第50話 片田舎のおっさん、蹴散らす
「はぁ、くだらんのー」
やれやれと言った顔で感想を零すルーシー。
その表情には何というか、戦闘に勝った時のような高揚感もなければ、俺と手合わせした時のような満足感もなかった。
ただただ、がっかりだと言わんばかりの感情を乗せて、ルーシーは倒れた男へと冷たい視線を投げ捨てる。
いや、ちょっと待って。今何したのこいつ。
宵闇が右手を掲げ、それに合わせてルーシーが右手を翳したと思ったら、宵闇がひっくり返っている。
「い、今のは……?」
言葉が思わず口を突いて出ていた。
傍から見たら、宵闇がいきなりぶっ倒れたようにしか見えない。ルーシーが魔術師であるという前提がなければ、本当に突然自滅したようにしか見えなかったのだ。
「ん? ベリルは一回見とるじゃろ?」
「えぇ……? ……あー……」
言われて頭をひねってみれば、思い当たる節が一つ。
あれだ。彼女に初めて出会い、手合わせを吹っ掛けられた時。最後の最後、彼女はとっておきと言いながらその魔法を放った。偶然、俺は躱せたんだけど。
その魔法の名前は知らない。ただ分かるのは、彼女の「とっておき」が、躱すことはおろか防ぐことすら至難で、当たれば直接命にかかわる魔法であるということだけだ。
「安心せい、殺しはしとらん」
「あ、そう……」
どう見ても安心は出来ないのだが、まあ彼女の言葉を信じるしかないか。何にせよ、俺にはどうしようもないわけだし。
「ひのふのみー……五人か、面倒じゃの」
「……ひっ!」
ルーシーの眼差しが、倒れた宵闇からまだ無事な下っ端へと移った。
その小ささからは想像も出来ない暴力的な視線に、スリどもは思わず喉を鳴らす。気持ちは分からんでもない。俺だってあの魔法は絶対に食らいたくない。
「ベリル。後は任せる」
「えぇー……」
残った賊を視界に収めて、一言。彼女はそれだけ放つと、ミュイを手招きして近くの椅子を引き寄せた。二人分の椅子を用意すると、ちょこんとそこに腰掛けてしまう。
ミュイはミュイで「どうしよう」みたいな混乱はあるみたいだが、ルーシーの圧に屈したのか、居心地が悪そうに隣の椅子へと腰掛ける。
ミュイのめちゃくちゃ気まずそうな顔が印象的だ。そりゃそうか。
しかし任せると言われてもなあ。これどうすりゃいいんだ。
逃がせ、というわけではないだろう。かと言って、俺ひとりで全員を捕らえるのは物理的に不可能だ。気絶でもさせて転がしときゃいいのかな。
「くそ……ッくそおおおおおッ!!」
俺とルーシーの会話を黙って聞いていた賊の一人が、覚悟を決めたかのように咆哮をあげて俺へと襲い掛かる。
うーん、やっぱり戦闘がデキるタイプの連中じゃないんだろうな。アリューシアやヘンブリッツはおろか、一般の騎士にも劣るスピードだ。これくらいなら、ここに居る全員から同時に襲い掛かられたとしても何とかなりそうである。
「てい」
「おぐっ!?」
大きく振りかぶって繰り出してきた男の拳を難なくいなし、躱しざまに木剣を振り上げる。
がら空きとなった顎に対してほぼ垂直に入った。舌を噛んでなければ死にはしないだろうって感じ。普段レベリオ騎士団の皆とバチバチの模擬戦を繰り返しているから、実力も状況も落差が酷い。
この一撃で襲い掛かってきた男はダウン。
仮にいくらか鍛えられていたとしても、無防備な顎に強烈な打撃が入っては立つことすらままならんだろう。心の中で静かに合掌。気の毒にすら思えてくるが、まあ彼らに無償の同情を想う程、俺は聖人でもないんでな。
「くそが! 一斉にかかれ!!」
残った男が雄たけびを上げると、先鋒が倒れたことで若干尻込みしていた連中の闘志に火がついた。
まあ、悪い手段ではない。狭い室内では満足に動けないし、もみくちゃの乱戦にして金星を狙う、というのは悪くない考えだ。
ミュイは戦力外にしても、ルーシーが椅子に腰かけて観戦モードに入っているので、こちらは実質俺一人。数で押すってのは何にも勝る武器である。
ただし。
