第92話 片田舎のおっさん、迎え撃つ
「しぃっ!」
「――ッ!」
降りかかる凶刃。その数、実に五つ。
飛び降りてきた勢いそのままに振り被られたダガーの横っ腹を目いっぱい弾く。
普通の使い手なら、これで武器を手放して終い。しかし、降りかかってきた黒ずくめの人影は横からの力に逆らわず、そのまま空中で身を一回転させるとやや離れた場所へと着地した。
こいつら、強いな!
今の一瞬の攻防で分かる、相手の力量。伊達に暗殺なんて実行しようと思っていないってことか。何処の誰かは分からんが、かなりの使い手である。
「はっ!」
次々に降りかかってくる五つの刃を、それぞれの護衛が捌いていく。
アリューシアとヘンブリッツはそれぞれ、得物であるロングソードで俺と同じくダガーを弾き。ガトガは受け流し。ロゼは純白のカイトシールドでしっかりと受け止めていた。
よし。とりあえず王子王女に被害はなし、か。
「王子! 劇場の中へ!」
「……駄目だ! 安全が確保出来ない!」
だが、こちらも悠長にはしていられない。
ガトガが王子たちを劇場の中へ逃がそうとするが、こんなところでいきなり吹っ掛けてくる連中が相手だ、劇場の中に更なる刺客が潜んでいる可能性を捨て切れない。慌てて声を張り上げ、彼らの動きを止める。
「ここで迎え撃つ! 王子と王女を囲むんだ!」
「……ちっ! くそったれが!」
ガトガが吐き捨てるように呼応し、エストックを構える。
侍従の二人がどれほどの使い手か分からない。刺客たちより強いかもしれないし、この刺客たちの方が強いかもしれない。どっちか分からん。不確定要素を考えると、安易に頭数を削って逃がすのもよくない。
ここは確実に、目に入る範囲で脅威を一掃する。
護衛の皆で王子たちを囲む。彼らの表情は分かりやすく驚愕に濡れており、ただ逃げるだけでも上手く出来るかどうか不安の残る顔だった。これはやはり、この場で襲撃のケリをつけるしかなさそうだ。
「ふっ!」
一息つく間もなく、矢継ぎ早に繰り出されるダガーを弾く作業が続く。
ちくしょう、やっぱりこいつら強いな。飛び降りてきた時に得物を弾ければ一番良かったんだが、力の流し方というものをよく分かっている。
相手の剣捌きから見ても、剣士というよりは暗殺者のそれであった。
スレナやアリューシアとはまた違った素早さがある。稽古と違って容赦なく急所を狙ってくるから、一手間違えれば即座に致命傷だ。
そして、眼前を刃が通り過ぎて初めて分かる、怪しい煌めき。
「……ッ! 毒だ! 刃に毒が仕込んである!!」
「クソが! めんどくせえな!」
不自然に濡れている刃。まだ攻撃を貰ってもいないし、血というわけじゃないだろう。わざわざ襲撃を仕掛けてきてその刃が濡れている理由なぞ、限られてくる。
あぁもう、これは面倒臭いな。俺は鎧も着ていないし、一発カスりでもしたら危うい。王族を狙い撃つくらいだ、致死毒である可能性も十分に有り得る。
こういう手合いを相手に、一撃も食らわずに倒すってのは中々しんどいんだけどな。
まあ仕方ない、ここでやらねば王子と王女が死ぬ。護衛として付いた以上、ここは気張りどころだ。
「このっ!」
間隙を衝いて突きを放つが、それは寸でのところで躱される。
予想はしていたが、剣の扱い以上に身のこなしが軽いな。流石は暗殺者ということか。これを捕まえるのは苦労しそうだぞ。
出来れば捕えて色々と話を聞きたい。が、下手に加減しているとこっちの首が飛ぶ。そして、一発でも掠ればアウトの可能性も高い。
こちらが無傷かつ、相手を死なせずに勝つというのは、今この状況においては少し難易度が高い。木剣でもあれば話は違ったのだろうが、持っているのは切れ味抜群の真剣のみ。鞘に入れて殴ればいいかもしれんが、流石にわざわざ剣を仕舞う余裕まではない。
仕方ない。殺すつもりはないが、少し痛い目は見てもらおう。そもそもこんな場面で攻撃を仕掛けてくるくらいだ、無事に帰れるとは思っちゃいないはず。
「せいっ!」
「……ッ!」
突き出されたダガーを横に弾き、その勢いで一回転。
俺の到達点は確かにここだ。伸びしろはもうあまり残されていないと、感覚で理解している。
しかし、まだまだ学ぶべき剣の道は沢山ある。この回転斬りだって、その一つだ。
俺の全力。
防げるものなら、防いでみろ。
腕を回し切った先。
ズブリ、と。
肉を深く切り裂いた感触が、はっきりと伝わった。
「うっぎゃああああああああッ!!!」
襲撃が始まってからずっと沈黙を保っていた暗殺者が、斬られた痛みからか叫び声をあげる。
俺の剣を弾こうとした刺客の腕諸共、手首から先が綺麗に切断されていた。
