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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第九章

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第262話 片田舎のおっさん、西方都市へ征く

「見えました。あれがヴェスパタの通行門の一つです」

「おお、やっぱり大きいね……」

「西方を預かる……大都市ですから……」


 アリューシアから情報を得て、その日のうちに冒険者ギルドのギルドマスターであるニダスとの交渉を終え。

 やきもきしながらも、それでも時間の流れは速くならないし遅くもならない。次の日にミュイへの説明とルーシーへの情報共有を行い、その次の日にはギルドの前で合流した案内役の冒険者たちとバルトレーンを発った。

 そうして旅程をこなすこと、おおよそ一週間。ようやく西方都市ヴェスパタが見えるところまでやってきた、というところであった。


 ここに至るまで、結構な融通を利かせてもらい、そして結構な無理を通した。まずギルドの前に行ったら、案内役の冒険者とともに人数分の馬が用意してあったのである。

 バルトレーンからヴェスパタまでどの程度の距離があるかは分からなかったものの、ちんたら馬車に乗って向かっている暇はない。そんなことをすれば、ヴェスパタに到着するのは良くも悪くもすべてが終わった後になる。

 俺も馬を借りる予定ではあったが、まさかギルド側が用意してくれるとは思わず、これまたニダスに借りが一つ出来た形となった。


 更に行く先々で馬をとっかえひっかえ走ってきてこの時間だ。その費用は流石に俺の財布から出したけどね。一頭の馬では人を背に乗せて動くにはどうしても限界がある。なので出来る限り早く辿り着くためには、馬の乗り換えはほぼ必須事項だった。

 それを立ち寄った町や村で可能な限り行い、結構な強行軍でヴェスパタまでやってきたというわけだ。


 だが、それでも一週間。もとより分の悪い賭けではあったものの、この移動時間だけは如何ともしがたい。一瞬で指定した場所に移動出来たらどんなに楽か、なんて妄想は誰でも一度はやることだろうが、今回ほどその技術を切望した瞬間はないね。


「しかしガーデナントさん、随分と急ぎでしたよね」

「ああ、ヴェスパタに人を待たせていてね。ちょっと急ぎたかったんだ」

「なるほど」


 投げかけられた疑問に、用意していた回答を返す。

 これもまた嘘ではない。真実でもないが。けれど、表向きは観光の予定なのにガンガン旅程を飛ばす様は、ぱっと見不自然にも映る。

 急ぎの旅であるという建前もまた必要であった。いやまあこれは俺がいち早くヴェスパタを観光したいから、という単純な理由でも通せなくはなかったんだろうが、余計な不信感を抱かれても良いことなんて一つもないからな。


 だが今回に限って言えば、そこまで下ごしらえする必要はなかったかもしれない。あくまで結果論だけどね。


「ここまでありがとうね、ポルタ」

「いえいえ! ガーデナントさんのお役に立てたのなら何よりです」


 バルトレーンからヴェスパタまでの旅程をガイドしてくれた冒険者に、改めて礼を述べる。

 そう。一年前、スレナとともに研修の監督を請け負った冒険者、ポルタに。


「私たちもその……ちょっとは成長したところを見せられたらな、って……」

「……ランクも、上がりましたので……」

「はは。ニドリーもサリカッツも、ありがとう」


 そしてポルタといえば三人組。その相棒となるニドリーとサリカッツも健在だ。

 サリカッツがランクも上がったと言った通り、ポルタとニドリーはシルバーに、サリカッツは一足先にゴールドランクにあがっていた。

 本当はポルタはサリカッツに追いつきたかったらしいが、彼はゼノ・グレイブル戦で負傷していたからな。実働時間にどうしても差が出る。そこは仕方がないだろう。


 本来ならば、長距離移動の護衛にシルバーランクを頼ることはない。ギリギリでサリカッツが候補に挙がるかどうか、といったところ。ランクの上下はそのまま総合的な戦闘能力にほぼ直結するからだ。

 ただ今回は護衛ってのはあくまで名目上の話である。最低限の戦闘力があって、ある程度旅慣れしているガイドが居れば俺にとってはそれでよかった。

 ぶっちゃけこの三人より俺一人の方がまだ強いしね。あと十年も経てば分からないけれど。


 ただ、道中の計画とか旅慣れとか、その辺りはやっぱり大したものだと思う。

 俺一人でもヴェスパタに辿り着くこと自体は多分可能だ。しかし、最適なルートを選定し遅滞なく旅を進められたかどうかというのは大分怪しい。こればっかりは片田舎で長年籠っていたことの弊害だろうな。

