ達の左右には彼らの親らしき人達がいるので、そちらから順番に手を振り、最後にミユにしたら破壊的にかわゆい笑みを向けられた。
左右にいるチエとスズも美人なのでとても良い気分。
「イオさん凄え! こんなに重そうな物を担げるんだ!」
軽い小さめな物を担いでいるけど子どもにはそう見えるらしい。
昔、自分が幼い頃もそう思っていた。
「こら。担げるんですねでしょう? すみません」
「いえいえ。あはは。インゲ君のお母さんですよね? 似ているからすぐに分かりました。美人に似て得したな!」
インゲの頭を撫でてそのまま全員の髪をぐしゃぐしゃにする。
「イオさん、俺さ、俺さ、頑張って区立中等校に入ろうと思ってる。寺子屋で仲良くなった絵がすげぇ上手いこのクルスはそうなんだって。区立中等校に入るって」
「俺とどっちの絵が上手いか悩むけど、種類が違うからどっちも同じくらい上手いってことになった。クルス君の家は小物屋で大きくなったら傘や扇子に絵を描いて売るんだって!」
「なっ? 火消しの友達がいるって本当だっただろう?」
「うん。嘘だとは思ってなかったけど、インゲ君とニムラ君が誘ってくれて良かった。誰も誘ってくれなかったから」
前にインゲが通う寺子屋に行った時にこんな子はいたか? と心の中で首を傾げる。
少し暗そうな子で、誰も誘ってくれなかったと口にした彼は、嬉しそうな笑顔を浮かべているので、寺子屋で仲間外れか引っ込み思案なのかもしれない。
「君がクルス君? 初めまして。ハ組のイオとは俺のことだ!」
最近、滑ったけど気にしない。
この間と同じように役者の真似をしてみたら、クルス達は目を輝かせてくれた。
「あく、握手! 握手して下さい! 火消しさんと握手してみたかったけど大きくて怖いし、いつも忙しそうだなって」
「それなら今日は今から火消しと握手しまくりだ。クルス君は知らないけど、インゲとニムラは不健康組だから三人とも行列に参加だ。今日は健康祈願のお祭りだからな。全員来い」
クルスと握手ではなくて手を繋いで、子ども五人を連れてヤァド達のところへ戻った。
「不健康組を確保したから担ぐか歩かせろ!」
「僕達もとか俺達もって他の子達も寄ってくるぞ。楽しいから大歓迎だ! ハ組のヤァドがええ奴はいるか?」
イオさんがええ、と始まってじゃんけん大会になって大満足。
ヤァドは「来年はヤァドさんって言うているだろう。ハ組のヤァドを覚えとけ!」と大笑いしながら、ナックと共にジャンケンに参加。
「あはは。なんでお前らも参加してるんだよ」
「勝ったから俺を担げイオ!」
「よっしゃぁ、こい、ヤァド! ナック、インゲは運動制限があるから気をつけてくれ。インゲ、お前が大好きなミユちゃんを助けたのはヤァドとナックもだから、まずはナックに懐いとけ」
「だ、だ、大好きじゃないから!」
「うるせぇ、見ていたら分かるんだよ。いっつも俺のミユちゃんの隣を陣取りやがって! 同い年だったら負けてたから助かった。あはは」
「うるさい! 違うから!」
「イオの敵か! 健康祈願だけじゃなくて良縁祈願をしてやろう」
ナックがインゲを片腕で抱き上げた。
「あの、これ、赤ん坊の抱っこじゃないですか?」
「クルス君、そりゃあ安全第一だからだ。安全第一、安全第一! さあ、さあ、さあ! 元気よ来い来い、寄って来い!」
「健康第一、健康第一、お前に、あんたに、ハ組が祈願!」
「あれっ? そういやネビーは? あいつ、この祭りの時は火消しとして参加だよな? 兵官として警備がてら」
俺の疑問にナックが「出張だってさ」と答えた。
「へぇ。七夕祭りの日に出張って残念な奴だな」
