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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第九章

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第258話 片田舎のおっさん、読み込む

「ただいまー」

「ん、おかえり」


 じわじわと日中の気温が暑くなってきた季節の昼下がり。本日の騎士団庁舎での指南役を終え、帰路に就いた俺を出迎えてくれたのは、もうすっかりこの家での暮らしに馴染んだミュイであった。今日は学院が休みの日だったので、こうして彼女が家にいるわけである。

 いやあ、今日は疲れたが非常に充実した鍛錬であった。久しぶりにアリューシアと肩を並べて騎士たちを監督出来たというのも大きい。


 普通、何かを指導監督する立場の人間は、出来る限り少ない方が良い。指導者が複数人居ると、どうしても方向性や考え方が異なるからだ。

 勿論その辺りをしっかり調整出来る人も居るが、出来ない人が居るのも事実。構え方、剣の振り方一つとっても、考え方が違う人とはその点が合わなかったりする。

 

 他方、俺とアリューシアであればそういうすれ違いがほとんど発生しない。修めてきた剣が同じだからだ。同じ方向性で多角的に見ることが出来るので、むしろ効率は上がる。

 そしてそのすれ違いが起きないということは、俺が学び、教えてきた剣のままで良いと彼女も判断しているということ。視野狭窄に陥っても困るから一本調子過ぎるのも考え物だが、今のところは上手く出来ていると思いたいね。


「メシあるけど、温める?」

「うん、お願いしようかな」

「ん」


 朝は食べて出てきたけれど、しっかり運動すれば昼過ぎにはペコペコだ。その辺りを素早く察知して、鍋を火にかけようとしている彼女の姿は大変に愛らしい。

 最近は俺が遠征に出てばっかりだったから、家をミュイに任せることが多くなっていた。結局魔術師学院の寮には最初の一回を除いて入らず、彼女はこの家で独り暮らしをしていたこととなる。

 そのおかげか、彼女の家事スキルはめきめきと伸びている。もともと手先は器用な子だから、一度覚えればそこから先は早かった。今では食材を切るのもお手の物といった感じである。魚なんて最初から俺より捌くの上手かったからね。


「……あ、そうだ」

「うん? 何かあった?」


 手頃な薪をぽいぽいと放り込み、手早く火種を作ってこれもまた放り込む。やはりこの数か月で彼女は随分と手際が良くなったと感じるね。

 そうした作業中に視線は鍋から外さず。ミュイは何かを思い出したかのように呟いた。


「なんか手紙きてた、オッ……サン宛てに。テーブルに置いてある」

「ふむ? そっか、ありがとう」


 言われてリビングのテーブルに視線をやると、確かに昨日は目にしなかった紙が積まれていた。

 うーん、手紙か。正直この家のことを知っている人はそう多くないので、お相手の候補もそう多くはない。昨年はおやじ殿から手紙が届いたけれど、それも宛先自体は騎士団庁舎であった。


「どれどれ……」


 ルーシーやイブロイという線は恐らくない。二人とも何か用事があれば、手紙なんぞ書かずに直接やってくるだろう。いや、イブロイのおっちゃんはあえて手紙を送るとかやるかもしれないけどさ。

 おやじ殿が送ってきた可能性は一応あるか。帰省した時にミュイと一緒に住んでいることは話していることだし。


「……おっ」


 そんなことを考えながら、テーブルに置かれた手紙に手を伸ばす。

 枚数は二枚。封蝋も紙の材質も違うから、この二つはそれぞれ違う者から送られてきた手紙だ。

 そのうちの一枚には封蝋にご立派な家紋らしきものがあり、そしてそれは俺も見覚えがある紋様であった。


「シュステか。そういえば久しぶりかも」


 フルームヴェルク辺境伯家の家紋。それには当然見覚えがある。そしてウォーレンやジスガルトがわざわざ手紙を寄越すとは思えず、自然と書き手はシュステだろうなと思うのだ。

 シュステから告白を受けた冬を越え、今は季節が一つ、そしてもう間もなく二つ目が廻ろうとしている。そんな中で彼女から手紙を受け取るのは初めてではない。今回で二往復目といったところか。


