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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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16/43

こひ

 私を優しい女性と評してくれて、仕事終わりにわざわざお見舞いに来てくれた人に帰れとは言いたくないけど言いそうになる。

 インゲとニムラを優先しようかと悩みつつ、こんなに短時間しか話していないのでそれは失礼かと、私はトオラを優先することにした。

 彼は夕食の時間になったら帰るだろうから、その夕食時にインゲとニムラと話すことにする。


「今、お見舞いの方が来てくれているから後でもええですか?」


「そっか。お兄さん、こんにちは」


「こんにちは、お兄さん」


 愛想良くしっかり挨拶をした子ども達と異なり、トオラは機嫌の悪そうな顔で「こんにちは」とぶっきらぼうに告げた。


「ねぇ、姉ちゃんはご飯を食べるのは大変?」


「握り飯にしてもらえているからそんなにです。香物などは匙ですくっています。利き手じゃないからゆっくりだけどなんとか」


「それなら俺が手伝うよ。休憩室で皆で食べない? さっき先生に聞いたらそうやって休憩室で会議してもええって。他の奴はしんどいから休んでる。ニムラは絵が上手かったんだ! もっと早く話しかけていたら良かった」


「それは楽しみです。それなら一緒に夕食をとりましょうね」


「僕、絵描き隊長に任命された。寺子屋で外で遊ばない変な奴って言われていたけど、格好ええんだって」


 じゃあな、とじゃあねと手を振られたので手を振り返す。

 二人が出て行くとトオラは胸を撫で下ろしたように見えた。


「子どもは苦手ですか?」


「自分もかつて子どもだったのに、寺子屋で働いていた時に上手く付き合えなかったので苦手意識があります」


 それは苦手意識が心に植えつけられても仕方ない。


「そういうこともありますよね」


「ええ。親戚の子はまだ平気なんですけど。あとこう、皮膚の色にギョッとしてしまって。あのように勝手に歩きまわれるのならうつらないと思いつつ」


 ニムラは最初、私も似たようなことを思ったのでこの気持ちはよく分かる。

 入院した時はあちこち真っ赤で痛くて大変だったけど、薬浴やお薬にこまめな包帯交代などで良くなってきて、来週には退院だと、彼の少し歳の離れた兄が言っていた。

 子どもはかなり安くなるといっても平家に病院費用は高いので、両親は入院費を稼ぐ為にかなり働いているという。

 薬師所通いだとグッと安くなるけど不安だし、薬師にも払えるなら病院を勧められたそうだ。

 イオは「たまにいるけど治ってきている色だな。頑張ったな」とニムラの頭を撫でていたから、彼には知識があるんだなと思ったことを覚えている。


「あの子達とこの間、トランプという異国の札遊びを一緒にしたんです。それから親しくしてくれています」


「そのように子どもに優しくしているのですね」


 笑いかけられたのでこれなら私も自然と笑みを返せる。


「いえ、私もその優しくされた側です。火消しさんが慰問だと」


「あー、ああ。もしかして先程の方々ですか?」


「ええ」


「トランプなんて初めて聞きました」


「私もです。ご友人から借りたそうで、彼も初めて見たと言っていました」


「彼ですか。彼ら、ではなくて」


「ええ。その日はお一人でした」


「子どもを使って口説くとは上手いというかなんというかですね……。自分は逆で変なところを見せてしまいました」


 しかめっ面で髪を掻かれて途方に暮れる。

 あれは口説きとは違うとか、そうだとしても暗かった子ども達を笑顔にして元気づけることは良いことなどと、トオラの前でイオを褒めるわけにもいかないし、かと言って「そんなことないです」と言いたくない。


「日頃から老若男女と接しているから慣れているようですし、病人や怪我人を運んだりしているから病気の知識がある。単にそういう違いでしょう」


「……でも」


 でも何。

 そう思って待ってみたけど続きはなさそう。


「小屯所勤務の事務官さんはきっと兵官さん関係を知っていそうなので、そういう分野では気が回ったり、私達には分からないことをサラッと対処出来そうです」


「いやぁ、はい。そうなはずです。そうです。自分には自分の得意分野があります。結構、出世するだろうって期待されているんですよ」


 彼はパッと顔色を明るくして得意げに笑った。

 さっきからそうだけど、これだとお見舞いに来たトオラの接待役みたい。


「ミユちゃん!」


 とんでもなく予想外の人物が部屋にひょこっと登場したので、私は思わず背筋をピンっと伸ばして、天然記念物髪型にしている髪の毛に触れた。

 昼前に花を届けにきて子どもに託して帰ったのに、足を怪我しているかもしれないのに、イオが来た!


