第247話 片田舎のおっさん、ここをキャンプ地とする
「よーし到着だ、数日間ご苦労」
北方都市ヒューゲンバイトを発って数日。俺たちは今回の遠征の目的地であるアフラタ山脈北端までやってきていた。
とはいえ山中に突っ込んだわけではなく、ここは麓の地点である。これ以上は馬車が進めないから徒歩で行くしかない。まあそもそも、ぶっちぎりの危険地帯であるアフラタ山脈を馬車で突っ切ること自体が自殺行為だが。山中で機動力を殺すのは積極的な自殺に近い。
「天候は……大崩れはしていないみたいだね」
「よいことです。豪雨などになると目も当てられませんから」
「まったくだ」
空を眺めて一言。その言葉にアリューシアが相槌を打った。
今回はあくまで演習。つまり新米騎士たちに経験を積ませることが第一で、そのためには不要な危険は排除する必要がある。
それらはある程度人力でなんとかなるにせよ、人の力でなんともならないのがその日その日の天候だ。
ここにお袋でも居れば天気予報が出来たのかもしれないが、あいにくそんな超能力じみた物を持っている人はそう居ない。雲や風の状態からある程度は予測がつくけれど、それは精々数時間後にどうなるかどうかといった程度。
となればもう、最低限の予測がつけばあとはもうぶつかっていくしかない。そしてそんな中で悪天候に見舞われるのは避けたい。
これがただの平原ならそれも訓練の一環ってことでもいいのだろうが、今回攻めるのはレベリス王国に太く長く鎮座するアフラタ山脈である。
こいつは山という立地とその広すぎる面積、そして危険過ぎる生物たちの跋扈によって碌な調査も開拓も行われていない魔境だ。ヒューゲンバイトは山脈の北端にほど近いから比較的危険度は低いにしても、甘く見積もっていい相手ではない。
そんな中を豪雨に見舞われながら進むなどそれこそ自殺行為に等しい。
以前、クルニやヘンブリッツ君とサーベルボアの調査に赴いた時だって、天候が下り坂になりそうだと感じた瞬間から帰還を優先していた。
悪天候の山というのはただそれだけで天然の地獄である。感覚的には生きて帰ることが出来て御の字くらいだな。流石に必要に駆られてでもないのに、その中に若駒たちを突っ込ませるのは許容出来ないだろう。
「キャンプの設営に入る! さっさと終わらせるぞ!」
馬車から皆が降りたタイミングでケニーの大声が響き渡った。
一応予定では、これから更に数日をかけて山に入り山中行軍の練習。そして目立った危険がもしあれば都度対処する感じ。
新人たちだけで対処出来るようなら基本は見守るが、場合によってはアリューシアや俺、ケニーが割って入る形だ。
訓練で命を落とすようなことがあってはならない。あってはならないんだが、あらゆる界隈で定期的に起こる惨事でもある。今回でその出目を引かないように、俺たちも気を引き締める必要がある、ということだな。
そしてそれらを一日で終わらせるのは難しいため、ここに活動拠点を作る。一晩を明かせればいい野営と違い、今回は突発的なイレギュラーが起きない限りはここで数日滞在するから、多少しっかりしたものを作る必要がある。
周囲への警戒は勿論怠らず、水や食料の確保も重要だ。一応いくらか持ち込んではいるものの、それらは最終的に困った時に手を付けるもので、基本は現地調達が中心。
その辺りの技術や経験も、穏やかな平原では身に付きづらい。多少は過酷な環境に身を置く必要が出てくる。しかしあまりに環境が過酷過ぎると待っているのは死だ。
ただの勉学と違い、武を志す者には非常に悩ましい問題が常に纏わりつく。それを集団でフォローして、出来る限り安全に過酷な環境で過ごしてもらう。矛盾している言葉だが、現状ではこんな方法くらいしか残されていない。
これがもっと平和な世の中になって、戦争やモンスターの脅威などがなくなればその限りではないんだろうけどね。その未来は随分と先になるどころか、果たして訪れてくれるかどうか、といったところである。世知辛いね、まったく。
「手伝ってあげたい気持ちが湧いてくるけど……ここはどっしり待つのが正解なんだよね?」
「その通りです。上に立つ者として」
「上に立つ者かあ……」
何度も思い、そして何度も口にした考え方。だがここで割り切れるあたり、俺も少しずつ成長しているのかな。
誰かの上に立つ者としての資質が俺にあるとは思えないけれど。上に立ってしまったからには、相応に振舞うべきなのだろう。
「設営が終わった班から小休止だ! その後は周辺の偵察に出る」
俺とアリューシアがのんびり話している一方、変わらずケニーが声を張り上げていた。
「現場指揮はケニー……ケーニヒス大隊長が執るんだね」
これちょっと疑問だったんだが、今回の遠征におけるトップはアリューシアである。騎士団長なのだから当たり前だ。しかし現場の指揮はどちらかと言えばケニーが執ることの方が多く、アリューシアは基本的に口を挟まない。
北方隊だけで組まれている部隊ならそれが通常だろう。しかし今回の場合はバルトレーンから引っ張ってきた新米騎士が中心だ。
彼らからすれば自身の上司はアリューシアや班を纏める先輩騎士であって、ケーニヒスではない。いや勿論階級とか年齢とか考えたら上司には違いないんだが、心情的にはやや従いにくいところがあるのではないか。そう感じてしまったのである。
