12.私がいなかったはずの、あなたの隣
私が京太郎くんと出会ったのは、高校一年生の時だった。
同じクラスになった双葉ちゃんと仲良くなり、その幼馴染である京太郎くんとも双葉ちゃんの紹介で仲良くなったのだ。
正確には紹介というより、気付いたら双葉ちゃんの横に当たり前のように京太郎くんがいたから、自然と話す形になったんだけど。
「よろしくね、晴日さん」
「う、うん、よろしく……」
京太郎くんに対する私の印象は、まず「普通の男の子」だったと思う。
顔立ちは特筆するほど整っているわけでもなく、身長は低くも高くもない。細くもなければ、太っているわけでもない。そんな特徴のない人だと思っていた。
だけど人柄は決して悪くないと、最初から思っていた。
双葉ちゃんと長年一緒にいるせいか京太郎くんは女性慣れしていて、今まで男友達なんて碌にいなかった私でも、すぐに打ち解けることが出来た。
それに出会ったばかりの頃から、京太郎くんが双葉ちゃんを大事に思っているのは、その優しい眼差しからすぐに分かった。
「おはよう、京太郎くん」
「おはよう、ハレさん」
いつからか私は、自分から気軽に京太郎くんに話しかけるようになった。
京太郎くんへの呼び方も下の名前になって、この頃には「双葉ちゃんの幼馴染」ではなく「私の友達」として京太郎くんを見られるようになっていたと思う。
一方で京太郎くんは、何故か私のことを「ハレさん」と呼ぶようになった。
本人が言うには双葉ちゃん以外の女子を名前で呼んだことがないから、抵抗があってそういう呼び方になったようだ。
名字由来なのはともかく「さん」付けなのは他人行儀じゃないかと思ったんだけど、京太郎くん曰く私には「さん」付けが似合うと思ったらしい。
その感覚はよく分からないけど、「似合う」と言われて悪い気はしなかった。
ある時、京太郎くんを見ていて気付いたことがある。
京太郎くんは会話の端々で、よく人の名前を口にしている。
挨拶する時も声をかける時も、ちゃんと相手の名前を呼んでいるようだった。
何気ない会話の中で京太郎くんに聞いたところ、それも双葉ちゃんが切っ掛けで身に付いた癖らしい。
自分が名前を呼ぶと双葉ちゃんが喜ぶし、双葉ちゃんから「キョータロー」って呼ばれると嬉しいから、自分もなるべくそうしていると言われた。
私はそれが何故だかとても羨ましくて、とても綺麗に見えて。
だから自分も、そうしてみようと思った。
「今日は天気いいよね」
「そうだねー。今日も晴れの日♪」
ある晴れた日、京太郎くんが何気なく言った天気の話題に、私は魔が差して少しふざけた返しをしてみた。
いつも京太郎くんの傍にいる、双葉ちゃんの笑顔を思い浮かべながら。少しでも可愛く見えるようにと、首を傾げたりしながら。
やってから凄く恥ずかしいことに気付いたけど、いつも落ち着いている京太郎くんの驚いた顔が見られて、私はとても満足していた。
そんな京太郎くんの反応をもう一度見てみたいと思ったけど、自分からアレをまたやるのは恥ずかしい。だから京太郎くんが天気の話題を振ってくれるのを、ずっと待っていた。
だけど時々しか京太郎くんは天気の話題を振ってくれないので、私の方からもそれとなく話題を誘導してみたこともある。
何となく楽しくなってきて、京太郎くんも楽しんでくれているように見えて、私はすっかりこのやり取りが気に入ってしまった。
なのに急に京太郎くんが話題を振ってくれなくなったものだから、物足りなくなった私はつい「今日はやらないの?」なんて聞いてしまった。
その後は京太郎くんも遠慮なくしてくれるようになったけど、今思えば自分から求めてしまうなんて、はしたなかったかもしれない。
二人のお約束になった後は、京太郎くんが楽しんでくれるように、色々と趣向を凝らしてみたりもした。
晴れの日だけじゃなくて、曇りの日や雨の日のパターンを考えてみたり。
多分、一番反応が良かったのは、雪の日だったような気がする。去年は一回しか京太郎くんに見せられなかったから、今年はもっと雪が降るといいな。
ちなみにこのやり取りは教室でやっていたから、京太郎くん以外のクラスメイトにも当たり前のように見られている。
だから時々ふざけて私に天気の話題を振ってくる人がいて、少し困った。
とりあえず相手が男子の場合はスルーさせてもらったけど、女子が相手だとそうもいかない。あまり露骨に無視すると、変なことになりかねないから。
あとは悪気はないんだろうけど、双葉ちゃんがよくやってくるのも困る。
双葉ちゃんに先を越されると、京太郎くんが拗ねて私にしてくれなくなるから。
普段から京太郎くんと一緒なんだから、このくらいは私に譲ってほしい。