「やっぱり無理であい……う……えお。あいうえお。おお。こんにちは誰かさん。貴方もお見舞いですか? 俺もです。皆さん、今日も元気ですかー?」


 このタイミングでイオまで来訪するなんて。

 あい、はもしかして会いたかった?

 彼は私に手を振って、トオラに会釈をした後に部屋の奥の方へ移動。


「艶々肌ですこぶる元気そうだけど、見た目だけですか? 今日の調子はどうですか?」という声が聞こえてきた。


「接近禁止という単語を聞いた気がします。追い払いますか? 法的なことは、そこらの人間よりも得意です」


「親を通すようになっていて、それを守っていた方なので事情を確認してからにします。後、私だけではなくて皆さんのお見舞いのようですので水を差したくありません。いつも皆さん、楽しそうですもの」


「……そうですか」


 とても嫌そうな顔をされてあぐらの右側は少し貧乏揺すり開始。

 私はもうトオラには帰ってもらってイオと話をしたい。


「話の続きなんですが」と口を開いたトオラは自分のこれまでの生活、主に自慢を始めた。

 寺子屋で賢いと発見されてうんたらかんたら。


「ミユさん」


「はい」


 うんざりしてきたと思っていた時に、お向かいのノノに声を掛けられた。


「いつものように一緒にお願い出来ない? ほら、いつもの。また困ってて」


「ええ」


 いつものようにって何? と思ったけど、ノノは優しい笑顔なので松葉杖を使って立ち上がって、トオラに「すみません」と会釈をして彼女の方へ向かった。


「ノノさん、大丈夫ですか?」


「お役人さん。すみませんが時間が掛かるので」


「そうですか。彼女も患者ですから介助師を呼んできます」


「そういうことではないんです」


「それなら後でもええですか? この通りわざわざ来ているんで」


 トオラはさらに不機嫌顔になった。

 祖母くらいの入院している女性が困っているというのに労いの言葉がないし、自分を優先しろなんて優しくない。

 ここまででも優しくない感じは伝わってきている。

 これにはもうカチンときたので、私は彼に帰って欲しいと伝えようと決意した。


「察して欲しかったんですが、彼女の両親に頼まれていて、帰って欲しいという意味です。頑張り屋、我慢屋さんだから体調をみて欲しいと頼まれています」


 そうなの?


「えっ」


「せっかく来てくれたと我慢しているようですが、ミユさんの顔色が悪くなっています。怪我の痛みが増しているんでしょう。緊張のせいでしょうね。体、辛いわよね?」


「……ありがとうございます。疲れる仕事後にせっかく来てくれたのでと思いましたが少し痛むので横になりたいです」


「そうですか。それなら帰ります。失礼しました。軽い火傷なのに入院といい、変ですね。まぁ、痛みなどの体質は人それぞれです」


 今の捨て台詞のような言葉は必要とは思えないし、なぜか嫌そうな顔でそう告げられた。

 トオラは綺麗なお辞儀をすると帰っていったけど、私やノノにお大事にとかないの?

 ノノに手招きされたので近寄って、彼女のそばに座ろうとしたら「長話はしないので、立ったり座ったりするのは大変だから立っていてええですよ」と気遣われた。


「ありがとうございました」


「分かっていると思いますけど、用事なんてないですよ」


「はい。両親に頼まれているなんて知りませんでした」


「私がここに居る時は、ですけど。イオさんのことも軽く見張っていますよ。あの方だと必要無さそうですけど」


「ノノさんもこんにちはー」


 ひょっこり、というように現れたイオに動揺。


「おおー。随分と黄色みが減ってきましたね。つまり退院は近いですか?」


「ええ、その通りです。いつもありがとう。その笑顔は元気が出ます」


 どうも、と口にしたイオは私を見て眉毛をハの字にした。


「顔色が悪い気がするんだけど痛み止めが切れた? 照れて(かわや)に行きたいって言えなかった? それとも俺? 辛いんじゃなくて俺が嫌ならええんだけど。邪魔するのは悪いけど、顔色が気になってソワソワしていたんだ」


