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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第九章

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第271話 片田舎のおっさん、頭を下げる

「……うん、まあなんとかなりそうかな」


 ルーシーから左腕の治療を受けてからの翌日。昨日目が覚めた時と同じような、朝焼けが綺麗な早朝の時間帯。俺はヴェスパタの外郭に構えられている一つの門前に佇んでいた。


 スレナに付き合ってもらったこともあって、左腕の感覚は概ね変わらないところまでは一日で持って行けた。とはいえやっぱり、怪我して動かなかったものが即日治って次の日に実戦、というのは頭では理解していても、きちんと動けるかは疑問符が付く。

 いや治っているのは分かるんだよ。実際動かしても問題はなかった。分かってはいるんだけど、あっという間に身体の状況が二転三転したものだから、現実にいまいちついていけてないというかね。


 これはあまり、馴染みたくない感覚ではある。

 理屈だけで言うと、ルーシーとセットで動いていれば、即死しない限りは数分で戦線に復帰出来ることになってしまう。勿論彼女の魔力も無尽蔵というわけではないだろうから、いつかは限界が来るのかもしれないが。あまりに人間離れしていると、空恐ろしくすら感じるよ。


「先生、お待たせしました」

「いや、大丈夫。俺が早く来すぎただけだから」


 若干の手持ち無沙汰を感じながら愛用の赤鞘を撫でていると、街の方からスレナがやや駆け足で向かってきていた。

 相変わらずタフだなあ、というのが改めて抱いた感想である。聞けば彼女は、俺が意識を失った時には俺を背負い、そのままヴェスパタまで撤退し、俺につきっきりで甲斐甲斐しく世話を焼き。

 そして俺の目が覚めてからは、感覚を取り戻すための訓練にまで付き合ってくれた。勿論昨晩は休息を取ったはずではあるものの、俺なら半日で疲れが取れることはないと思う。


 それでも表情や声色を窺う限り、疲労を残しているとは感じられない。生粋のタフさがなければこうはならないだろう。

 体力があることとタフであることは、ほぼ同義ではあれど微妙に異なる。まあこの辺りは感覚的な話になっちゃうから、俺も上手く明文化出来ないけどさ。


「しかし……本当に来るのかな彼女は」

「来るでしょう。流石に自身から言い出したことを反故にはしないかと」

「ならいいけどね……」


 俺とスレナが揃ったから早速出発だ、とはならない。昨日のやり取りを聞く限り、ルーシーも一緒に行くみたいな感じのことを言っていたしな。

 問題は彼女が朝早くにちゃんと起きられるのかどうかという、なんとも締まらない心配ごとだが、まあこれもスレナが言った通り、自分から言い出したことをほっぽり出したりはしないだろう、多分。明日にしろ、と言ってきたのは他ならぬルーシーの方だからな。


「……いい天気だ。雨や霧の心配はしなくてもよさそうだね」

「ええ。やつ相手に悪天候下とならないだけマシでしょう」

「違いない」


 ヴェスパタは今日も晴れていた。良きことである。

 普通は山が近くにあると、天候というやつはすぐに気分を損ねるものだが、今は時期がいいのかそれともたまたまか、比較的良好な天気が続いていた。

 山を攻める上で空の機嫌は大事だ。ビデン村に帰省した時にも思ったけどね。今回はお袋のような、天候の事前予報を知る術がないのでぶっつけ本番である。結果として晴天に恵まれたのだから、まあ討伐日和と言ってもいいのだろう。


 イド・インヴィシウスと改めて対峙するにあたり、どうすればやつを仕留められるのかは色々と考えてはみた。

 考えてはみたものの、これといった解決策が思い浮かばなかったのが正直なところである。


 そもそも。そういう分かりやすい弱点や欠点があるのなら、とうの昔にイド・インヴィシウスは討伐されていなければおかしい。あんなインチキじみた力を持ったモンスターを放置しておく理由が、人類側にないからだ。