そんな風に、一年はあっという間に過ぎていった。
私と京太郎くんの関係も相変わらずで、ただの友達でクラスメイトのまま。
だけど私の中では、間違いなく京太郎くんは特別な男の子になっていた。
別にロマンチックな切っ掛けがあったわけじゃない。
ただ双葉ちゃんといつも一緒にいる彼を目で追い続けているうちに、いつの間にか気になって仕方がなくなっていた。
だけど京太郎くんにとっての特別は、いつだって双葉ちゃんだから。
きっと私には割り込む余地なんてないと、ずっと思っていた。
だけど――。
「え、彼氏? 双葉ちゃんに?」
「そう、昨日の放課後に呼び出されてたやつ」
GWが明けてすぐ、双葉ちゃんに彼氏が出来たのだ。
正直、最初に聞いた時は何かの間違いとしか思っていなかった。
双葉ちゃんはどう見ても京太郎くんのことが好きだと思っていたし、京太郎くんより双葉ちゃんを大切にしてくれる人がいるとは思えない。
仮にそんな人がいたとしても、今までずっと傍にいた京太郎くんを捨ててまで、その人を求める必要があるのだろうか。
――結論から言えば、双葉ちゃんは京太郎くんを捨ててなどいなかった。
彼氏と付き合い始めたはずなのに、双葉ちゃんはいつも通り京太郎くんと一緒にいた。
一緒に学校に来て、一緒にお昼を食べて、そして一緒に帰る。
まるで彼氏が出来たなんて嘘のように、それまでと変わらない様子だった。
ならどうして彼氏なんて作ったのか不思議だったけど、それよりも私には重要なことがあった。
「……彼女、作るの?」
「ん? まあ今すぐって話じゃないけど、そういうのもアリかなって」
京太郎くんの隣に――双葉ちゃんがずっといたその場所に、少しだけ隙間が出来ていたのだ。
「あそこ――空いてるでしょ?」
東山さんが言ったその言葉は、私の胸を酷く揺さぶった。
今まで望んでも手に入らないと思っていたものが、目の前に転がっている。
私はそれが欲しくて堪らなかったから、たとえ本当は彼女がそれを求めていたとしても、それでも構わないと思った。
「……ごめんね」
だから、私はそれに手を伸ばすと決めた。
「ハレさんはいつも可愛いけど、今日は格別だね」
「あ、ありがとう……」
京太郎くんと、初めてデートをした。
京太郎くんは私の服装をちゃんと褒めてくれたけど、そういえば前に「双葉は服装を褒めないと拗ねる」なんて言っていたのを思い出した。たとえ双葉ちゃんに鍛えられた成果だとしても、褒められたのは純粋に嬉しい。
「じゃあ、私のことは興味があるから、好きな絵も分かったのかな」
「そうだね。俺はハレさんに興味がある。だから分かったんだ」
デートの最中、京太郎くんが私に対する理解を示してくれたことで、双葉ちゃんだけでなく私にもチャンスはあるのだと思った。
この時、私と京太郎くんは確かに通じ合っていたと思う。
私だって京太郎くんの特別になれるのだと、ただ喜びを噛み締めていた。
それなのに。
「なんでいつも……私は、ずっと……!」
「……ほのか?」
京太郎くんと双葉ちゃんがキスしたことがあると聞いて、私は頭が真っ白になってしまった。
私は勇気を出して一歩踏み出したつもりだったのに、そんなものに意味なんてないと言うように、京太郎くんとの深い繋がりを見せ付ける双葉ちゃんが羨ましくて……妬ましくて。
あなたには、他に大事な人が出来たはずなのに。
どうしてその場所を私に譲ってくれないの?
そんな話を私の前でする、デリカシーのない京太郎くんが嫌だった。
悪気なく私の心を傷付けるのに、嫌いになれない双葉ちゃんが嫌だった。
そして二人のことをそんな風に思ってしまう自分が、一番嫌だった。
だから私は、その場から逃げ出した。
二人の顔を見ていられなかったから。
もう私なんて放っておいて、二人で仲良くしていればいいと思ったから。
本当は諦めきれていないなんて、自分でも分かっていたのに――。
――京太郎くんと初めてのキスをしながら、今までのことを思い返していた。
ファーストキスはもっとロマンチックなものだと思っていたのに、勢いに任せて唇をぶつけるような、とても不格好なものになってしまった。
それなのに手慣れた様子で私を受け止めた京太郎くんが、どうしようもなく腹立たしい。きっとこれも双葉ちゃんとキスをした成果なのだろう。
「私は、ファーストキスだから」
唇を離した後、つい嫌味のように言ってしまった。
だけど「ただの幼馴染」とキスをするような男の子には、このくらいの嫌味を言っても許されると思う。
それよりも私の発言を聞いて、京太郎くんがホッとしたのが凄く気になる。
もしかして私がファーストキスだったから、喜んでいるのだろうか?