 問題は、それまで弊害だと思わなかった環境に居たということ。別におやじ殿やお袋、門下生たちと過ごした過去を否定したいわけじゃないが、こういう自らの能力のみでは打開が難しい事態に直面した時、どうしても考えてはしまうよ。


「君たちはヴェスパタに着いた後は?」

「多少休息をとって、何か受けられそうな依頼があれば受ける……って感じですかね。バルトレーン行きの護衛依頼とかがあれば一番嬉しいんですが」

「あれ、こっちにもギルドってあるんだ」

「ありますよ。バルトレーンほど大きくはないですけど」

「へえ」


 もうヴェスパタを視界に捉えられているので、多少気は抜ける。その流れで雑談を振ってみたが、どうやらヴェスパタにも冒険者ギルドの施設はあるらしい。


 ニダスと初めて挨拶を交わした時、確か彼はレベリス王国支部のマスターだと言っていたはず。バルトレーン支部のマスターだとは言っていない。

 ということは王国内でも、あっちが本部でこっちが支部みたいな扱いなんだろうか。あまり深くかかわることはないと思って、その辺り気にしてもいなかったんだが。こうしてかかわりを持つようになった以上、多少は勉強しておいた方が良い気がしてきた。


 そういえばアリューシアも、ギルドは捜索隊と連絡員を置くらしいと言っていたな。

 流石にすべての人員をバルトレーンから輸送していては色々と間に合わないから、まあ支部というか支店というか、そういうものはあって然るべきかもしれない。

 けれど今の俺が置かれている状況では、その伝手が使いづらいというのもちょっと痛いところだ。分かり切っていたことではあるものの。


 何の縁が何処で繋がるかなんて、誰にも分からない。

 皮肉にもビデン村からアリューシアの手で連れ出された時から始まったこの形に、もう少し早く馴染んでおくべきだったな。あくまで時間が経った今だからこそ考えられることではあるんだが。


「到着です。お疲れ様ですガーデナントさん」

「いやいや、皆こそお疲れ様。助かったよ」


 そうして軽い雑談などを交わしながら、やってきました西方都市ヴェスパタ。

 まだ門前に着いただけだから中身までは分からないけれど、城壁は随分と立派なものだ。ここら辺はバルトレーンよりもフルームヴェルクを彷彿とさせる。やはり国境沿いということでそれなり以上に防備も固めている、といったところだろう。


「通行証を」

「はい、どうぞ」

「……確かに。お通りください」


 門前には当然のごとく警備兵が配備されているが、通行の許可は本当に簡素なものであった。

 まあ俺は他国から来た人間じゃないし、俺の護衛も冒険者ギルドで正式に発注されている依頼だ。怪しいことややましいことは本当に何一つない真っ当な旅である。表向きはね。


「おおー……広いねえ」


 そうして門を潜った先、目に入るのは城門と繋がる大通り。

 俺が見たことのある都会というのはバルトレーン、フルームヴェルク、ヒューゲンバイト、ディルマハカ、そしてこのヴェスパタと五つ目だが、それらと比べても十分繁栄しているように思う。どこが一番上かどうかとか、そこら辺の細かい部分はまだ分からないけれど、道の広さ、人の多さ、建物の高さ。どれをとっても都会といって差し支えない様相に思えた。


 本当に状況が状況でなければ、酒場で一杯ひっかけつつ名所などの情報を仕入れ、のんびり観光と洒落込みたいところ。しかし今の俺にはそんなことをやっている暇はない。


「さて、まずは宿の確保からかな」


 とはいえこの都市自体を無視してアフラタ山脈に出向くわけにも、またいかなかった。

 そりゃあスレナとひょっこり合流出来ればそれが最上だが、そうなる可能性は極めて低い。ある程度腰を据えて探索を行う必要がある。拠点となる仮宿を押さえておかねば、動くに動けないからな。