抜群の切れ味を誇るゼノ・グレイブル製の剣を、遠心力も加えて思いっきりぶん回したのだ。並の得物では、防御すらままならないだろう一撃。
相手を無傷で捕えるなら絶対に使わない一手だが、この状況においてはそこまで贅沢に手段を選んでいる場合でもなかった。
何はともあれこっちは片付いた。他はどうなっている。
「はあああっ!」
怒声の方向へと視線を飛ばすと、そこには力いっぱいに剣を振り下ろすヘンブリッツの姿。鎧にはいくらかの傷が入っているが、生身の方にはぱっと見で怪我は見られない。
しかしやはり、生かして捕まえる余裕まではなかったのだろう。肩口から脇腹にかけて一文字を刻まれた暗殺者が、声もあげることなく血潮の中に沈んでいく。
「ふっ!」
続いてアリューシアが、神速の名に違わぬ突きを暗殺者の肩へと突き刺していた。
見れば、既に右太腿と左脇腹にも剣を刺した痕がある。流石はアリューシア、しっかりと急所を避けつつもきっちりと生け捕りしていた。あの流麗な剣捌きは、俺でも中々真似出来ない絶技と呼んで差し支えない技術だな。
「ぐっ、ぐううぅう……ッ!」
「おっと、逃がさないよ」
ちょっと目を離した隙に、腕をぶった切った暗殺者が手元を押さえながら逃走を図ろうとしていた。どうやら腕をぶっ飛ばした割には中々元気な様子。血は大量に出ているけれど。
踵を返そうとした刺客をむんずと掴みこむ。折角生きているんだ、止血くらいはしてやるが、ちゃんと話は聞かせてもらおうか。
「こちらも終わりました~」
暗殺者をひっ捕らえていると、横からやや間延びした特徴的な声。
声がした方に振り向けば、返り血を浴びて赤く染まったカイトシールドを片手に、ロゼがエストックを納剣しているところだった。
ロゼに襲い掛かっていた暗殺者は、脳天をエストックで突かれ既に絶命していた。
……ふむ。
ロゼの腕と装備なら襲撃者を無傷とは言わずとも、最低限捕えることは出来たはずだが。
彼女にも緊張や手元の狂い、というものはやっぱりあったのだろうか、なんて少し場違いな感想も過る。いやまあ、負けるよりは断然マシなんだけどね。
「すみません、捕える余裕がなくて~……」
「いや、相手も強かったし仕方ないよ」
俺が捕えた暗殺者の腕を縛りがてら止血している作業中、ロゼが申し訳なさそうに首を垂れる。
相手は決してレベルの低くない暗殺者だった。殺めてしまうのも無理のないことなのだろう。しっかり競り勝ったことを褒めるべきかもしれない。
「自分も、倒すのが精いっぱいでした……己の未熟を恥じるばかりで」
同じく、相手を一振りで絶命させてしまったヘンブリッツ。
うーん。これはもう、俺たちそれぞれが刺客に負けなかっただけでもよしとする他ないか。王子と王女が守れた時点で一応勝ちではあるのだ。
「サラキア王女、グレン王子。お怪我はありませんか」
「は、はい。大丈夫です。ありがとうございます……」
アリューシアが王子たちへと声を掛ける。彼女の手には、身体の複数個所を突かれた暗殺者が後ろ手に締め上げられていた。
王子たちは突然の襲撃に対応出来ていたとは言えないが、それはまあ致し方ない。王族というのは守られる立場なのだ。そして、彼らを凶刃から守るのが騎士の務めである。
しかしこうなっては、呑気に観劇とはいかなくなる。スケジュールの大幅な見直しが必要だ。未遂とはいえ王族の暗殺事件が起こった以上、このまま御遊覧自体を中止する、という線も十分有り得る。
どちらにせよ、この場で留まっているのはあまりよろしくない。
民衆の騒ぎもヤバいことになっているからね。刺客と対峙している時は集中していて気にならなかったが、警備の外縁からも悲鳴や怒声が物凄い勢いで響いていた。
「団長~……団長?」
ロゼがガトガへ話しかける。
そういえば、ガトガは無事暗殺者を撃退出来たのだろうか。今も立っているということは負けてはいないはずだが、相手をしていた黒ずくめの人影が見えない。
もしかして、取り逃がしたか?
対するガトガは、心ここにあらず、といった様子で立ち呆けていた。
おかしいな。俺はあまり彼のことを詳しく知らないが、それでもこういう場面で呆けるほど弱い人物ではないはずだが。
ロゼの問いかけも耳に入っていない様子で、彼はある一点をじっと見つめていた。その先は路地であり、恐らく暗殺者が逃げていった道だろう。
彼は追いかけるでもなく、かといって仕留めたわけでもなく。エストックを片手に、視線をずっと遠くに飛ばしていた。
「……ヒンニス……?」
ぼそりと、ガトガが呟いた言葉。
その名は、最近どこかで聞いた記憶のある名前だった。
筆者は神を喰らうゲームとか人間性を捧げるゲームとかが好きです