 しかし現実として、やつは変幻自在な透過能力で好き勝手やっている。

 少なくとも二十余年も前からのうのうと生きていることは確定しているのだから、裏を返せば有効な手立てが見つかっていないということなんだろう。


 そんな化け物に対する即効的な対応策など、俺の頭では出てきそうにない。少なくとも、俺の常識に当てはめて考える限りでは不可能にすら思える。

 だが今回は、その不可能の壁をぶち破り得る常識外れの存在が討伐に参加する。即ち、ルーシー・ダイアモンドその人だ。


 イド・インヴィシウスの隠蔽術には、流石になんらかの魔法的要素がないとおかしい。魔力を介さず、例えば種族としての特性なんです、みたいな顔であんなことをやられたら、たまったもんじゃないのだ。

 それを打開するにはやはり、こちらにも魔法のエキスパートが必須。その点で言えば、ルーシー以上の適任は居ない。


「そういえば、君の捜索隊も出すとニダスさんは言ってたけど……そっちはどうなったんだろうね」

「その点に関しては私の不徳の致すところですが……報告が入れ違いになっている可能性はあります」

「なるほどなあ……」


 ピスケスやパウファードは話しぶりから察するに、スレナを捜索するために当てられた人員ではない。情報が上手いこと伝達されていないと、別の冒険者と現場でがっちゃんこしてしまう場合があるということか。


 流石にブラックランクの捜索に素人は寄越さないにしても、俺、スレナ、そしてルーシー対イド・インヴィシウスという構図となれば、生半可な戦力は無意味だ。人数でどうこう出来そうな相手でもなし、人間の被害が大きくなるだけである。

 もしかしたら既に山に入り、イド・インヴィシウスに狩られている可能性すらある。あの独特の気配のなさは、前情報として分かっていないと知らずに突っ込んでしまう危うさがあるからな。


 その辺りも注視しながらアタックをかけることになるだろう。捜索隊や救助隊といったものが組織されることはありがたいことに違いないにせよ、何ともままならないものであった。


「おーう、待たせたかの」

「ルーシー……君が早起きしている姿を見るのは珍しいね」

「くはは! たまには悪くない。たまには、じゃがな」


 イド・インヴィシウスの討伐、最低でも無力化。加えて冒険者ギルドから派遣されているスレナの捜索隊が居る可能性を考えると、かなり難易度の高い山攻めになる。

 そう考えていたところで、レベリス王国が誇る文句なしの最終兵器、ルーシーが顔を覗かせた。

 どうやら昨日みたいな眠そうな顔はしていないようで何よりだ。戦闘中や行軍中に眠いなんて言われても困るし。


「……む、まだ来ておらんのか」

「ん? 誰が?」


 門前に合流したルーシーは視界を軽く振ると、ため息を一つ零した。

 今この場には俺とスレナ、そしてルーシーが居る。まだ来ておらんのかという台詞は、言葉通りならまだ合流する人物が居るということになる。

 まあルーシーが単独でこんなところまで出張っていること自体が、既に大分おかしいからね。お目付け役兼護衛の魔術師なりが帯同するのかもしれない。

 しかしそうなると、ルーシーと最初から同行していないのは違和感が残るな。いったい誰を待っているのだろう。間もなく判明することであろうとはいえ、気になることには気になる。


「こちらでしたか。先生、おはようございます」

「……は? アリューシア?」

「はい、アリューシア・シトラスです」

「――シトラス!? 何故ここに居る!?」


 そしてその答え合わせは、すぐに成された。

 レベリオ騎士団の誇り高き騎士団長、アリューシア・シトラスが、今やすっかり愛用となった黒鞘の剣も添えて、完全装備でこの場に現れたのである。そりゃ驚くなという方が無理な話だ。ある意味でルーシーよりも予想外の人物の登場に、場が当然の如くざわつく。


「何故、と言われても困りますね。私は丁度良く仕事の区切りがついたので、長めの休暇を取ってヴェスパタまで慰安の足を延ばしただけです。その折、たまたま先生をお見掛けしたのでご挨拶をと思っただけですが」

「……はっ! 白々しいにも程があるぞ貴様……!」


 スレナとアリューシアが言い合っているが、こればっかりは俺もスレナに同意であった。

 マジで白々しいにも程がある。そんな言い訳がまかり通るわけがない。俺自身がそれを通している立場ではあるものの、俺とアリューシアでは前提となる立場そのものが異なる。

 しかし、どいつもこいつも好き勝手動きやがって、なんてのは俺の口からは言えない文句だ。それを言っていいのはこの場ではスレナだけ。俺もルーシーもアリューシアも、好き勝手動いていることは変わりないからね。


