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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第九章

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第276話 片田舎のおっさん、解答を得る

「解せんの。何故じゃ?」

「一言で言うなら剣士の意地、かな。分からなくとも無理はないと思う。俺たちが魔術師のことを分からないのと同様にね」

「……」


 俺の提案を受けたルーシーは、当然ともいえる反応を示した。

 まあ当たり前だ。確実に勝ちを拾える手段を、こちらから一つ捨てようとしている。普通に考えれば理解不能な言動であることくらい、俺も十分に分かっている。

 ただね。なんでも理屈で物事を決められる器用な性格をしていたら、多分俺たちは剣士の道を歩んでいないんだよな。もしそうだったなら、もっと他に適した仕事があるだろう。


「はあ……お主は良いとして、リサンデラはどうする」

「多分同じじゃないかな。スレナ! こっちに!」

「はい!」


 ルーシーからの確約を待たず、スレナを呼び戻す。いや、ルーシーが渋る理由は俺も重々理解しているんだよ本当に。これはマジで単純な我が儘であり、理屈に沿った行動ではない。

 スレナはスレナで、何の疑問も持たず俺の言葉に従ってこちらへと飛び退く。まだ強化を解除することを伝えてもいないけれど。

 ちなみに。これは確信に近い予測だが、彼女も自発的に申し出るかは置いておくとしても、提案自体は呑むと思っている。だってスレナも一流の剣士だから。


「先生、何か問題でも」

「いや。俺たちの武器にかかっている強化を解いてもらおうと思って」

「――!」


 素早く駆けつけてきたスレナに、こちらも素早く情報を伝達。戦況は優位に運んでいるといえど、悠長に会話を続けるほど呑気に構えるわけにもいかない。

 ただ現状で言えば、俺とスレナが一時的に止まったとしても、アリューシアとジョシュア、ミスティが居る。イド・インヴィシウスも簡単には逃げられないだろう。両の前脚にダメージも与えていることだしね。多少の猶予はあると見ての判断だ。


「そうですね。このままではスッキリしませんから」

「ほらね?」

「……はーーーー……。本当にお主ら剣士という生き物は分からん……」


 俺からの提案を受けたスレナは、考える間もなくそれを承諾した。やっぱり思うところはあるんだよな。その次元で思考の共有が出来ていることは喜ばしい。


 この辺りは本当に剣士の悪癖と言っていい。性分というには些か表現が綺麗すぎる。

 ひたすら愚直に鍛え続けた剣の腕が、対峙した相手にまったく通用しない。そんなことがあってたまるかと、世界に喧嘩を売っているに等しいからね、これは。はっきり傲慢と言える。それくらいの分別は流石についているつもりだ。


 無論、将来的に剣士が不要になる可能性はある。それは争いがなくなるからかもしれないし、魔法その他の技術が格段に進歩して、近接戦で剣が不要になるからかもしれない。その未来絵図は分からない。

 けれど、今は今だ。現在であって未来じゃない。そして今現在において、剣は戦闘における主力の一角であり、代表でもある。そのはずのものが、俺からすると訳の分からんカラクリで完封されてたまるかという感覚になってしまうんだよな。

 まあマジで要らないプライドではある。犬にでも食わせるか捨ててしまえと言われても、なんら反論は出来ない。普通ならそれで正しいんだから。


 でも俺たちは普通じゃない。剣の道を進むと決めた、大傾奇者だ。世の理不尽に鉄の棒きれ一本で挑む異常者である。異常者だからこそ、こんな命のかかった場面で、常人には意味の分からないプライドを優先してしまうんだ。

 この行動が、世界の大勢に影響を与えることは確実にない。意地に自己満足を重ね掛けした、究極の無駄といっても過言ではないだろう。


 何より。俺とスレナに消えないトラウマを押し付けた相手に、そのトラウマを払拭するために磨いてきたモノが一切通じない、というのは。まあなんというか、許しがたいよなという話だ。

 こういう感情も、戦況が優勢になって改めて発露してきたものだから、やっぱり自己満足の域は出ない。つくづく生きづらい生き物だよ、剣士というやつは。


「……一応かけ直すことも出来るが、先行きは保証せんぞ」

「構わないよ。何にせよここまで来たなら、いざという時は君がなんとかするだろう?」

「はあ……分かった分かった」


 ルーシーからの最終通告を受け、俺たちはそれを受諾した。まあ言った通り、ここまで獲物を追い詰めておいて、むざむざ逃がすことはすまい。

 それは俺とスレナが仮に戦闘不能となったとしてもだ。ルーシーなら単独でやつを相手取るくらいは出来る。


「よっ……と。ほれ、行ってこい。骨は拾ってやろう」

「ありがとう、でいいのかな? 分からないけれど……ありがとう」


 彼女が諦めたように手を翳す。得物を握っているだけでは分からないが、きっと武器の強化というやつを解いたのだろう。あとは実際に当ててみて感触を確かめてみるか。


「ふっ、腕が鳴りますね。こうでなくては」

「奇遇だね。俺もそう思っている、よ!」


 スレナが零した感情の発露に同意を返しながら、地を蹴る。

 正直に言って、武器の強化を解いたことによって勝率は下がる。そんなことは俺もスレナも十二分に分かってはいるが、それでもこうしてすっきりした感情を持てるのは不思議なもんだな。

