第236話 片田舎のおっさん、見終える
「それでは、以上をもって実技試験を終了する。合否はまた追って連絡する」
「ありがとうございました!」
候補生同士で苛烈な打ち合いを演じ、そのすぐ後に教官役となる現役のレベリオ騎士と打ち合ってしばらく。当人たちにしてみれば長かったであろう実技試験の科目がようやく終わりを告げた。
受験者たちは元気に挨拶を返してはいるけれど、それが出来ているのは少数だ。緊張と疲労が極限近くまで達すると、声を出すのすらしんどいからね。その気持ちはよく分かる。
けれど、こういうところでこそ大きな声を出せる、というのもまた立派な才能の一つだったりするんだな、これが。試験の合否にどれだけ関わるかは未知数なれど間違いなく印象は良くなるし、大きな声で挨拶するのはやっておいて何一つ損のない、人生を円滑に生きるためのテクニックでもある。
「いやあ、見るだけでも楽しかったね」
「そう仰っていただけたなら何よりです。我々も今回は不甲斐ない姿を見せずに済みましたので」
「ははは」
観戦していた俺たちもようやく一息、といったところ。そんな俺の言葉に対し、ヘンブリッツ君も安堵の混じった声で答えてくれた。
仮に候補生の誰かに騎士が負けたとしても、それで不甲斐ないとは思わないけどね。彼らが日頃からどれだけ厳しい訓練を積んでいるのかは、今の俺なら十分に理解出来ている。
そんな騎士相手に勝ちをもぎ取った方こそを褒めるべきであって、負けた方を貶すことはまったくない。まあ、当の本人からすればたまったもんじゃないだろうけれど。
ヘンブリッツ君が安堵した通り、今回の試験で大番狂わせは起きなかった。つまり、教官役の騎士が見込みのある若駒たちを全員張り倒した形である。
とはいっても、多分それが普通だ。本来ならばそうなって然るべき実力差というものが存在する。ただし、時折その差をぶち壊してくる天才が居るまでのこと。アリューシアなんかはその筆頭だな。
その観点でいえば、アデルとエデルも間違いなく剣の才能はある。あるが、それは十分な鍛錬と経験を積んだレベリオの騎士との立ち合いを覆せるほどのものではなかった。
無論、これから先は分からない。二人が同じように鍛錬と経験を積んでいけば、騎士団内でも上位に食い込む可能性は十分にある。まあそもそも、まだ合格が決まったわけでもないんだが。
「この後は面接だっけ」
「はい。主に為人や考え方といったところを注視します。面接まで進んで落ちるのは稀ですね、ゼロではありませんが。どちらかと言えば、実技でもう一息だった者を掬い上げることの方が多いです」
「なるほどね……」
筆記も実技もレベルは十分。なれど面接で落とされる。そういう人が全く居ないわけでもないだろう。
国防を預かるに足る人物か否か。その見極めは結構重要だ。
レベリオ騎士団に戦闘能力が必要なのは大前提だが、それだけでなれるものではない。戦う術を十分に持ち合わせていても、思想が危ない奴は弾きたいと考えるのが普通。
特に騎士団となるとある程度の機密情報も取り扱うだろうし。その辺りをホイホイ言いふらしでもされたらたまったもんじゃないだろう。
まあ全員を完璧に見極めるのは不可能だとしても、摘める範囲でその可能性を摘んでおきたいというのは、十分に理解出来る話であった。
「となると、クルニなんかは……?」
「申し訳ありませんが、採否の理由まではお伝え出来ませんので」
「はは、だろうね。悪かった」
クルニはうちの道場に来て三年目に入ろうかというところでレベリオ騎士団の試験に受かった。当時の技量を考えれば、受かるかどうかは正直大分怪しかったと思うのだが、今の話を聞くに面接での拾い上げがあった可能性は否めない。
そのことをちょっと聞いてみようとしたら、ヘンブリッツ君からは至極真っ当な答えが返ってきた。そりゃ言えないよね。これは軽々に聞いた俺の方が悪かったと言える。
俺とヘンブリッツ君は、まあ仲は良い方だと思うけれど、それでも仲良しだから規則を破ってもいいことにはならない。この辺の線引きは本当にしっかりしている、つくづくよく出来た男である。
まあ、ただ戦う力のみならず、そういう面も持ち合わせていないと騎士団副団長という座には就けないってことだろう。
他方、俺みたいなやつはそういう要職ってのに全く向いていない。いや別に自分から秘密を言いふらしてやろうなんてことまでは思わないが、ついつい口が滑ってしまう可能性を否定出来ないからな。
俺はそれなりに口が堅い方だとは思う。思うが、それは明らかに個人の大切な情報だったり、俺自身が「これはみだりに言ってはいかんやつだ」と強く感じているからこそ実現出来ている類の口の堅さだ。
それが国家機密……特に軍事に関わることとなってくると、まあ明らかに他言してはならない情報なんてのは流石に分かるが、逆に言えばそうじゃない情報はどこまでが伝えてよくて、どこまでが伝えちゃならないことなのかってのが分からない。
例を挙げると、騎士団の訓練などは外壁に囲まれ、更に中庭を経由しないといけない修練場内で行っている。国防上の理由からだ。誰がどのような訓練を行っていて、騎士団としてどれ程の錬度を持っているか、というのは立派な機密情報らしい。