「先生、どうやらお出かけのようですが……どちらまで?」

「ははは……そうだね、アフラタ山脈の中腹までちょっと遠めのピクニック……とでも言っておこうか」

「それは素敵ですね。しかしアフラタ山脈と言えば、魔物も跋扈する危険な場所。護衛にもなる連れは一人くらい、増えてもよさそうに見えますが」


 アリューシアには俺がヴェスパタまで赴くことになった経緯を、すべて話している。というか、その切っ掛けは彼女から伝えられた情報が元だ。

 だから俺が何のために何処に行くかは当然承知している。知らないのは、既にスレナが救出されたことと、特別討伐指定個体を倒しに行くことに目的が変わっていることくらいか。まあ前者は今知られたわけだが。


「……だ、そうだけど。スレナは?」

「チッ! ……業腹ですが、戦力としては申し分ないでしょう。業腹ですが……!」

「つれないですね、リサンデラ」


 一応今回の主目的は名目ではスレナなので、彼女の意見は無下に出来ない。というわけで振ってみたものの、反応は酷いものであった。

 彼女たちの反りが合わない部分は承知しているが、それでもアリューシアはスレナの身を案じてここまでやってきている、という側面は確かにある。スレナだってそれを分かっているから、帰れとは言いづらいんだろうな。


 そもそもアリューシアが本当にスレナを嫌っていたのなら、彼女の情報を俺に回したりはしないだろう。騎士団と冒険者ギルドでは組織が違うのだから、知りませんでしたで通してもなんら問題はない。

 だが彼女はそうせず、会話の中で便宜を図るまでに至った。そこにはやはり、人並み以上の心配があったのだと思う。


「行くならさっさとするがよい。わしも暇ではないでな」

「ここまで来ておいてよく言うねえ……!」


 二人の言い合いを眺めていたルーシーが放った一言に、思わず突っ込んでしまう。こいつ絶対人の事言えないだろうに。魔法師団長と魔術師学院長の仕事を棚に上げて、こんなところに足を運んでいる時点でまあ同罪ではあるからな。

 とはいえ、どうせスレナが何を言ってもアリューシアは付いてくるだろうし、スレナも絶対的な拒否はしていない。なので話が長引きすぎるのはやや勿体なくもある。


「ふぅ……。まあまあ二人とも、そのくらいにしておこう。時間は有限だ」

「む……先生がそう仰るなら……」

「……ええ、先生の言う通りです。時間は限られていますから」


 俺が一言を挟むと、二人は若干引きずりながらも言葉の矛を収めた。

 アリューシアや俺の言う時間というものは、今回に限り結構重たい理由を持つ。即ち、魔法師団長とレベリオ騎士団長を長期間拘束は出来ない、ということ。

 二人が任務で来ているのなら問題ない。しかし今はそうではない。ルーシーは知らんが、恐らくアリューシアは少なからず強引な時間の作り方をしている。なのでここでの目的があるのなら、可及的速やかに遂行する必要があるわけだ。


「さて、それじゃ行くとするかの。ベリル、案内は頼んだ」

「はいはい。で、魔法師団長殿。当てはあるのかい」


 場が収まったと見るや、さっさと歩きだすルーシー。彼女についていきながら、気になっていることを聞いてみる。


「いくつかは考えておる。まあ、後は接敵してからじゃな」

「頼むよ。正直、魔術師の君が頼みの綱だ」

「やるだけはやってやる。わしも興味は尽きぬでの」


 当て。つまり、イド・インヴィシウスのカラクリに対する突破法である。流石にルーシーも考えてはいるようだが、こればかりは実際に出会わないと分からないってのも本音だろう。

 彼女が以前言っていたが、この世に存在する魔法のうち、人類の手で解析出来たものは全体の一割にも満たないという。その通りなら、イド・インヴィシウスが人類には未知の魔法で姿を隠している可能性は大いにある。


 とはいえルーシーで手が打てないとなれば、それはもう逃げの一手を打つしかなくなる確率がかなり高まる。

 姿と気配が消えるのもそうだが、仮にそれがどうにかなったとしても、この剣で傷すら付けられなかった硬さってのも相当だ。そっちにも魔法的な要素が絡んでおり、ルーシーが何かしらの手段で相殺出来るならまだいい。