「海辺街の七夕祭りの警備の増援に呼ばれたらしい。ルルちゃん達を案内するとか、臨時収入で遊ばせられるってニッコニコだったぞ」
「っという訳で、今夜のお前の飲み会は無しだ。あいつがいない時にやると怒るから」
「寝込んでて言うてなかった。ミユちゃんと少し夜散歩出来るから飲み会は要らない」
「おっ、良かったな! そりゃあ飲み会は後日だ!」
背中を結構強めに叩いてきたヤァドを肩車して竹飾りを二つ持たせるのはちょっと重いけど、その状態で火消し音頭を披露。
途中でインゲ達を親に返して進み、案の定他の子達も自分達は? みたいな顔をしているから参加させる。
ミユ達は途中までついてきてくれて、子ども達に手を振っていたけど、気がついたらいなくなっていた。
残念、と思いつつ会いに来てくれたのが嬉しかったからそれで良し、と他の子達と似たような事を繰り返して組へ戻って休憩。
どこ辺りが自分達の家族がいるところと分かっているから移動すると、例年通り、自分達の班の系列職員とその家族が集まっていた。
衝撃的なことに、母の隣に前掛けをしているミユがちょこんと座っている。
「ミユちゃん、手伝いに来てくれたの⁈」
「ミユさんは裏方見学。その前にこのお昼も一緒に作ってくれたわよ」
「あの、お疲れ様です」
風呂敷に包まれている四角い物を差し出されたので弁当だ! と感激して受け取ると、ヤァドに肩を組まれた。
「どうでした? この甘い顔だし、一見ヒョロそうだけど、火消し一族だからあの通り力持ち。少しは格好良かったですか?」
いえ、と返ってきそうなので、余計なことを言うなとヤァドの腹に肘を食らわせる。
「そうそう。午後の試合でト班が今年出るのは綱登りなんで、それも見て下さい。なんか二組のコンってアホに目の敵にされてて。こいつは多分ビリだけど逃げない肝っ玉は伝わると思います」
「うるせぇ、ナック。ヤァドもやめろ。俺の足を引っ張るな!」
「あの。いつもみたいに子ども達に優しいなぁと思いました。今日は町内会で少し祝われるので、これで失礼します。サエさん、色々とありがとうございました」
お辞儀をしたミユは背中を向けて駆け足で去っていった。まるで逃亡というように。
「イオ、ミユさん家は今日、町内会で簡単な結納前祝いをしてもらうそうよ。試合は見にくるって」
「……。えっ⁈ なあ、ナック、ヤァド、俺は子どもに優しいか?」
「火消しはわりかしそうだけど、お前は特にそうで、それがお前の数少ない長所だから、そこを評価してくれる女で良かったな」
「好きだけど照れて近寄れないのって感じでかわゆいな。やっぱり本命女はああいう純な女がええ。良かったな」
飯だ飯だ、と言われて皆で食事を開始。
ミユを紹介したかったなと思ったり、隣が自分の母であるババアではなくてミユで「お茶をどうぞ」と言われたかったけど、贅沢過ぎる望みなので、そういう不満は頭から追い出した。
「元々手伝ってくれるって言うてたけど、あんたが熱を出したから断ったの。でも今朝、慌てて来てくれて、イオさんが休まないなら色々手伝いたいですって、お母さんと一緒に来てくれたのよ」
「知らなかった。うおっ、いなり寿司! しかもなんか綺麗。美味そう」
いなり寿司は俺の大好物なので、これは毎年恒例なのだが驚いてしまった。
包まないで上に具を乗せるいなり寿司は見たことがあるけど、家で作られたことはない。
それで煮物の人参が、お祝いの外食で出てくるような花の形だ。
「向こうのお母さんに聞いたけど、お祭り用にあれこれ考えていたみたいよ」
「おおー! なんか今年の弁当は見た目からして美味そうだ! いつも味は美味いけど、豪快だからな」
母の隣で父が大笑い。
