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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第二章

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第69話 片田舎のおっさん、庁舎に戻る

 どれくらい歩いただろうか。

 結構な距離と時間を移動に費やした気がする。俺やフィッセルは慣れているからいいが、レビオス司教なんて結構息を切らしてるぞ。まあ、普段から運動しているようには思えない体型だけどさ。


「先生、お待ちしておりました」

「アリューシア? 居たのかい」


 そうして辿り着いたレベリオ騎士団庁舎。

 俺たちを出迎えてくれたのは夜間警備に入っている騎士ではなく、騎士団長のアリューシアであった。

 意外な顔に、少し声が上擦る。

 普通なら、とっくに自宅へ帰っている時間帯。だというのに、お待ちしておりましたなんて言葉を使うとは、俺の到着が待たれていたのかな。クルニとフィッセルを寄越すくらいだ、全て織り込み済みだったということか。


 そして同様に、ルーシーとイブロイの策もアリューシアに通じていたことになる。

 これ、結果的に上手くいったからいいものの、万が一俺がしくじっていたらどうするつもりだったんだろう。

 騎士団も魔法師団も参考人招致の前にドンパチやる気満々だったんじゃないのか。わざわざイブロイを通して俺に依頼を出した意味とは。


「まったく……肝が冷えるね、こういうことは」

「ふふ、先生なら問題ないと思っていましたので」


 その心情を少し吐露してみれば、返ってきたのはやっぱりアリューシアの無条件の信頼であった。

 やめろやめろ、こっちはただのおっさんだぞ。


「団長。こちらの者は」

「地下へ連行を。明日以降、然るべき対応を行います」

「はっ!」


 アリューシアの周りに居た騎士たちが、レビオス司教を連行していく。司教もここまで来て無駄な抵抗を行う気はないのか、見る限りは素直なものだ。


 ふー。とりあえずこれで俺への依頼は完了かな。

 いやしかし、あのシュプールという騎士は強敵だった。武器がこれでなけりゃヤバかったかもしれん。


「お疲れ様です先生。そしてフィッセルも」

「ああ、ありがとうアリューシア」

「いえ……これも仕事、です」


 アリューシアからの労いに言葉を返す。そしてやっぱりフィッセルはちょっと縮こまってしまっていた。愛いやつめ。


「それじゃ、私は帰る。またね先生」

「うん、気を付けて」


 騎士団庁舎に到着し、レビオス司教を無事引き渡したところでフィッセルが離脱。

 フィッセルも強くなったものだ。魔法を扱うようになったのは割と最近だと思うのだが、それでも上手く剣術と融合させているなと、去り際の後姿を眺めながら考える。


 あの剣魔法、使われたら相当厄介だ。フィッセルの剣捌きも相当な上、その剣先に合わせて様々な魔法が飛んでくるってのは、ちょっとどころでなく面倒くさい。

 その点では、ルーシーのような完全後衛型とはまた違った強みがある。

 多分、単純な魔法の出力で言えばルーシーの方が強いのだろうが、あらゆるシチュエーションでの実戦を考えたら、フィッセルがルーシーを食う場面もあるんじゃなかろうか。それくらい、柔軟性と対応力に優れる手札だと思う。


「先生も、今日は休まれますか?」

「いや、少し報告したいこともあるからちょっと時間貰えるかな」

「ええ、構いませんよ」


 アリューシアからの言葉を受けて、一旦思考を止める。今はフィッセルとルーシーの対戦予想をやっている場合ではない。

 夜も更けた時分、明日の報告でもいい気はしたが、まあついでに今日気になったことも伝えておこう。その情報をどうするか考える時間も必要だと思うしね。


「ところで、現場の確保は?」

「クルニからの報告を受けて、部隊を派遣しています。恐らくは問題ないでしょう」

「そりゃよかった」


 どうやらクルニは俺たちが到着するより前にちゃんと報告が出来たらしい。今ここに居ないってことは、彼女も現場に再度赴いたのかな。


「……大分、お疲れのようですが」

「うん、まあ……疲れたと言えば疲れたね。手練れも居たから」


 どうやら表情に少し出てしまっていたようだ。

 いや確かに疲れたと言えば疲れたんだけども。それくらい相手は強かった。

 あれ程の練達には中々お目にかかれないだろうなとも思う。バルデルの打ったロングソードが頑丈でよかった。俺が勝利を収めることが出来たのは、偏に武器の性能でゴリ押せたおかげである。


