第243話 片田舎のおっさん、思わぬ再会を果たす
「? ……!?」
俺とケーニヒスの邂逅を見たアリューシアが、驚愕の表情を張り付けて互いの顔を見比べている。
そりゃまあそんな反応にもなるだろう。俺だってまさかこいつとここで再会するとは夢にも思っていなかった。田舎村出身の剣術指南役が、北方都市を預かる指揮官とどうして知り合いだと思えようか。
「あの……先生、お知り合いで……?」
「ああ、うん。同郷の馴染みとでもいうのかな。会うのは本当に久しぶりだけど」
ここまで表情と声色が崩れたアリューシアはなかなかに珍しい。なんだかちょっと得した気分だ。とはいえこのまま放置するわけにもいかないので、最低限の説明はしておくことにする。
ケーニヒス・フォルセ。愛称ケニー。言った通り、会うのはこいつが村を出たきりだから、実に三十年くらいは経過しているだろうか。
当時から腕白なやつだったが、別に俺の道場に通っていたわけではない。ジスガルトのような同門と呼ぶのもちょっと違うのが面白いところ。
幼少期、木剣を振り回して遊んでいたのも相手は専らケニーであった。勿論俺はその当時からおやじ殿の教え子でもあったから、道場で剣は振るっていたけどね。
しかしそれは剣術という術理を学ぶためのものであり、本当に遊戯として振り回していた相手はこいつである。
「――いやはや、失礼した! ヒューゲンバイトへようこそ、ベリル特別指南役殿」
「いや、こちらこそ舞い上がってしまい申し訳ない。世話になります、ケーニヒス大隊長殿」
この空気を続けるのはあまりよくないとケニーは判断したのだろう。あからさまに態度を改め、挨拶を告げる。
俺も彼の気遣いを無下にするのもあれなので、それなりの態度で応じた。けれど、二人とも顔はばっちり笑っちゃってるんだよな。折角つけた恰好が台無しであった。
「ひとまず屯所を案内いたしましょう。よろしいですかな、騎士団長殿」
「え、ええ。お願いします」
素早く思考を割り切ったケーニヒスに比べ、アリューシアはまだちょっと困惑している様子。まあ流石にこれを何事もなかったかのように流せ、というのは酷な話である。むしろここまで咄嗟に切り替えられるケーニヒスが凄い。
こいつが村を出てから、どんな人生を歩んできたのかは知らない。知らないが、相応の修羅場は潜ってきているのだろう。じゃなきゃこんな地位に就けるはずもないしな。
「ジラ! お前の隊で荷の運搬と馬の世話をやっておけ」
「はっ」
駐屯所に入る直前、ケーニヒスが一人の名を呼ぶ’。ジラと呼ばれた青年は力強く頷くと、数人を率いて荷馬車の方へと駆けていった。
「部下かい?」
「ああ、まだ荒いが良い剣を振る。統率力もあるし、現場の上役向きだな」
「はは、まさか君が剣と人を語るようになるとはね」
「お前こそ道場はどうした。まさかまだモルデアさんがやってるわけじゃねえだろ」
「今は元弟子の一人に任せてあるよ」
「はっ! まさかお前が弟子を取ってるとはな」
「道場を継いだんだ、当たり前だろ」
さて、折角外面を頑張って整えた以上は相応の態度で臨もうかと思ってはいたものの。
まあ無理だった。ジスガルトの時は場所と周囲がお固かったために自重したが、今回はあんまりそういう枷がない。一応俺たちより明確に立場が上なのはアリューシアだが、その彼女が俺の元弟子なので、なんというか普通に話し始めちゃったわ。
互いに時間の経過を思わせる台詞が出たが、ケニーがレベリオの騎士になり、更には人を率いる立場にまで昇進していることには心底驚いている。
ただそれはこいつも同様だろう。田舎でわちゃわちゃやっていた道場主の倅が、まさか天下のレベリオ騎士団の特別指南役に収まっているなんて思いもしなかっただろうし。