 イド・インヴィシウスは俺たちが話している間、アリューシアが主となってしっかりその場に縫い留められていた。ジョシュアとミスティも仕事は果たしてくれているが、攻撃自体が通らないと物理的な痛痒は与えにくい相手だ。その場に押し留めているだけでも評価すべき仕事ぶりであった。


「ふんっ!!」

「ガアアッ!」


 やつの前面に飛び出し、しっかりとタメを作った上での一撃。通常時なら申し分ない剣撃にもかかわらず、やっぱり手応えは極めて悪い。硬い軟らかいの次元を超えた感触だ。

 相手の姿と気配が消えないだけマシともいえるが、消耗戦を挑んで勝てる相手でもないしな。なんとかして突破口を見つけ出す必要がある。確かに手の内にあった突破口はつい先ほど手放した。


「……ッ!? 先生!?」

「こっちは気にしないで!」


 俺の剣撃が弾かれたのを見て、アリューシアが血相を変えた。そりゃさっきまで通じていた攻撃が途端に通じなくなったのだから、焦る気持ちは分かる。

 だけどそれは俺もスレナも承知の上でやっている。なので気にかけてもらう必要はまったくない。余計な心配をかけて彼女の剣が鈍るのも良くないので、声はかけておく。


「はあああっ!!」


 続けざまにスレナが連撃を見舞うものの、やはりどの攻撃も完璧に弾かれている。普通は剣が弾かれたら態勢を崩すものなんだが、彼女の姿勢制御というか、体幹の力は凄いな。俺では絶対同じようには動けない。

 剣士がやるべきことと言えば如何に力強く、如何に素早く相手を斬るかである。それら二つを高い次元で兼ね備えているスレナは文句なしの凄腕だ。問題はその凄腕でも歯が立たないところなんだけれども。


「チィ! やはり抜けんか……!」


 忌々しいという感情を隠しもせず、スレナが吐き捨てる。

 うーん、どうするかな。最悪の場合はルーシーに対処してもらうか、ルーシーから再度強化を施してもらうので、まあどういう形であれ決着は付くだろう。めちゃくちゃ恰好悪い締まり方にはなるが。

 既につけられた傷を狙う、というのは有効な手段であろうが、採用したくはない。それだと俺とスレナの強化を解いた意味がなくなる。


「……アリューシア! 少しの間頼む!」

「はい!」


 どうにかして、俺たちの剣をやつの身体に届かせねばならない。そのために必要で、かつ今足りていないのは情報だ。

 こういう時は観察するに限る。アリューシアには悪いが、しばし前線を任されてもらおう。

 そもそも、ルーシーが剣を強化したから攻撃が通るようになったのである。突然やつの防御が剥がれたわけではない。そこには魔法的な強化にまつわるカラクリが絶対にあるはずで、つまりアプローチの仕方が存在する、ということになる。


 魔力を付与したら斬れたということは、魔法的な防護がやつの身体を覆っているわけだ。

 ということは、イド・インヴィシウスは全身に魔力を纏わせていることになる。はず。そもそもあの透明化だって、魔力がないと出来ないわけだし。


 俺も含めて思うのは恥ずかしい気持ちもあるが、今やつと対峙しているのは一流を超えた剣士。扱う得物も相応である。

 それらの攻撃を、魔力で無効化するのは出来るだろう。現にされている。しかしそれを全身隙なく隈なく覆って、更に長時間維持出来るのかどうか。


「……ふーむ」


 もう一つ。やつはルーシーに透明化の術を破られる前にも、攻撃の瞬間だけは身を晒していた。普通なら消えたまま殴った方が遥かに効率的であるにもかかわらず。要はそれが出来ない理由があるわけだ。

 魔力の配分? 使い方? そんなもんは分からない。俺に魔術は扱えないからな。しかし戦闘において、切れるはずの手札を合理的に使わない時ってのは、必ず何かしらの理由がある。


 やつはとんでもない魔力を持っていて、それでとんでもないことを実現させている。だが両立は無理。姿と気配を消しながら、絶対的な物理防御を保つには魔力が足りない、とかか?