「先生を苦戦させる程の手練れ……ですか」

「よせよせ、大袈裟だよ」


 俺を苦戦させる程度の使い手くらい、この広い世界にはごまんと居るはずだ。わざわざそれを物差しの一つとして語られても困る。というか恥ずかしい。


「まあ確かに強かったけどね……レビオス司教とともに居た騎士風の男たちはプレートアーマーに身を包んで、エストックを使っていた」

「エストック……」


 レベリス王国ではやはり珍しい得物なのだろう。俺の報告を聞いたアリューシアは一言呟くと、しばらく思考の海に沈んだ。


「レベリス王国に存在する組織で、エストックを主に使うのは知る限り、教会騎士団だけです」

「やっぱりか……」


 これでほぼ確定だな。イブロイは時間さえあれば教会騎士団を呼ぶとも言っていたが、レビオス司教の一派が教会騎士団の内部にまで影響力を持っていたことになる。

 そうなるとやはり、レビオス司教を捕えて終わり、という話でもなさそうだ。これで勢いを失ってレビオス一派が自然崩壊でもしてくれれば助かるんだけど。


 うーん、まあいいか。

 お隣とは言え、他国のあれやこれやに首を突っ込む理由も義理もなし。俺には関係のない話である。イブロイさんには頑張って頂きましょう。


「現場には倒した騎士たちもいるだろうから、事情を聞けばおおよその裏は取れると思うよ」

「そうですね。まずは彼らの背景をしっかり洗うこととします」


 他国の騎士団が自国で悪さをしていたとなれば、これはもう国際問題待ったなしである。ただその分、事が事だけに調査は慎重に行わなければならない。

 言いがかりだけで吹っ掛けるわけにはいかないだろうからな。慎重かつ迅速に裏を取り、間違いないとなった段階で国としての声明を出す。そんなところだろう。


「それと……司教は奇跡を使用したよ。斬った相手は、操られた死体のようだった」

「それは……」


 俺の呟きに、アリューシアは少し困っている様子だった。

 ミュイへの説明はどうしようかな。むしろ下手に俺が語らない方がいいとまで思う。あれは俺だけの秘密として墓まで持っていった方が、彼女の精神衛生上いいだろうしなあ。


 うん、決めた。この事実は俺だけの秘密にしておこう。我ながら情けない結論かもしれないが、それでも俺個人の力ではどうしようもなかった以上、闇に葬るのが一番いいのである。


 何かの事実を告げることは、必ずしも最善の結果に繋がるわけではない。事情と時と場合と限度を加味したところ、これは喋らない方がいいと見た。


 ただでさえ不安定な状況であろうミュイに、これ以上余計な心理的負担を強いるわけにもいかない。黙っておくことはいい方には転ばないだろうが、悪い方にも転ばないだろう。

 後は、いずれ時間が解決してくれる。時間というのは人類皆平等に処方される薬だ。年を取ると一概にそうとも言えないが、ミュイほどの若者なら、やはり一番の解決は時間になるのである。


「ミュイのお姉さん、らしき人も、斬った」

「そう、ですか……」


 ただ、この問題は俺一人で抱えるには、ちょっと大きい。

 あまりにも情けない話ではあるが、事情を知っている人にも伝えておくべきものだと感じた。アリューシアはミュイのことも気にかけていたし。


「彼女には……全ては伝えない方がいいでしょうね」

「俺もそう思うよ」


 ただ、アリューシアが導き出した結論は俺と同じようなものだったらしい。


「……さて、それじゃ後処理は騎士団に任せるとして、俺はそろそろ宿に戻るよ」

「はい、お疲れ様でした先生。あとは我々にお任せください」


 ルーシーやイブロイへの報告は明日でも構わないだろう。そもそも俺はイブロイが普段どこに居るのかも知らないけど。まあそこはルーシーに伝えれば、あとは良いようにしてくれると思っている。


 アリューシアの心強い言葉も頂戴できたことだし、あとは騎士団の面々に任せることにしよう。特別指南役とかいう肩書は、こんな時に何の役にも立たんのである。


 ということで、細部はどうあれこの件はこれで一件落着。と、俺の立場からはそう申し上げるしかないわけで。

 今日のところはすっかり日が沈んだバルトレーンの街を、一人ぶらついて宿に帰るくらいしかもうやることが残っていない。


「くあぁ……」


 騎士団庁舎を離れて間もなく、意識せずとも欠伸が漏れる。

 今日は疲れた。早く戻ってベッドでひと眠りしたいところだ。

 年寄りに夜更かしは地味にキツいからね。

次回は諸々の都合上、8月24日の夜に更新予定です。

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― 新着の感想 ―
なんだこれは!これならベリルを担ぎ出さなくても騎士団長がちょっと変装または身分がわからない様にして行っても良かったしルーシーが馬鹿魔法でなんとかできたんじゃないの?必然性が無い!それから現場の保全と身…
シュプールってのが向こうの一番の戦力、ってなら苦戦も納得だけど。そうじゃないなら剣聖は言いすぎになるかもね
[良い点] 良い立ち合いでした。 [一言] 読んでいる時に、ベリルの声当てに迷いもしますが、複数人の中から言えば……津田健次郎さんかなーと思ったりしています。 渋い感じが良い、余り若か過ぎるのはね。 …
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