第百六十話……母なるもの9
山崎は楽しげに笑みを浮かべ、悠然と引き金を引こうとしたまさにその時、冴木は痛みを押しのけ跳ね起きた。
突然の冴木の行動に山崎は意表をつかれ驚愕する。冴木は感覚が戻ったばかりの足で奮い立たせ、山崎に掴み掛かった……。
「……!?」
気がつくと、冴木は駆け寄るどころかまだ立ち上がってすらいなかった。
な、なに? 今、私確かに……。
「ふふ、いい顔ね。あなたはもう何できないのだとわかったかしら?」
「今、何が!?」
戸惑う冴木は茫然と先ほどと同じ場面を見ていた。山崎が銃を構えた。
「くっ!?」
えっ? 体が動かない!?
何かに押さえつけられたかのように、少しも身動きができない。
「さようなら、冴木さん」
撃たれる!? 顔!? 頭!?
「……!?」
冴木は恐怖のあまりギュッと目を閉じた。
銃口から弾が射出された。
しかし、銃弾は冴木に到達する前に蒼い炎に包まれ、一瞬の内に空中で四散蒸発した。
「なに?」
巨大な炎の出現に山崎は慌てて飛びのいた。
「えっ!?」
蒼い炎? 蓮見?
「くっ、何だよ、これ。とんだ暴れ馬だな」
驚愕する二人はほぼ同時に同じ方向に目を向けていた。
「風見君!?」
冴木は一瞬わが目を疑った。そこには立っていたのは蓮見ではなく、息を切らしながら右手に炎を携えた風見空の姿だった。
空は手にした炎を投げつけるかのように山崎に放つと、すかさず倒れた冴木に近づき、まだ動けない彼女の事を抱き起した。
「ちょ……」
山崎の銃撃により彼女の所々服は裂け、血で汚れていた。彼女は空の行為を拒もうと手を動かそうとしたが、まだ最後に受けた肩の傷のせいで腕が動かなかった。
あっ……?
当然異変が起きた。空に触れられた瞬間、冴木の傷が加速度的に回復し、すっかり傷が塞がってしまった。
しかも、冴木はその事に対する疲労感をほとんど感じなかった。まるで自分が『ヒーリング』でもされたかのように。
これは、どういう事?
「あぶなかった、みたいだな」
得意気に笑みを向ける空が何だか気に入らず、冴木は「ふん」と鼻を鳴らし「……来るのが遅いんじゃない?」と言った。
「さっさっと済ませて来る約束じゃなかったか?」
空に言われ、冴木はバツが悪そうに膨れると彼の事を押しやり、自力で立ち上がった。
立ち上がると改めて実感する。
傷が完治している。
大量に血液を失ったために軽く立ちくらみをしたが問題はない。
「……覚醒を?」
「そんなはずはない、能力は一人につき一つのはず……お前、何をした?」
冴木の問いかけを打ち消すかのように早口に空を問い詰める。その声には先ほどまでの余裕はない。
「それはこっちのセリフだ、これはどういうことだ?」
空は冴木の周囲に散った冴木の痕跡を見回し、それから山崎とその奥眠る少女の姿に目を止めた。
「風見君、あれは……」
「あれが生物兵器の? でも、お前の妹?」
不思議そうな顔をする空に冴木は目を丸くし、山崎の顔はますます険しくなった。
「まさか?」
心を読んだ?
ふと、山崎の脳裏にある言葉がよぎる。
槍。
飛来した光はそれぞれ各々が特徴を持ち、独立した固有の力を持っていた。しかし、一つだけ特異な現象を起こさせる光源が存在した。その光の傍に別の光を近づけると、近づけた光の力が弱まっていくのだ。
科学者達は力を奪うその光に、奇跡を断つ「槍」と名前をつけ隔離保管することにした。
光が各地に散った時、槍もまたどこかへと行方不明になった。
クリエが制作されたあとも「槍」の光を宿したであろう母胎もその力を得た子供も発見されなかった。そのため、そのまま光そのものが消失したことも考えられた。
しかし、もし、存在するとなれば、その力でこの計画のすべてを無に帰してしまうかもしれない。