 幸い十分な金はあるんだ。贅沢とは言わないまでも、必要に応じて遠慮なく使わせてもらうとしよう。


「宿なら、ここの大通りを進めば何かしらあると思いますよ」

「そっか、ありがとう」


 俺の呟きをポルタが丁寧に拾ってくれる。

 まあこの規模の都市であれば宿の一つや二つや三つ四つあってもなんらおかしくない。基本的に人が集うところに宿も出来るから、この通りをそのまま歩けば彼の言う通り、何かしらはありそうであった。


「では僕たちはギルドの方へ向かいますので、よろしければ割符を」

「あ、そうだった。ここまでありがとうね」

「いえいえ、それが依頼でしたので」


 宿探しまでは依頼に含まれていないから、ポルタたちのパーティがこなす依頼としてはここで完了となる。

 そしてそれを示す割符。これをポルタに渡して、彼がギルドに持っていけば依頼完遂が受理される、という流れらしい。


 依頼のやり取りは基本的に書類で行われるが、今回のような急ぎの依頼だったり諸々の事情があったりすると、必ずしも書面での発行が間に合うとは限らない。

 そういう時に役立つのが割符だ。仕組みは物凄く単純で、二つの割符を依頼者と受託者が受け持ち、依頼を終えたと判断したら依頼者が割符を受託者に渡す形となる。で、その二つが揃ったらちゃんと依頼が終わりましたね、という証になるわけだな。


 無論、短所はある。割符をなくす可能性も否定出来ないし、悪い冒険者などに捕まってしまえば依頼を終える前に割符を渡せ、なんて脅されるかもしれない。あるいは逆に、依頼人が出し渋って割符を渡さない、なんてことも。

 それだけならまだしも、過去には依頼人を殺しまわって割符を集め、銭を集めていた極悪人ってやつも居たそうだ。


 ただそんなことをすると依頼人や冒険者は絶対にクレームをいれるし、そのクレームが積み重なると当人はたちまち立ち行かなくなる。ある程度の善性が前提にはなっているものの、まあ下手な方向に出てくる杭はしっかり打ちのめされるということだな。


「それでは、失礼します!」

「失礼しますぅ……」

「失礼、します……」

「うん、またね」


 三者三様の挨拶を頂き、彼らとはここでお別れだ。

 アフラタ山脈の探索という誰も得しないミッションに、彼らを巻き込むわけにはいかないからな。ここからは独力で動くか、別口でガイドを雇うかになる。後者はあまり現実的ではないが。


 俺は本来冒険者が持っている探索術だったり悪路に対する知識みたいなものを、あまり持ち得ていない。

 しかしアフラタ山脈だけは別だ。勿論、ビデン村から行ける場所とヴェスパタから行ける場所がまったく同じ環境だとは思わないが、山というシチュエーションだけで述べれば、まずまずの経験と知識を持っていると思う。


 流石に最奥を攻めるとなればその限りではないが、ニダスの発言から察するに山頂付近までスレナが出張っている可能性は低い。獲物を追って奥まで足を踏み入れてしまった、なんてことはあるかもしれないが、彼女に限ってそこの見極めを誤ることはないだろう。

 中腹までなら、余程環境の変化がない限りはそれなりに対応出来る。行ってみて駄目だったなら、その時はその時でまた考えよう。今はとにかく時間が惜しい。


 ただやはり、不安があるとすれば。

 山中攻略など俺なんかよりよっぽど経験のあるであろうスレナが、未だ帰還出来ておらず連絡も途絶えている、というただその一点。

 こればかりは行ってみないと分からないことだ。何が出てくるか、どんな結果が待ち受けているかは未知数なれど、悲観的になり過ぎず、しかし希望は捨てずに臨みたいところである。


「……よし」


 俺の剣で、どうにもならないなら仕方ない。

 しかしどうにかなることであれば、それは全力で挑んでどうにかするべきだ。そして現段階では、まだどうにか出来るんじゃないかと考えている自分が居る。


 この感覚の源は果たして自信か、責務か、蛮勇か、はたまた傲慢か。

 その正解は分からない。分からないが、どうか自信と自分自身への信頼から来ているものでありますように。


 そんなどこか祈りにも近い感情を持ちながら、俺は足早に宿探しを始めた。

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― 新着の感想 ―
主人公の緊張感を表す、いい感じの文。
生きているなら普通の状態はまずないだろうな
ルーシーは特に何も言ってなかったのか。 となると山奥の既存ネームド討伐とかそういった話ではなさそうかなぁ。
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