 ノノに対してもそうだったけど、彼は真っ先に心配してくれるんだな。


「全部違います」


「そう? 冷や汗っぽい肌だから自分でほっぺたを触ってみて。触ってええなら確認するけど」


「そういう理由ならどうぞ。知識や経験がある方ですからお願いします」


「その通りで病院へ行くべきか、薬師所で良いのか判断して欲しいみたいな相談もされる。それなら少し触るよ」


 頼んだものの、かなり恥ずかしくて顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。

 伸びてきたイオの手は全てではなくて指三本の先の方だけで、彼は私の頬にそうっと触れた。

 全身に血が駆け巡ったみたいになって、軽く目眩がしたのは体調不良なのか、指が触れたからなのか分からない。


「うん。やっぱり冷や汗。お医者さんを呼んでくるから横になってて。何もなかったらなかったでええから。こういう怪しい時にすぐ大丈夫か判断してもらえるように、わざわざ入院しているんだから、診てもらおう」


「ありがとうございます」


 トオラは私を気にかけたからお見舞いしたいという話だったのに、私の体が元気かどうかは気にならないし、入院なんて大袈裟で痛みも私の我慢が足りないみたいに吐き捨てていった。


 一方、イオは最初からずっとこの調子でとても優しい。

 彼の足元を確認したら左足に包帯を巻いていて今日は草鞋(わらじ)だ。

 右足には色褪せた穴も空いている黒い足袋を履いていて、左足は汚れている包帯である。


「あっ。来る前にきちんとお父さんに話しをして、お見舞いは許されたから!」


 それより前に足と思ったらイオは少しひょこひょこしながら、左足を少し庇うようにしながら部屋から出て行った。


「優しい女に甘えたい男と、優しい女が無理をしないようにする男なら私は後者に一票です」


「先程までいた私のお見舞い客は、優しい女性に甘えたい男性でした?」


「ミユさんは後者をイオさんだと思ったようだから、それでええと思います」


「……ええ。そうします」


 トオラは女性に甘やかされたい男性だったのか。 確かに自分を優先して欲しい、おだてて褒めて欲しいような感じはあった。


「お節介だけど、お見舞いにきたのに、逆にあれこれ気遣われる人は私としてはお断り。どのくらい偉いお役人さんなのか知らないけど、お金があっても苦労すると思います」


「私は彼がノノさんを心配しなかったので、これはもう帰ってもらおうと思いました」


「ミユさんは自分のことだと我慢するのね。子ども達が来た時もトオラさんの反応に対してかなり嫌そうな顔をしていましたよ」


「そうでした? それは無自覚でした」


 私は私に何かよりも、周りの優しい人に不親切な人への嫌悪感の方が強いってこと。

 また新しい自分を発見。


「気分屋は悪いことではないけど、あの感じの気分屋はあまり。縁談って二択ではないからまた別の人とイオさんを比べてみたらどうですか?」


「そのようにありがたい助言をありがとうございます」


「話相手になってくれるし、お互い患者なのにいつも気にかけてくれるし、ミユさんのおかげで色男がお見舞いにきて優しくされるからお礼です。ほらほら、横になった方が良いですよ」


「はい」


 布団に戻って横になって腕の痛みが増していることを自覚して、少し不安になってきた。

 早く発見されて処置してもらえるから大丈夫、と自分に言い聞かせる。


(汗ばみは緊張だと思っていた。少し寒いのももしかして何かある?)