 俺は基本的に遠征などの遠出がなければ毎日家には戻る。そして文を読み、したためるくらいの暇はある。

 ところがシュステはそうもいかない。フルームヴェルク家長女としてこなすべきタスクが、俺なんかよりべらぼうに多いからだ。庭の手入れも相変わらず行っているようだし、彼女の毎日はさぞ忙しなく過ぎ去っていくことだろう。


 その中に俺の存在があるというのは、普通に考えれば嬉しい。面映いともいえるが。

 しかし、気楽に文通が出来て楽しいねで済まされないのも悩みどころである。特にアリューシアの言葉を受け取ってからは、いよいよ呑気に構えるわけにはいかなくなった。

 当然今から逃げるという選択肢もなし。それは流石に男として以前に人としてダメである。ケーニヒスに改めてクズと言われても然もありなん。

 二人の女性に言い寄られて両方とも保留にしている。絵面だけで考えたらマジでクズだな。なんだか情けなくなってきたよ。


「……さて」


 まあそんなネガティブな考えは、ひとまず努めて置いておくとしよう。考えないわけじゃないが、そればかりに囚われて自己嫌悪に陥ったとしても、それは何の解決にもならない。色んな意味で残された時間はそう多くない、というのもまた事実ではあるが。


 封蝋を破り、中の手紙を取り出す。予想通りシュステが綴った文面は、大変に綺麗な文字で丁寧に紡がれていた。

 書かれている内容自体は取り留めのないものだ。文頭はこれまたご丁寧な挨拶から入り、続く近況のお知らせの中にはシュステの想いが散りばめられている。そして最後にこちらを気遣う一文を添えて、手紙としては終わり。


 ただ、こういう文章の構成というか語彙というか、この辺りは流石だなと感じる一通であった。

 仮に同じ内容を俺が手紙に綴ったとしても、同じ文面は出てこない。頑張って失礼にならないような文章は書こうとするけれど、やはりこういうところにも教養の差というものは多分に出る。

 その点、俺は田舎村の剣術道場を営める程度には過不足なく教育を受けたと思うが、それ以上となると明確に不足している。ここを今から頑張って伸ばすかどうかは、それはそれで悩ましい問題であった。


「メシ出来たよ」

「ん、ありがとう」


 一通目に目を通したところで、ミュイが椀によそったポトフを俺の前へ置いてくれた。

 彼女の一つひとつの行動に思いを馳せるのはいい加減やめてはどうかと、冷静な部分の俺が囁いてくる。しかし感動してしまうものはどうしようもない。俺と暮らし始める前のミュイは、そんな他人への気遣いを率先して発揮するような子ではなかったから。


「さて、と」


 シュステへの返事はまたしっかり時間を取って書くとして。ひとまずは送られてきた二通目に目を通す。

 見る限り、封蝋は本当に文を閉じる以上の意味を持たないような簡素なもの。家紋らしい模様もないから、少なくともお貴族様とかお偉いさま方という線は消してもいい。こういうところで存在感を出さないことを、恐らく彼らは良しとしない。

 となるとそういう身分ではない一般の人、という可能性が増すのだが、俺の数少ない友好関係の中で、わざわざお手紙を書くような人も特に思い当たらない。ケーニヒスとかならレベリオの庁舎に宛てるだろうしな。


 まあまずは開けてみないと何とも言えん。ミュイがよそってくれたポトフを一口運び、シンプルだが飽きのこない味を楽しみつつ封蝋を剥がす。

 出てきたのは、先程シュステから頂戴した手紙とはまた随分と質の異なるものであった。失礼を承知で言うならば、少々安っぽいやつ。これはいよいよおやじ殿とか、その辺の線が濃くなってきたな。


「……!」


 しかし、いざ文面に視線を落とした瞬間。その予測は見事に裏切られることとなった。

 まず文字がおやじ殿のものじゃない。あの人はもっとガサツな字を書く。いや俺も自分の字が綺麗だとまでは言わないけれども。


「……元気にしているようで何より、だな」


 手紙の送り主は、ロゼ・マーブルハート。しかも純白の乙女(ホワイト・メイデン)ではなく、ロゼとしてこの手紙を送ってきていた。それはつまり、名を名乗り、その証拠を残しても問題のない領域まで彼女が至ったということだ。