 最悪は、あの硬さが素で発揮されていた場合だろうか。もしそうであれば、物理的なダメージを与えるにはゼノ・グレイブル製のロングソード以上の業物を持ちだすしかなくなる。残念ながらそんなモノは流石に当てがない。仮に存在していたとしても用意出来るかが不明だ。


「……くっく!」

「うん? どうかした?」


 何にせよ難敵には違いない。色々な可能性を睨みつつ、撤退も考慮に入れるべきか、なんて思っていたところ。

 アフラタ山脈へ向けて歩みを進めている途中で、ルーシーが突如くつくつと笑い始めた。


「いやな、いつぞやに言っておったじゃろ。お主が前衛、わしが後衛……良い組み合わせだとは思わんか?」

「ああ、あったねそんなことも……」


 あれはゼノ・グレイブルを倒した後だったか、倒す前だったか。正確な時系列は覚えちゃいないが、そういう話を振られた記憶は残っている。

 当時は考えるまでもなく即答で断っていたはずだけれど、まあ未来で何がどうなるかなんて誰にも分かんないからな。今現在こうなっていることを、予見しろという方が無理な話ではある。


 しかし。背中を預けるという意味では、彼女ほどの傑物はそう居ない。無論、アリューシアやスレナ、フィッセルにクルニなども、俺の背を預けるに相応しい人物であることは確かだ。なんだか上から目線の感想だけれども。


 けれど彼女たちは、どちらかと言えば剣士として共に並び立つタイプ。純粋な魔術師に後ろを任せる事態というのは、今回が初めての経験になる。


「でもまあ確かに。これほど心強いものはないかもしれないね」

「じゃーろーう? もっと敬ってもよいのじゃぞ?」

「それは遠慮しておきます」

「くっくっく! つれないやっちゃのー」


 不安はない。ルーシー・ダイアモンドという人物がどれだけ非常識な強さを持っているのか、少なくともその一端は知っているつもりだ。

 そして俺が知る彼女の強さというものは、きっとその一端でしかない。過剰な期待を持ちすぎ、なんてこともないだろう。そんなものを高々と超えていくのが、きっとルーシーなのだ。


「……ルーシー、アリューシア」

「おん?」

「はい。なんでしょう」


 歩みを止めて、振り返る。

 名を呼ばれた二人は、少々面喰ったような顔で同じく立ち止まった。

 スレナの名は呼ばない。彼女は最初から俺が独りで助け、救うと考えていた。


「こんなことに付き合ってくれて、ありがとう。どうか、力を貸してほしい」


 言いながら、頭を下げた。

 今更言うのかよ、なんて思いも正直少しある。だけどそれは勘弁してほしい。この一日で色んなことが、とてつもない速度で過ぎ去っていったんだから。

 けれど、これはどこかで伝えておかなければならないことだ。来ちゃったからなあなあで、と危うくなりかけていたところだが、それは俺の矜持が許さない。そんなことに、今更ながら気付かされたのである。


「……くくく! 頼まれちゃあ仕方がないのう。ピクニックがてら、特別討伐指定個体の素材集めといくかの」

「先生の御心のままに。困っている誰かのために剣を振るうのが、騎士の役目ですから」

「――ありがとう。よろしく頼むよ」


 二人の反応は対極だ。でもそれが気持ちよくすらある。

 本当に俺は、人の縁に恵まれた。改めてそう思うよ。


 さて。あとはやつを見つけてしばき倒すだけ。

 待ってろよ、イド・インヴィシウス。レベリス王国の推定最高個人戦力が、今から総出で首根っこひっ捕らえに行くからな。

でっぱつ。


それとお知らせです。来週8/17の更新はお盆のためお休みします。

次回更新は8/25を予定しております。これからも何卒、お付き合い頂けますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
ベリルは最低爵位をもらって重婚できるようにならんと色々引き寄せ過ぎたと思う(笑)
地面を移動するんだったら足音や足跡だったり、飛んでいるんだとしても風切音とかそういうのも一切ないのか、ベリルたちにそれを感じる能力がないのか。 あるいは魔法的な何かでそういった痕跡も消しているのでなく…
一日千秋の思いでお待ちしています
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