自分はファーストキスじゃなかったくせに、私がどうなのかは気にするのかと、また少し腹立たしい気分になる。
少しくらい文句を言ってもいいのではないかと私が口を開く前に、京太郎くんは真剣な顔で言った。
「ハレさん。俺はハレさんが……ほのかが好きだよ」
ああ、もう……。
文句を言おうとしたのに、一瞬でどうでもよくなってしまった。
どうして京太郎くんは、このタイミングで私の下の名前を呼ぶんだろう。
まるで私の心が、全て見透かされているような気分だ。
双葉ちゃん以外の女子を名前で呼ぶのは、恥ずかしいんじゃなかったの?
それとも、私も双葉ちゃんと同じくらいに、特別なの?
「だから俺は、ほのかともっとキスがしたい。もっと特別なキスを」
そう言って京太郎くんは、私の肩を正面から掴んでくる。
そんな彼の頬に、私は両手をそっと添えた。
京太郎くんは嬉しそうな顔をしたけど、私が睨んでいることに気付いて、すぐに驚いた顔になる。
京太郎くんとキスをするのは、私も吝かじゃない。
本音を言えば、私だってもっとキスしたい。
だけどその前に、これだけは聞いておきたかった。
「双葉ちゃんとは、何回くらいキスしたの?」
まさかそこを聞かれるとは、思ってもみなかったのだろう。
京太郎くんは挙動不審な様子で目を逸らした後に、ポツリと答えた。
「……正直、覚えてないくらいには、した」
覚えていないとはなんだ。
馬鹿正直にそんなことを言う京太郎くんが、とても腹立たしい。
腹立たしくて、妬ましくて、だけど……。
「じゃあ、私にも、数え切れないくらいして」
そんな京太郎くんを嫌いになれない私は、もう彼に溺れているのだろう。
唇がふやけるのではないかと思うほどの時間が経った頃、京太郎くんがふと思い付いたように言った。
「そういえば、ずっとほのかって呼んだ方がいい?」
……本当に、この人は私の心を読めるのではないかと思った。
これから喧嘩なんてしても、私が手のひらで転がされてしまいそうだ。
「京太郎くん、やっぱり探偵になれるかも。私限定の」
本当は双葉ちゃんのことも分かると思うけど、それは今は言わないでおく。
「ハレさんでもいいよ。京太郎くんにそう呼ばれるの、好きだし」
「分かった。じゃあ、特別な時だけ、ほのかって呼ぼうか」
そうやって笑顔で言う京太郎くんに、また腹立たしさを覚える。
京太郎くんと一緒にいると、嬉しくて腹立たしいなんていう、わけの分からない感情を何度も抱いてしまう。
「……っと、そろそろ時間かな。戻らないと」
京太郎くんの言葉を聞いて壁の時計を見ると、確かにそろそろ教室に戻らないといけない時間だった。
だけど私は名残惜しくて、つい背を向けて教室を出追うとした京太郎くんを、引き留めてしまった。
「待って……」
京太郎くんは驚いた顔をしたけど、すぐに笑顔になって私に声をかける。
「じゃあ、これで最後ね」
ああ、もう本当に、この人はどうなっているのだろうか。
双葉ちゃんがあんななのも、京太郎くんの「これ」のせいじゃないだろうか。
そんなことをふと思ったけど、今は京太郎くんとのキスの方が大切だ。
京太郎くんと、再び正面から向き合う。
肩に手を載せた京太郎くんが顔を寄せてきたので、私も目を閉じて踵を上げた。
そろそろこのキスも、数え切れないくらいの回数になっただろうか。
私と京太郎くんの唇が、また触れ合う。
自分が京太郎くんの特別になれたのだと実感して、どうしようもないくらいに胸が熱くなってくる。
昼休み最後のキスは、少しだけしょっぱかった。
SHTはオリジナル版のままにしたかったのですが、
よりによってこの回だけサルベージ出来なかったという……。
なので今回は、記憶を頼りに再現する形となりました。
多少、意図的に手を加えた部分もありますが。




