第256話 片田舎のおっさん、送り出す
「わざわざ伝えに来るくらいだ。相当危ないんだろうね」
「ええ。恐らくは」
冒険者ギルドの最上位、ブラックランクともなれば、常人ではこなせそうもない依頼が舞い込んでくることもあるのだろう。そういうところに手が届くからこそブラックランクなのだ。
しかし別に、冒険者ギルドのトップクラスだからといって無敵なわけじゃない。どこまでいっても俺たちはモンスターと違ってただの人間だから、思わぬ事故で簡単に命を落とす。そこまでいかずとも、復帰に長い時間を要する大怪我をしたり、不具に陥ったりする可能性だってある。
スレナなら大丈夫だろう、なんて楽観的な見方は出来ない。とはいえ、じゃあ俺も付いていこうなんて台詞も吐けない。それは色々と各方面に棘を残すことになる。
冒険者ギルドの依頼に勝手に首を突っ込むのはもっての外だし、そもそも俺は騎士団の特別指南役だ。彼女だって、俺の助力を願い出ているわけではあるまい。それならもっと違う話し方をする。
「恐らく、というのは……?」
「依頼の主目的が調査だからです。ですので、確実性はありません。ただ最悪の場合を考えると、かなり危険だと位置付けざるを得ない形ですね」
「ふーむ……」
まあ諸々考えるのはもうちょっと話を聞いてからでもいいだろう。まず気になった、恐らくという言葉について確認をしておく。
返ってきた答えは、最初から危ないだろうと予測は立っているものの、その危機が確定で訪れるわけでもない、くらいのものだった。中々に要領を得にくい内容である。調査ということは、ポルタたち新人冒険者を導いた時とはまたちょっと都合が違うんだろうな。
ただ俺は冒険者ではないから、依頼の詳細をどこまで聞いていいかは悩みどころ。あまりに突っ込んだ質問はスレナが濁すかもしれないけどね。
「聞く限りだと、いきなりブラックランクが出張る内容なのかな、とは感じるけど」
「諸々を考慮して、最終的に私が出た方がいいとギルドが判断しました。私も納得しています」
「ならいいんだが……」
危険度が高いから、というのは分かる。そんな依頼に新人や若手を突っ込ませるわけにはいかないのはその通り。
しかし情報の確度という点では、わざわざスレナが出向くのはどうなのか、とも思う。
冒険者ギルドからすれば、ブラックランクというのは組織で所有出来る最大戦力の一つだ。それを不確実な情報をもとに差し向けるのは、ちょっと割が合わないんじゃないかな。
むしろ危険度が高く情報が不明瞭だからこそ高位の冒険者が出張るのだと言われれば、それもまあ納得は出来るけれども。
この辺りは俺個人の考え方と冒険者ギルドの方針や、依頼を受ける冒険者の感覚が違うということか。俺も別にギルドに口を挟みたいわけではないからね。
「言える範囲でいいんだけど、場所とか期間とかは決まっているのかい」
「ここより西方に比較的広範囲となります。故に期間といいますか、依頼期限は遠めに見積もっている状況です」
「なるほどね……」
バルトレーンより西方ということなので、少なくとも南方……スフェンドヤードバニア絡みではない。
つまり考えられるのはざっくり二択。西のお隣さん、サリューア・ザルク帝国まで足を延ばすのか、その手前から聳え立つ山々、アフラタ山脈を攻めるかのどっちかだ。
これが騎士団の任務とかならほぼアフラタ山脈で決め打ってもいいんだけどね。流石に国家戦力が隣国に足を踏み入れるのは色々と拙い。
しかし冒険者ギルドは一応、国家間のしがらみには囚われていないことになっている。つまり国を跨いでの依頼受注も可能っちゃ可能ということ。
例えばサリューア・ザルク帝国の方で深刻な問題が発生していて、その助力をレベリス王国の冒険者ギルドに所属している者が行う、というのも出来る。らしい。まあ俺はその辺りに詳しいわけじゃないから、これは完全に聞いただけの話だが。
とはいえ流石にお隣の国へ行くのなら、現地でのサポートは受けられるはず。それも望み薄と仮定するなら、やはりアフラタ山脈に何らかの用事があると見た方がいいのかな。流石にそんな危険な調査に単独でってことはないと思うが。
「念のため聞いておくけど、手伝ってほしい、とかではないんだよね」
「ええ、流石に拘束期間が長すぎますし。そもそもこれは、私一人でやらねばならないことですから」
「……一人?」
もしやとは思ったが、スレナの口ぶりから察するにマジで単独でやるらしい。
明らかに危険だと分かっていて、あえてそこに単身で突っ込む腹積もりとは。これは聞いていいのか迷う内容だが、そう考えるより先に疑問の声が漏れ出てしまっていた。
「無論、後方支援はあります。現地で改めて誰かと組む可能性も当然あります。ですが……私はソロの方が基本的に動きやすいので。先生もその辺りは、お分かりになるでしょう」
「……まあ、ね」
紡がれた理由に、消極的ながら賛同を返す。
スレナは強い。そこら辺の素人どころか、鍛え抜かれた兵士や騎士、高ランクの冒険者たちと比較しても明確に一線を画す実力を持っている。
そんな人間が一番パフォーマンスを落とすタイミング。それは誰かを守る時だ。
言い方は悪いが、普通にちょっと強い程度の人間ではスレナの足手まといにしかならない。単純に彼女の機動力と戦闘力に付いていけないからである。
単騎での正面戦闘力という面のみで述べれば、俺はなんとかついていける方だと思う。しかし今回は広範囲かつ長期にわたる調査ミッションとのこと。そうなれば現地での調査力やスタミナその他諸々ひっくるめ、適応力と生存力が求められるだろう。
