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二十五人目の空  作者: 紫生サラ
第七章 母なるもの
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第百五十六話……母なるもの5

 畑中と対峙しながら、冴木はゴクリと唾を飲み込んだ。口の中が乾いていたせいかうまく飲み込めず喉につっかえそうだった。


「さて、彼女達を行かせて、どうするつもりなのかしら?」


「……」


 クリエの破壊。それ以外には目的などない。

 ……彼女は誤解をしている……。

 深津はそう思いながら考え改めた。

 もはや自分の誤解などどうでもいい。やることは畑中に冴木を追わせないことだ。

 深津は緊張で異常回転している思考をまとめようと必死に自分の舵を握る。

 彼女がその気になれば、私を始末して、先へ進むことなど造作もないはず、今彼女が足を止めているのはその興味がまだ私に向いているからだ。


「……な、何が知りたいの?」


「クリエとは何? あなた達は何の研究をしていたの?」


「私達の研究は……すべての人間に能力者が持っているような能力を与え、人類の覚醒を促すこと……!」


 畑中は表情も変えず引き金を引いた。

 銃弾は深津の白い腿をかすめ、引き裂いたような赤いラインを描き出した。


「くっ!?」


「そんなことは誰でも知っているわ。教科書にだって載っているような事をこんな所で聞くつもりはない」


 深津の言ったことは異能力研究所が公にしていた大義名分だった。深津自身それを信じてやっていたのはウソではない。


「強引なのは好きじゃないけど、時間の無駄はもっと好きじゃないのよね……次はその綺麗な足に風穴が空くわよ」 


「……」


 畑中はやる。その事に躊躇がない。

 ジワリと汗が吹き出し、深津は恐怖で膝が震えた。次に来るであろう痛みの恐怖を思えば、かすめた銃弾の痛みなどどこかへ飛んでしまっている。


「深津、あなたは何かを知っている。何もないのに、あなただけあの場所から生き残れるなんて思えないのよねぇ」


「それは……」


 それは自分にもわからない。それはどうしてそうなったのか、どうして助かったのか。

 あの時……

 隊員達は抵抗むなしくクリエに圧倒され、その侵攻を止めることはできなかった。

 それを深津はまさに目の前で見ている。

 自分はなぜ助かったのか……?

 クリエは隊員達を優先して襲いかかっていた。

 クリエに対して敵意を向けたから?

 ……いや、違う。もしそうだとするならば、クリエが逃げた自分を追ってくることはなかったはずだ。

 なぜクリエは足を止めた?

 作戦時間終了のため? 

 それも違う。

 深津が見た戦闘データでは、深津がクリエに遭遇したのはクリエ投下からそれほど時間が経っていない、ごく初期の段階だった。

 時間はあった。充分に。しかし、巨人は足を止めた。それは何故?

 偶然? 本当に偶然発見されなかった? それとも他に……例えば、逃げた距離、逃げた方向、逃げた場所……。

 ……!?

 深津はハッと目を見張った。

 今まで走ってきた通路をうねるような細い光の帯のようなものが伸びてくる。

 深津の異変にいち早く気が付いた畑中は驚異的な反射神経で身をひるがえし、進行する光の帯を回避した。


「なんだ?」

 畑中が回避した光の帯の勢いは止まることなくまっすぐと深津の腹部を貫いた。

 !? 何これ!?

 光は深津を腹部から腰部にかけて貫通し、腰から抜けた光は放射状に粒子のように解けきていく。

 この光……これは……!?

 何も入れられていない器に大量の何かを注ぎ込まれたかのように、それは溢れだした。


「何っ!?」


「!?」


 深津の両腕に蒼い炎が纏う。いや、纏うなどという生易しいものではない。流れ込み溢れ出した何かのように、炎は深津の意志とは関係なく噴出した。

 手から肘、肘から肩へと昇り、瞬く間に全身へと広がって行く。


「きゃああああっ!?」


 深津の悲鳴が通路に響き渡る。しかし、その炎は熱くはない。目に見えておきた現象に恐怖から一種のパニックになった。

 僅かに残った彼女の冷静な部分が、これは蓮見の炎だということを理解した。

 蓮見と神楽から放たれた光は二人がもういなくなったことを伝えるのと同時に深津にその力を与えていた。


「一体、何が起きているの!?」


 戸惑う畑中に、深津は必死に炎をコントロールしようと努めた。炎は自分の体から出現しているにも関わらず、暴れ馬のように言うことを聞かない。

 これが、能力? これが力? こんなっ!?

 深津は悶えるように畑中へと掴みかかった。


「ぐあっ!?」


 畑中の悲鳴をあげ、深津に向かい銃を乱射した。しかし銃弾は深津に触れる前に彼女の炎の中に散っていってしまう。


「は、離せ、深津!」


 制御のきかない命を糧に燃えるその炎は二人を飲み込んだ。

 深津は意識を炎に飲まれながら、虚ろに口に呟いた。


「なんて……」


 何てものを研究していたの……こんなものコントロールできるはずない……。

 すべてを使い切るまで炎を放った深津はたった一人その場に倒れると、もう二度と立ち上がることはなかった。


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