 そんなに時間がかからないうちに医者と介助師が来て、最初に確認されたのは腕の様子。

 介助師には体温計というものを脇に挟むように指示されて、手でも軽く押さえた。

 体温計を初めて見たと言ったら、入院当初も使ったもので、この病院に一つしかないという。


「昼前に見た時とそこまで変化がないし、むしろ少し良いから火傷が原因では無さそうです。せっかくだからこのまま傷の手当てをします」

「ありがとうございます」


 まだ衝立が移動されていないのでイオが壁にもたれかかっているのが見えて、心配してくれるような表情。

 目が合ったらニコリと微笑んで「まだ辛いだろうけど火傷、随分良くなったね。先生や介助師さんや薬師さんに感謝だ」と声を掛けてくれた。

 もちろんその人達にも感謝しているけど、助けてくれたのも、この環境を与えてくれたのも彼だ。


「喉も少し腫れていますし風邪だろうけど他に気になる症状はないですか?」


「頭が痛いなぁ、と思っていました」


「今は咳はないけど出てくるかもしれないですし、風邪だと他の方にうつると良くないから、これが終わったら部屋を移動してもらいます」


「はい」


 衝立で囲われたのでイオの姿が見えなくなってしまった。


「そうでした。ミユさん、作ってもらいましたよ。西風の魔除け水を使った傷洗水」


 先生に西風の魔除けとは何ですかと尋ねられて、介助師は私が教えた通りに説明。


「へぇ。旅医者さんと知り合いと知り合いなのですか。勉強したいけど、どのように連絡を取っているんでしょう。それに珍しい実ってなんでしょうか。医学は無関係でも、なぜそれで魔除けになるのかとても気になります」


「無頓着でした。彼女にまた会えたら尋ねてみます」


「風邪の熱のはずだけど、心配だからしっかり処置するんで自分が行います。嫌な部分は遠慮せずに言って下さい。このように見張りもいますから」


「ふふっ。先生をそのような目で見ません」


「それがたまにいるんですよ。難癖つけようとする女性が。なので私達女性介助師がついて、先生を守っています」


 それは衝撃的な話。

 少し話すのが辛くなってきた頃に処置が終わって、体温計を確認されたら三十九度と言われたけど、それが意味することがわからない。


「これはかなり高熱です。寒気も出ているから高そうと思ったけどこれは辛いですよ」


「ええ、だんだんそうなってきました」


「節々が痛かったりしますか?」


「はい」


「今、流行っている高熱咳なし風邪でしょう。これはうつりやすいからやはり隔離します」


「はい」


 衝立が移動されたら父が来てくれていて、イオと何やら話していた。

 父がお医者から説明されている間、イオは立ち位置はほぼ変えずに私に笑いかけてくれた。

 もう夕方で、部屋は橙色に染まっているのに、白くきらきら、きらりと光って見える。

 

「門前払いは避けられたから元気になったら俺とお見合いしよう。あいつの何もかもと比べるのは当然として、百人と比べるとええよ。俺は負けないように頑張る」


 親に何を提案してくれたのか知らないけど、もう門前払いは避けたんだ。

 私が親にもう少しと言っていたと思うけど、彼が自らというのはとても嬉しい。


「……いえ」


「……うえっ。泣くほど嫌いだった? それとも泣くほど辛い? ちょっ、ごめん。弱めだけど笑い声が聞こえていたから、少し元気なら、今の言葉くらい伝えてもええかなって思って」