 ロゼから手紙が送られてくること自体は不思議ではない。俺がバルトレーンに住んでいることは既に知っていることだし、ディルマハカで一緒に行動した時、僅かながら雑談をする機会もあった。その時に今は家を持っていることも伝えてある。


 間違っても嬉しい出来事ではない、ディルマハカでの一件。スフェンドヤードバニアという国家に大きく影を落としたそれは、決して大衆に望まれたものではなかった。事件の爪痕が未だ大きく残っているであろうことは、容易に想像がつく。

 それでも、生き残った人々は前を向いて進まねばならない。その意味で言えば、彼女もようやく前を向くことが出来た、と捉えることも出来る。事件そのものは痛ましかったけれどね。


「うん、うまい」


 手紙に目を通す傍ら、二口目を運ぶ。いやマジで美味いなこれ。

 書かれている内容は、まずは先般起こった事件への謝罪と、こちらを気遣う文面から。そして具体的には書かれていないものの、現在は比較的落ち着いた状態で生活を出来ている、という近況報告。

 最後に、いずれまた会って話をしたいという旨が書かれて終わり。


 近況を詳しく書けないのは恐らく、情報漏洩の危険性も考えてのことだろう。手紙が確実に俺のもとに届く保証なんてないからな。

 つまり名は広まってもよいが、具体的な活動内容が意図せず広まるのは困る。考えられる線はそんなところか。


 まあ十中八九、グレン王太子の下で何かしらの活動をしているのだと思う。合成獣(キマイラ)とやり合った時だって、王太子の指示がなければ俺の増援には来れなかったはずだからな。その時点でグレン王太子はロゼの正体に気付いていないとおかしい。


 一方、ハノイたちヴェルデアピス傭兵団と思われる黒衣の連中も、相変わらず教都に留まっているらしいから、油断は出来ない。

 あれらの戦力が一時的とはいえ敵ではない状況は、今のスフェンドヤードバニアからすれば喜ばしい状況なのかもしれないが。その辺りはグレン王太子やサラキア王太子妃の差配が上手くいくことを祈ろう。少なくとも俺個人の立場からはどうにも出来ん。


「なあ」

「ん?」


 二つの手紙に目を通しながらポトフをぱくついていると、ミュイから待ったの声がかかる。


「手紙読みながらメシ食うの、あんまりギョーギ? よくないんじゃね」

「――うん、そうだね」

「……なんだよ?」

「いや、なんでもないよ。ミュイの言う通りだ」


 続く彼女からの言葉を受けて、俺は思わず一瞬固まってしまった。

 あのミュイが、食事中の行儀を気にするようになっている。それも他人の。飯なんて安全に食べられればなんでもいいと言っていたあのミュイが、である。

 我が家では、そこまで行儀に厳しくしていない。俺が今ながら食いをしていたように、俺自身がその程度のレベルである。であるにもかかわらず、彼女はそこに疑義を呈した。


 つまり、魔術師学院での生活が彼女の成長に多大な影響を及ぼしているということ。

 やはり環境が変われば人も変わる、良くも悪くも。そして今は、良い意味で変わってきている。大変に喜ばしいことだ。


 これは俺もうかうかしていられないぞ。言い方を変えれば、俺の日常的な態度が彼女に悪い影響を及ぼさないようにしなければならない。

 別に今までも気にしてはいたつもりだが、これからは更に気を付けていく必要がある。万が一、こんなオッサンと一緒に暮らすのはもうやだ、なんて言われたら多分、相当しんどい。


「気を付けるよ。うん、気を付ける」

「あ、いや、別に……そこまで改まるもんじゃねえと思うけど……」

「いや、これは俺が悪かったからね、気を付けるに越したことはないんだ」

「……ならいいけど」


 俺は彼女の父親代わりをやろうとしているだけであって、父親ではない。

 しかし、やるのならちゃんとやり通さないとな。少なくとも彼女が独り立ちするまでは。

 改めてそう思わされた一幕であった。

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― 新着の感想 ―
なんか新聞の投書欄の投稿みたい
ミュイが成長してるぅ
ミュイルートに突入したら 『お巡りさん、コイツです!』 その発想が出る私はロリー入ってます。(苦笑)
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