俺のミユの弁当だから寄越せと言いたいけど、父には敵わない。
「あんたが、男がちまちま食えるか! って言うからそうなったんでしょう。今年はミユさんとお母さんが手伝ってくれて、しかも張り切ってくれたからこうなりました」
「母ちゃん、つまりこれってお嬢さん弁当⁈」
タオの鼻の下が伸びているから殴りたくなったけど席が遠い。
「あんた、姉に怒られるわよ」
「ええ、その通りです。いつも希望通りにしているのにこの若い女好き!」
義姉がすかさずタオの肩を叩いて自分の夫、俺の兄貴の頬もつねった。もっとやれ。
「いや、若い若くないの前に元女学生のお嬢さ……痛い」
タオが叩かれたのに、なぜ兄もバカな事を言おうとした。
「黙りなさい。ずっと会ってなくて話しか知らなかったけど、パッと見は大人しそうなのにハッキリしてて好きよ。この間の花喧嘩は笑っちゃった」
「花喧嘩? えっ? ミユちゃんは花喧嘩をしたの?」
「売られた喧嘩は買うものですか? って私のところに来たから、何なら得意なのか聞いて勉強ですって言うたけど、勉強は種目にないでしょう? それで握り飯と包帯作りにしたのよ」
「そうそう、家に押しかけて来て喧嘩を売られたんですって。私も祝言話が出た時に喧嘩を売られたから懐かしかった」
「熱い熱いって握る敵と、手拭いを重ねて使ってどんどん作るミユさんで愉快だった。かわゆい子達が作った握り飯で大満足。予備の包帯も増えて感謝だ」
今日の父はとても上機嫌だ。
「特技は特に何もって言うてるけど、ミユさんって器用ね。肝っ玉だけど照れ屋だから隠れるように帰っちゃったわ」
「せっかく一緒にお茶でもって思ったのに逃げちゃって残念。今日もそう」
「お前は組手でぼこぼこにして怖かった。俺は一生この女の尻に敷かれるんだと慄いた。ミユちゃんもゴリラ姉は怖い……冗談。ほら絶世の美女ゴリラだから」
ゴリラを抜けバカ兄貴と思いつつ、昔々からの照れ隠しなので無視。
俺は惚れている女にきちんと素直になれない兄をずっと見てきたから反面教師にしている。
ゴリラ親父の子なだけなのに、華奢めの美人を捕まえて「ゴリラ女〜」が許されるのは半元服までなのに、兄はその頃から変わっていない。
「あっそ。それなら逃げたら良かったんじゃない?」
「だってかわゆいから逃げられないだろう」
いちゃつき始めたからどっか他所でやれ。
目が合ったタオも死んだ目なので、二人で頷いたら、義姉の顔色が悪くなって口元を抑えた。
「どうしたの?」
「なんか急に気持ち悪い……」
「腐ってはなさそうだけど何かに当たった?」
「そうじゃなくて、ほら、でしょう? また違うかもって言うてたけど……」
「……初孫か! 初孫疑惑か! 家に連れ帰って寝かせろ! 違くてもお前の家宝だから休ませろ! 俺に孫だー!」
休ませろと言ったのに、親父が義姉を抱いて走り出して、兄と義姉の家族が追いかけていった。
中々出来ないから不妊かも、授かりものだから仕方ない、そう言っていた兄と義姉に贈り物がきた疑惑。
「何なら食べられるかしら。お弁当が腐らないように日陰に運んだら、ちょっと色々少しずつ買いに行ってくる」
「任せた。あんだけ人がいるから俺らは要らないよな?」
「叔父になるかもしれないから試合でしっかりしてきなさい! 特にイオ。あんたはいい加減手抜きをやめなさい。まあ、かわゆいミユさんの前で不甲斐ない姿は見せなそう」
耳打ちされてギクリとする。
現場で手抜きはしないし、仕事の鍛錬も粛々とこなすけど、試合で頑張りたくないから手を抜いているのは見習いの頃から。
誰にもバレていないようなのに、母親には見抜かれているようだ。