「……しかし、先生と呼ばれていたが……まさか?」
「ああ、アリューシアも元弟子の一人だね」
「マジかよ……お前そんなに凄い奴だったのか……」
「正直俺も結構びっくりしてる」
ケーニヒスからすれば、同郷の幼馴染が自分の上司の師匠だったとかいう結構訳の分からない状況である。そりゃ混乱もするよ。
アリューシアに関しては何度も感じているが、本当に突然変異的な感じだからな。別に騎士の家系でもなく、ただの自衛のために習わせた剣でここまでのし上がるなど、両親も含めて誰も思っていなかっただろう。俺だって思っちゃいなかった。
無論彼女が、剣において非凡な才を秘めていることはすぐに感じ取れた。しかしながら、国の騎士団のトップにまで登り詰めることを想定するのは流石に無茶というものである。
「まあ、落ち着いたら一杯やろう。まさか酒が飲めんとは言わんだろう?」
「ほどほどに飲めるよ、ほどほどにはね」
「よっしゃ」
ここでケニーの方から、一旦話を落ち着かせる提案がきた。
今回の遠征は俺とケニーが主役ではないからな。あまり内輪の話を長引かせるのもよろしくない。どうせ一日二日で終わる遠征ではないし、彼とゆっくり話す機会は後日しっかりやってくるだろう。
「――ではケーニヒス大隊長。案内を」
「おっと、こいつは失礼しました!」
ここでタイミングを見計らったかのように、アリューシアが改めて声を掛けた。これは流石に空気を読んでくれたと見るべきだな。
彼女は肩書上、この場の誰よりも偉い。なんなら俺とケニーの語らいを強引にぶった切って職務に戻すことも可能だ。しかし彼女はあえてそれをしなかった。
俺とケニーの関係を、アリューシアは知らない。俺だって話したことすらない。
それでも浅からぬ何かがあると感じ取り、しばらくの間傍観に徹していた。こういう気遣いもちゃんと出来る子なんだよなあ。教え子の成長に心が温かくあるばかりである。
「こちらが談話室、あちらが指揮所。中庭を抜けると修練場です。バルトレーンほどではありませんがね」
「ふむ……」
ケーニヒス大隊長の先導で、駐屯所の全容が明らかになっていく。その中で感じたのは、規模感こそ多少違えど概ねバルトレーンの庁舎と同じような造りになっているということ。
中庭を抜けると修練場というのも同じ。ここでもバルトレーンと同じく、外から訓練風景は見えないようになっている。この辺りも徹底されているな。
指揮所は主にケニーが詰めているところで、多分何かしらの話がある時や有事の際はアリューシアもここに入るのだろう。俺には縁のない場所だと思いたいが、フルームヴェルク領への遠征やサラキア王女殿下の護衛の件もあったから楽観は出来ない。
その必要性に迫られることが起きないことを祈るばかりである。
「――さて、こんなところか。なんの変哲もない、ただ頑丈なだけの屯所です」
「堅牢であるに越したことはない。久しぶりに見たが、管理も行き届いている」
「は、恐縮ですな」
一通り見終わったところで、ケニーとアリューシアが一言二言を交わす。
しかし互いが互いにやりにくいだろうなこれ。肩書上ではアリューシアが一番上になり、その部下としてケーニヒスが居る。しかし俺はアリューシアの師匠でケーニヒスの幼馴染だ。どうやって喋ればいいのかちょっと分からないぞ。
流石に公の場では俺も敬語で喋るが、ここには身内……つまりレベリオの騎士しか居ないわけで。しかもさっき普通に喋っちゃったからなんだか改めて気を入れにくいというか。
アリューシアはアリューシアで、俺は彼女の師匠であり騎士団の特別指南役である。だがその師匠の幼馴染が部下という、なんとも奇妙な形だ。