 私は小さく首を横に振った。

 少し元気に見えるとは、彼のところまでは医者の小声は届かなかったみたい。


「私、自分の人生で何を大切にしたいか少し分かりました」


「おお。成せばなるから俺は励むぜ。やっぱり夫婦円満とか信頼信用? 帰る家が居心地良くないと辛いから俺も家を、家族を大事にしたい」


「私は北極星のようになりたいです」


 これはイオは知らない話。

 ロメルとジュリーの冊子に、西の国では北極星は二つ並びの星の両方のことを言うそうで、恋人や夫婦の星、真心の星らしい。

 二つ並んで動かないから夫婦は分かるけど、なぜ真心なのかは分からない。


「北極星? えっ。俺の一番星としてずっと人生の目印や帰る場所になってくれるってこと? いや、俺じゃなくてもそうなりたいってことか」


 どういう家から飛び込んだのか分からないけど、リルは卿家のお嫁さんになって幸せそうだった。

 あの心の底からみたいな柔らかな表情は、お洒落出来るからとか、玉の輿だからではない。

 そういう優越感みたいなものは微塵も感じなかった。

 親が許して兄が太鼓判を押したからなら、その兄が世話を焼くイオもリルの旦那さんの仲間の気配。


 私が思う欠点は直してもらうとして、知らないところだらけなのも置いておいて、とりあえず彼になら傷だらけにされても構わない。

 傷つけないように気をつけてくれるし、何かで勝手に傷ついても手当てしてくれそう。

 彼はそういうとても真心のある人だ。


「分からない世界なので、そちら風になります。頭でっかちや何もしないよりも、挑戦や経験が大事そうです」


 誰にでもはしないけど、イオならきっと大丈夫。


「そちら風?」


「火消し達風です」


「えっ。どういう意味? 大丈夫そうって勘違いしたけど、辛そうだから話は今度にしよう」


「いえ。今がええです。あなたのこひの人になります」


「……」


 恥ずかしいので皆に背中を向ける。


「おいミユ、今なんて言った。いきなりどうした」


 父には説明しづらいから母と姉に言おう。


「練習相手になってくれるそうなので、そうします」


「今日、例の方と上手く話せなかったから、会話の練習をしてもらうってことか? いや、こひって言ったよな? ミユ、こちらを向きなさい」


 私はなぜ、人がいる中でこんなことを、手紙ではなくて直接口にしたのだろう。

 まだまだイオに言いたいことがあるのにこの体調だと無理そう。

 話したいけど、ちょっと、めまいというか、ぼやぼやしてきた。


「……」


 父は何も言わないし、イオからの返事もない。


「痛い」


「えっ?」


 イオのその台詞に慌てて、なんとか体を少し起こして彼を見たら、両手で胸を押さえて少し体を丸めていた。


「痛い、痛い! 先生、痛い! ちょっ、息が! 心臓病ってことですか⁈ なが、長生きしたいんですけど!」


「いえ、問題ないです」


「いや、ありますよ! なんかめちゃくちゃ変ですから! 仮初だけど人生で初めて恋人が出来たっぽいので、真の恋人になってくれるまで長生きしたいです! むしろ祝言まで生きて、さらに生きて、ジジイとババアになりたいです! 先生助けて!」


 思った反応と全然違う。

 私は静かに暮らしたいし、最初に贈ってくれた文みたいな感じが良いのに、現実はこのように無情。


「命には関係ないです」


「先生、胸ですよ、胸! 手遅れってことですか⁈」


「はいはい、イオさん。皆さんの安息の邪魔なのでこちらへどうぞ。それは先生の治療範囲ではありません」


 介助師がイオを手招きした。


「心臓病は治せないからですか⁈」


「イオさん! ここは病院です。嬉しいのは分かりましたから冗談はやめて下さい」


「……ミユちゃんに怒られた。かわゆい。冗談では無いんだけど。えっ。両想いの感激ってこんななの? 衝撃的過ぎる。とんでもないんですけど」


 どさくさに紛れてかわゆいはやめて欲しいし、しかも怒られてかわゆいってなんなの。

 あと両想い……は少し合っているからそこは言い返せない。


「先生、痛いし息も苦しいしなんか前よりも目がチカチカしています。彼女に出会ってから、彼女とその周りだけやたら眩しいんですけどさらに。それは普通ですか?」


「そこまでとは稀な重度ですが、原因は恋慕のようなので普通のことです」


「へぇ。これが普通。あとさっき、驚いてよろめいたら痛めている足をさらに捻ってそれも痛いです。結構、ぐきってなりました。夜勤があるんで診て欲しいです」


「それは怪我なので診ます。ミユさんの移動は介助師さんに任せるので行きましょう。歩けますか?」


「移動? 彼女は大丈夫ですか?」


「風邪を併発した疑惑なので隔離します。君の処置をしたら薬師さんに相談に行くので、心配なら早くついてきて下さい。歩けますか?」


「はい。それなら元気にさっさとケンケンします」


 お医者さんと部屋を出てイオの姿が見えなくなった時に「万〜病〜退散、無病息災! 龍神様の加護がくる! こいこいこーい! 院内全員大健康〜! さぁ、さぁ、こいこい、大健康〜! ついでに祝言もこいこいこーい!」という浮かれているような歌が聞こえてきた。

 彼には落ち着くという歩み寄りをしてもらおうと思いながら、私の意識は遠ざかっていった。

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