第33話 片田舎のおっさん、剣を探す
「うーん、やっぱり落ち着かないな……」
新人冒険者たちの研修、そして特別討伐指定個体ゼノ・グレイブルとの戦闘を終えてから数日。
いつもの宿でいつものように朝食を終え、宿から出てきた先で、自然と腰元に指が伸びる。
さて、どうしたもんかなあ。
いや、騎士団での指南は引き続きやる予定だし、先日のあれで冒険者ギルドからの助力要請ってのも一旦は落ち着いたらしいので、これで本来の業務……業務? に戻れるってことではあるんだが。
ただ、ギルドマスターのニダスから露骨ではないものの、俺を何とか引き留めたいという意思は感じた。
そりゃ新人ってのは何もポルタたちのチームだけって訳ではないだろうし、スレナの言葉が事実なら、新人研修に人手を割きたいというのも分かる。
でもなー、こんなおっさん捕まえてダンジョンアタックの監督はなあ。
先日のゼノ・グレイブル戦だってかなり焦ったのだ。スレナが居なければ間違いなく失敗していた。早々特別討伐指定個体が出てくることはないにしても、ああいうのは出来れば御免こうむりたい。
おっさんとしてはそこら辺、もうちょっと穏便に生活したいのである。
そういう意味では騎士団の指南役ってのはあながち外れてもいなかった。
「……いかん、思考が逸れた」
冒険者ギルド絡みで色々と考えてしまう頭を軽く振って思考を追い出す。
今はとりあえず、ぽっきりと折れてしまった剣の代わりをなるべく早急に手に入れたいところだ。
木剣があれば訓練は出来るのだが、やっぱり剣士たるもの帯剣してなんぼ、みたいなところあるからなあ。俺自身が長年剣とともに生きてきたから、腰が空いているってのはどうにも落ち着かない。
「まあ鉄板なら……鍛冶屋かな」
以前アリューシアと一緒に向かった鍛冶屋にもいい剣はあったし、俺の得物はロングソード。片田舎の鍛冶屋でも売っている、オーソドックスと言える種類のものだ。
別に冒険者として各地を練り歩くわけじゃないから、そこまでの品質は求めていない。まあ折角だし前のやつより良い物を……みたいな考えは出てきちゃうけど、俺の懐だってめちゃくちゃ暖かいという程ではないからね。
剣に関して、当然折れてしまった事はスレナも知っているわけで、冒険者ギルドから用立ててくれる、みたいな話もあった。
だが、そこに関しては俺がお断りした形だ。
何と言うか、冒険者ギルドに借りを作りたくないというか、そんな感じ。別に悪感情を抱いているわけじゃないし、ニダスもメイゲンも悪い人じゃないと感じてはいる。
何となく、借りを作るという行為自体が憚られた。
彼らは悪人ではない。
しかしながら、騎士団と違い冒険者ギルドには明確なビジネススタンスが存在している。損得で物を見る目がある。そういう世界から目を付けられるってのは、ちょっと勘弁願いたいってのが正直なところだった。
「この時間から鍛冶屋って開いてるのかな」
バルトレーンの街並みを歩きながら零す。
以前はこのタイミングでルーシーに絡まれたんだが、今日はそんなハプニングもなく。早朝の人気が薄い首都の街並みを落ち着いて鑑賞しながら歩けていた。
「……あれ? 先生じゃないっすか!」
「ん? クルニ?」
しばらく歩いていると、前方から走ってくる小柄な女性の姿。
互いの顔が何となく判別出来る程度の距離まで近付くと、彼女――クルニはにぱっと表情を綻ばせ、声をかけてきた。
「どうしたんだい、こんな朝っぱらから」
「ランニングっす。騎士団は身体が資本っすから!」
そう言って笑うクルニは、朝早くにも関わらず結構な汗をかいている。
……もしかして、家のある東区からずっと走ってきたのだろうか。普通は乗合馬車とか使う距離のはずなんだけど。
「……東区から走ってきたの?」
「? そっすよ?」
「ははは……元気だねえ」