その点で俺は明確に劣っている。ポルタたち新人冒険者の付き添いでも、ゼノ・グレイブルとの戦い以外ではてんで役に立たなかった。それくらい俺は、冒険者として必要なスキルを持っていない。なんなら、うちの地元で剣を教えているランドリドを引っ張ってきた方が何倍も役に立つ。
逆に「ここにコイツが居るからぶっ倒してこい」とかなら多少は役に立つ自信がある。敵と所在がはっきりしていれば、そいつをぶっ飛ばせば済む話だからな。
ところがまあ、今回はそうじゃないらしいからね。大人しく彼女の無事を祈るくらいしか、出来ることはなさそうであった。
「気を付けて、としか俺からは言えないけど……それでも、事前に危機を伝えておかねばならない相手に俺が含まれることは、不謹慎ながら嬉しいよ」
「本来であれば、お伝えすること自体があまり良い行いではありませんが……これでも最上位ですから。たまには我が儘でも、と」
「ははは、誰にも喋らないから安心してほしい。勿論、ミュイにもね」
「ええ、お願いします。あの子にはまだ、何も気にせず伸び伸びと自分の力を伸ばす時期が必要です」
「違いない」
依頼の内容を前もって誰かに話すというのは、まあ当然ながら褒められた行為ではないはずだ。スレナだってその辺りはきちんと分かっている。
恐らく、義理の両親にすらこのことは伝えていないのではなかろうか。騎士と比べると色々と制約の緩そうなイメージがある冒険者稼業ではあるが、それでもブラックランクというものは、何をしてもいいという免罪符にはならない。
その規則というかマナーというか暗黙の了解というか。そういうものを捻じ曲げるというと言い方が悪いけれど、そこまでして俺に伝えるべきだと考えてくれたのは、素直に嬉しい。
無論、彼女がそんな危機に出会わず、あるいはものともせず無事に帰還してくれることが最良で最高であることには違いないけどね。
「しかし、スレナが危険を感じる調査ねえ……特別討伐指定個体関連、とかになるのかな」
「さあ、どうでしょう。ただ、流石に危ないと感じれば逃げますよ。生き延びてこそですから」
「そりゃそうだ」
さて、この辺りで疑問の原点に戻る。即ち、スレナほどの剣の使い手が危険を感じる相手とはなんぞや、という話だ。
俺は特別討伐指定個体が怪しいんじゃないかなとなんとなく思っただけだが、その質問に対してスレナは答えを濁した。これは当たっているからはぐらかしたとも捉えられるし、全くの見当違いだが情報を出すわけにもいかないからはぐらかした、とも捉えられる。
でもまあ、特別討伐指定個体が相手だと考えれば、色々と辻褄は合うんだよな。
仮に、ゼノ・グレイブルのようなモンスターの目撃情報が上がったとしよう。当然それは無視出来ない。なぜなら、一般人が目撃出来るような範囲に特級の災害が現れたのと同義だから。
しかし今回は討伐でなく、スレナの言葉を信じるなら調査だ。情報の確度が低い。
となれば「あそこらへんでなんかヤバいやつの情報が出てきたから、それを確かめるために最高位を寄越した」というのが一応書ける筋書きではある。当たっているかは分からんがね。
「改めて言うけど、気を付けて。君の本拠地はバルトレーンで、羽を休める場所は冒険者ギルド。そして帰る場所は、義両親の家だ。付け加えるなら、時折遊びに来る場所の一つはここ。俺のためにもミュイのためにも、これからもちょくちょく顔を出してくれると嬉しいね」
「はい、ありがとうございます。そこまで言われると、俄然生き残らねばなりません」
「うん、その意気だ」
発破をかける、というのとはまた意味が違うけれど、ちゃんと生きて帰ってこいよと改めて伝えておく。
スレナは俺にとっても大切な人物だが、ミュイにとっても良い先輩になる。ミュイ自身、最初はスレナを苦手としていたものの、何度か顔を合わせるうちにその苦手意識も薄れてきたみたいだしな。
ミュイも経緯や理由はどうあれ、今は真っ当に強くなろうと努力している。その中でスレナの存在は先達として大きいだろう。
まあ何より、見知った顔が見られなくなる、というのはとても悲しいものだ。出来ればそうなってほしくないけれど、あのランドリドだって妻子が出来たことをきっかけに冒険者を引退した。それほど危険とは隣り合わせの職業なのだ、冒険者は。
「ではあまり長居をしてもなんですので、私はこの辺りで」
「うん、知らせてくれてありがとう。無事を祈っているよ」
「はい。それではまた」
流石にこれ以上の詳細を聞くのは難しいか、スレナが話を切り上げる。おおよそ向かう場所が分かっただけでも良しとするかな。それに、忙しい彼女をあまり雑談で拘束するのもよろしくない。
「では先生、また任務を終えた際には報告へ参ります」
「ああ、落ち着いてからでいいからね。待ってるよ」
「はっ」
最後に玄関先で綺麗な一礼を頂き、スレナは去っていく。
彼女の任務に一抹の不安は抱けど、それを今からここで心配していてもあまり意味がない。
騎士団の指南役、学院の臨時講師、そしてミュイの父親代わり。時が移ろい年を越えても、俺のやるべきことは変わらない。なんなら年々少しずつ増えているような気さえする。
「さて、と……飯でも作っておくかな」
とはいえ、暇を持て余すよりは幾分か健全であることもまた違いない。
さしあたり、本日の目下最大のお役目はミュイの親代わりである。腹を空かせて学院から戻ってくる彼女のために、ちゃんとしたご飯を用意しておかないとね。
ちなみに。料理のレパートリーはなんだかんだであまり増えていないのは玉に瑕だ。まあこの辺りはのんびりとやっていくさ。