それはあくまで訓練を重ね、統率のとれたチームや、本能レベルで連携の取れる野生生物に限られる。戦闘に身を置いていないスリ程度を相手に後れを取るほど、流石に俺は弱くはないつもりだ。
「――ふっ!」
「ごはっ!?」
ほぼ同時に突っ込んできた男二人をいなす。
掴みかかってきた男からは半歩退いて身を躱し、やや遅れてきた男の顔面に柄の打撃を見舞う。
打撃をぶち当てた男はそのままひっくり返り、もう一人の後ろ首に返す刀で打ち下ろし。男はそのまま声を発することなく地面へと沈んだ。
「うおおおおッ!」
「ほいっと」
「ぐげっ!?」
短刀を振り上げてきた男の腕をかち上げ、がら空きとなった正面に突きを繰り出す。多少は加減したが、一直線に喉元に食らいついた木剣に男は悶絶。ご愁傷様。
「この野郎ッ!」
体当たりを敢行しようとした男には、真上から肘を落とす。
体術は、時にあらゆる武器に勝る。具体的にはスピードが最重視される場面だ。俺は何も剣の扱いのみを練習していたわけじゃないからな。無論、一番得意なのは剣だが。
「おご――……」
肘を後頭部に受けて地を舐めた男へ、念のための追撃を打つ。首元を強かに打ち付けた男は蛙が潰れたような声をあげ、そのまま動きを止めた。
「――ひっ、ひいいいっ!」
「おっと」
男どもがばったばったと倒れていく様に、残った女は恐怖が勝ったらしい。引けた腰のまま、後退りしていた。
うーん。女性に手をあげるのはあまり好みじゃないが、まあ相手は賊だし。申し訳ないけど眠っていてもらおう。
「ごめんよ」
「あっげ――」
二歩で距離を詰め、腹に一閃。
流石に顔は可哀想かなと思ったので腹にしておいたが、木剣の衝撃で彼女の身体が浮き、壁にぶつかってしまった。
いやごめん。ちょっと力加減を間違えたかもしれん。
「……ふう」
そうして、最後の賊を仕留めた結果。
先程まで騒がしかった一軒家は、奇妙な静寂が支配する場となった。
「……おっさん、強ぇんだな……」
「うん? まあ、この程度ならね」
それらの光景を眺めていたミュイから感想が零れる。
この程度で強い風に映るってことは、まあ予想通り彼女は戦いとか鍛錬とか、そういう世界には居なかったんだろう。
この年で窃盗のみならず、暴力や、はたまた殺しなんかを知っていたらどうしようかと思っていたところだ。いや別に、俺がミュイに対して何かしようってわけじゃないんだが。
「ふぁ……ご苦労さん。首魁含めて七人か。事情聴取には十分な数じゃな」
「事情聴取?」
欠伸を噛み殺しながら、ルーシーが零す。
聴取も何も、宵闇とこいつらを捕えて話は終わりじゃなかろうか。そう感じた俺は思わずといった体で聞き返していた。
「そやつの装飾品を見てみろ」
「……んー? うーん……何というか、派手だね……」
言われて、気絶している宵闇を見てみる。
しかし見てみろと言われても、俺には鑑定眼も審美眼もない。とりあえず派手だなあという感想がまろび出る程度であった。
「それ全部、魔装具じゃぞ」
「へぇ」
魔装具というとアレだ、フィッセルが好きなやつ。あと名前の通り、何か色々と魔法的な効果がある的なことをフィッセルは言っていたな。
俺も一度クルニやフィッセルと西区に遊びに行った時に、魔装具屋へお邪魔したことがある。
「スリってのは、随分と羽振りがいいんだねえ」
で、改めて出てきた感想がこれだ。
魔装具は、お高い。俺もさらっと見ただけでまったく詳しくはないのだが、目に入る限りの商品でも結構な金額を要求されていた。
宵闇が身に付けているアクセサリーの類がすべて魔装具だとすれば、その総数は中々の数になる。一つひとつの効果のほどは定かではないものの、これだけのアイテムを揃えるとなると、相当な金額が飛び出ているはずだ。
「十中八九、魔装具をこいつらに流しとる連中がおる。多分、それが本当の黒幕じゃろうな」
「なるほどね……」
たかだか、と言っては何だが、盗賊団にわざわざ高価な魔装具を複数横流しする連中かあ。ぞっとしないね。一体何を企んでいるのやら。まあ俺にはあまり関係のないことだが。
「さて、それじゃわしは騎士団の連中を呼んでくるとするかの」