「――本来の形であれば、私はもっと大きい集団の上に立っています。彼らが私の指揮で直接動くことはまずありません。指揮する者とされる者、それらが頻繁に変わることも多々あります。ヒューゲンバイトとバルトレーン、場所は違えど同じ騎士同士。常に一定の連携を取れるようにしておくためにも、遠征時は現場の騎士に基本的には任せています」
「……なるほどなあ」
ちょっとした疑問のはずが、思っていた以上にしっかりした回答が返ってきて少し面喰ってしまった。
いやまあ考えれば当然の話ではあるのか。
レベリオ騎士団は個としての武力は勿論、騎士「団」として強くあらねばならない。上意下達の精度と速度は組織の強さに直結する以上、あらゆる状況下で正しい指揮伝達が行われるべきである。そのための訓練だ。
そもそもとして、騎士団長が新米騎士に直接指揮することもないだろうからな。
「上に立つだけならなんとか気合で出来そうにしても、下を導くのは俺には難しそうだなあ……」
「御冗談を。既に数多くの者が先生に導かれております」
「それはちょっと導くの意味が違う気もするけどね……」
思わず弱音を吐いたところ、アリューシアからはとんでもない援護射撃が回ってきた。
いやそれ導くの意味が違うのよきっと。俺は曲がりなりにも剣術を修めた先達として、剣の道を導くことは出来る。
だがそれだけだ。剣以外の道は俺にはよく分からない。何ならこの年になっても誰かに先導してもらうばかりである。
情けないとは思うが、こればかりは自身の境遇と精神性の問題だから、後ろを向いてばかりいても仕方がないのだろう。なので今はこの年でも吸収と成長は出来ると割り切って、色々と学ぶ方向に切り替えている。
こういう考え方も俺一人では、そしてビデン村に残ったままでは絶対に生まれなかったものだ。
アリューシアが国王御璽付きの任命書を用意してきたという、非常にインパクトのあった邂逅。あれがなければ今の俺は良くも悪くも成っていなかった。
きっと良い変化なのだろうと思う。都会に出てきたおかげで弟子以外にも沢山の人の縁に恵まれたのも事実としてあるしな。
そしてすったもんだはあったものの、ミュイの成長を見守れるようになったのも俺の精神性の向上に大いに一役買っている。
俺は彼女の後見人である。まあそうなった経緯について思うところがないではないが、それ自体はいい。
ただ一方で、俺は彼女を見守り、時に成長を促す存在というわけでもなく。彼女との交流を切っ掛けに、俺自身も成長を促されている点は大いにあると感じている。
おやじ殿の剣士としてのみならず、一人の男性としての強さを改めて感じられたのも、ある意味ではミュイのおかげだ。
「全班、キャンプ設営が完了いたしました」
「ご苦労」
ぼけっと考えながら設営を見守っていたら、それはもう終わったらしくフラーウがアリューシアに報告をしていた。
うーん。出発前、ケニーとああいった話をしてから、考え込むことが増えた気がする。別にそれはアリューシアを異性として見る見ないだけの問題じゃなく、なんというか、そういう俺の生き方に付随してもっと多角的に考えるようになったというか。
考えること自体は悪いことではないにせよ、適切な量とタイミングというものがある。それに照らし合わせると、今は考え込む時ではない。
頭では理解しているんだけどなあ。ひたすら剣を振っているだけでよかった立場に今は居ないだけに、どうしても手持ち無沙汰な時間が増えてしまう。こればかりはバルトレーンに来てから起きた弊害と言ってもいいかもしれない。田舎で剣を教えていた頃は、良くも悪くも考えることなんてそんなになかったから。
「……さて、小休止の後は周辺の偵察か。山はその後かな?」
「はい。まずは広く周囲の安全を確保してからになります」
山そのものが怖い上に、後ろから何かに突っつかれる事態なんて絶対にごめん被りたい。無論、キャンプ地とする前にある程度の安全性は確認しているが、改めて拠点周辺を徹底的に広く洗う必要がある。
それが終わればいざ山中だ。どういう陣形で行くかはアリューシアやケニー、それに班を率いる騎士たちが決めることなので俺は口を出していない。というか部隊行動のセオリーなどもよく分からん。
アフラタ山脈へのアタックは、実は俺もちょっと興味があったりするんだよな。
単純にビデン村から覗く景色とどう違うのかも気になるし、どんな生物が居るのかもちょっと楽しみだ。
当然のことながら危険はあるし、新人を余計な危険に晒さないのは前提の上で、である。とはいえ未知なる強敵と相まみえたい欲は、何も人間相手に限らないんだなというのを改めて理解した瞬間でもあった。
ゼノ・グレイブルとロノ・アンブロシアという、二体の特別討伐指定個体を相手取り、生きて帰った。それだけでも勲章ものだろうが、さてさて俺の力は人間の枠を超えて一体どこまで通用するのだろうか。
新人たちを危険に冒したくはない。けれど危険には出会ってみたい。
矛盾した感情だ。少しでも加減を間違えればただの狂人にすらなり得る。
「……変わったな、俺も」
「? 何か?」
「いいや、なんでもないよ」
ぼそりと呟いた一言は、隣にいるアリューシアの耳に入ることなく春空に紛れて消えた。