いやー俺にはとても真似出来ん。若いってすげえや。
「先生は朝からどうしたんすか?」
その碧眼をぱっちりと開き、クルニが問うてくる。
少女然とした空気は抜けないが、クルニはクルニで整った顔をしている。年の差を考えたら邪な気持ちなど持ちようがないものの、彼女の無防備さはちょっと心配になるな。何だか親になった気分だ。子供居ないけどさ。
「俺は早朝の散歩みたいなもんだよ。あと、鍛冶屋を覗いてみようかなと」
「鍛冶屋……っすか?」
「そう。ちょっとね」
言いながら、腰を叩く。
本来ならロングソードの鞘を差している箇所だ。
「……あっ、そういえば帯剣してないっすね?」
俺の所作を見て、クルニも見当が付いたらしい。
「折れちゃってさ。新しい剣を探さないと」
「なるほど! っす!」
ふんす、とこれまた分かりやすい気勢を挙げて同意してくれるクルニだが、そんな気合を入れる場面だっただろうか。
まあでも剣士にとって、剣を選ぶってのは確かに一大イベントではある。テンションが上がるのも分からなくはない。俺はもう慣れちゃったけど。
「やっぱり先生程の方の剣となると、オーダーメイドっすかね?」
「いやいや、そこまでは考えてないよ」
ランニングは丁度一区切りした、と見て良いのだろうか。
俺の隣に並びながら、のんびりと二人で歩きながら会話を交わす。
オーダーメイドってのは文字通り剣の材質、刀身の長さや重心のバランス、また柄の素材など、剣を作るにあたっての要素を一から注文して作るタイプのやつだ。
当然ながら、人間ってのは一人ひとりサイズが違う。手の大きさも腕の長さも腰の位置も、何もかもが違うのだ。
自然、その人その人にベストフィットする得物、というのは変わってくる。勿論好みの部分も大きいが、突き詰めていくと個人で特注の剣を持つ者ってのは剣士ならそう珍しくはない。
ただし、当たり前だが個人で一から発注するとなると、お値段もメチャクチャにお高くなる。打ち合わせも一度じゃ済まないし、鍛冶師と何度も入念に詳細を詰める必要も出てくる。膨大な手間暇と金がすっ飛ぶ、それがオーダーメイドだ。
「えー、もったいないっすよー」
「そうは言うがね。そこまでの金もないしなあ」
ビデン村の道場という、いわゆる実家暮らしから追い出された俺は日々宿の主人に金を払っている。
長期間にわたって泊まるということで多少割引は効かせてくれているらしいが、それでも無駄遣いが出来る程余裕があるわけでもない。
いや、剣の購入が無駄遣いかと問われれば決してそうではないのだが。
「まあ、とりあえずは店を色々回ってみるつもりだよ」
「そっすかー。お気に入りの剣が見つかるといいっすね! ……あっ」
「うん? どうかした?」
調子よく会話を続けていたクルニだが、思い返したように声を漏らす。
「いえ、私も剣を研ぎに出さなきゃいけないの、忘れてたっす……」
「ははは、クルニは相変わらずだね」
道場に居る頃から彼女は何かと忘れがちで、何かと慌てん坊だった。
こういう性根というか、根本の人柄は年を経ても変わっていないんだなあとほっこりするばかりだ。騎士としてはもう少ししゃんとした方がいいかもしれないが。
「あ、そうだ! 今日の稽古後に先生も一緒に来るといいっすよ!」
「ん? お勧めのところがあるのかい?」
騎士団お勧めの鍛冶屋としては以前アリューシアに紹介されたところがあるが、それ以外にもあるのだろうか。
「バルデルさんがやってるとこっす!」
「……バルデルって、あのバルデルかい?」
「そっすよー!」
ほほう。
これはまた懐かしい名前が飛び出したものだな。
お待たせ致しました。
これ以降、週に1、2本くらいのペースで投稿出来ればなと考えています。
かなりのんびりのペースになりそうですが、宜しければ今後ともお付き合いください_(`ω、」∠)_