「俺一人じゃ運べないからね」
椅子から立ち上がり、ルーシーがぐるりと視線を回しながら次の行動に移る。
ここはレベリオ騎士団に出張ってもらうのが一番安全かつ確実だろう。生憎、俺にその権限はないので、ルーシーからアリューシアへ話を持っていくことになるが。
というか、あまり深くは考えていなかったんだが、王国内における俺の立ち位置っていったいどうなっているんだろうか。
俺は叙任を受けていないから、騎士ってわけじゃあない。とは言え、特別指南役とかいう枠に収まっている今、完全な一般人というのも少し違うと思う。
罪人を捕縛したり、はたまた裁いたりする権利が果たして俺にあるのか。今回のパターンで言えば、魔法師団長であるルーシーが居る分大きな問題にはならないとは思うものの、もし俺しか居なかった場合、どう動くのが正解なのか、またはどこまで動いていいのか。
ここら辺、後でアリューシアにも聞いておこうかな。騎士団庁舎で剣を教えるだけなら無用の問題だったが、こういうことに今後巻き込まれない保証もないから、線引きはきっとしておいた方がいい。
「ベリル、留守番頼んだ」
「ああ、うん……まあ、そうなるよね……」
などと考えていたら、ルーシーがこの場を離れようとしていた。
今この場に居る面子を考えたら、俺がここで賊を見張り、ルーシーが報告に行くのが一番早い。というかそれ以外が無いレベルである。
「……」
「……んだよ」
「いや、別に……」
で。俺とミュイがこの場に残ることになったわけだ。
別段会話を膨らませる必要はないと思うが、それでもこの微妙な居心地の悪さはちょっときつい。盗賊どもの根城のど真ん中、目の前にはひっくり返っている男が六人と女が一人。何も悪いことはしていないはずなのだが、少し居た堪れない気持ちになる。
ミュイが宵闇に投げる視線は、複雑だ。
怒りもあるだろう。失望もあるだろう。しかし、曲がりなりにも彼女の面倒を見てきた、というのも一つの事実として存在する。
年若い子に、すぐに割り切りを付けろっていうのは中々難しい話だ。その辺りのフォローもしてあげた方がいいだろうな。こういうところ、今はビデン村に居るランドリドが得手としていたんだが、さてどうしたものか。
「とりあえず、縛るくらいしとこっか……」
「……分かった。確か縄があったはずだ」
転がっている男どもに暴れられても困るし、逃げられても困る。別に逃がしても俺個人は特に困らんのだが、戻ってきたルーシーに小言を言われそうなので、それは出来れば勘弁願いたいところだ。
俺の発言を受けて、ミュイが室内を漁り出す。彼女もここを根城にしていたはずだから、最低限の物品なんかは把握しているのだろう。
彼女が今、何を思っているのか。それは分からない。
ただ、こうやって関わってしまった以上、今までの人生よりは豊かで幸せなものにしてあげたい、と思うのは俺の我が儘だろうか。それとも、出過ぎた真似だろうか。それなりに長く生きているつもりだが、世の中は分からないことでいっぱいだ。
「あったぞ。……どうしたんだよ」
「ん……いや、何でもない。それじゃさっさと縛っちゃおうか」
縄を見つけて戻ってきたミュイの言葉で、僅かに仄暗い思考が途切れる。
いかんなあ、子供に心配される大人ってのは面目が立たない。
過ぎてしまった時計の針は止められやしないし、ましてや巻き戻しも出来ない。事実が進んだ以上は俺もミュイも、それを受け入れる他ないのだ。
「……よっと。ミュイ、そっち持ってくれる?」
「ちっ、分かったよ」
意識のない人間は、めちゃくちゃに重い。
ミュイと初めての共同作業は、何一つ嬉しくない賊どもの捕縛から始まった。
おじさん「雑魚は任せろー(バリバリ)」
祝50話。
というほど区切りがいいわけでもないですが、そこそこ続けてきたなあと。
読者の皆様は書籍の方、お手に取って頂けましたでしょうか。
各ランキングなどを見てもぼちぼち売れているようで、ありがたい限りです。
今後とも片田舎のおっさんをどうぞよろしくお願い申し上げます。