ただまあ、俺の幼馴染だからと言って今までの上司部下の関係が崩れるわけじゃない。彼女は彼女でケニーに対しては一貫した態度を取っていく様子であった。流石にケニーも騎士団長相手に砕けるわけにはいかんだろうし、俺が気にしすぎなだけかもしれない。
「アリューシア騎士団長殿、本日この後のご予定は?」
「今日はこのまま宿に入り、まずは遠征の疲れを取る。本格的に動くのは明日以降の予定だ」
「承知いたしました。宿は手配しております故、案内を付けましょう」
傍から見る限り、彼ら二人はちゃんと上司と部下をやっている。俺というある種の不純物が多少混じったところでそこは変わらない。
アリューシアは勿論、ケニーもしっかりレベリオ騎士団の人間だということだ。組織に生きていれば、年上の部下や年下の上司なんて普通に出てくるだろうしな。
この辺り、俺とケニーはそう年も変わらないはずなのに、なんだか人生の経験値が違う気がしてくるよ。ジスガルトの時にも感じたが、やはり長年片田舎に籠っているとその辺りの意識がどうにも低いままであった。
「さて、聞いての通りだ。皆、今日は下がり休んでよい。私はケーニヒス大隊長と明日以降の予定のすり合わせを行う」
「宿までの案内はうちの騎士を付けよう。諸君、遠路遥々ご苦労!」
駐屯所の案内が落ち着いたところで、各指揮官からひとまずの解散を告げられる。
俺はどうしようかな。とりあえず新人たちについていって宿の確認をしておくか。折角遠方まで来たのに迷子になっていては時間の無駄だ。何より恰好がつかなさすぎる。いやまあ、今更つける恰好があるのかと言われたらアレだけれども。
「おっと、特別指南役殿。よろしいですかな」
「うん?」
まあここで立ち呆けていても仕方がないし、俺も移動するかと思った矢先。ケニーからちょいちょいと声を掛けられた。多少外面を整えているのがまた憎らしい。
「お前、今夜空いてるか」
「特に命令がない限りは空いてるけど……」
「じゃあ一飲み行こう。良い店がある。日が落ちる前後で屯所の前まで来てくれ」
「お、いいね」
何用かなと近づいたところ、なんてことはない飲みのお誘いだった。
おっさん二人がひそひそ話をするという、なんとも可愛げのない絵面にはなったものの、一応体面ってやつがある。部下も居る手前、白昼から堂々と飲みの話をするわけにもいかない。
俺も北方都市の食には大いに興味があるので、彼の提案はまさに渡りに船。
俺個人で練り歩いてもそれはそれでよかったんだけど、店の良し悪しなんてサッパリ分からないからね。ここは現地人の協力を仰ぐに限る。
「ではベリル殿、また後程」
「ええ、それでは」
最後にそれっぽい挨拶を交わして、騎士駐屯所を後にする。
宿に行く間、新米騎士たちから何やら視線を感じたが、これはもう俺が我慢するしかないだろう。何しろ説明が難しい。
北方指揮官と知り合いなんだ……みたいな羨望の眼差しも多少はあるかもしれないけれど、そんな自慢するほどのもんじゃないし。ぶっちゃけアリューシアの師匠をやってましたという方がよほど自慢になる。いやしないけどさ。
しかしまあ、遠征の楽しみが一つ増えたのは間違いない。
ケニーがいったいどんな人生を歩んでヒューゲンバイトまで辿り着いたのか。それは是が非でも聞いておきたいトピックだ。
旧友と酒を酌み交わす機会が巡ってくるのは、やはり嬉しいものがある。たとえそれが全くの偶然だとしてもね。
さて、とはいえ指定された日没までにはまだ若干の余裕がある。
宿に着いたら適度に身体を動かしておこう。移動中は馬車で座っていたから、また身体が鈍っている気配がする。この気配は年々強まっていくため、こちらも年々敏感にならないとすぐに呑み込まれてしまう。
そうなっては特別指南役という肩書も形無し。そうはならないよう、気を付けて毎日を過ごさないとな。