それを俺は知らなかった。というか俺の常識で当て嵌めれば、市民の安全を預かる騎士団はこれだけ強いんだぞ、というのをもっと周囲に伝えてもいいんじゃないかと考えていたくらいである。
なので自宅でミュイと話す時なんかでも、具体的な訓練内容などは伝えていない。それは言ってはならん情報に該当するからだと学んだから。
そういうものを、俺は肌感として分からないんだよな。勉強しろと言われたらそれまでなんだが、今までそんなものに触れてこなかった片田舎で長年過ごしていたもので、その経験が強烈なギャップになる。
だから俺には、そういう仕事は向いていない。剣を振り、剣を教える以外のことはてんで出来ないおっさんだ。自分でそう思っていた方が楽でもある。
アリューシアやヘンブリッツ君は俺を除け者にしないよう、ちょくちょく情報の共有をしてくれるのだが、時々それは言わん方がええやつでは、なんて思ったりもしている。難しいね、組織の上層に座るというのは。
「面接はすぐやるの?」
「いえ、日を空けます。実技での最終合否の判断もそうですが、疲弊した状態で話を聞いても、という配慮からですね」
「なるほどね」
確かに人間疲れていると頭が働かない。特にバリバリ模擬戦をこなした後だと尚更だろう。そんな状態で正常な受け答えが出来るかどうかってのはちょっと怪しいところ。
特に今回は入団試験という大舞台であるからして、出来る限り正常な状態で話をしたいはず。
「それに実技試験後にすぐ面接となれば、私がここに居る余裕がありませんから」
「ははは、それもそうだ」
言いながらヘンブリッツ君は、ややおどけるように肩を竦める。
言われてみれば当たり前で、騎士候補生との面談という大事な試験を前に、こんなところで油を売っている余裕はない。
逆に言えば面接時にはヘンブリッツ君のような大物が自ら出ていくということだ。恐らく彼だけというのは考えづらいから、アリューシアも面接試験を担当するのだろう。
そう考えると受験者にとってはいきなり騎士団長と副団長にお目通り叶うわけで、当人としてはかなり緊張しそうだな。合格さえすればそれこそ日常的とまではいわずとも、定期的に顔を合わせるようになるんだから、慣れろという話ではあるんだろうけれど。
「面接する側も緊張したりするのかい?」
「多少はしますよ。やはりどう見られているのかを意識しなければなりませんし」
ヘンブリッツ君ほどの男であっても、やはり緊張はするらしい。
俺なんて人を選ぶ立場に立ったことがないから、その辺りはよく分からない。地元の道場も入門希望者はやってくるにしても、面接なんてかたっ苦しいことは一切やっていなかったからな。せいぜいご挨拶程度のもんである。
基本的にうちのような辺鄙な場所にある道場では、門下生の選り好みなんてしていられない。単純な話、その分収入が減るからな。
逆に言えば、それを天秤にかけてもよろしくない、と思ってしまった人は追い出したりもしている。数は少ないけどね。そういう可能性もゼロではないという話である。
多分、その辺りはレベリオの騎士となるともっと厳しいだろう。国の顔として公の場に出ることが多くなるんだから、素行不良は真っ先に目を付けられる。
誰だって、恰好悪い騎士に憧れたりはしないのだ。
「面接でどういうことを聞くのかは、多分これも秘密だろうけど……実技同様、公平な目で見てやってくれると嬉しいな」
「無論です。そこで贔屓はしません」
そして、依怙贔屓で騎士になってしまう、というのもまた同様、恰好悪い。
誰に憧れるかは自由だしレベリオの騎士に憧れるのは立派なことだと思うが、だからと言って知り合いを優遇していては何の意味もない。アデルとエデルには、しっかり己の力のみで騎士の称号を勝ち取ってほしいところ。
とはいっても、俺自身がアリューシアの贔屓でこんな地位に就いてしまった以上、あまり大きな声では言えないんだけれども。ただ切っ掛けは何であったにしろ、それに恥じない働きはしようと思うし、今のところは出来ていると信じたい。
これで罷免されたら正直全方面に合わせる顔がないのだ。俺は俺で、胡坐をかかずに精進し続けねばならん。分不相応だと不貞腐れるのももう止めたことだしね。
「お、ちらほら入ってきたね」
試験後の感想やら何やらを交わしていると、候補生たちが去った後の修練場に今度は騎士たちが入ってきた。場所が解放されて鍛錬に使えるようになったから、早速やってやろうという特に熱意の高い騎士たちが現れ始めた形である。
「俺も身体を動かそうかな」
「それでは、私もお供いたします」
「お、じゃあやっちゃおうか」
先程の試験を見てしまったわけで、当然ながら俺の精神もやや昂っている。
その勢いに任せて修練場に降りようとしたところ、ヘンブリッツ君もどうやら同じ感じらしい。やっぱり打ち合いを眺めていると自分も剣を振りたいって思っちゃうもんな。
そういう熱意溢れる者ばかりの中で剣を振るえる、というのはまっこと僥倖だ。彼らの意気に負けないよう、そしてこれから入ってくる若き優駿たちにも良い背中を見せられるよう、俺も頑張っていかなきゃな。