 いや、違うな。最初の会敵で俺の剣が届いた時、やつの姿は既に消えていた。それでも剣が通る感触がまるでなかったということは、両立は出来ていると考えた方がいいのか。


 じゃあ攻撃の瞬間だけ姿を現していた理由はなんだ。絶対にそうしないといけないワケがあるはず。

 両立の精度か? あるいは、どうしても守らなければいけない場所に魔力を集中せざるを得ず、攻撃時は反撃に備えてそっちに魔力を回しているとか。もしくは、姿と気配を消す労力が大きくて、攻撃の瞬間にも魔力を乗せているからそっちまで回せない、とかかもしれない。

 ルーシーも、やつの四肢には良い魔力が乗っていると言っていた。攻撃に回している分、その瞬間だけは防御が薄れる、と考えるのが妥当ではあるか。


「防御に気を回している、というのが一番あり得そうな線だが……」


 現時点で見える情報ではここまでが限界。後はそれが合っていると仮定して、観察を続ける。

 とはいえ、イド・インヴィシウスは普通にデカいし俊敏だ。その動きの違和感を捉えるのは容易ではない。こいつは見知った獣ではなく、ほぼ初見の怪物。

 だがこれは、せめて切っ掛けだけでも俺自身の手で掴まなければならない。なんでもかんでもルーシー様にお願いではあまりにも、剣士としての存在意義がなくなってしまうじゃないか。


「――ッ! なるほどね……」


 しばらく観察に時間を費やし、ようやく分かったことがある。

 やつは対多数戦を行うにあたり、当然無傷とはいっていない。今でもアリューシアの剣には強化魔法が乗ったままだから、届きさえすれば大なり小なり傷はつく。

 逆に言えば、アリューシアの剣以外はどこに当たろうが関係ないはずなのだ。つまりスレナ、ジョシュア、ミスティは無視していい。少なくとも戦闘が始まってから、それを理解出来てもいいくらいの時間は経過している。


 だが、無視していいはずの攻撃を、巧く捌いている。より正確に言えば、当ててもいい場所に当てている。咄嗟の防御反応と言われればそれまでかもしれないが、その動きをしなければ反撃の一手が出せるはずのところで、イド・インヴィシウスは無駄ともいえる防御を優先するシーンがあった。


「ルーシー。君は魔力が分かるんだよね」

「おん? まあ、分かるが」


 目星は付いた。後は答え合わせ。そしてその解答は俺の手の内にない。であればここは、専門家の意見を仰ぐに限る。


「イド・インヴィシウスの魔力の流れってやつに、不自然なところはないかい」


 偶然かもしれない。ただしそれを偶然と片付けて切り捨てるよりも、確証を得る方向に動くのが戦いの場では常道。僅かでも攻略の道が見えたのなら、その行き止まりまで突っ走らないと勝利は手繰り寄せられないからな。


「あるぞ。首の付け根……いや、胸元と言った方が近いかの? 薄いというか濁っとるというか……まあそんな感じじゃな」

「……やっぱりか……! ありがとう!」


 俺からの問いに、彼女はなんてことないように答えた。俺たち剣士が喉から手が出るほど欲しい情報を、いとも簡単に。

 ただ、俺もここまであっさりはっきり言われるとは思わなかったけれどね。分かってるなら最初から言わんかい! と叫ばなかっただけ俺は自分を褒めたい。


 いや分かるよ? 魔術師にとって魔力の流れってやつは恐らく自然に見えるもので、更にルーシーはそれをいちいち口に出して言わないだろうなってことは。

 事実、ルーシーがイド・インヴィシウスを攻略するにあたって、その情報は不要だ。少なくとも俺たちに共有するものじゃないんだろう。


 でも言わせてほしい。というか頭の中で叫ぶくらいは許してほしい。

 知ってたなら教えろよ! 分かってるなら最初から言わんかい! と。俺の観察の時間は一体何だったんだよ。

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自分の力で勝ちたい……相手を魔法で逃げられないよう手傷を負わせ数人がかりで袋にしてなきゃカッコ良いのですがね! しかも保険の保護者付き…… しかしミラージュコロイドとフェイズシフト装甲 持ちか……
強化魔法解け!最初から言わんかい! う~ん。手助け拒否しておきながらしないことに文句付ける。 つまり、自分にとって都合が良いことだけを、自分に丁度良い加減で自発的に提供しろ、と。 自分で成し遂げたい誇…
ベリルさんの「武器の強化を解く」ことに同意するスレナさん。 ルーシーさんのおかげで、可視化でき、強化した剣で両前脚にダメージを与え、魔力の流れ(弱点)が分かった上で、通常剣で何を確認したいのでしょう。…
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